29 王城対決 その2
ルシールと魔女が、互いの魔法を拮抗させ睨み合う。
「ここにいる奴らを全員消してやる。マティスだけ生かしておけば、私がこの国の王妃になることに変わりはない」
「できるでしょうか? やれるものなら、やってみてください」
やっと若く、それなりに及第点を与えられるくらいには、健康な女の身体に入り込めたのだ。
魔女はなんとしてもメレーヌの身体と、自分の傀儡となるマティスを手離したくなかった。
「ステファヌ、マティスを頼んだ」
「アドルフ様、私の無念をどうか!」
「ルシール、必ずパパと一緒に家に帰ろう」
国王はエティエンヌに、ライアンはアドルフに、クレナスタ侯爵はルシールに――魔女の存在にたどり着いた、二国を担う若者たちに未来を託す。
結論を出した、オジサンたちの動きは早かった。
シャンダール王国の国王はじめ、重鎮たちが王座の間から離れ、外側から結界を張る。王国の兵たちも、統率の取れた動きで彼等のサポートを開始している。
内側からは、パティが魔女を逃すまいと、毛を逆立たせ四肢を踏ん張っていた。
レイダルグ帝国の悲劇を繰り返さないため、アドルフが提示した作戦だった。守護獣が同士討ちをしないのなら、被害は王座の間だけで済むだろう。
「は~ん。ハナから皆で、あたしをヤル気だったってわけね?」
魔女が不適に笑う。それ以外王座の間に残ったのは、エティエンヌにアドルフとルシール。そして、未だ何が起きているのか理解できていないマティスだった。
人間たちの戦いの行く末を、守護獣のスクルとパティが見守っている。
「マティス。冷静になって真実を見定めなさい」
「兄上……」
エティエンヌが、マティスに重ねてかけられていた魅了を解除していく。
「お前に光属性があれば、こんなことにならなかったのかな……」
「あ、あ、兄う……え」
急激に精神に介入されたマティスは、ガクリと膝をついてグッタリしている。だが、意識はしっかりあるようだ。体力は有り余っていそうなので、問題ないだろう。
「さあて、俺はあんたに恨みがある。遠慮なく成敗してやるよ」
左腕が不自由なライアンは、「命をかけてお供したい」とアドルフに懇願したが、「足手まといになる」と止められ、泣く泣く外側から城を守る側に回っていた。
家族だけでなく、ライアンの想いも背負ったアドルフは、ファルシオンの切っ先を魔女に向ける。
「ハハッ。お前、あたしが殺した帝国皇族のガキ? 尻尾をまいて逃げ出していたねぇ。しかも、守護獣に認められていないんじゃないか?」
「もう、守られるばかりのガキじゃない」
アドルフは、紅蓮の瞳で真っ直ぐ魔女を見据えている。だが、相手の方がアドルフから視線を外した。
「ふん、お前は後回しだ。ルシールだったっけ? あんたから消すよ」
そして、魔女は真っ先にルシールに狙いを定める。幾つもの黒炎が、ルシールに放たれた。
「いただきます!」
しかし、ルシールは、その黒炎を嬉々として吸収する。じわりじわりとゆっくり闇の力を奪いパティに渡していた時よりも、思い切り行使できる今の方が彼女の体質に合っていた。
平民地では遠慮していた分、一気に吸収した魔力を自身の魔力に変換する。
「スクルさん、出しますよ?」
『構わん。思い切りやれ』
生を目一杯謳歌しているルシール。禍々しい闇の力をみるみる心地よいモノに変えてゆく。ルシールというフィルターを通し変化した魔力を、スクルがこの地に生きる者たちに届けていた。
「おかしいと思っていたんだ……。やはりお前の仕業だったか!? 影からコソコソと、ずっと邪魔してきやがって!!」
魔女は髪を振り乱し怒り狂っているが、どんどん闇の力をルシールに奪われてゆく。動揺している魔女の懐に、エティエンヌが素早い身のこなしで入り込み、レイピアを突き刺した。
――キイーーン――
「兄上……。その身体はメレーヌのものです……」
「マティス……。やはりメレーヌ嬢を……」
エティエンヌの渾身の一撃を、大剣を構え身体全体で弾いたマティスは倒れ込んだ。が、フラフラと起き上がり、なお魔女を庇う。
「ハッ。そいつはそもそも、この女が好きだったからねぇ」
魅了が解けたばかりで朦朧としているマティスを、魔女がまた利用しようと手を伸ばす。
「エティエンヌ! マティスを押さえておけ!」
「ああ。愚弟は任せて」
エティエンヌは国王に、「必ず弟を救う」と言っていた。皆、その約束をたがえる気はない。魔女の行く手を業火で遮ったアドルフが、シャンダール王国の王子たちと魔女の間に割って入る。
「ルシール。俺らでやるぞ」
「わかったわ」
「おやおや。一人かけたけど、大丈夫かね?」
劣勢なのにどこか楽しげな魔女は、再びルシールに黒炎を投げつける。ここで一気に畳み掛ける気か、先ほどよりも威力が強く、手数は多い。
ファルシオンに魔法を纏わせ打ち落とすアドルフと、闇の力を無尽蔵に吸収するルシール。
だが、二人では完全に黒炎を処理しきれない。
『やむを得んな』
ルシールの前に降り立ったスクルの咆哮で、魔女の黒炎はかき消えた。
「へえ。守護獣が特定の人間の命を守ったねぇ。その皇子は認めてないのに、ルシールを主にしたってわけかい?」
『アドルフには信念がある。契約を結べないのではなく、結ばなかったのだ』
スクルが魔女の問いに答えている。
『まあ、お前と会話しても、主と違って言葉を理解できないだろうから不毛だな。我が主を狙ったのだ。許さん』
「我が主?」
ルシールはスクルの言葉がひっかかる。まるで自分とスクルが、契約を結んでいるような言いぶりだ。
一瞬ルシールが思考の海に沈みかけたが、隣のアドルフが魔女に斬りかかる。しかし、既に魔女の身体がグニャリと崩れ落ちた。
アドルフの剣は虚しく空を斬っていた。
「まあ、いいさ。守護獣に完全に消されたら、たまったもんじゃないんでねぇ。貯めた力を盗まれていたことに気づいてからも、ただ指を咥えていると思っていたのか?」
「どこだ!?」
謁見の間に、魔女の声だけが響く。
「あたしは人間がいる限り、どこにだってゆける。準備に三百年かけたこの島を手離すのは惜しいが、今は分が悪いだけさ」
「逃げる気なの?」
「結界は、この城を守るくらいしか役に立たないだろうねぇ。あたしが築いた島を、みすみすお前らなんかに渡すもんか! いっそ壊してやる!!」
魔女の気配が薄れてゆく。そこに残されたメレーヌの身体からは、完全に禍々しい闇の力は消えていた。
眠るように息だけをしているメレーヌ。
「メレーヌ!」
マティスが脱け殻のようになった彼女の身体を抱き起こす。
『ここにいた魔女は逃していない! 完全に消滅したはず。けれど、同時に島の中で急激に強くなった魔女の気配がある。最初から、どこかにもう一つ、依り代を準備していたんだよ!』
パティは、悔しそうに足で豪奢な絨毯をガリガリ引っ掻きながら、魔女の気配を追っている。
その時、謁見の間の外から悲鳴が上がった。
「地下への! 制御室への扉が開かれました!!」
マティスとメレーヌを謁見の間に残し、三人と二頭は結界の外へ飛び出した――