21 レイダルグ帝国の兵士
「クソッ、こんな強い奴等がいるなんて聞いてねーってぇの」
誘拐犯の方、声を出せるくらいには回復したようですね。
「ん? こいつ、帝国訛りがあるな」
「それなら、アドルフの担当だね」
「おいっ、俺に押しつける気だな?」
「私は詰問するのに向いていないしね~」
「嘘つけ腹黒!」
黄金豹と紅蓮獅子のじゃれ合いがはじまりました。キャッキャする二人を、誘拐犯がポカンと見ています。
「アドルフ……。紅蓮の髪……」
いえ、違いました。誘拐犯はアドルフの顔を食い入るように見つめ、何か思案しています。
「あの御方と同じ色だ……。お顔はまるで……」
「何ブツブツ言ってんだ? 完全に帝国語で喋りだしたな」
そう言って誘拐犯に近づいたアドルフは、帝国語で犯人に詰め寄りました。
「お前、帝国出か?」
「綺麗な帝国語だ……。懐かしい……」
クシャリと顔を歪めた男からは、完全に敵意が失われていました。
「アドルフ殿と仰いましたね。ダーランドという家名に覚えはありませんか?」
「…………。知っている」
少時の沈黙。アドルフの様子をエティエンヌと共に見守ります。
「回りくどいのは好きじゃない。言いたいことはハッキリ言え」
「わかりました。僭越ながら、貴殿はアドルフ・レイダルグ様ではないでしょうか?」
私の中でストンと腑に落ちました。アドルフはレイダルグ帝国の――
「ああ、そうだ」
「まさか、こんな所で陛下の忘れ形見にお会いできるとは――」
「お前は何者だ」
アドルフが秘密にしていた出自を、流れのまま聞いてしまっていいのでしょうか? エティエンヌに、このまま私がここに居てよいのか尋ねました。
「アドルフはけして、ルシールに言語の概念がないことを忘れているのではないよ。居てもらって構わないと思っているから、ここで話しているんだ」
それでも心配する私を見て、エティエンヌが朗らかにアドルフたちに言いました。
「込み入りそうだから、家の中で話そうか? 私とルシールがお茶を淹れるよ」
「そうだな。ありがとう」
一礼して素直に中に入った誘拐犯は、ライアンと名乗りました。お茶を飲みながら、ライアンさんの話を聞くことになりましたが、窓には二つの黒い鼻がベッタリくっついています。アドルフが止めないので、全員でこの茶会に参加していいのでしょう。
私たちは悲愴な面持ちで語り出したライアンさんの言葉に耳を傾けました――
私はレイダルグ帝国ダーランド伯爵家に生まれました。
帝国軍に入隊し、幼なじみの彼女と婚約した私は、結婚してからは帝都で任務に当たれるよう、地方の部隊の任務に就いていました。
年に数回ある長期休暇で帰省した私は婚約者に会えると、ただただ浮かれるばかりでした。
「アンナ! ただいま!」
「ライアン、変わりなさそうね」
「どうした? 寂し過ぎて拗ねてるのか?」
「別に。そんなことないわ」
清楚なイメージのあった彼女が、どこか華やかになっていました。無骨で女心に疎い馬鹿な私は、久しぶりに会えるから彼女が頑張ってくれたと勘違いしていました。
「花嫁教育も忙しいのよ。貴方は休暇でも、こちらに休みはないんだから」
「そうか。一人で心細い思いをさせた。根を詰め過ぎるな。ゆっくりでいいんだ」
「そうするわ」
半年振りに会った彼女の雰囲気が変わったことに違和感を覚えましたし、彼女が公爵に色目を使っているなんて噂も耳に入りましたが、その時の私は彼女を微塵も疑いませんでした。
(ここでの勤めが終われば、ずっと側に入られるんだ。もう少し我慢していてくれ)
私が地方に戻り、それから程なくして、帝城が攻め込まれたと報せがあり、隊の仲間と帝都にトンボ返りしました。が、そこで目にした光景は……。
崩れ落ちた帝城と息絶えた仲間の兵たち。そして、守護獣と共に横たわる皇族の皆様でした……。
しかし、そんな中、一人血濡れた髪を振り乱し、高笑いする女がいたのです。
「ア……ン……ナ……」
「ああ、ああ、獣臭い。ここの皇族も獣臭いんだよ! 全部燃えちまえ!」
なぜあんな凶悪な魔法を、アンナが扱えたのかはわかりません。彼女の出した黒炎が、陛下たちの方へ放たれようとしていました。
「止めろーーーー!」
あまりの惨状と守るべき主を喪ったことに動けぬ仲間の間を縫い、アンナに向かっていた私は咄嗟に彼女に刃を向けました。
愛情より忠誠心が勝ったというわけではありません。ただ、このままアンナを、いえ、あの凶悪な存在を野放しにしてはならない。そんな本能的なものです。
無我夢中で、得体のしれない何者かの胸を刺していました――
「ハッ。もう一人の間抜けかい。婚約者を平気で斬ろうとする気概は悪くないね。だが、この国にもこの身体にも、もう用はないんだよ。これからは隣の王国で優雅に暮らすのさ。あちらは獣臭くなくていいからね。でもねえ、ただヤられるのは趣味じゃないからさあ」
「もう黙れーーーー!」
それから後のことはあまり覚えていません。左腕は焼かれ、動かなくなっていました。それから私は、家にも軍にも戻りませんでした。
(俺がアンナを殺した)
(違う違う違う違う! あれはアンナじゃない!)
(最後に言っていたのは、貴族島のことなのか?)
少し経って落ち着いた私は、帝国を出てシャンダール王国に来たのです。そして、貴族島の警備兵としてなんとか雇われることができました。
「お前、寡黙でいいな。気に入った。俺に近いところの警護に任命してやろう」
「はっ」
人と交わらず、余計なことをしないところが気に入られたのでしょう。私はマティス様の周辺に配備されるようになりました。
勿論、王国貴族の出ではありませんし、片腕しか使えないため、そこまで重要な任務ではありませんでしたが……。
そんなところも、今回命を下すのに丁度よかったのかもしれません。
「平民地に赴き、黒髪の女を見つけ出せ。生死は問わない。平民地に居る証拠があればいい。――いや、ダメか……。生意気な女だ。見つけたら面倒事になる前に確実に殺せ」
「はっ」
「それで、ミルと偶然会って、ここまで案内させたのか」
「はい。過ちを犯すところでした。本当に申し訳ございませんでした。今後狙われる身になろうが、上には戻りません」
「マティスを裏切ってもいいのか?」
「マティス様には感謝もしております。ですが、殿下のお仲間に手にかけるなど私にはできません」
「いい心掛けだ。なら、俺がマティスから守ってやる」
アドルフが満面の笑みを浮かべました。相変わらず、強くて懐深い人です。そんな彼を心から尊敬しています。
『黒炎を使ったお前の婚約者は、間違いなく魔女に乗っ取られていた』
『ライアンは、アドルフの家族とルブラン・サクレの尊厳を守ったの。ありがとう』
「スクルさんとパティさんがこう話しています」
帝国語でライアンさんに伝えました。伯爵家を出て、言葉も通じない見知らぬ国で、さぞかし苦労をなされたでしょう。
「そうだな。いつか墓参りできるのもライアンのお陰だ。話してくれてありがとう。俺もちとスッキリした」
帝国の内乱にも魔女が関わっていたのですね。ここでアドルフとライアンさんが出会ったのは、きっと亡くなった方たちが導いてくれたのでしょう。
必ず魔女に打ち勝ち、こんな悲しい出来事が二度と起こらないようにしなくてはなりません――