15 婚約腕輪を外しましょう その2
『あれでパティは、警戒心が強いルブラン・サクレだ。だが、ルシールと話ができて余程嬉しいのだろう。お前の力になりたいだけなんだ』
「スクルさん、心配しなくて大丈夫ですよ。先ほど言ったとおり、私はマティス様だろうが魔女だろうが、生存をバレても構わないと思っていました。逆に、この腕輪を外すため、パティさんを危険に晒してしまいましたね」
スクルさんの長い鼻筋を撫でながら、パティさんの無事を願います。アドルフとエティエンヌは打ち合わせをしていますね。そうしてパティさんの帰りを待っていると――
『ただいまー。バッチリ、ルシールを突き落としたアホ王子の魔力を見てきたよ! あと、そいつがやっぱり、魔女ではないことも確認して来たー』
よかったです。パティさんは元気に、ものの十分で戻って来てくれました。
パティさんの性格さえ知らなければ、日の光を背にし、とても厳かで神々しい登場です。
『戻ったか……。魔女の件はまた追々だな。まずは、ルシールの腕輪を外してしまうか』
『じゃ、アドルフとエティエンヌは、魔力をルシールに流して。腐っても王族で魔力は強かったから、最大出力で流して良いよ。スクルがルシールを護るし、微調整はその都度私が言うからね』
パティさんはのんびり自由な天真爛漫さんですが、さすが守護獣です。しっかりマティス様の魔力を調べて来てくれたのです。
とにかくパティさんが無事戻りましたし、上の惨状に考えを巡らせる前に、腕輪を外してもらいましょう。
『血統だけは良い馬鹿ということだな。よし、使い果たせとは言わんが、二人はギリギリまで魔力を腕輪に放出してくれ』
スクルさんの言葉を、表現そのままでアドルフとエティエンヌに伝えます。仕事前に負担をかけてしまい、申し訳ないです。
「待ってくれスクル。それでルシールは、本当に大丈夫なのか?」
『アドルフ、俺を信用しろ』
力強くスクルさんが答えました。
「お、おうっ。今のスクルの言葉は、ルシールの翻訳がなくてもわかったぞ。やってやるよ」
アドルフが私の腕輪に手を乗せます。
「私だって、色々と負ける気はしないね。きっと成功させてみせるよ」
『あのヘッポコ王子より、エティエンヌの方が全て洗練されているよ』
パティさんの言葉に、エティエンヌが複雑そうな微笑みを返しました。
「ありがとう、パティ」
そして、エティエンヌも私の腕輪に手を乗せました。
「二人でこんな風にするのも、なんだか久しぶりだね」
「そうだな。やるぞ、エティエンヌ」
「皆さん、お願いいたします!」
アドルフとエティエンヌとスクルさんから、轟々と力が溢れてくるのを感じます。
私はまだ魔法を封じられ、自然界の魔力と隔離され鈍くなっていますから、余程の力です。
『もっともっとー!』
『二人とも、遠慮するな!』
「じゃ、遠慮なく行くよ?」
「ははっ! みんな最高だな!」
そんなことを軽く楽しそうに言い合っています。アドルフが言うとおり、本当に、頼もしさ最高の方々ですね。
「アドルフとエティエンヌの魔力を腕から感じる。スクルさんが二人の魔力から、私を護ってくれているのもわかってきました」
腕輪の私への干渉が、どんどん減っているようです。
『スクル、もうちょっと阿呆っぽく揺ら揺ら。波打つ感じ』
『了解』
パティさんのアバウトな指示で、スクルさんがマティス様の魔力に似せるよう調整がはじまりました。
なんだかちょっと、腹が立つユラユラ具合ですね。私がそんなことを考えた瞬間――
――バリン――
「「やった!」」
「わあっ!」
「「バウッ!」」
腕輪が木っ端微塵、粉々に砕け落ちていました。久しぶりに自然界の魔力に呼応する自分を感じます。なんて心地良いのでしょう!
