20 牛乳配達の方が人質にされました
(二人が手伝ったって言うから、使ってるだけなんだから)
心の中でそんな悪態をつきながらも、牛乳配達屋の娘ミルは、ルシールから貰った風呂敷をガッツリ活用していた。
使い心地についての感想は、アドルフやエティエンヌに伝えている。二人との会話が増えた。そこだけは黒髪の女の存在も役に立つ。
(それにしてもあの女、いつまでアドルフの所にいる気なんだろ)
ミルは今日、両親と街へ来ていたが、現在不貞腐れていた。アクセサリーをねだってみたのだが、「まだ早い」と買って貰えなかったのだ。
嫌な事があると、延々嫌な事ばかりを考えてしまう。
(とっとと、出て行けばいいのに!)
用足しをする両親を待ちながら、荷馬車にもたれ掛かる。足下の小さな石ころをコツンと蹴った。
「あっ」
見るからに怪しげな男の方に、コロコロ転がってしまった。だが、男はおじいさんに話しかけるのに夢中で、石ころには気づかない。
ミルがホッとしていると、男が今度は買い物中のおばさんを捉まえていた。
「この辺で、黒髪の女を見かけなかったか?」
「い~や、一度も見たことないねぇ」
男は次々街の人に同じことを尋ねては、ことごとく空振りしている。
それはそうだ。シャンダール王国で暮らす民にとって、黒髪の人間と会う機会などないのが普通なのだから。
(黒髪の女って、絶対あいつだよね)
明らかに男は柄が悪そうだ。あの居候の女が面倒事を抱える悪女だと、ミルは確信する。
見知らぬ男は恐ろしかったが、大好きなアドルフとエティエンヌを悪事から守るため、ミルは勇気を出して声をかけた。
「おじさん! あたし、その人の居る場所知ってるよ」
「嬢ちゃん、本当かい?」
「黒髪なんて初めて見たもん。間違いないよ。明日にでも案内してあげる」
これでアドルフとエティエンヌに感謝されるはず。ミルは厚みのない胸を張った。だが、予想外の方向に話は進む。
自分の都合だけで、物事は展開しないのだ。
「いや、今から案内してもらおう」
「へっ!? でも、まだパパとママが――」
通行人が迷惑そうに距離をとる中、牛乳配達屋の少女ミルは男に引き摺られ馬に乗せられていた――
フロシキ制作とは別に、生地を用意していました。部屋でコッソリ内職をしています。
アドルフとエティエンヌにはユカタを、スクルさんにはバンダナ、パティさんにはリボンをプレゼントする計画を立てていたのです。
他の守護獣牧場にいるルブラン・サクレの皆さんにも、お揃いで作ろうと思っています。
ユカタは採寸も必要ありませんし、柄合わせがない無地の布を選んだので、初めてですがなんとか仕立てられそうです。
お祖父様の記憶を頼りに起こした型紙を、お父様から送ってもらっていました。二人に合わせ、丈は長くしましょう。
その時、外から言い争いをする男女の声が響いてきました。急いで外に向かいます。
――なんと、ミルさんが男に捕まり、羽交い締めにされていました。
「ガキの命を助けたけりゃあ、そこの、黒髪の女を渡せ」
「話が違うじゃない! なんで案内した私を人質にするのよ! オッサン!」
「キンキンうるさい。黙れ」
一足先に外にいたアドルフとエティエンヌから、殺気がダダ漏れています。
ずっとあの調子でここまで来たのでしょう。騒ぎを聞きつけたご近所さんも心配になり、ずっと追いかけて来たようです。ミルさんを助けようとクワや箒を握りしめていましたが、アドルフたちの姿を確認してホッとされていますね。
「ふうん? マティスの手先かな」
「おっ、ならヤってもいいんだな?」
いつ抜いたのかわからぬ速さで剣とレイピアを構えた二人が、ミルさんと誘拐犯の間に割って入りました。
「クソッ、早いっ!」
「二人とも、私のために危険なことはしないで!」
誘拐犯もそれなりに手練れなのでしょう。一旦二人の攻撃を躱しましたが、ニ対一では敵いません。エティエンヌのレイピアの切っ先から逃れるうちに、アドルフの剣が誘拐犯のお腹に叩き込まれました。
「グハアッ」
流血沙汰をミルさんに見せるのはマズイと思いましたが、アドルフの剣は片刃のファルシオンだったのですね。剣の腹を叩き込まれ動けなくなった男は、あっという間に取り押さえられていました。
「アドルフ! エティエンヌ! 私のためにありがとう」
「……。なあ、ミル……。お前、ここまで案内したって言ったな?」
「えっあっ、うん。その……、パパとママと街に行ったら、その人が黒髪の女の人を探してるって言うから、人助けしようと……」
いつになく険しい表情をアドルフが浮かべています。
「ここは守護獣牧場なんだ。他所から来た知らない奴に、場所を言うなって教わらなかったか? なぜ、おやっさんたちに相談しなかった? 子どもが勝手なことをしたらダメだろう!」
「ご、ごめんなさい……」
ミルさんの瞳に、涙がみるみる溜まります。
「悪い大人は、子どもだからって容赦しないんだよ? もう二度とこんなことはしないようにね」
「うっ。はいっ」
私にも少女時代がありました。レディになろうとしているのに、アドルフとエティエンヌに子ども扱いされたミルさんの辛さがわかります。
「ミルさんは二人が心配だっただけなんですよね。怖い思いをしたでしょう? 昨日たくさんクッキーを焼いたので、お家でゆっくり食べてください。ご近所の皆さん、取り押さえた犯人はアドルフたちに任せて、ミルさんを安全にご自宅まで送っていただけませんか?」
「あ、ああ。若い人たちが居てくれて良かったよ。ミルちゃんはちゃんと送り届けるから安心してくれ」
ミルさんはご近所さんと一緒に帰って行きました。ご両親には叱られるかもしれませんが、行動力と勇気のある女の子です。きっとまた、元気に配達に来てくれるでしょう。
さて、これからじっくり、私を探してやってきた誘拐犯とお話ししませんとね。
「大丈夫だったかい?」
「うん」
守護獣牧場からご近所さんたちに連れられ、ミルはうつむき加減で歩く。可愛い小花柄の風呂敷とその中に入れられたクッキーが視界に入った。
(子どもか……。そうだよね……)
目と鼻が水っぽい。叱られて泣くなんて、やっぱり自分は子どもなんだと痛感し、ますます泣けてくる。
(あの人、優しい人なんだよね。クッキーまでくれて、これ以上叱られないように庇ってもくれた……)
風呂敷からゴソゴソとクッキーを取り出し、子どもらしく一口に頬張った。
(甘くておいしい。でも、ちょっと苦い……)
オレンジピール入りのクッキーを、一気にゴクンと飲み込む。ミルの甘酸っぱい初恋は、ほんのり苦味を残して終わりを告げた――