26 決戦の前の小休息です
久しぶりに実家で目覚めた朝。ライアンさんは家の様子を見てくると、早くに出掛けてしまったようです。
気を回してくれたのかもしれません。厳つい軍人さんですが、細やかな配慮をされる方ですね。
残った皆で食卓を囲みます。
「おいしいわ!」
それにしても、誰かに作ってもらった料理を食べる特別感はハンパないですね! 時には、自分以外の料理が食べたくなるのも頷けます。
ですが、機嫌がいいのは私とお母様だけのようで、クレナスタ侯爵家の食堂には、微妙な空気が流れていました。
「ヒューゴ、夜更かししたの?」
「うん……。眠い」
「あらまあ。殿方だって、お肌は透明感がある方が好まれるわよ? ヒューゴにはいつまでもまっ白で、ツルツルでいてほしいわ~」
会話の糸口になればと切り出した私の話には、お母様しか乗ってきませんでした。お父様とアドルフの方をチラッと観察してみます。
お父様は口をへの字に曲げながら、朝食を咀嚼するのにいそしんでいますし、アドルフはいつにも増してキリリと背すじを伸ばし、真正面を見ながら綺麗な所作で黙々と食べています。
真剣な顔つきがとても凛々しくて素敵です。カッコ良過ぎて見惚れてしまいますね。牧場ではワイルドに食事を摂るイメージでしたが、こんな一面も見られるなんて……。
「ウオッホンッ。ルシール、いつ王城に行くことになるかわからんのだ。ぼうっとしてないで、しっかり食べておきなさい」
「は、はい」
お父様に叱られてしまいました。基本、昨日出迎えてくれた時のように目新しいモノが好きで、私と一緒にキャッキャと何事も楽しんでくれますから、余程の事をしない限り叱られはしなかったのですが……。
「あらあらあら、まあまあまあ。貴方も意外と、典型的な頑固親父だったのかしら?」
「……」
お母様が話しかけても、ますます口をへの字にして、眉間に皺を深く刻むお父様……。
「ご馳走さまでしたッ」
「あ、ヒューゴ! ずっとマンガを読んでいては目を悪くするわよ!」
「はーい」
立派な空返事が返ってきました。仕方ない子ですね。
「私も失礼するよ」
「お父様……」
食欲がないのか、お父様は食事を残して席を立ちました。
「体調がよくないのかしら?」
「大人の男の拗ねにつける薬はないから、放っておくといいわ。それよりも、二人の話を聞かせてくれないかしら?」
恋バナを楽しむ乙女に戻ったお母様の、尋問タイムがはじまりました。一時間ミッチリと根掘り葉掘り聞かれ、「スクルさんたちのお世話があるから」と言い訳をして、やっと解放されました――
「お父様、少しだけよろしいですか?」
「ルシールかい? どうぞお入り」
いつもの優しいお父様の声が聞こえてきました。少しだけ安堵し、執務室の扉を開けます。
「お掛けなさい」
「はい」
こんな話をするのは初めてで上手く伝えられるか不安でしたが、アドルフとのことを話しておきたかったのです。
「ご報告したい事があります。私、アドルフ殿下のことを好いてしまいました。殿下はそのうち、帝国にお帰りになる予定ですが、一緒についてゆきたいと考えています」
「……。ステファヌ様が最初にこの家を訪れ、ルシールの無事を伝えてくれた時、平民地で共に暮らすのは帝国の皇子と自分だから安心して任せてほしいと言ったんだ……」
エティエンヌは、そんなことを言ってくれていたのですね。
「だから私も、不承不承承諾することにしたよ。年頃の娘が平民地で生きるなんて受け入れがたかったけれど、二人の王子と皇子がルシールを守ってくれるならと言い聞かせ、忍苦の時期を耐えてきた」
「本当に申し訳ございませんでした」
流れとはいえ、自由気ままをしたのです。素直に謝ります。
「いや、いいんだ。そもそも、魔女の謀のせいだとちゃんと理解しているよ。それに、ルシールの身の安全が第一だった」
「荒唐無稽な話を信じてくださり、ありがとうございます」
味方だから大丈夫だよとでも言うように、力強く頷いてくれています。ですが次の瞬間、お父様の眼光が鋭くなりました。
「だが、まだ正式に婚約が破棄されたわけではないのに、ルシールに手を出すなんて……。クッ、アドルフ様め……」
マズイです。これはよろしくない雰囲気ですね。なんとかしませんと!
「あっ、最初に想いをお伝えいただいたのはステファヌ様でしたし、アドルフはどちらかと言えば焚き付けられた方でして……。それに、私もアドルフに惹かれていたのです。不器用ですが心根は優しく、さすが皇族と言うべきでしょうか? 皇として人を従える器もあって……。ですが、私の言う事が良いと思えばすぐ取り入れる柔軟さも――」
「ストーップ!!」
エティエンヌを巻き込みながら、お父様にアドルフのよさを熱く語っていたのですが、途中で止められてしまいました。
「二人とも、私の追いつかない気持ちも知らないで、幸せそうに伝えてくるんだな……」
「お父様?」
今度はイジイジしはじめました。“二人とも”とは、どういうことでしょうか?
「昨日、アドルフ殿下も執務室に来て、ルシールと暮らしたいと言ってきたよ」
「そうでしたか」
アドルフが緊張していたので、最初に私が話してほぐしておこうと考えたのですが、いらぬ心配でしたね。
私が好きになった人は、とても豪胆で潔い方なのですから。
「殿下にも話したが、少し考える時間がほしいんだよ」
「かしこまりました。戻ったばかりで色々煩わせてすみません。――ご無理だけはしないでくださいね。失礼します」
ルシールが執務室を出た後、少し放心していた侯爵だが、ゆっくり立ち上がると外へ向かった。
庭園から、賑やかな声が聞こえてきたのだ。
「スクルさんもパティさんも、どんな風にして小さな荷台に隠れていたのですか?」
『俺はこれでもかと言う程丸くなって、極限まで小さくなっていたのだが、途中でパティが寝てしまってな。嫁は寝相が悪いんだ』
『ゴトゴト揺れて、気持ちよかったの』
娘は楽しそうに、守護獣に話し掛けていた。
(ルブラン・サクレと会話しているのか?)
「だから、俺が荷台を開いた時、スクルがパティの下敷きになっていたんだな」
『重苦しかったが、俺は耐え抜いた』
「スクルさんは本当にいい旦那さんですね」
娘を拐って行こうとしている隣の国の皇族も混ざり、和気あいあいと過ごしている。
(そう言えば、父も動物たちの話しがわかると言っていたな)
敬愛する亡き父の顔を思い浮かべる。その貴族らしくないところが嫌で反抗した時期もあったが、歳を重ねるにつれ、彼の偉大さを痛切に感じる。
(娘は父にそっくりだ……。――クウッ――あいつらめ、もう、本当の家族みたいではないか……)
娘と片方の守護獣が楽しそうにはしゃぐのを、アドルフともう一頭の守護獣が愛おしそうに目を細めて見つめていた。
その日の晩、侯爵とアドルフは二人きりで酒を酌み交わしていた。翌朝、サロンでイビキをかいて寝ていた二人は、妻と恋人に叱られる――