19 幸福な日々が続いています
エティエンヌからの婚約の件はありがたく心に留め、今は牧場での生活を思う存分満喫していました。
「これくらいあればいいかしら?」
縮こまった身体をウ~ンと伸ばします。大判の物から小物入れサイズ、しっかりした生地や柔らかな素材まで、様々なフロシキを作ってみました。
いよいよ仕上げの加護付与と、オプションの持ち手作りです。冷めたカップのお茶を飲み干し、エティエンヌに行き先を告げました。
「スクルさんとパティさんの所に行って、加護について教えてもらってくるわね」
「は~い。行ってらっしゃい」
量が多いので、荷車に乗せて向かっています。
「スクルさ~ん、パティさ~ん! 教えてほしいことがありま~す!」
遠くから呼びかけると、柔らかい草の上に横になっていたのをムクリと起き上がり、タタタタっと走って来てくれました。
『なになに? どうしたの?』
『なんだ? その大量の布切れは?』
「これは――」
私がフロシキ計画について説明すると、お二方の尻尾が下がったのです。
『ルシールの魔法の出力だと、再現はちょっと難しいよね?』
『そうだな……』
無茶を言ってしまったのでしょうか。二頭が私に背を向け、相談をはじめてしまいました。
普通ならちょっと悲しい状況ですが、モフッとした毛並を眺めているだけで癒されます。
『お世話になっているんだし、スクルがやってあげてもよくない?』
『まあな……。いずれ分かるだろうし、やるか』
どうやら、話し合いがまとまったみたいですね。
『ルシールの魔法は強過ぎて、全属性をほんのり纏っている加護には向かないよ。鋭い人間なら、『うっわ! あいつ、どんな金目の物を持ってんだ?』って思うから……』
「使う人が強盗に襲われたりしてはいけませんね……」
それはそれで別の商品に使えそうですが、後々の話です。ここまでは順調でしたのに……。
『大丈夫。スクルが手伝うって』
「えっ!? とんでもないです! 守護獣が加護を授けたフロシキなんて、勿体なくて売り物にできません!」
『手間の掛かるメスどものためだ。俺がやってやろう。ただし、俺が付与したことは、あの二人にも言うなよ?』
ズズイとスクルさんに凄まれ、その威厳にコクコク頷いてしまいました。でも、いいのでしょうか? ルブラン・サクレは、人の営みに介入しないはずでしたのに……。
『ほらほら、邪魔になるから離れてて』
『他にもやることがあるのだろう?』
「は、はい。では、お願いいたします」
パティさんの鼻に背中を押され、追いやられてしまいました。あまりにも大それたお願いをしてしまい心苦しいのですが、ご厚意に素直に甘えるのも大切ですよね。
そして、私は牧場の外れまでやって来ました。
次は、オプションの持ち手の制作に取り掛かります。丁度伐採する木があったので、それをいただくことにしていたのです。
「木を伐りに来たのか? 手伝うぞ?」
ゴミの焼却をしていたアドルフが声をかけてくれました。
「ありがとう。これくらいなら一人でできるわ。仕事を続けて」
「いや、一段落ついたから見学させてもらう」
「そう? じゃあ、早速はじめるわ」
闇の力は滞っているのでふんだんに頂戴できますが、他の魔力を使う時は節約を心がけるようになりました。
ルブラン・サクレの赤ちゃんが産まれるまでは、自然界の魔力を無駄にしないようにしましょう!
上では魔法を使う機会もないため、ワクワクしますね。
今から使うのはオリジナル魔法です。念のため詠唱もしておきましょう。
「ヴァンオーラム」
風の魔法で枝葉を切り落とし、ザクザクと幹を輪切りにします。そして、水の魔法で幹の中心をくりぬき、持ちやすいように丸みを帯びさせながら磨いてゆくのです。
「すげえ水圧だな。切り口が滑らかだ」
「どうかしら? これを乾燥させたら出来上がりよ」
「表面しか濡れてないな。よし、手伝ってやる――」
あっと言う間に、アドルフが火魔法でカラリと乾燥してくれました。器用貧乏な私より、火魔法の扱いはアドルフの方が遥かに上手です。
「さすがだわ!」
「まあな。――これをエティエンヌに渡したら、大喜びで綺麗な模様を入れてくれると思うぞ?」
「それは素敵ね。お願いしてみようかしら」
そこに、布地の加護処理を終えたらしきスクルさんとパティさんが来てくれました。
『早いな。外での作業は終わったのか? なら俺とパティで、その木も家まで運んでやろう』
『おってつだ~い♪』
二頭にとっては小さな荷車の後部に前足をかけ、後足だけの二足歩行で運んでくれています。
パティさんはお手伝いするのが楽しいみたいで、「ク~ク~」と鼻歌まじりです。スクルさんは黙々と手伝ってくれていますが、尻尾がグルングルンしていますよ?
「あいつら、可愛過ぎるよな」
「そうね。守護獣が後足だけで歩く姿なんて、見ちゃっていいのかしら?」
「……。俺の記憶の限りだが、こんな貫禄のない守護獣は見たことないな……。ま、ヨチヨチ歩きは気にすんな」
「「ブフッ!」」
堪えきれず、二人で顔を見合せ吹き出してしまいました。上でなら「まあ、ルシール様は微笑み方も異世界流ですわね」だなんて、嫌味を言われているところです。
こんな風に自然に振る舞える幸せも、心に刻んで忘れたくないですね。
『二人とも早く~』
「は~い! パティさんが「早く来て」ですって」
「おう!」
ヨチヨチ歩きの二頭の後に続き、私たちは足取り軽く、エティエンヌのいる家へと向かいました――
「へえ~。面白そうだね。しばらく趣味を楽しんでいなかったけど、やらせてくれるかな? デザインが次々浮かんでくるよ」
「ありがとう、是非お願いするわ」
エティエンヌは多趣味なのですね。楽しんでくれるみたいで良かったです。
「イメージが湧けば直ぐなんだ。ちょっと見ててよ」
「うわあ~」
「な、すげぇだろ?」
エティエンヌがその綺麗な指で持ち手をなぞると、繊細な模様が刻まれていました。風魔法を使っているのでしょう。大雑把な私には到底できないことです。
「こんな感じだよ? いくつかは、ルシールが切り出したままの物もとっておこうか。木目が綺麗だから活かした方がいい」
「プロがそう言うのなら、そのまま売り出してみるわ」
皆さんの協力で、無事フロシキの商品化が実現しそうです。明日、牛乳配達に来たミルさんに、試作品をお渡ししましょう。
「みんな……。どうもありがとう……」
同じ時は二度と流れません。だからこそ私は、この一時一時を溢さないよう、心と身体に染み込ませているのです――