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23 洞窟探検は心臓に悪いです

 私が牧場を脱走したあの日、テーブルにセットしていたプレゼントを見つけてもらい、なんとか皆さんに怒りを治めてもらえました。



 そして今日は、アドルフと一緒に近くのお店まで来ています。先日ミルさんを心配して、クワを構えていた方のお店ですね。


「おうっ。アドルフと、この間のお嬢さんか。いらっしゃい」

「手間をかけたな。ミルも元気に毎朝配達してるようだし、あの時は来てくれて助かった」


「貴重な生き物を育てる牧場は大変だな。ミルちゃんは、大急ぎで街から戻った親父とお袋さんにこっぴどく叱られてたから、もう余所者を連れてったりはしないさ」


 ミルさん、守護獣牧場まで悪人を案内したと思われて怒られたのですね。ちょっと申し訳なくて可哀そうになります。

 ですが、アドルフがシレっと答えました。


「ま、無事親御さんの所に帰せてよかったよ。でさ、今日は荷物を頼みたいんだ」

「ああ。この時間だと、近い所なら明日には届くな」


 他の牧場のルブラン・サクレさんたちへのプレゼントを、配達してもらうためやって来たのです。全部に加護を付与し、女子たちへのリボンにはたっぷり闇の力も込めています。


 そう、私が大地で生活するのも、もうすぐ終わり。貴族島に戻ってマティス様と対峙する前に、パティさん以外のメスの守護獣に、少しでも繁殖りょ――闇の力を渡したかったのです。


