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22 ありがとうございました じゃねぇんだよ!

 それから、ライアンさんに貴族島に居る魔女の存在と、マティス様が魔女の手の内にあるであろうことを伝えました。


「色々と腑に落ちました。アドルフ様、魔女討伐に私も協力させてください。貴方様に命をお預けします」

「俺だって中途半端な生き方をしているから、命は預かれねぇぞ? だが、犠牲になった皆のためよろしく頼む」

「はっ」


 貴族島の警備兵ライアンさんが仲間になりました!


「ところであの……。薄々勘づいていたのですが、貴方様はもしや……」

「元はステファヌって名前だけど、今はただの商人エティエンヌだよ。そ~ゆ~ことでよろしくね」

「はっ」


 さすがに、長年上に居た方にはわかってしまいますよね。エティエンヌには隠しきれない気品がありますから。


「それと、重ねて恐縮なのですが貴女様はやはり……」

「あっ、申し遅れました。一応マティス様の婚約者、ルシールです」

「ハハハハハ……。人の多い平民地とはいえ、黒髪の女性でこれ程お美しい方などそうそう居るはずないですよね……。――やはり、私はここで命を絶ちます! 申し訳ございませんでした!」


 自刃しそうになるライアンさんを皆でなだめます!


「待て待て! やっぱり命は俺に預けろ!」

「なかなか熱い人なんだね~」

「私のせいで死なれても困ります!」

 

 ふう。思い止まらせるのは大変でしたが、ちょっと良かったです。ゴロツキに見えた虚ろなライアンさんは、ここにはもう居ませんから。


「うっうっ。私なぞ……」

「泣くには早いって! 必ず一緒に、皆の墓参りに行くぞ。それとさ……、今までライアンの婚約者を信じきれずすまなかった。俺にも手を合わさせてくれ」

「うぁっ、殿下……。生涯お供させていただきます!」

「やめろっ! むさ苦しい!」


 アドルフの膝にすがりつきながら忠誠を誓ったライアンさんは、マティス様の目を欺くため、しばらく平民地に潜伏することになりました。






「決断しないと……」


 とうとう、マティス様からの追手が、守護獣牧場に来てしまいました。今回は運良く難を逃れましたが、いい加減もう、貴族島に戻らねばなりません。

 少なくともマティス様は、私の行方を未だ捜しています。しかも殺す気満々です。

 ですが、魔女の手掛かりに一番近いのは彼。


「メレーヌさんが魔女に乗っ取られている確証を得ないと……。でも、まだ二人を巻き込まない方がいいわ……」


 エティエンヌはどんな想いで商人となり、平民地で生きてきたのでしょう。それは国のためだけでなく、マティス様とのいさかいを避けるためです。


 アドルフは一刻も早く帝国に帰りたいのに、ルブラン・サクレの子どもが産まれるのを辛抱強く待っていました。万が一外交問題に発展したら、チャンスを棒に降ってしまいます。


「私が痴情のもつれとしてマティス様と対峙した方が、問題が小さく済むわね。メレーヌさんには必ず、婚約破棄騒動の当事者として参加してもらうのよ」


 パティさんには、力を送る時間がたっぷりありました。他の牧場の皆さんにも、バンダナとリボンに込める私の一般向けじゃない加護が役に立つはず。少しばかりですが、フロシキの売上は置いてゆきましょう。


 そして、真っ直ぐで情熱的なアドルフに似合うと思って選んだ濡れ羽色と、高貴さがより引き立つと考えエティエンヌに選んだ翡翠色の生地で、感謝の気持ちを表しユカタを仕立てるのです。


「時間が無いわ。一週間で仕上げるの。二ホン昔話の“鶴の恩返し”作戦よ!」






 ――せっせせっせと内職に励むこと一週間――


 今日、私は皆さんへの御礼の贈り物をセットし、こっそり牧場を出ます。


「感謝の気持ち、直接伝えたかったな……」


 胸の辺りがギュウとなります。心が痛むとは例えではなく、本当に起きる現象なのですね。


 唇をギュッと結んで堪えましょう。以前街に出掛けた時つけたカツラを被り、仕舞っていたドレスをフロシキに包んで牧場を出ました。

 もう、街までの道のりはわかります。


 スクルさんとパティさんは……、気づいてないでしょう。耳はいいのに、ここでは安心しきってグッスリ眠る二頭の可愛さったら……愛おし過ぎますね。

 また涙が出そうになりました。しっかりしませんと! さあ出発です!


「ありがとうございました」




「じゃねぇんだよ!」


 恐る恐る後ろを振り返ります。


「な~にが、ありがとうございましたなの? こそこそ作業しちゃってさ」

「ちっとは学習しろ。俺らが暗いうちに、ルシールを一人で外に出すかっての!?」

「ひいっ!!」


 こ、怖いです! エティエンヌが真っ黒い笑みを向けてきますし、アドルフの目と眉はこれでもかと吊り上がっています!


「ごっ、ごめんなさい!」


 光魔法で闇夜を照らし、土魔法ででこぼこ道をならしながら走っていました。それと、風魔法で追い風を作って、少しでも早く駆け抜けましょう。

 って、けして逃げるつもりはなかったのですが、二人の剣幕に思わず身体が動いていました。


「あっ、このっ! 待ちやがれ!」

「逃がしませんよ~!」


 !! やっぱり逃げたくなります! これは生き物の性でしょうか!?


『フッ。人間は本当に愚かだな。だから我々は人に干渉しないのだ』

『もう! その守護獣っぽくってのやめなよ? だから魔女なんかにいいようにされたの。もう牧場飛び出しちゃってるんだしさ、いい加減ちゃんと伝えたら? ここのオスどもって、なんでみんなこうなんだろ』


 スクルさんとパティさんの鳴き声まで聞こえてきました。やっとデコボコ道が綺麗な石畳に変わりそうです。使う魔法を絞れば勝機が――


「もう少しだわ」


「ダ~メ」

「お前の負けだ」

「はうっ!」


 右手をエティエンヌに、左手をアドルフに捕まれていました。


「ハア――ハア――ハア――ハア――私の土魔法と風魔法を阻害していたわね?」

「人には得意分野があるの。当然だよ」

「いくらルシールが強くても、俺とエティエンヌが組んで負けるか!」


 私は無力です……。全属性を扱えても、王と皇の魔法に敵いませんでした……。


「なんで俺たちから逃げた?」

「二人が怖い顔をして来たから、なぜか自然と身体が……」


「おや? 私の顔が怖いって?」

「はあ? お前はガキか!?」


 あっ、ガッツリ墓穴を掘ったみたいです。


「事情聴取はゆっくりしていこうか?」

「ああ、眠気なんて全然ないしな」

「グルルル」

「ガウッ」


 そして、そのままガッチリと両脇を抱えられ、私はこっぴどく二人と二頭に叱られながら牧場までの道を戻っていました――

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