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36 私たちのその後のお話

 お義父様とお義母様に、アドルフのご先祖様。ライアンさんの婚約者だったアンナさん。それぞれの墓標に花を手向けていきます。


 そして、まだ比較的新しいお墓の前で膝をつきました。


「ばあさん、見てるか? 俺もなかなか、皇帝が板についてきただろう?」


 真っ赤な髪が、太陽に照らされて綺麗……。より貫禄を増し、さらに素敵になったアドルフです。軍服に身を包んだ彼を、毎日見られて興奮します。



「ジゼル様……。そちらでお祖父様と会えましたか? スコルフも、もう五歳になるんですよ?」


 ジゼル様は、アドルフに公務を引き継ぎ、妊娠中の私とたくさんの思い出話をし、スコルフの成長を見届けると、穏やかな死を迎え天国へと旅立ちました。



 それからもう四年――スコルフはもうすぐ五歳。アドルフが二十七歳で、私も二十四になりました。


「エティエンヌはシャンダールの王太子として、忙しい毎日を送っていますよ。でも、ジゼル様は器用なエティエンヌより、今も夫の方を案じていますか?」


「ばあさんなら、俺の背中にずっとくっついて居そうだよな。いつお小言を言われるんじゃないかって、常に背すじは伸びまくっているんだぞ?」


 いつでも私たちの心には、大切な人がいます。そう思えるだけで、身が引き締まりますね。


「大丈夫ですよ。陛下は、ジゼル様が築いた治世を守りながらも、帝国に新たな風を巻き起こしているのです」


「そりゃ、皇后の貢献が大きいだろう?」


 二人でニンマリしてしまいます。きっと、エティエンヌも……。


 国を魔女から救った話が歌劇までになり、二国でエティエンヌとアドルフの人気は右肩上がりで、私までその恩恵に預かっています。

 エティエンヌと手を組んでいた商売は大繁盛、国も栄えて民は潤う。

 笑いが止まりませんね。


 そんなアドルフと私の後ろには、ちゃんとお座りをして待つパティさんとその息子のルティとレティ。

 ルブラン・サクレの存在が、他国でもより尊ばれるようになりよかったです。


「また参りますね」


 アドルフと手を繋ぎ、木漏れ日が降り注ぐ並木道を歩きます。霊園を出ると、爽やかな緑風が吹きました。





「お母様ー! 綺麗なお花が咲いていたので、花束にしてまいりましたー! お母様に差し上げまーす!」


 あら? 語る上で欠かせない、もう一人の平和の立役者が来ましたね。


「お勉強の時間は、もう終わったのかしら?」

「耳と尻尾と羽が見えるような、駆けっぷりだな」


 スクルさん――スコルフは、帝国の皆さんからもたっぷり愛情を注がれ、スクスクいい子に育っています。物事の本質を捉えるような言動をし、指南役の大人を戸惑わせることもしばしば。

 優秀で、親思いで、素直で可愛くて――我が息子が愛おしくて仕方ありません。親バカ全開になっています。


「スコルフ!? 転んでは大変だわ!! もっとゆっくり、走ってちょうだい?」

「はぁーい」


 しっかり返事をしながらも、猛スピードで胸に飛び込んで来ましたね。


「お母様、どうぞ」


 私たちの隣に、元嫁のパティさんや子どもたちがいることは、まだ秘密。

 ま、そのうち、こちらが意図せずとも思い出しそうなのですが……。



「この花束は、私のために? ありがとう、スコルフ。とても嬉しいわ……」


 自然が多く、ルブラン・サクレと共に生きることを選んできたこの美しい地で、伸び伸びと子育てできてよかったと思います。

 国は違っても、会いに行く気になれば一日で実家に着くのです。スープは冷めてしまう距離ですが、充分恵まれていますよね?


「お母様の笑顔を見られて、僕も嬉しいです!」


 なんて優しい子なんでしょう。うちの子サイコー!



『ねえ、スコルフ。私にお花はないの?』

「ごめんね、パティ。でも、パティはお花よりも、おやつの方が好きでしょ? はい、料理長からクッキーを貰って来たよ」

『それ、正解!』


『俺たちにはないのか?』

「お母さんから分けてもらうんだよ?」

『えっ! 私のクッキー……』

「パティ……。ちゃんと分けてあげなさい」


 大きくなったルティとレティも、スコルフにクッキーをねだっています。スコルフは私に似たのか、それとも前世の影響か、生き物の言葉がわかる全属性持ちの子でした。


「スコルフは、まるで父親みたいだな!」

「そうね……。なんだか感慨深いわ……」


 実は(・・)親子のやり取りに、心がじんわり温かくなります。

 不思議ですね。私だって、いつ魔女になってもおかしくなかったのだろうと、シャンダールの貴族島が落ちた日から、度々考えるようになりました。


 婚約者に突き落とされ、恨みを募らせていたら、どうなっていたのでしょうか?

