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2 親切な方でした

「こんにちは。私はけっして、怪しい者ではありません」

「いやいやいやいや。こんな所にいるだけで、充分怪しいだろ!」


 はしたなくも、チッと舌打ちをしたくなりました。こちらの男性には、私の元気な挨拶と令嬢スマイルが効かないようです。努めて第一印象を良くしようとする私から視線を外し、盛大にため息を吐いています。

 呆れられるほど汚れているのは否定できません。ですが、ここで会った第一住民を逃すわけにはいかないのです!


「私は本当に、怪しくも変なモノでもないのです。汚いのはたった今、スクルさんのヨダレと土まみれになってしまったからなのです!」

「あ、ああ。……そのようだな……。けどな、うちのスクルも悪いのかもしんねぇけど、こんな所にいたあんたも悪いと思うぞ?」


 そう言われ、自由になった身体で私は辺りをよく見回しました。広大な敷地は、空を飛べるスクルさんにとって無意味な柵で囲まれています。スクルさんは逃げたりせず、大人しく賢い生き物なのでしょう。どうやら私、牧場らしき所にいるようです。

 目の前にいるスクルさんと同じ様な白い毛並みの大きな生き物が、遠くからこちらの様子を伺っていました。


 お祖父様が描いてくれた、異世界の神話の中の生き物みたいです。


「フェンリル? ――あっ、ここは牧場ですか?」


 空を羽ばたく巨大な真っ白い狼は、お祖父様の生まれた世界のおとぎ話の中のフェンリルかと思いました。でも、暴れん坊ではなさそうです。むしろ、神々しいほど美しく重厚な生き物ですね。


 お祖父様は異世界からの転生者で、シャンダール王国に新たな知識を広め国に貢献したとして叙爵されたニホンジンです。

 侯爵家の一人娘だったお祖母様と出会って恋に落ち、クレナスタ家に婿入りしました。


『ルシールは私似だね……。私も若い頃は、ルシールと同じ黒い髪だったんだよ。誰がなんと言おうと、私にとってルシールの黒髪は、懐かしく温かい気持ちにしてくれる』


 国内では珍しい黒髪を馬鹿にされ泣いていた時、私と同じ黒髪だったとお祖父様が教えてくれました。その話を聞いてからは、私は自分の容姿に劣等感を抱かなくなりました。お祖父様が大好きだった私は、「異世界カブレ」と他のご令嬢方から変わり者扱いされても、お祖父様にベッタリで沢山お話を聞いたものです――



「ん? フェンリルってのはよく分からんが、スクルたちはルブラン・サクレだ」


 ルブラン・サクレ――この国の守護獣とされる種ですね。以前は貴族島にもいたらしいのですが、今はいません。本物は初めて見ました。


「こいつら、昔はお貴族様用の高級ペットとして人気だったんだ。変な病気をうつされたりしたら困るんだよ」

「私は変な病気持ちでもありませんよ?」

「とにかく、ここから早く出てってくれ。あんたに構ってるほど俺は暇じゃないんだ」


 そう言って、男性はスタスタと背を向けて立ち去ろうとします。

 ちょっと待って欲しいです。ここは平民の住む大地。上に戻るにしても道がわかりませんし、このナリではどこに行っても悪目立ちしてしまいます。


「お待ちください! 少しお尋ねしたいことが――」

「……」

「ここは牧場なのですよね?」

「……。見りゃわかるだろ?」


 それに、すぐ貴族島に戻っても、マティス様やメレーヌさんに疎まれている状況には変わりありません。お父様たちに生きていることだけは伝えたいのですが、その手段さえ今の私にはないのです。


 なにより……、おっと。ニヤついてしまいそうになりました。いけませんね。――ここにこられる機会なんて二度とありません! 守護獣も、なんて素敵なモフモ――生き物なのでしょう!


 この牧場への好奇心と、ここで様子を見るべき理由がピタリと重なりました。多少のこじつけは否めませんが、どうしようもない状況なのですから、楽しんだ方がお得ってもんです。


「あの! 私はルシールと申します。お願いです、ここで働かせてくれませんか?」

「はあっ? 女に出来る仕事なんてないし、金を払う余裕なんてうちにはない」

「取り敢えず、眠る場所とご飯を食べさせてもらえればそれでいいのです。炊事・洗濯・掃除ならできますし、やれそうなことを教えていただければなんでもお手伝いします」


 お祖父様が異世界人で良かったです。自ら率先して使用人に混じって家事をするような人でしたから、私もお祖父様の後について色々覚えることができました。

 でも、そんなところが変わり者令嬢として有名になった部分なんですけれどね。


「あんた、それなりにいいトコの娘なんだろ? 家出に付き合って、面倒事に関わる気はない。頼むから帰ってくれ」

「いえ、むしろ家の者は、こちらに助けられたと思うと思うのですが――」


 私の話を片手でさえぎり、男性は再びスタスタと歩いて行ってしまいました。


「どうしましょう……。もう日も暮れますし……」

「バウ」


 スクルさんが尻尾を振りながら、私の身体を鼻先で押してきます。もう一頭の守護獣も、尻尾を振って「ついてきな!」とでも言ってくれているみたいです。

 どうやらここにいる守護獣たちは、私を好意的に迎え入れてくれるらしいです。上では動物たちを獣臭いと嫌悪していましたけれど、スクルさんたちからはお日様みたいな匂いがしてきます。人を食べない種と分かりましたし、夜一人でいるより安全かもしれませんね。


「よろしくお願いいたします!」


 私はスクルさんともう一頭の守護獣と一緒に、夜を過ごすことに決めました。その間にこれからのことを考えないといけません。貴族島に戻るにも道を調べたり、色々と計画を練ったりする必要がありますしね。

 温かい毛に埋もれていると、なんだか眠くなってきました――





「あんた……、まだいたのか……。……暗いから中に入れよ。残り物だが、パンとスープ位ならあるし……」

「ありがとうございます」


 うとうとしているうちに、日はすっかり暮れていました。スクルさんたちのお世話をしに来たらしき先ほどの男性が私を見つけ、またもや呆れられてしまいましたが、今度は親切に迎え入れてくれるようです。



「ほら、飯を食ったらさっさと洗い物をしろよ。本当なら、あいつらが先に食ってるんだ」

「お手数をお掛けしてすみません。承知しました」

「俺はあいつらに飯をやってくる」

「はい。お気をつけて」


 なんとか食事と布団に困らず済みました。本当にありがたい事ですね。運の良いことに、口は悪いですがなかなか親切な方と出会えたようです。


「うん。ますます逃すわけにはいきませんね。――わっ! スープが美味しい~!」


 私は婚約者らに突き落とされたばかりなのに、新たな世界の扉を開く期待から、ニヤニヤが止まりませんでした――

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