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27 マティス・シャンダール

 ――シャンダール王国第二王子マティス・シャンダールの元に、“娘が戻ったのでお会いしたい”と、クレナスタ侯爵からの手紙が届いた――


「私は大切な調べものがある。集中するため、専用室周囲の人払いをしておけ」

「はっ」


 マティスは今日もメレーヌに会うため、王立図書館へ向かっていた。兄ステファヌよりも朱がかった髪が目に入り、不愉快になる。


(あいつは綺麗なプラチナブロンドなのに……)


 母からは、「血筋だけでなく、全てにおいて貴方の方が王に相応しい」と育てられたが、年齢差を加味しても、本当は兄の方が優れていることに気づいていた。


(ステファヌもルシールもヘラヘラとし、人を小馬鹿にしたような奴だ。まだ実直な、アドルフが兄だったらよかったのに)


 チヤホヤとおだてられて育ったマティスには、腹の底が見えないステファヌは恐ろしく、マイペースなルシールは苦手だった。

 だからこそ、ステファヌを貶めるような言動で自尊心を満たし、ルシールとは婚約者であったが距離を置いてきた。


(嫌な奴らの事を考えてしまったな。メレーヌに癒してもらおう)


 そう思ったが、マティスの顔が曇る。最近のメレーヌは、貴族島に侵入した守護獣やルシールの件で苛ついていた。


(そんな彼女でも、丸ごと受け入れてしまうのだから、愛とは偉大だな……)


 感情の浮き沈みが激しくなっており、周囲に心配されていることを本人は気づいていない。メレーヌとこうして会っていることも、すでにクレナスタ侯爵家が調べ上げていたのだが、バレていないと思っている。


(ルシールからやって来るなら、行方不明中の不貞の可能性を理由に婚約を破棄するまで。正式にメレーヌと婚約したら、二人でもっと大きな困難を乗り越えてゆくのだ。些細な言い合いなどで躓いていられない)


 マティスの精神は、心地がよい靄に包まれていた。自分に都合のいい世界だけを見ている。



「ここまででいい。お前たちも下がっていろ」

「かしこまりました」


 母や家臣の前では次期王として振る舞わねばならないが、メレーヌの前ではただの男になれる。唯一の癒しに会うため、マティスは王族専用室の扉を開いた――






「お待たせメレ――」

「ちょっと! なんで王国は、膜を壊して侵入したルブラン・サクレをまだ処分していないの? それに、私が王命で呼び出されなきゃいけない理由はなんなのよ!?」


 挨拶も会えた喜びの言葉もなく、マティスはメレーヌに怒鳴られていた。

 だが、病気がちだった彼女が元気になった証と思えば、喜びさえ感じる。


「守護獣の件は、すぐ平民地の牧場に帰ったって言うし別にもういいじゃない? それと、ルシールが生きて戻ったんだ。きっと以前から、メレーヌを婚約者にしたいと父上に話していたから、協議するために呼ばれたんだよ」

「はあ!? あの女が生きて見つかった? なぜ、まだどちらも生きている!」


 眦を吊り上げるメレーヌ。その剣幕に圧倒され、マティスはたじろぐ。


「でも、大きくて美しい生き物だったよ。ルシールの件だって、相手の分が悪いに決まってる。誰もあいつの話を信じたりしないさ」

「ふん、ずいぶん頭が温かいのね。なにが守護獣よ。それに、本当に皆、第二王子側かしら?」


 その言葉は、マティスの触れてほしくない場所に突き刺さる。ステファヌへの劣等感が疼き、思わずメレーヌに言い返していた。


「近頃、メレーヌはキツイ事ばかりを言うね。以前はもっと、奥ゆかしく健気で、優しかったのに……」


 マティスの口からため息とともに、閉じ込められていた本音が吐き出される。


「へえ……。ずいぶんと反抗的だ。まさか、こっちの効き目まで弱くなっているのか?」


 メレーヌが何かを呟き、自分に近づいたかと思った瞬間、マティスの心がメレーヌで満ちてゆく。


(……やっぱり僕は彼女がいい……、メレーヌを愛している……)






 かねてより、マティスは異世界人の孫娘ルシールではなく、メレーヌを婚約者にと望んでいた――


 婚約者の選定過程で初めてマティスと会ったメレーヌは、彼の問いかけに真っ赤になりながら、「はい」と辛うじて答えるばかりだった。


(慎ましく、とても儚げな人だ)


 淡いブラウンの柔らかそうな髪、少女のような顔立ちと華奢な身体が、ひどく庇護欲をそそる。


(好ましいな……)


 三年間の婚約者の選定期間中に、マティスはメレーヌを好きになっていた。

 だが、彼女は何度か倒れることもあった。発作を起こす体質だったのだ。


(てんかんか……。公務に支障をきたし、王妃に相応しくないとされるかもしれないな……。だけど、僕は……)


 メレーヌに微笑みかけると彼女もはにかみ、自分を眩しそうに見つめていた――



 一方、ルシールは健康的で美しく、頭の回転が早いのか、マティスの話に軽快に受け答えをしたかと思うと、次には自分の好きな物事を語って聞かせる。


(うるさい女だ。面倒で疲れる……)


 何がそんなに楽しいのか、いつも幸せそうに笑っているルシールがウザったかった。

 だが、メレーヌと家格が同じなら、ルシールが婚約者に選ばれる可能性が高い。

 マティスは父に自分の想いを話しておくか悩んだが、かつての父も同じ苦しみを経験し乗り越えたのだと、思いとどまった。


(嫌いな女を娶った父上の気持ち、今なら分かる。確かに、母上が正妃の座には相応しかった……。だが、あくまでも保険だったんだな……)


 父は第二妃を愛していたのだろう。だが、身体が弱くては子が成せるかわからない。

 結果、第二妃は兄を残し亡くなったが、母を正妃とし、愛する者を第二妃とした父の判断は、間違っていないと思える。


 王になる者として、ルシールを娶る覚悟は決めていた。





「婚約者がルシール・クレナスタ嬢に決まりました」

「そうか」


 順当な決定だった。ルシールは身分も教養も容姿も、候補者の中で一番優れていたから。


(ケチをつけるなら、異世界の文化に染まり、こちらの世界では変わった女だというところか)


 しかし、父や宰相たちからすればそれすら新しい価値観で、学ぶべきところがあるらしい。

 シャンダール王国としてはヒデトシから受け継いだ能力と知識を、妃としてこれからも国のために活かして貰いたいのだ……。


(メレーヌ、少しだけ待っていてくれ……)


 第二妃が亡くなった後の兄の顛末を見てきたが、ああはなりたくない。メレーヌにも、メレーヌとの子にも、そんな思いはさせたくない。


 だからこそ、ルシールを形ばかりの妃に迎え公務をこなさせ、後にメレーヌとゆっくり愛を育もうと考えていた。





(そのため真面目に責務を果たし、努力してきたはずなのに、いつ道を踏み外したのだろう? なぜ、ルシールを突き落としたりしたんだ……)


 いつの間にか、マティスは図書館から私室へと戻っていた。


 最近になって、心にかかる靄が晴れるように感じることがある。

 今もそうで、久しぶりに昔の気持ちを思い出していた。


(だが、ルシールを突き落とした事を認める訳にはいかない。証人などいないのだ。ここまできたからにはシラを切り通し、メレーヌを正妃にする)


 こんな風に靄が晴れた時、引き返すに返せない所まで来てしまったことをマティスは自覚し、悔いてもいた。

 それでももう、後には退けない。ルシールには悪いが、突き進むしかないのだ――

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