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34 それぞれの道を歩み始めた男たち

 魔女が消滅し、スクルさんが居なくなってしまってからニ週間――


 パティさんとアドルフの側に居られるよう、お父様が婚約を許してくれたお陰で、私は前を向いて生きていました。




「くたくただし、お腹が減ったよ。何か食べさせて」

「エティエンヌ。また城を抜け出して来たのか?」

「王太子様は大変ね。すぐ準備するから、中に入ってゆっくりしていて」


 エティエンヌはシャンダール王国の王太子として、忙しい毎日を送っていました。魔女の謀の後処理に、落ちた貴族島の修繕。守護獣の繁殖と、あちらからこちらまでフル回転だそうです。


「王太子なんて、なりたくなかったよ。マティスの奴、上手く逃げてさ……」

「ま、収まるところに収まっただけだ。頑張れ」


「他人事みたいに言うけど、アドルフだってそのうち、堅苦しい皇子の生活が待ってるんだからね」

「それを言うなよ……」


 キッチンに立ちながら、また黄金豹と紅蓮獅子のじゃれ合いを眺められ幸せです。


 魅了が解けたマティス様は王位継承権を放棄し、軍属となりました。


『ルシール、すまない。私のしでかした事、確かに覚えている。それもこれも私に力がなく、隙があったからだ』

『魔女の存在を、今まで誰も知らなかったのです。仕方ありません』


『ありがとう。メレーヌは今も深い眠りについているが、医師の見立てでは身体に問題はない。必ず目を覚ますと言っていた。私はそれまで彼女を待つつもりだ。こんな不誠実な男の婚約者にしてしまい、本当にすまなかった』


 マティス様は平民地までわざわざ来て、きちんと謝罪してくれていました。


 王妃様は魔女が抜けた後も、戯言のようなことばかりを口にしているそうです。

 パティさんの話しだと、『そもそも心が不安定な人間で、精神が耐えきれなかったんだよ』とのこと。


 今までエティエンヌが置かれていた状況を知っているので、お祖父様の言っていた“インガオウホウ”としか思えませんが、考え過ぎると私も魔女になってしまいそうなので、自重しましょう。


「手のひらをかえした奴らの顔を、毎日見るだけでもウンザリするんだよ」


 王妃様とマティス様の派閥だった家臣たちは、エティエンヌに取り入ろうとあの手この手でご機嫌を取りに来るらしいです。

 こちらも悩みの種だと本人は言っていますが、お父様の話だと、素晴らしい手のひら転がしをしているそうなので、きっと大丈夫ですね。


「ウフフ。どんなに悪態をついていても、エティエンヌは闇の力とは無関係みたいね。さすがだわ」


 辛い過去があっても、民のために手腕を振るう王太子様。シャンダール王国の未来はきっと明るいのです。

 貴族島と牧場が近くなり、これ幸いとこうしてちょくちょく抜け出して来るのですが、弟分と妹分を心配して来てくれているのを知っていますよ?


「のらりくらりとした、放蕩王子が性に合っていたのにさ。ま、いいよ。やるしかないし。それで、パティの子はいつ産まれるの?」

「出産までの期間は短いらしくて、あと二月もしないうちに産まれる予定だ」


「そうなんだ。やっぱり早いんだね。嬉しい悲鳴をあげながら、壁に頭を打ち付けてしまいそうだよ~」

『エティエンヌがんばれー』

「パティさんも応援しているって」


 まだ、パティさんのお腹は胎動もわからないくらいですが、あっという間に守護獣牧場はてんてこ舞いになりそうです。

 生命の誕生って、本当に神秘的なのですね!




 インドアだった弟は、アドルフに憧れたのか、牧場にやって来ては色々教わっています。お母様はご婦人方を平民地へのピクニックに誘い、こちらでティータイムまでするように。