 エティエンヌだって、母親の第ニ妃様が亡くなってから、相当ないびりを経験したそうです。

 アドルフもまだ子どもだったのに、目の前で家族が血まみれになっている所を見たのです。


「私と魔女は、なにが違ったのかしらね……」


 それでも私たちは闇に囚われず、こうして穏やかに生きてこられました。


「ルシールにはクレナスタ家の皆がいたし、俺には婆さんやエティエンヌがいた。エティエンヌも優しい親父さんがいたからこそ、マティスも大切に思えたんだろうな……」


「エティエンヌには貴方もいたしね」

「まあなっ!」


 キリリと凛々しい顔立ちが、少年の様にあどけなくなります。この笑顔が好きです。この人が今も大好きなのです。

 でも、その大切な存在を、感じるか感じないかは自分次第。

 どんなに変わり者と言われようが、悔しい事があろうが、望む道を選択してきました。自分の人生ですしね!


 そこについて来たのは悔いのない生でしたし、賛同して支えてくれる人たちでした。



「スクルがルシールを助けたのは咄嗟の事でも、闇に墜ちる奴なら、またルシールの所には来なかったはずだ。ルシールは絶対魔女にならない。俺やエティエンヌやスクル、そして、今お前を主としているパティが保障する」


「私ではなく、皆さんがそう感じていてくれるのなら大丈夫ね。確かにこの国の皇后は変わり者だから、魔女にはちっとも魅力を感じないのよ」


 おどけた私の頬を、アドルフがブスリと指で刺しました――






(そうだぞ、ルシール。お前だからこそ、今も私はここにいる。訂正するなら、初めて会った時からお前を主にしたいと思った。――ルブラン・サクレの鼻はよく利くんだ)


 透き通るような白髪をたなびかせ、レイダルグ帝国の大地をスコルフは駆け出す。

 温い(ぬるい)生き方をしていては、新たな身体を貰ったのに申し訳ない気がしてくる。


(母上は父上といつも一緒で、毎日幸せそうだ)


 スコルフは少しだけ口の端を上げた。

 母はルブラン・サクレも眩しく感じるほど輝かしい六色の魔力を纏った人間で、子として生まれることができて誇らしい。


(パティも、主と穏やかに過ごせてよかった。子どもたちもすっかり大人だ。ムッ、子どもなのは私だけか……)


 ズンズンと緑の絨毯を踏みしめ、スコルフはその本能がうずき出す。


(人がいる限り、世界に闇は生まれる。もう少しだけアドルフとルシールに孝行したら、俺は旅に出るか……。世の中には、人間に生まれ変わった俺の力を必要としている奴が必ずいるはずだ……)


 スコルフの今の両親は驚くだろう。齢十にもならない息子が、シャンダール王国から連れてきた実の子と契約を結び、旅立とうと考えていることを。


『その、正義感とかお役目とか、真面目に生きるのやめるんじゃなかったの?』


 スコルフに追いついたパティだ。


「幸せをたくさんもらうと、分け与えたくなるんだ。俺もルシールに似てきたな」


『二人とも、言ったらきかないもんね。でも、両親を悲しませないようにするんだよ? ルシールの守護獣の私が許さないからね!』


「お前はいつも、ルシール至上主義だな……。頼もしい。だが、母上もクレナスタ家の者だ。きっと理解してくれるだろう。俺が側にいない時には頼んだぞ、パティ」


 元嫁だからこそ、言い出したらきかない性格を知っている。アドルフは勇猛なオスだし、ルシールは果敢なメスだ。まあいっかと、パティは思う。






「スコルフー! パティさんも一緒に、お茶にしましょうー!」

「はーい!」

「バウッ」


 呼ばれたスコルフは、満面の笑みで母の元へと戻ってゆく。


(だがそれは、もう少しだけ後にするか。今はただ、我が主の笑顔を側で見ていたい……)


 今暫くの間だけは、スコルフは目一杯両親に甘えることに決めていた――

後日談までお読みくださいまして、ありがとうございます。

誤字報告助かりました。

ブクマと評価、嬉しかったです。

本当にありがとうございました。


追記 エティエンヌのその後を書いた短編を投稿しました。是非、そちらもよろしくお願いいたします。

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