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12 アドルフ・レイダルグ その1

 ――時は少しだけ遡る――


 守護獣たちの話しを聞いてから、アドルフの身体中を燃え上がる様な感情が渦巻いていた。豊かな紅蓮の髪をガシガシと掻き乱す。

 憎らしくて悔しくて悲しくて虚しくて……。――先ほど聞いたばかりの闇の力を、自分が生み出しそうに思え恐ろしくもなる。


(ダメだ……。抑えろ……。俺の心まで、魔女に利用されたくはない……)




 レイダルグ帝国――アドルフの大叔母ジゼルの出生地で、彼女はシャンダール王国の前王に嫁いでいた。

 アドルフとエティエンヌは再従兄弟(はとこ)にあたる。

 二国の関係はすこぶる良く、友好国として互いに協力しながら発展してきた。


 レイダルグ帝国の者たちは、ルブラン・サクレと共に大地で生きてきた。皇族はルブラン・サクレに認められるため、十になると城から出て百日間守護獣と暮らす。そして守護獣に認められると、相棒となる一頭を引き連れ皇城に戻るのだ。

 アドルフも対となる守護獣が現れるその日を楽しみにする、あどけない子どもだった。



 ところが十五年前、帝国で内乱が起きる。仔細は公にされていないが、皇帝の二人の弟が挙兵したところまで、シャンダール王国に報せが届いていた。


「確か、私と同じ年の皇子がいたはずだ……」


 シャンダール王国の第一王子ステファヌの胸が騒めく。嫌な予感がした。


 それから程なくして、血まみれの守護獣がシャンダール王国に降り立つ。背に括りつけられていた六歳のアドルフは、援軍を頼むとだけ言い気を失った。

 首にかけられた皇帝の指輪と纏う魔力が、アドルフが確かにレイダルグの皇子であることを証明する。シャンダール王はすぐ兵を帝国に向かわせ、従兄弟の子の回復を待った。




「アドルフ、起きたかい?」

「……。お年を召されましたが、大叔母様ですね。若い頃の姿絵を見たことがあります」


「これっ! 子どもだからって、正直過ぎるのはけしからん。――さあ、まずは薬をお飲み!」

「いたっ」


 一晩中守護獣の背に揺られ、身体中がギシギシと軋むアドルフを、大叔母ジゼルはグイと起き上がらせ薬を飲ませる。アドルフは、容赦のないおばあさんだと思った。

 痛む身体を起こしてみると、そこには、女の子みたいな顔をした金髪の子どもがいた。


「あんたの再従兄弟、ステファヌだよ。心配だったみたいでついて来たんだ。ほら、薬を飲んで落ち着いたら、帝国で何があったか聞かせなさい」


 厳格ながらも優しげな大叔母の声にアドルフは安堵し、一通り自分が理解していた事を語った。



「きっと、あの女のせいです……」


 父と年の離れた叔父二人が、一人の女を好きになった。相手は国内の侯爵家の娘で、伯爵家の嫡男と婚約していると父は言っていた。そして困ったものだとも。

 一度だけ見かけたが、女の放つ空気が不気味過ぎて、未だアドルフの脳裏から消える事は無い。

 けばけばしい化粧と派手なドレスが毒々しく、子どものアドルフには毒を持つ蜘蛛に思えた。


 大人たちに何が起きていたのかはわからない。が、しばらくして叔父たちが兵を挙げ、皇城に攻め込んで来ることを知った。


「アドルフ。迎えが来るまで、ここにいるのよ」


 国内に戦火を広げず民と街を守るため、アドルフの父と母は城を犠牲に城内で叔父たちを迎え撃つことにした。




「音が……、静かになっていく……」


 微かに聞こえていた、戦う兵たちの声が小さくなる。父や母、皆はどうなったのだろう。

 居ても立っても居られず、アドルフは秘匿されていた回廊を出た。


 しかし、そこで幼いアドルフが目にしたのは多くの兵の死体。そして、父と母と二人の二頭の守護獣が、叔父たちの守護獣と血を流し合って戦う姿だった――。


「さあ、皇帝と守護獣に止めを! 皇帝の座を手にした方と私は結婚するわ!」


 嬉々として、あの毒々しい女が叔父たちに命じている。叔父たちの目に光はないのに、異様なほどギラついていた。

 母――皇后が、震えて動けずにいるアドルフに気づく。それを察した父――皇帝が、叔父たちを引きつけた――



「アドルフ、シャンダール王国に使者として行ってちょうだい。それまで母様は、父様と城を守るわ。この指輪を持っていれば、アドルフがレイダルグの次の皇と証明できるから、必ず援軍を寄越してくれる」


「……父上と母上を置いては行けません」

「皇子としての勤めよ? 貴方にしかお願いできないことだわ」


 母は有無を言わさず、アドルフを自分の守護獣の背に乗せ、落ちないよう手近にあったショールで守護獣の背とアドルフを縛った。母も母の守護獣も、傷だらけだった。


「母様の側に守護獣が居なくては――」

「頼んだわよ! さあ行って!」


 母が守護獣の背を叩いた瞬間、生まれ育った城がみるみる小さくなっていった。母はアドルフを逃がしてから、あの侯爵家の女がアドルフたちの方に何かしようとしたのを必死に止めていた――


(なぜ……、父上と母上が……)


 幼いアドルフは、母のルブラン・サクレの背に乗せられ城を脱出するに成功した――





「帝国は、どうなったのですか?」


 体の痛みもだいぶ引いていた。何日経ったのだろう。シャンダール王国は、援軍を送ってくれたのだろうか?

 柔らかなベッドの上で、アドルフは大叔母ジゼルに尋ねた。


「皇帝も皇后も、叔父の公爵二人も亡くなっていたよ。私の兄、お前にとっては祖父もね。そして、皆のルブラン・サクレも死んでいた。相討ちしたんだろう……」


 やはり容赦なく、ハッキリ物を言うおばあさんだ。まだ子どもなんだぞ? と思ったが、早く情報を得られるのはありがたかった。子ども扱いされないのもやり易すい。


「私を王国まで送り届けた、母の守護獣も息絶えたのですか?」

「そうだね」


 アドルフはまだ六歳。大叔母以外の身内も、育った城も、皇族の象徴たる守護獣も、この歳で失っていた――

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