 お父様はルブラン・サクレをすっかり好きになり、王国の守護獣管理の責任者を任せられることになりました。

 皆、張り切りすぎて心配になる程です。


 変わり者ですが、地位のあるクレナスタ家の面々が平民地の素晴らしさを普及するので、今まで汚ならしいと大地を嫌悪してきた貴族の意識も、変わりつつあります。


 シャンダール王国に、新たな風が吹き始めていました。

 国の急激な変化を感じつつ、モリモリ食べてよく眠るパティさんのお世話をしているうちに、瞬く間に時は流れて――







 アドルフが管理し、エティエンヌが支援し続けてきた平民地の守護獣牧場に、新たな命が誕生した。

 スクルと、パティの子どもたちだ。


「お二方の子どもたちは可愛過ぎですよ」

『でしょう?』


 兄妹でじゃれ合い、コロコロと転がる子どもたちを、パティとルシールが見守る。


「あいつら、寝て起きる度に一回り大きくなってるよな?」


 アドルフはその様子を確認しながら、いつも通り守護獣の世話をしているが、彼が直接携われるのはあと僅か。


「アドルフ様、寝床用の藁をお持ちしました」

「おうっ」


 荷馬車から大量の藁を降ろしているのは、正式にシャンダール王国の兵を除隊したライアン。

 伯爵家の再興が決まり、アドルフと一緒に帝国に帰る予定だ。




「お~い! 皆、集まって~」


 常に優雅なエティエンヌが、息を切らして走って来た。


「他の牧場でも、守護獣の子どもができたよ!」

「やったわ!」

「ルシールも頑張ったからな」


 三人で手を繋ぎ、ぐるぐる回る。はしゃぎたくなる理由があったのだ。なにせ――


『私も帝国に行く。ルシールから離れない』


 パティには、子どもが五頭産まれていた。乳離れしたら、二頭を帝国で育てると決まっていたが、パティがそんなことを言い出したのだ。


「さすがに貴重な守護獣を三頭譲るとなると……」

「無理だよな……」


 当初、王太后だったジゼルは、産まれた子どもの半分をレイダルグ帝国で譲られるよう話し、頭の上がらない国王も了承していた。


 パティが頑張ってオス二頭とメス三頭の母になったところまではよかったのだが、その母守護獣までルシールと一緒に帝国に行くとなると、話が変わる。

 しかも――


『私、ルシールと契約したよ! すごい? 偉い?』

「ええっ!? いつの間に? なんの力を私のために使ったのですか!?」


『あのね……』


 契約まで完了していた。パティがルシールのために使った力は……、またもや、オスたちの前では訳せないことだった。


(そのうちアドルフにだけは、なんとか頑張って伝えましょう)



 そんなこんながあり、ごり押して帝国に行こうとするパティと、アドルフと契約を結びたそうなオスの子二頭を帝国に連れて行くため、エティエンヌは奔走したのだ。


「他の牧場にも子が産まれるし、それはルシールの貢献があるからだと、パティのために交渉を頑張ったんだからね」

『ありがとう、エティエンヌ! 帝国に行っても、会いに来るからね! ルシールにフラレたエティエンヌのお嫁さんに、誰がなるのかも気になるし!』


「「「パティ……」」さん……」


 母親になっても、パティの天真爛漫さは健在。ルシールが話題を変える。


「大きくなったら、他の牧場で産まれた子どもたちとお見合いまでするんでしょ? 本当に楽しみね」


 アドルフも、子守護獣を巻き込んで空気を変えようと必死だ。


「三姉妹は、パティと離れてさみしくないか?」

「クウ~ン」

「クウ」

「ワフッ」


『ママは天然っぽいけれど、あれで意外と厳しいから、帝国に行ってもしっかりやれよな! だって』


「クウ~ンでそんなに伝えてくるとは……」

「さすが、スクルとパティの子だよ……」

「意外と辛口だったのね……」




 正式に、パティとオスの子二頭を帝国に連れ帰ることが決まったその日、真剣な面持ちでアドルフはルシールに切り出した。


「慌ただしく過ごしてきたからって、クレナスタ侯爵にいいところを盗られたままだった。それに、お互いの気持ちをわかり合えてるとしても、こういうケジメは大切にしたいんだ……」

「アドルフ?」


 ルシールの手を取るアドルフ。「突然どうしたの?」と、戸惑いながらも二人は見つめ合う。


「皇族と貴族に生まれたからには、俺たちは家同士が決めた婚約者かもしれない」

「うん……」


「お互い辛い経験をしたが、ここで出逢い、一緒に暮らしたからこそ、心を通わせることができたと思っている」

「そうね……」


 初めて会ったあの日を思い出し、今もここに二人でいられることに感謝する。多くの真心に支えられ、ここまで来られた。


「最高に贅沢な方法で、俺は伴侶を見つけられたんだ」

「私もよ。ちゃんと両国と両家に認められ、大好きなお祖父様と同じように、心から愛せる人と一緒になれるんだもの。私だって、これ以上ないくらい幸せ者だわ」


 可憐な花が綻ぶ様なルシールの微笑みに、アドルフはその笑顔を生涯守り続けようと、強く思い定める。


「ありがとう。だからこそ、俺たちが重ねてきた気持ちとここでの暮らしを忘れず、これからもずっと、ルシールの手を離さないと誓う。――いつまでも、どこへ行こうとも、私は貴女を愛し守ります」

「はい」


 初めて二人の唇が重なった。それはそっと触れるだけの、優しく軟らかなキスだった――

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