16 街にお出かけしています
今日は、エティエンヌと二人、平民地の街へ来ています。
前日に、一騒動ありましたが……。
「明日は、俺が街へ行く」
「おやおや。私の方が街に詳しいし、アドルフはスクルたちのお世話があるから、だから私がルシールに付き添うことになったと記憶しているけど?」
私が街へ行きたいと言った時、エティエンヌが案内してくれることになったのですが、突然アドルフがこんなことを言い出しました。
「ぐっ。そりゃそうなんだが……。エティエンヌだと、仕事関係の奴に捕まったら、ゆっくり見物できなくなるだろ?」
「私的な時間を過ごしているのを、邪魔するような人との付き合いはないから大丈夫」
「けどな――」
二人が話し込んでいると、次第にパティさんの前足が忙しなくなり、タンタン地面を打ちだしました。
「バウッ」
「パティは絶対ダメ! ルシールだって変装してこっそり行くのに、目立つでしょう?」
そうなのです。明日はエティエンヌの妹のフリをするため、私は金髪のカツラを被り変装します。でも、どんな服を着て出掛けたらいいのでしょうか?
『「それは俺たちも同意する」』
『オスどもケチー』
私が訳さずとも、パティさんの言いたいことはエティエンヌに伝わっていましたね。アドルフとスクルさんにも止められ、パティさんはなんとか諦めてくれました。
ですが、アドルフとエティエンヌの話し合いは続いています。このままでは埒が明きません。あっ! そう言えば以前、こんな話を聞きました――
『なんか、“彼シャツ”ってのを覚えてから、アドルフはメスの服に興味を持ったみたい。ルシールが来たばかりの頃、私たちの所に来てブツブツ言ってた』
『ルシール。今の嫁の発言は、聞かなかったことにしてくれ』
自分の服にさえ無頓着だったアドルフが、新しい事に興味を持つというのは良いことです。彼は、ずっと牧場で生活してきたそうですから、ファッションに目覚めるなんて素敵だと思ったものです。
「ねえ、最初に決めたとおり、明日はエティエンヌに街へエスコートしてもらうわ。でも、服はアドルフにコーディネートしてほしいの。平民地の街で、どんな服がいいか分からないのよ」
「そもそも私が選んだ服だし、アドルフがいいならそれを落としどころにしようか」
「ま、仕方ないな。よし、俺の見立てに任せとけ」
そして今、私はアドルフの選んだ服に身を包み、街並みを眺めています。普段なかなか着る機会のない服を選んでくれました。
大きな白レースの飾り襟がついた空色のブラウス。色相を合わせた紺碧のフレアスカートの上には、可愛らしいノースポールが散りばめられています。
パティさんの突撃も激しくなりましたし、綺麗なお洋服を汚すのが心配で、なかなか下ろせなかったのです。
「うわあ……」
道の両脇に連なる店の軒先には、ところ狭しと商品が並び、ガヤガヤと流れる人々の往来に少し圧倒されますが、皆さんの活気に私までウキウキしてきます。
「ルシール? 大丈夫?」
「ええ。人と品物の多さに驚いただけ。あちらじゃ見られない光景だから、目に焼きつけたくて」
「そっか。また必ず一緒に来ようね」
柔らかな笑みを向けられ、なんだかモゾリとしました。はぐれないようにと繋がれた手からは、普段飄々とし、何を考えているのか掴めないエティエンヌの優しさと体温を感じます。
「うん」
ただ手を繋いでいるだけなのに、こんなにも安心出来るものなのですね。
「あ、あれが今、人気の串焼き店だよ。スパイスの調合が気になってたんだ。買ってくるから、あそこのベンチに座って待っていて」
「うん」
私がベンチでよくわからないむず痒さと戦っていると、目の前でおばあさんが転んでしまいました。
「大丈夫ですか!?」
買い物籠から、野菜や果物たちがゴロゴロ転がります。おばあさんを起こし、散らばった荷物を拾いました。
軽い植物を使っていても、大きな籠は持つのが大変ですよね。
「優しい彼女さんだこと。大事にするんだよ」
「はい。お怪我がなくて本当によかったです」
野菜を拾い終えた私が顔を上げると、エティエンヌがおばあさんに怪我がないかを確認していました。
「お二人さん、親切にありがとう」
「どういたしまして」
「どうぞお気をつけて」
今日は兄妹の設定では? と思ったのですが、エティエンヌが何も言わないので訂正せず、そのままおばあさんを見送ります。
おばあさんの籠を見て、先日ミルさんの配達から思いついた案は上手くいくと思えました。
「あのね、エティエンヌ。今日は生地を見たかったの」
「いいよ、案内するね。服でも作るのかい? 私のセンスはダメだったかな?」
「違うの。今日の服だって、可愛いからもったいなくて着られなかっただけ。服じゃなくて、ちょっと作りたい物があったの」
私は道すがら、エティエンヌに作りたい物を説明しました。
「お祖父様と二人でピクニックに出掛けた時、“フロシキ”という布を教えてもらったの。結び方しだいで、包み布にもバッグにもなるのよ」
「異世界の知識か。興味深いね」
「ミルさんが配達する瓶も、先ほどのおばあさんの買った物も、贈答品だってすっぽり包めるわ。布だから、物を入れていない時はたためばいいしね」
「普通の布なの?」
「そうなのよね……」
確かにただの布切れです。結び方の説明をつけ、木で持ち手を作って販売してもいいですが……。
「あっ、エティエンヌは商売のプロじゃない! 相談に乗ってほしいの」
「もちろん聞くよ?」
「必要なのはお祖父様の知識と、ただの布と持ち手の木だから、流行った頃には真似をされるでしょう?
何か付加価値をつけるなり、次の策を考えておきたいわ」
「うん。ルシールならではの商品にしたいね。――そうだね、全属性ある魔法を活かせたりしないかな?」
「魔法かぁ……」
あ、それ、いいかもしれません!
守護獣はいつもピカピカのフワフワです。話せるようになってから、不思議に思っていたことをスクルさんたちに尋ねました。
『俺たちは自然そのものだからな。ただ、出た物は離れた時から加護が消える。光も火も水も風も地も闇も、物質や魂を浄化するが、それが体内にあるみたいなものだ』
『勿論、加護を受けている以上の力で穢されたら別なんだけどね』
その時は、暗に歯磨きの必要がなかったことを教えられ愕然としましたが、その浄化の作用をフロシキに付与できないでしょうか。
エティエンヌに伝えます。
「スクルたちが持つ加護を魔法で再現したら、それは必ず売れるよ。完成したら、販売ルートは私に任せて」
「お願いするわ! 委託料は売上の半分でどうかしら?」
「全然ダメだね。材料費もあるんだから、ルシールが八、こちらが二だよ」
「ありがとう! 乗ったわ!」
試作品をミルさんに差し上げて、使用感を聞いてみましょう。パティさんとの時間もありますし、これまた充実した日々となりそうです。
私はお父様からの仕送りを元手にし、フロシキを製作することにしました――