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18 男たちの夜

「ルシールは部屋に行ったのか?」

「遠出したから、今日は早く寝るって」


 一人居間で書類を眺めるエティエンヌに、外の見回りから戻ったアドルフが声を掛けた。



「……。なあ、エティエンヌ……。ルシールになんかしたのか?」

「アドルフが想像する破廉恥なことなんて、一切してないよ?」

「っ! 誰がそんなこと考えるかって! 茶化すなよ!」


 アドルフの髪と同じ紅蓮の瞳がヌラリと光る。怒らせてしまったようだ。意を決し真剣に聞いてきたのを、はぐらかし過ぎたらしい。

 ちょっとだけ反省し、エティエンヌは真面目な顔でアドルフに話しはじめた。


「ごめん、冗談だよ。――実は今日ルシールに、私との結婚を考えてほしいと話した」

「……。本気なんだな? 正体も話したのか?」


 真顔になったエティエンヌに、アドルフも冷静に返す。


「何者かも告げぬまま、結婚は申し込めないよ。それに、まだマティスが魔女と繋がっている証拠がない。最悪、ルシールとの婚約を継続される可能性があるしね」

「そうか……。せめて俺が、マティスと付き合っとくべきだったな。一体、あいつに何が起きてるんだ?」


 エティエンヌだけでなくアドルフも、王妃やその取り巻きに囲まれていたマティスと距離があった。


「大方、メレーヌ嬢が魔女に乗っ取られて、彼女に魅了されたマティスが、ルシールを突き落とした実行犯だろうね。こそこそ会ってるみたいだよ」

「やっぱそいつらか」


「穴あけパティの件でも大変だったのに、まだまだ上と接触する機会が増えそうだね。困ったさんが多くて、お兄さんは心配事だらけだよ」


 そう軽く言っても、エティエンヌはシャンダール王国の行く末だけでなく、王家についても憂慮していた。弱みを見せたくない時ほど軽口を叩くのは、アドルフだけが知っている。


「やるしかないな。俺だってシャンダールを守れなきゃ、帰って直ぐばあさんに殺される。それに、操られた側は忘れたとしても、突き落とされた方のルシールは、その時の事をハッキリ覚えてるんだ。婚約継続なんてあり得ねー」

「ホント。いくらルシールが強い女性でも、愚弟に任せたくはないね」


 二人で腕を組み、ウンウンと頷き合った。


「魔女関係の証拠が集まれば、父は必ずこちらの話に耳を傾ける」

「ああ、そういう御方だ」


 平時は全方位型の優しい国王でも、王は王。いざという時には状況を正確に見極められる御仁。それが現シャンダール王だ。


「引き続き、クレナスタ侯爵家に協力してもらう。ルシールとも相談しながら、侯爵家とは連絡を取ってくね。パティの方も順調そうだし、私はちょこちょこ外に出るよ」

「ああ、こっちの事は任せろ!」


 真っ直ぐ過ぎる再従兄弟に、エティエンヌは残念そうな目を向けた。


「アドルフ……。やる気なのはいいけど、私がルシールに結婚の申し込みをしたのを忘れないでね」

「あっ、ああ……」


 エティエンヌの言葉に、アドルフの胸が途端にざわめく。

 女性人気はあるのにのらりくらりとかわし、一人に定めてこなかったエティエンヌ。長年第一王子と付き合ってきたアドルフは、再従兄弟がルシールに本気で申し出したのを理解していた。


「ルシールの婚約は王国内で決まったことだ。俺に何か言う権利はない。――もう寝るな」


「待って。一つだけつけ加えさせて。アドルフから聞かれなくても、今日あったことは話すつもりだったよ。だから戻るのを待っていたんだ。抜け駆けするつもりはないからね」


 アドルフは振り向かずに答えた。


「……。エティエンヌのことは信頼してる。抜け駆けもなにもない。“何者かも告げぬまま”想いは伝えられないんだろ? そのとおりだと思う。――おやすみ」


 勇気を出したであろうエティエンヌに、(ねぎら)いも祝福もできなかった。それは当然だろう。

 だが、恋敵となるとも言えなかった――






 アドルフは部屋の扉を閉めると、ベッドにダイブし突っ伏した。


「俺だって……」


 年に数える程しか街に出ないし、行動範囲も広くない。だが、顔馴染みになった店だってある。

 そこの娘さんや、街中で女性から声を掛けられることだってあった。色恋のことだって充分知っていると、アドルフ自身は思っていた。


(ガキ扱いして……。わざわざ二回も言うな。俺に何をさせたい……。敵に塩を送ったつもりでいるなら、大きなお世話だ)


 ルシールのことは、はっきり好きだと断言できる。ガキじゃないからこそ、今後その好きがどう変化していくのかも理解していた。



「俺だって、自分の生きる場所が定まっていたら……」


 色恋に現を抜かしている場合ではない。目の前の守護獣と遠くの故郷にだけ命を捧げようと生きてきた。

 だが、自分の生き方でさえ定まらないのに、誰かを愛することが怖く、目を背けていたのも事実。


(人を好きになるって、コントロールできないんだな……)


 突然現れたルシールを、日増しにどんどん好きになる。止めようにも止められず、その気持ちに翻弄されるばかりだった。


「はあぁぁぁ~」


 仰向けになり、何かに縋るよう手を伸ばした。


(ばあさんがいたら、こっぴどく叱られてるな)


『なんだい、腑抜け。そんな奴が帰って来ても、帝国の役に立つ気がしないね。皇帝になりたいなら、全て成し遂げてみな。ルブラン・サクレも嫁も、皇帝には必須だよ」


 ジゼルなら、そんな風に言う気がした。


「だよな、ばあさん。怖じ気づいてどうする」


 帝国に帰るには、成すべきことを成すしかないのだ。アドルフは前向きに考え出す。


(ルシールは毎日パティに闇の力を送ってくれている。必ず成功するはずだ)


 そんなルシールを、自分は全力で守るだけ。そう思うとやる気が出てきた。


(でも、成功したらルシールは……)


 成し遂げた後を考え、またテンションが下がる。エティエンヌはすでに、彼女に想いを伝えたのだ。

 アドルフは未だ、初恋の酸いも甘いも絶賛一人で堪能するばかり。


「はあぁぁぁ~」


 アドルフの二度目の大きなため息を、宵闇が優しく吸う。もう少し悶えた後には闇の力に包まれ、その内眠りにつけるだろう。

 そして、翌朝。真っ直ぐな彼は、堂々とエティエンヌにライバル宣言をするはずだ――

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