28 王城対決 その1
マティス様やメレーヌさんをいきなり糾弾しても、幸福な生活を送ってきた貴族島の皆様には、信じられないでしょう。
魔女が貴族島に潜んでいるなど、誰も知らないのです。
失敗すれば、エティエンヌやレイダルグ帝国の立場も悪くなります。
あくまでも、魔女の存在と真実を皆様の前であばき、その上でお引き取り願うのです。
「父上は公正かつ、間違いない判断をしてくれるよ」
「ああ。優しいが、本物の為政者だ。ばあさんにしごかれた方なんだし、絶対大丈夫だ」
アドルフの言うばあさんとは、王太后のジゼル様のことです。必ず帝国に行き、お会いしましょう。
その日のためにも、ここは踏ん張りどころですね!
「ようし! 今日は二人に、猫被り令嬢モードからの、どこまでもしがみついて力を吸い尽くす、ヒルモードをお見せするわよ!」
「それは楽しみだ!」
「えっ!? なんか恐いんだけれど……」
実家に帰ってすぐ、マティス様との面会を願い出ていました。翌日には返事が届き、貴族島に戻って三日後、こうして王城へやって来たのです。
エティエンヌから事情を聞いた王様も大層驚き、にわかには魔女の存在を信じられなかったようですが、客観的に判断するため、メレーヌさんを王命で城に呼んでくれています。
「ルシール……。元気そうだな……」
「ご無沙汰しております。マティス様」
謁見の間に入って来たマティス様は、こちらを憎らしげに見てきます。そうしたいのは私の方なのですが、ここはニッコリ令嬢スマイルでお迎えです。
「私の婚約者であるのに、行方不明になるとは、無用心にも程がある。ここはニホンではないのだ。侯爵家の娘が一人歩きするなぞ、不届き千万!」
「返す言葉もございません」
「仰るとおり、迂闊でしたわ」
お父様と揃って一応返事をしますが、こちらから謝る気はありませんよ? マティス様に突き落とされた自分の迂闊さは、ちゃんと認めますが。
「ふん。悪いが、どこで何をしていたのかわからぬような者を、妃にはできない。婚約は破棄する!」
「はい。クレナスタ家側も、婚約の解消を承りました」
「そうですね。婚約を解消することにいたしましょう」
あくまでも婚約の解消ですよ? マティス様からの破棄ではありませんからね。
予想外の返事だったのでしょう。マティス様が固まり、パチパチと瞬きしています。私が泣いて、王妃の座にしがみつくとでもお考えだったのでしょうか? それとも――
「は!? 言いたいことはそれだけか?」
「ええ。円満に婚約は解消されましたから。マティス様のお陰で、素晴らしい経験をさせていただきましたよ。心から感謝申し上げます」
私が平民地に突き落とされたと、この場で訴えるとでも思っていたのでしょうか? 根回しは事前に済ませるものです。
ですが、物足りなさを感じさせてしまったのならば――
「ああ、では、一つだけ。ご覧ください。婚約の腕輪はもう外れております。二度と力業は通用しませんからね」
「クッ」
ブルブルしちゃってます。巨大な苦虫を噛み潰されたのですね。まあ、彼が私を突き落とさなければ、私はアドルフたちと出会えていないのです。
だから……、許します。もう用はありません。ここからは、傍観者兼証人となっていただきますね。
「残念だが、双方の気持ちが婚約の解消で一致しているのならば、何も言うまい」
「左様でございますね……。手続きを進めます」
王様も宰相様も残念そうに肩を落とされていましたが、了承してくれました。
私もこの国のためお役に立ちたいと考えて参りましたが、別の方向で役立てるよう全力を出させていただきます!
