6 牧場生活を満喫中です その2
――エティエンヌが出張し、翌日の夕方前に戻ってきたとある日のこと――
「ただいま~。今帰ったよ~」
「お帰りなさい、エティエンヌ。お疲れ様」
「おっ、帰って来たか」
私はエティエンヌの帰りを待ち遠しく感じていました。なぜなら、平民地に来て初めて、お父様たちへの手紙を託していたからです。
「本当に疲れたよ~。ルシール、お茶をくれるかな?」
「はい!」
人心地ついたエティエンヌは、大量の荷物を解きだしました。
「ルシール、これはクレナスタ侯爵家からの預かり物ね。手紙も入っているよ」
間違いなくお父様の文字です。平民地での暮らしを心配しながらも私の手紙を読み、少しは安心してくれたみたいです。
こちらの物を送ってもそちらでは目立って使えないだろうからと、充分なお金が添えられていました。これまでアドルフとエティエンヌに揃えて貰った物が沢山あったので、二人に渡します。
「ルシールに物を買ってきたのは、お給料を受け取らないから現物支給にしただけだよ」
「いつか必要になるかもしれないから、ちゃんとしまっとけ」
そのまま返されてしまいました。もっともっと、牧場のため働かなくてはなりませんね!
でも、牧場生活ですから買い物をする機会もあまりありませんし、このお金の有効な使い道はないものかと私が思案していると――
「そして、こっちはお土産。ルシールに似合うと思って見ていたら、どんどん増えてしまったよ」
そう言って、女性物の服を次々とエティエンヌが広げはじめました。
「お土産!? これを全部私に?」
「アドルフがこれを着るの?」
「ええと……」
「想像するなよ……」
クスクスと笑い、戸惑う私に服を当てだすエティエンヌ。
「家から仕送りも届いたし、こちらで準備すべきだったのに。申し訳ないわ……」
「頑張っているルシールに、お土産を買いたくなってね。それに、妹がいたらこうして服を買って着せたかったんだ」
そう言われると、その好意に素直に感謝し、喜んで受け取った方が良いように思えます。
「嬉しい。離れていても、自分の事を考えてくれる人がいるって幸せなことよね。ありがとう、エティエンヌ」
「そう言ってもらえると、こちらまで幸せな気分になれるよ」
二人でホワホワしてしまいます。
「おい、エティエンヌ。頑張ってる俺にお土産は?」
「あ、すっかり忘れていたよ!」
「おーまーえーなー」
黄金豹と紅蓮獅子のじゃれ合いがはじまりました。
「なんて冗談。ほら、ルシールのお祖父様が広めてくれたパジャマだよ」
「パジャマか? 別に俺、寝間着は着ないぞ?」
えっ? アドルフはパジャマを着ないで眠るのですか?
「女性がいるんだ、今までみたいに裸で寝るわけにいかないだろう?」
「うっ!」
真っ赤になったアドルフが、言い訳をはじめます。
「下着を履いてるから大丈夫だって!」
「まあ! それだけでは寝冷えしてしまうわ!」
「それがいけないって言っているんだよ?」
同じ年で、共に二十一歳だという二人は、本当に見た目の雰囲気も性格も違いますが、兄弟みたいですね。二人のじゃれ合いが続きそうなので、そそくさとこの場を離れることにしました。
「夕食の準備をしてくるわ」
「あっ、ルシール! 今日は魔法をガッツリ使って腹ペコだから、俺には多めに!」
「待って! 私だって出張で疲れて帰ったんだよ。私の方に多く盛り付けて!」
「沢山作るから大丈夫よ?」
さて、仲良しさんたちは放っておいて、早くお夕飯を作りましょう。
“マティス殿下とメレーヌ嬢の様子がおかしい。奇っ怪な行動が目立つと情報が入っている。エティエンヌ殿は信頼出来るお方だ。慣れぬ地で大変だろうが、しばらく平民地で身を隠していてほしい。我が家としても、ルシールは行方不明で捜索中ということにしておく”
お父様からの手紙にはこんなことも書かれていました。お父様の言うとおり、しばらくこちらにいるつもりです。
それなら尚更、日頃からお世話になっているアドルフとエティエンヌに、何かお返ししたいですね。自分で稼いだお金でプレゼントでもしたいのですが……。
「ダメだ! こっちのシンプルなグリーンのワンピースだ!」
「いや、明日は白のフリル付だよ!」
「牧場の仕事だぞ? 汚れるだろう」
「私と中で仕事をすれば良いじゃない」
――二人への贈り物に思いを巡らせるルシールと、明日のルシールの服装で言い争うアドルフとエティエンヌ。守護獣牧場の夜は賑やかに更けてゆく―― 一方その日、貴族島では――
「遅いわよ。待たせないでちょうだい」
「ごめんね。兄上が急に帰って来たりしたんだ。「息災で何よりだね」だって……。何もできない無能のくせに、ちょっと先に生まれたからって偉そうでムカツクよ」
城の隣に併設されている王立図書館の王族専用室。そこに居たのは今もルシールの婚約者マティスと、ルシールを突き落とした時不敵に笑っていたザボット侯爵家の娘メレーヌだった。
「第二妃が生んだ放蕩王子? わざわざ相手をする必要なんてないんじゃないの?」
「僕だってそう思うけど、“家族だしお前の唯一人の兄だ”とかって、父上がうるさいんだよ。家族だなんて、僕はこれっぽっちも思えないんだけどね」
シャンダール王国の現王には二人の妃がいた。最初に子を宿したのが伯爵家出身の第二妃だったこともあり、公爵家の出で王妃であるマティスの母は第二妃とその子、第一王子ステファヌを虐げてきた。
第二妃が亡くなってからは、外遊すると国を出たステファヌを放蕩王子と揶揄する者がいる一方、王妃の子で王国の次期王と目されているマティスと不用意な争いを避けた優しい兄王子と評価する者もいる。
「そういう歪んだところだけは悪くないわ。それよりも、なんでルシールの死体が見つからないのよ?」
「周りに勘づかれないよう、口の堅い信頼できる者だけで慎重に調査しているんだ」
メレーヌがギリギリと唇を噛む。これまでも、王子に対し不敬過ぎる態度だが、ますますタガが外れてゆく。
「あんたの配下って、みんな愚図なんじゃないの? こんなに時間を無駄にするなら、別の方法を考えれば良かった」
「僕にそんなことを言われても困るよ。ルシールが魔法を使えないうちに突き落とせって言ったのは、メレーヌなんだからね!」
ルシールを確かに平民地に突き落としたにも関わらず、死体が見つからない。死亡が確定できないため、未だ第二王子マティスの婚約者はルシールのままだった。
「あぁ、うるさい。唾を飛ばすな! 面倒くさいったらありゃしないねぇ。ほら、これでも食ってな」
最早、別人のようになったメレーヌは、苛立たし気にマティスの口の中に何かを押し込んだ。その剣幕にポカンとしていたマティスが、さらに間の抜けた顔をする。その瞳に力はなく、光を宿していない。
「あぁ。僕は早く、メレーヌと結婚したいよ」
「はいはい。わかったよ」
グイグイと口を寄せてくるマティスの頬を、メレーヌは思いきり手のひらで押し退けていた――