「それにしもてもなぁ。まさかこんな綺麗な人が牧場にいたとはなぁ。黙ってやがって、隅に置けない奴等だよ」

「色々あってさ、悪かったな」


 アドルフは照れ臭そうに鼻先を掻きながら、お店のご主人と談笑しています。本当にこの地に馴染んでいますね。彼の人柄が成せる業です。


「でな、俺はズバっと聞くぞ! その娘さんはどっちの彼女なんだ?」

「なっ!?」

「おいおい、いったいアドルフはいくつになったんだ? その反応はまずいだろ」


 耳を赤くし、直立不動で固まったアドルフ……。私のせいで、ご主人に誤解されてしまいましたね……。


「あの、私はけして――」

「そうだな、おやっさんの言うとおりだ。――ルシール、この後寄りたいところがあるから、ちょっと付き合ってくれ」

「ええ、もちろんいいけれど……」


 私の話を遮ったアドルフを見ると、やっぱり目の周りも赤く染まっています。


「おやっさん、答えはまだ出てないんだ。荷物はたのんだぞ」

「おうおう、若いっていいね! 頑張れよ!」


 ご主人に二人とも背中をバシバシ叩かれながら、お店を出ていました。

 さすがの私だって、十八歳なのです。それって、これって――





 苦しい程の動悸に悶えながら、なんとか牧場の裏手にある山までやって来ました。


「ほら、そこに入り口が見えるだろ? ここは、エティエンヌも知らない俺だけの隠れ家なんだ」

「洞窟?」


「ああ、中は広くなっている。ほら、手を貸せ」

「うん」


 アドルフに腕を支えてもらい、慎重に洞窟に入りました。距離が近くなってますます心臓が悲鳴を上げているのですが、平然を装います。


「暗いから光を出す?」

「俺がやるから、足元に気をつけてついて来てくれ。そこまで奥深くはないから」


 もっと明るくできそうなのに、あまり洞窟内を照らそうとしません。これは何かを隠していますね。

 私は気づかないふりをして、彼の大きな背中を追いかけることに専念しました。




「よし、ついたぞ。一番奥を見てみろ」


 振り向いたアドルフが、宝物を自慢する子どもみたいな顔をしていました。彼を追い越して、奥の暗がりに目を凝らします。


「うわあ、綺麗!」

「すごいだろ? 六耀石って言うんだ。結構珍しいんだぞ?」


 足元にはびっしりと、六色に輝く小石が敷き詰められていました。


「この粒を、これから作るフロシキに縫いつけたら、ルシールが作ったって証拠になるだろ?」

「アドルフ……」


 作った物にオリジナリティを出したいのは、商品価値を高めるためもありますが、純粋に“私が作った証”を残したいというのもありました。

 いつまで自ら制作できるかわかりませんでしたから、作った商品に印を残したかったのです。


「でも、今までアドルフがこの石を外に出さなかったのは、何か理由があったからなんじゃないの?」


 珍しくて綺麗な石なら、色々と利用できたはず。


「そうだな。ここは俺の隠れ家だったんだ。場所を詮索されたくないし、この石の輝きが好きだから、自分だけの物にしたかったんだ」

「でも、私が使ってしまったら……」


「もう必要ない。隠れ家って言ったけど、逃げ場所だな。ガキの頃、メソメソしたくなった時はよくここに閉じ籠ってたんだ」


 やっと先日、帝国で起きた事が単純な皇族同士の争いではないと判明したばかりです。それまでずっと、辛い思いをしてきたのですね……。


「そんな顔をするなよ。俺にはもう隠れ家は必要ないからさ。――エティエンヌみたいに、過去を自分の口で説明できず悪かった」

「ううん。あの場に居させてくれてありがとう。私にできることがあれば、これからもアドルフに協力していきたい」


「頼もしいな。よろしく頼む。だから、この石はルシールが使ってくれ」

「そうね、これは少しだけもらうわ。貴方の秘密基地も厚意も大事にしたいから。だから、大切な人に送る物や、手離したくない出来の物にだけこの石を縫いつけることにする」


「いい案だ」



 アドルフが手元を照らしてくれます。一握りだけハンカチに包んで持ち帰りましょう。


「あのさ……」

「どうしたの?」


「エティエンヌと婚約するのか?」


 ――ジャラッ――


 アドルフの言葉に気を取られ、掬った石を落としてしまいました。


「エティエンヌから聞いていたのね?」

「ああ。――あのさ……、俺はエティエンヌも大事だし、ルシールのことも好きだ」

「私もそうだわ……」


 エティエンヌからの申し出について考えてきました。ですが、慌ただしい日々の中で答えを出せずにいたのです。


「俺は、パティに子どもが産まれたら帝国に帰る。だが、このままだと平民地に居ることになる」

「うん」


「それでもずっと、ルシールと暮らしたいと思ってしまった。我が儘だよな。でもさ、こんな気持ちになる女なんて、今までいなかったんだ」

「えっ!?」


 思わず低い声が出ました。『こんな気持ちになる女なんて、今までいなかった』――なんだかイラっとしますね。

 そりゃあ、アドルフだって大人ですから、恋人の一人や二人いたって……。あれ? やっぱりムカムカします。


「どうした?」

「ごめんなさい。なんか嫌なんだけど……」


「……。そこまで嫌われてるのは辛いな……」


「違うの! アドルフが他の女の人といると思ったら、すごく嫌な気持ちになるの!」

「まさか……、嫉妬してくれたのか?」


 嫉妬? 初めての感情です。マティス様がメレーヌさんと一緒でも、微塵も感じませんでした。

 エティエンヌなら――女性に優しいから、むしろ彼らしいと思います。親密な女性がいても、さすがエティエンヌとしか……。


 あれ? 私……。


「男性として、アドルフが好きかも……」

「本当か? ヤバイな。すげぇ嬉しい。でも足りない。もっと俺を好きになってくれ……」


 すっぽりアドルフに抱え込まれていました。ドキドキと幸福感が半端ないです。


「アドルフ、私には一応婚約者が……。それに、エティエンヌにもまだ返事をしていないし……」


 それでも頑張って、伝えるべき事を伝えました。ですが、アドルフの紅い瞳にガッチリ捕らわれ、今度は腰が抜けそうです……。


「ユカタありがとな。ルシールの髪の色で嬉しかった」

「うん」


 返事をするのが精一杯です。それなのに、アドルフは私の髪を一房とり、口づけてきました。

 もう無理です……。


「これ以上はさすがに俺がまずいな」


 私をそっと解放したアドルフは、落としたハンカチに六耀石を包んでいます。腰砕けの私はそのまま彼に抱えられ、なんとか洞窟を出ることができました――

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