「では、手続きが済んだら、メレーヌ・ザボット嬢を呼んでくれ」
「はっ」
各家の主として、王様とお父様が書類にサインをしています。
マティス様の勝ち誇ったような顔も気になりますが、隠れて様子を見ていたアドルフのガッツポーズに励まされますね。
さあ、いよいよ黒幕の登場です――
呼ばれたメレーヌさんは、「あら? ルシールさん。行方不明だったのでは?」とでも言わんばかりの、すっとぼけた表情で現れました。
ですが、婚約腕輪を外し、ルブラン・サクレとたくさん関わった今の私にはわかるのです。抑え隠していても、彼女からは禍々しい力が溢れていました。
「メレーヌ! 待たせたな」
「マティス。そなたのためにメレーヌ嬢を呼んだのではない。少し黙っていなさい」
「父上、私とメレーヌの婚約を認めてくださるため、彼女を呼んでくれたのでは?」
「二度目だよ? 黙りなさい」
滅多に怒らない優しい方が怒ると、効果覿面ですよね。そんなことを考えていた私に、エティエンヌとそっくりな柔らかい笑みを王様が向けてくれました。
ゴーサインです。
「メレーヌさん、ご機嫌よう。こうしてお会いできる日を楽しみにしておりましたわ」
私はメレーヌさんにゆっくりと歩み寄ります。
「ルシールさん……」
「あ、今日は色々とお尋ねしたいのですが、よろしいですか?」
「お断りします」
ですよね。織り込み済みです。
「いやだわ。メレーヌさんは、こんなツンツンした女性ではありません。変わり者の私にも、大変優しい女性でしたよ?」
「そんなことございませんわ……」
「それに、ずいぶんと化粧が濃いですね。可愛らしいお顔立ちに、まったく似合っていませんよ?」
「褒めているのですか? 貶しているのですか?」
メレーヌさんの口元がヒクヒクしてきました。
「本当、少しお会いしないうちに、ずいぶんと変わられましたね。まるで魔女ですわ」
「……いい加減お止めください」
約束どおり、王様たちは私たちのやり取りを見守ってくれています。しかし、一人だけ騒ぐ人がいました。
「お前! メレーヌに失礼だぞ! まさか、嫉妬か!?」
先ほど私が言った言葉をもうお忘れのようで、掴みかかろうとしてきました。挙げ句、勝手な妄想をされたのですか……。やれやれですね。
「ルシール。そっちに集中していていいぞ」
「マティス。いつから父上の言いつけを守れない、お馬鹿さんになってしまったのかな?」
潜んでいたアドルフとエティエンヌが、マティス様の進路を塞いでくれました。
「ありがとう。わかったわ」
「なぜ、ここに兄上たちが……」
「……」
メレーヌさんも、雲行きが怪しいと感じたようです。逃げられる前に、サクサク進行しましょう。
「黙りですか。仕方ありませんね。私、やっと貴女に会えるのが嬉しくて、平民地からルブラン・サクレをつれて参りましたのよ?」
「えっ!?」
すでに王様から許可をいただいて、スクルさんとパティさんを城内に連れて来ていました。
エティエンヌとアドルフだけでなく、守護獣まで登場し、マティス様はもう何が何だかついて来られないようです。
ですが、二頭を連れたライアンさんを見ると、再び険しい顔つきになりました。
「お前……。恩を忘れ裏切ったか……」
いやいや、婚約者を殺そうとする方が、よっぽど酷い裏切りだと思いますよ。
それより、マティス様以上に怖い顔をしている人がいましたね――
「あらまあ。メレーヌさん――いえ、魔女さんでしたか? どこか具合でも悪いのですか? 善くないモノが、ダダモレしちゃっていますよ?」
もう魔女は、闇の力を隠す気はないようです。
『間違いない、そいつが魔女だ』
『確定~』
スクルさんとパティさんのお墨付きを得ました。それでは、ここからは力づくで、化けの皮を剥がさせていただきます――
「皆さん、魔女確定だそうです!」
――バチーン――
「来るな!!」
危ない危ない。思いっきり身体を弾かれてしまいました。
魔女の漆黒の魔力と、私の六色の魔力がぶつかり合い、互いを牽制します。
「そんなに守護獣や私がお嫌いですか?」
「フウ――フウ――フウ――フウ――」
「メ……メレーヌ? どうしたの?」
ここにいる皆さんなら、もう、メレーヌさんの魔力の禍々しさを、感じられているでしょう。
各々が素早く動き出す中、マティス様だけは威厳を保つためのいつもの偉ぶりも忘れ、素に戻り子どもの様になっています。
「フーーウ。やっぱりお前は、邪魔な存在だったな」
「同じ穴のムジナですね。その闇の力、全ていただきます」




