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13 アドルフ・レイダルグ その2

 シャンダールの国王は、従兄弟(いとこ)に託されたアドルフを王国に留めることにした。


「レイダルグの民は皇族の帰りを待っているよ。ただ、少しの間ここで色々と学び、落ち着いたら帝国に帰ろうか」


 優しい従叔父(いとこおじ)はそう言っても、身内で争い守護獣を殺した皇族に、批判が集まっているだろう。はたして民は、皇族を許してくれるのだろうか?

 国を治めるなら、知識と経験のある大人の方が適任だ。皇族として今の自分に出来る事は何かとアドルフは考えた。


「このまま私だけが、のうのうと国には戻れません。私が守護獣に認めてもらい、連れて帰らなくては……」


「そう。レイダルグの民にとって、守護獣は神様みたいなもんだ。争いに巻き込み全頭殺した皇族に、批判が集まっていてもおかしくはないさ。受け入れてもらうには、お前の対となる守護獣の他に二頭は必要だろう。それが皇族として、民に許されるギリギリのラインかね」


 皇太后ジゼルがアドルフの言葉に重ねる。本当にズバズバ物言うおばあさんだ。だが、同じ意見を持つ彼女が、アドルフの背を押してくれている気がした。


(そうだ。悲しむ時間も、立ち止まっている暇もない)


「十になったら、王国の平民地にある守護獣牧場に行くといい。ちゃんと世話して認められるんだよ?」

「は、はい!」


「そして子が産まれたら、半分は王国に置きな。半分を帝国が引き取るんだ。帝国の方が、ルブラン・サクレに好かれているのは両国を知るあたしが認めるから、技術料ってところだね。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」

「ありがとうございます!」


 全ての守護獣を死なせてしまった帝国にとっては、心からありがたい話だった。



「さて、とっくに旦那もいないし、あたしもそろそろ故郷に帰りたいもんだね」


 そんな風に言いながらも、ジゼルは混乱した祖国レイダルグを守る決意を固めていたのだ。


「母上は言い出すと聞かない。死ぬ前に故郷で過ごしたいと騒ぐのだよ。帝国で面倒を見てくれないかな?」

「はっ。ぼんくら息子も言うようになったもんだね。うるさいあたしが居なくなることが嬉しくて、内心小躍りしてるくせに」


 アドルフのことは、嫁ぎ先のシャンダール王国が面倒を見てくれる。いつかアドルフが新たに産まれた守護獣を連れ帝国に帰れるよう、ジゼルは年老いた身体に鞭を打つことにしたのだ。

 そんな大叔母に恩義を感じ、人として尊敬するようになったアドルフは、ジゼルの様なつっけんどんだが実はお人好しな性格になったのかもしれない。


「アドルフ。お前も皇族の一員として、必ずルブラン・サクレに認められな」

「はい!」


「ああ、だが、十になるまでは、お勉強をみっちりするんだよ? 馬鹿なら当然お勉強は継続さね。――ま、その辺は(ぬる)くて心配だが、息子に任せるとするかね」

「母上、里帰りの準備をどうぞ……」




 そして、アドルフは十歳までの四年間、王国で教育を受ける。いつも隣には、同い年のステファヌが居た。二人共すごい速さで物事を吸収するので、教師も教える事がみるみるうちに無くなった。


 十歳になったアドルフは、帝国のしきたりどおりシャンダール王国の平民地に行き守護獣と暮らす。出稼ぎの労働者を装い、ジゼルが支援していた守護獣牧場で働いた。

 帝国は女傑ジゼルが内政を行い国として安定していたが、民の間には守護獣の不在で、不安が募っているだろう。


「早く、子を成してもらい、ルブラン・サクレに認めてもらわなくては……」


 しかし、守護獣の子は年々産まれなくなる。百日など、あっと言う間に過ぎていた――



「なにがダメなんだ……。ばあさん、すまない……」


 祖国とはいえ皇族として一人、民からの槍玉に挙がっているかもしれないジゼル……。だが、さすがに王国も、子も産まれないうちに頭数の少なくなった守護獣を帝国に譲ることはできない。

 アドルフが世話になっていた牧場主が高齢だったこともあり、引退して息子夫婦の暮らす街に引っ越すことになった。

 アドルフは、そのまま平民地の牧場に残ることを決める。


(あのばあさんなら、俺が空身で戻っても叱るはずだ……)




 そんな状況に置かれたアドルフを、ずっと見てきた者が居る。エティエンヌだ。

 アドルフと共に早々に完璧に教育課程を終えたエティエンヌは、不自然な貴族の生活環境の変化と守護獣の減少に懸念を抱いていた。

 弟マティスとの王位継承問題を抱えたエティエンヌは、十五歳で結論を出す。


「父上、私はアドルフの居る平民地で暮らします。資金面で王国と彼の牧場を支えるため、商いをしたいのです」

「そうか。そなたには辛い思いばかりさせてすまない。ステファヌ……、思いのままに……」


 国王は優しすぎるが故、王妃にも次男マティスにも、勿論エティエンヌに対しても、なだめる様なことしかできなかった。ただ、エティエンヌはそれで良かったと思っている。帝国の様に王族同士で争うなどしたくはなかった。

 異世界人ヒデトシへの憧れもあったことをエティエンヌは隠していたが、人の機微に聡い父は感じていたのだろう――


「ありがとうございます。アドルフの方がお祖母様に似ていますね。どうしても私は、父上やヒデトシの様に優しく穏やかな人に惹かれるようです。――必ず、私なりの方法で王国の力になってみせます」



 当初は心配した王だが、アドルフもエティエンヌも、王として必要と思われる教育は完璧に終えていたし、母も故郷で活き活きと暮らしているようだ。多少問題事を抱えている方が、母の様なタイプの人間には丁度いいらしい。

 守護獣と共に歩むことを求められる帝国の皇子アドルフ。肩身の狭い思いをしてきた第二妃の子ステファヌ。どちらも助けられなかった贖罪の意味も込め、王は二人の意志を尊重した。




「アドルフ!」

「なっ! なんでステファヌが!」


「ダメだよ。これから平民地ではエティエンヌと名乗るからね。そして私は、今日からこの牧場の共同経営者だよ。事務的なところは任せて」

「お、おう」


 共に過ごしたエティエンヌの置かれてきた状況を知っている。アドルフはそれ以上追及しなかった。

 それから、守護獣牧場の共同経営がはじまる。歴史的に守護獣と共に歩んだ帝国皇族のアドルフが直接的に面倒を見、王国内で融通が利くエティエンヌが飛び回り商売を軌道に乗せ、赤字垂れ流しの牧場の資金面を支えた。


 そんなアドルフたちの生活は六年続いていた。そこにふっと湧いて現れたルシールが、こう着していた状況を一気に変える鍵となるのだが、事態は動きはじめたばかりである――






(優しい味だな。なんか落ち着いた)


 ルシールが作ったミルク粥を匙ですくい口に運ぶと、昨夜から苛まれていた焦燥感がスウッと消えていく。今からまた、スクルたちと話し合わねばならない。


(ルシールとエティエンヌ、そしてばあさんのためにも、しっかりしないとな……)


 アドルフの中に渦巻いていた闇は消失し、温かくも強い意志だけが残っていた――

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