世界から入って来た力が、みるみる私本来の魔力に変わってゆきます。
『ルシールって、本当ヤバイよね』
『ああ、俺たちが魅かれるわけだ……』
ですが、あまりにも急に魔力が身体中を駆け巡るので、肉体の力が抜けてきました……。
「「ルシール!?」」
アドルフとエティエンヌに両腕を取られ、後ろからはスクルさんの柔らかな毛並みに支えられていました――
「起きたか?」
「具合はどう?」
あのまま私は眠っていたのでしょうか? 気がつくと、アドルフとエティエンヌが私の顔をまじまじと覗き込んでいます。どうやら、屋根裏の自室のベッドの上に居るようです。
「だっ、大丈夫!」
咄嗟にガバっと布団を被りました。ガッツリ寝顔を見られましたよね……。一応、私は未婚の乙女なのです。二人とも顔が近すぎます……。寝言やいびきはしなかったと自分を信じましょう。
「水でも飲むか? 腹は減っていないか?」
「痛い所や苦しい所はない? 急に動いて大丈夫?」
一度に話し掛けられると大変ですが、身体は凄く快調です。半年強もあの腕輪のせいで世界と繋がれなかったからか、まるで翼が生えた様な気さえします。
心配する二人を安心させるため、私は元気に起き上がりました。
「このとおり、どこにも不調はないわ。魔力が戻って快調なくらいよ? 二人とも、魔力をあんなに使わせてごめんなさい。本当にありがとう」
「おうっ! しかし呆気なさ過ぎて、拍子抜けするくらいだったよな?」
「そうだね。短時間で済んだから、全く疲れもないくらいだよ」
気遣いかもと思ったのは一瞬。もう婚約の腕輪は外れ、二人の魔力がどれくらいあるのか理解できます。
「二人とも、すごい魔力を持っていたのね」
「それはこっちのセリフだぞ?」
「まさか、ルシールの魔力がここまで強いとはね」
三人とも、自然にもルブラン・サクレにも優しくない程の魔力量を持っていました。あくまで人は、闇以外借り物の魔力なのです。
「そうだわ。早くパティさんに、闇の力をお返ししませんと! ん、あれ? あの鼻はどっちのかしら?」
「げっ! パティの鼻だ!」
「覗いていたんだろうね……」
屋根裏にただ一つある明り取りの小さな窓に、パティさんの鼻がビタリとくっついていました。きっと、下にはスクルさんも居るのでしょう。
早速、闇の力についてご教授いただきますか!
『ルシール起きた! 久しぶりに世界の魔力を受け止め解放されたから、身体が追いつかなかったんだろうってスクルが言ってた。休めば大丈夫って。でも、そこの二人は右往左往するばかりで、大変だったよー』
『ルシールが眠り、俺たちの言葉を伝えられず、アドルフとエティエンヌの取り乱し様に困った』
ああ、スクルさんとパティさんのいつもは愛くるしい瞳が、アドルフとエティエンヌを呆れたように見つめています。私が眠っている間、二頭は私に何が起きたを必死に伝えようとしてくれたのですね。
「あの状況なら仕方ないだろう」
「女性が倒れたら、当然の反応だよね」
しどろもどろに言い訳する二人と、『ふうん?』と尻尾をビターンビターンと打ち下ろしている二頭に、吹き出しそうになりました。
緩む頬に喝を入れ、私は成すべきことをしましょう!
「さあ、余りに余っているらしい闇の力を、たっぷりいただきましょうか? パティさん、ご指導よろしくお願いいたします!」
『オーウ! 魔女が干からびてカッピカピになる位、闇の魔力を奪ってやろー! 私は子沢山になるんだー!』
俄然、パティさんと私に気合が入ります。
『メスが怖い……。干からびるのは魔女ではなく、俺になるのでは……』
今のスクルさんの発言は独り言でしょうから、訳さなくていいですね。
晴れて私から婚約腕輪が外れました! これからは、パティさんが本来持つべき繁殖りょ――闇の力を戻しながら、さらに牧場での日々を満喫してゆきましょう――