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3 共同経営者さんが来ました

「おはようございます」

「ずいぶんゆっくりだな? 服が乾いたら、ちゃんと家に帰れよ」


 なんだかんだ昨日、私は汚れたドレスを優しく手洗し、着替えの服まで借りて日が高く昇るまで眠ってしまったのです。

 男性は、口では文句を言い続けながらも、手早く私の朝食をテーブルに並べてくれています。


「さっさと食ってくれ。飯の分くらいは働いてもらうからな」

「ありがとうございます。いただきます」


 貴族島で食べるより新鮮だからでしょうか。黄身がプリッとした目玉焼きも美味しいですし、サラダもシャキシャキです。素朴な味付けが素材その物の美味しさを引き立てている朝食を、恥ずかしながらもモリモリ食べてしまいます。




 ――コンコンコン――


「おはよう、アドルフ」

「げっ!? エティエンヌ……」


 守護獣牧場に、お客様がいらっしゃいました。エティエンヌと呼ばれたお客様と私の目が合い、その方が大きく目を見開いています。


「アドルフ……。彼女ができたのなら、ちゃんと私に話してくれないかな? 共同経営者なのに、相方の私生活に配慮できない無粋な男にはなりたくないよ」

「ちちっ、違うんだ! こいつはそんなんじゃなくてだな!」


 私を泊めてくれたアドルフさんが狼狽しています。確かに、見知らぬ女が朝食を摂っていたら誤解しますよね。


「彼シャツまで着せておいて、その物言いは彼女に失礼だよ?」

「かっ、かかか彼シャツ!? これはその、なんだ……」


 私のせいでアドルフさんの取り乱しようが半端ないので、私の口からエティエンヌさんの誤解を解くことにしました。


「お話し中申し訳ございません。私は昨日、こちらの守護獣スクルさんに命を助けられ、そのままアドルフさんのお世話になっているだけのルシールと申します」

「おや? 貴女は……。しかも、スクルに命を助けられたとは物騒ですね。そしてアドルフが……」


 エティエンヌさんは、何かに気づいたのでしょうか? アドルフさんに綺麗な流し目をし、私の言葉を確かめているようです。


「なんだよその目は! そういうことだから、何にもやましい事なんかないんだからな!」

「誰もやましい事なんて言っていないけどね。アドルフにはやましい気持ちがあったのかい?」


 頬に手を添え、首をかしげながらアドルフさんに詰め寄るエティエンヌさん。顔を赤くし、プルプルしながら後退りするアドルフさん。

 美しくしなやかな黄金豹が、逞しく雄々しい紅蓮獅子をジワジワ追い詰めているみたいです。


「ん……、んなわけあるか!」

「ふうん? まあいいよ。彼女ではないということはわかった。――それでルシールさん。差し支えなければ家名をお聞かせくださいませんか?」


 どうしましょう。ここは、上から来た貴族であることを隠した方がいいのでしょうか?


「大丈夫です。貴女の不利や害になる気は当方に一切ありません。ただ、お困り事があるのなら、力になれるかもしれないと思ったのです。庭に干されたドレスはルシールさんの物ですね?」


 暗に、貴族令嬢ということはばれていると言っているのでしょう。その上で、例え平民地を蔑ろにする貴族でも、力になれるかもしれないと言ってくださっているのですね。

 私はエティエンヌさんとアドルフさんに、正直にここに来た経緯をお話しすることにしました。


「そうです。改めまして、ルシール・クレナスタと申します」

「クレナスタ侯爵家のご令嬢でしたか。私はエティエンヌ。スクルたち守護獣に価値を見いだし、この無作法者のアドルフと共に、守護獣牧場の経営をしております」


 エティエンヌさんが人好きのする柔らかい笑みで、丁重にご挨拶くださいました。スマートな方ですね。


「無作法ってなんだよ! お前がキザ過ぎるんだ!」

「おや? 私が紳士で格好いいなんて言葉が、アドルフから出てくるんだ。めったに聞けない褒め言葉をもらえて嬉しいよ」

「んなこと言ってない!」


 アドルフさんが苦虫を噛み潰したような顔をしています。どうやらこのお二人、仲は良さそうですが性格は正反対みたいです。


「粗野なアドルフは放っておいて、ルシール様。いや、ここではルシールさんと呼んだ方がいいかな?」

「お気遣いありがとうございます。どうぞ気兼ねなく、ルシールとお呼びください」

「分かりました。ならば、ルシール。年も近いようだし、こちらにいる間、互いに敬語はなしにしよう」


 私は頷き、素直にエティエンヌさんの言うとおりにすることにしました。


「わかったわ、エティエンヌさん」

「さんもいらないよ。気軽にエティエンヌとアドルフと呼んで」

「俺のことまで勝手に決めんなよ!」


 アドルフがジトリとエティエンヌをねめつけますが、意に介さずエティエンヌが続けます。


「よし。朝食が終わったら、どうしてここに来たのかを聞かせてくれるかい?」

「ええ。事情を話して、色々教えてもらいたいところだったの。是非聞いてほしいわ」


 私がそう伝えると「気にしないでゆっくり食べてね」と言って、エティエンヌはキッチンと隣り合ったリビングに行き書類の束を広げ、書き物をはじめました。アドルフはチラチラと私たちの方を見ながら、「スクルとパティの様子を見たらすぐ戻る」と言って外に出て行きました。

 もう一頭の守護獣は、パティさんというのですね。今度、御礼かたがたご挨拶に行きましょう。




 私は食事を終え、洗い物を済ませました。アドルフが戻るまで、ついでにキッチン周りのお掃除をしましょう。

 アドルフはここに一人で暮らしているようですが、それなりに整理整頓し、清潔にしているみたいです。


「でも、もっと使い勝手を良くできそう……」


 お祖父様から聞いた話では、嫁姑問題が勃発するのにキッチンが大きく関わるとか。我が家の味問題ならまだしも、男性からすればどうでもいい細かい事が火種になるそうです。

 食器をすすぐ時間の長さや、洗った食器を拭く派か自然乾燥派か。今、私が行った作業一つとっても、女同士が戦う要因となるのです。


『母と祖母のバトルは凄かったよ……。食洗機には救われたね。だから、この世界でも役立つと思ったんだ』


 お祖父様が遠い目をしていたのを思い出します。お祖父様が食洗機の構想を、シャンダール王国に提出するきっかけとなったお話だそうです。



「アドルフに相談してみようかしら?」


 アドルフは姑ではありませんし、今の私は令嬢らしからぬと陰口を叩かれてきた事を、文句を言われず自由にできる環境があるのです。思う存分やってみたい!

 私ってば、ここに居着く気満々ですね。


「よし、相談しましょう!」


 そこに在るべき物がないとムキッとなりますが、在るべき場所に整然と物が並べられていると感動するものです。幸いここは平民地。沢山の木材があり、仕切り用の小箱を作るには充分です。

 お祖父様が言っていた、『積み重ねない収納』を取り入れてみましょう!


 きっちりと収納されたキッチンに思いを巡らすのは楽しいですね。大事な事なので重ねますが、ここで勝手に配置を変えてはいけないのです。同じ場所に在るけれど、見つけやすく取り出しやすく、かつ、さらにスペースができるのが良いのです!


「楽しみだわ」


 私は背後のエティエンヌさんにバレないよう、俄然やる気で握り拳を掲げました――

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