14 婚約腕輪を外しましょう その1
「嫌な思いをさせると思って言えなかったけれど、婚約の腕輪は婚約者の男性が魔力を込めないと、外せないってところまでは調べがついていたんだ……」
胃に優しいミルクづくしの朝食後、暖かい太陽の光が降り注ぎ、穏やかな風の吹く牧場の草地の上で、再び人間三人と守護獣二頭で話し合いをしています。
「マティスか……」
エティエンヌとアドルフの言葉に婚約者の顔を思い出し、若干ムキッとしてしまいますね。婚約腕輪の真実を知っていたのなら、マティス様など魔力でひねって嵌めさせなかったのですが……。
あ、そんなじゃじゃ馬さんが大騒ぎするのを封じるためにも、婚約腕輪が貴族界隈にすんなり受け入れられてきた説もありましたよね。
女性の噂話も、なかなか真相を突いているものです。
『待て。なら、マティスとやらの魔力を真似して流せば、その腕輪を外せるのではないか?』
『全属性持ちのルシールが魔力を使えなくても、アドルフとエティエンヌが協力すれば、闇以外の魔力を込められるよね? 絶対イケるって!』
守護獣さんたちにそう言われると、本当にイケそうな気がします。でも、マティス様の魔力って、どんな感じでしたかね?
「婚約者ですが、私はマティス様の魔力の特徴がよくわかりません」
「大丈夫だよ、ルシール。それなら私が知っているから……」
エティエンヌが、なぜマティス様の魔力を……。と思ったのは一瞬。
やり手の商売人だからエティエンヌは簡単に貴族島に行けたと思っていましたが、クレナスタ侯爵家を訪ねてお父様とすぐ手紙のやり取りができた辺りで、気づいてもよかったのです。
――エティエンヌがただの商人ではないことに勘づいてしまいました。
ですがこれは、私から彼に問うことではないでしょう。エティエンヌが言わないという事は、きっと事情があるのです。必要なら、彼から話してくれますよね。
『ルシールを突き落した馬鹿王子は、どんな魔力をしているの?』
パティさんったらマティス様を馬鹿だなんて、守護獣じゃなかったら不敬の罪ですね。でも、なんだかスカっとします。
「言葉そのままで、馬鹿みたいに火と風の魔力が強いんだ。水と土と光の属性は無いし、勿論闇も持っていないよ」
「なら、充分俺とエティエンヌで外すことができるだろうな」
アドルフは光と火と土、エティエンヌは光と水と風の属性持ちらしいです。やはり、この会話から魔力の強さを測っても、この二人は只者ではなさそうです。勿論、二人から話してくれるまでは詮索しませんが。
『なら、アドルフとエティエンヌが火と風の魔力を集中して流し、繊細な魔力の流れの調製を俺たちがフォローすれば完璧だろうな』
『それでいいんじゃない! 私が調整を指示する』
スクルさんは本当に頼もしいですね。って、えっ!? パティさんが指示ですか? ちょっと不安になるのですが……。
お話できて嬉しいのですが、昨日からパティさんのイメージが崩れまくっていましたから……。
『……。パティは大雑把だから、力を受け止めるルシールを護れと言いたいところだ。が、しかし、指示役を任せるしかないか……』
どんな二頭の役割分担かよくわかりませんが、きっとスクルさんにお任せすれば大丈夫でしょう。
アドルフとエティエンヌが腕輪に魔力を送り、パティさんがマティス様の魔力に似せる指示役、スクルさんが指示を受けて私を護りながらの調整役になりました。
『あ、でも念のため、ちょっとそのクソ王子の魔力を見て来るね! 私、完璧主義なの!』
『おい! まさか、貴族島に張られた膜を壊して入る気か?』
「パティ、止めろって!」
「危険だよ、パティ!」
「ダメです、パティさん!」
一同がパティさんを止めますが、問答無用。パティさんの翼が大きく開きました。
『大丈夫だって~。ちょっと穴を空けて入るくらいだから』
「「「あっ!」」」
「バウッ!」
パティさんは自由ですね……。純白の翼を優雅に羽ばたき、貴族島の方へと行ってしまいました。魔女に謀られた人間が張ったであろう生き物避けの膜を、パティさんは壊して侵入する気満々です。
「おいおい、まずいんじゃないか? 牧場の守護獣が暴れたって、大騒ぎになるよな?」
「……。まずいね……。すぐにフォローしないと……」
『うちのパティがすまない……』
貴族は魔女の存在を知りませんし、ルブラン・サクレが暴走して膜を壊したと思いますよね……。
「ルシールが魔女と接触し命を狙われていたのなら、余計相手を触発する可能性もあるよね……」
「それもまずいな……」
『重ねてすまない……』
みんな、お葬式みたいになっていますね。ですが私は、今までの話の内容から、本来人間以外の生き物にある繁殖力を取り返す気満々だったのです。それには、世界に滞っている人が生み出してしまった闇の力も、有効に使いたいと思っていました。
「私なら大丈夫です。むしろ、腕輪が外れたなら、ガンガン魔女の貯めている闇の力をパティさんや他の生き物たちにも送る気ですから、そもそも魔女にばれるのは時間の問題と考えていました。パティさんはそんな私の気持ちを、感覚で受け取ってくれていたのかもしれません」
『危険な目に遭わせてしまう。すまん、ルシール……』
スクルさんが大きな長い顎を、私の肩にチョコンと乗せました。ちょっと重いのですが、穢れ無き生き物に身を委ねられていると思うと、わけもなく涙が溢れそうになりますね。
スクルさんの顎脇をポンポンと叩きました。
「貴方がいなければ、すでに私は大地に激突死していたはずです。スクルさんが救ってくれたこの命、ルブラン・サクレや生き物たちのために使わせてください」
『ありがとう、ルシール。お前と出会えてよかった……』
スクルさんのぬくもりも言葉も温かくて、本当に泣いてしまいそうです。我慢するため、その大きな頭を何度も何度も撫でました。
「グズッ」
「クスン」
「? んん?」
私は涙を流すのを堪えているはずですが? 音の発信源を確認するため、後ろを振り向くと――
アドルフが微動だにせず真っ直ぐ空を見上げ、エティエンヌはパタパタと手のひらで目を扇いでいました。
『俺とルシールより、アイツらの方が早く泣くとは。こちらが白けてしまうではないか』
本当に優しい人たちです。二人にも感謝を伝えたいのですが、それは後ほどですね。今は、泣いてることに、気づかないフリをしましょう――