11 牛乳配達の方が来ました
スクルさんとパティさんの話しを聞いた翌朝。珍しく、アドルフもエティエンヌもゆっくり遅くまで眠っていました。
ですので、いつもなら「まだ暗いから中に居ろ」と言われてしまう鶏の卵の回収と、スクルさんたちの朝一チェックを、私が行くことにしました。
昨日は夜更けまで話していましたからね。ゆっくり休んでもらいましょう。
鶏小屋で卵を拾い、身体を寄せ合ってぐっすり眠る二頭を確認して家の方に戻ると、一人の少女と出くわしました。
「おはようございます。配達、ご苦労様です」
二本の瓶を抱えた、牛乳配達屋さんです。私よりも大分年下に見えます。お手伝いをしてエライですね。
「はっはあん? あんたがアドルフとエティエンヌさんに言い寄って押し掛けた、図々しい居候ね! 二人の世話になってるくせに、今までずっと朝出て来ないなんて、どんだけ役立たずなの?」
返答に困ってしまいます。確かに私は、無理を言ってこちらにお世話になっている厄介者です。ですが、言い寄ってという言葉は肯定できません。
「その瓶を運んでいるところをお見かけするかぎり牛乳屋さんと存じますが、私に何かご不満がおありでしょうか? まだ暗い明け方などは二人が心配するので、普段は家の中で家事をしているのですが」
「ふん。居候なら、いの一番に牛乳を取りに来なさいよ!」
物言いからして、私に好意的でないお方と判断しました。異世界カブレの私を好意的に捉えないご令嬢は多くいましたから、その時の記憶が甦りますね。
お祖父様……。久しぶりに、ダイイチゲイゲキモードに突入してもいいでしょうか?
娘さんは、まだまだ捲し立ててきます。
「それに不満もなにも、あんたが居候してると、アドルフとエティエンヌさんの迷惑になるって言ってんの! 牛乳を配達する量だって増えてるじゃない! 今までは二日で一本の配達だったのよ!」
「それは、二人がそう言っていたのですか? それに牛乳屋さんとすれば、少しでも売上アップになってよかったのでは? 料理にも使いますし、購入量としても適正かと思いますよ?」
アドルフの性格なら、私が本当の役立たずで困っていれば顔に出ると思います。エティエンヌは穏やかながらも、経費の管理にはズバっと切り込みます。この方が言っていることが本当なら、さすがにわたしも察していると思うのですが。
「それは……」
あ、この方も嘘をつけないタイプのようです。口をモゴモゴさせてしまいましたね。どうしましょう。ゲイゲキモードは、まだダイイチケイタイだったのですが……。
「おっ、ミルおはよう! 今日もミルが運んできくれたのか? 最近頑張ってるな!」
「ミルさん、いつもありがとうございます。貴女は本当に、ご両親思いの働き者ですね」
騒ぎ過ぎて起こしてしまったのか、アドルフとエティエンヌがやってきました。アドルフはパジャマをちゃんと着ているみたいで良かったです。
昨日は地面に座ったから、ちゃんと着替えたのですね。ヒヨコがたくさん描かれているパジャマを着ていました。
エティエンヌよりもアドルフの方が大きいのですが、お土産のパジャマの柄から推察すると……。エティエンヌにとってアドルフは、少年のように可愛い弟分なのでしょう。
「キャッ。おはよう、エティエンヌさんにアドルフ。エティエンヌさんも、最近はずっとこっちに泊まってるのよね?」
「ああ、私は彼女が来てから、こちらで寝泊まりしているのですよ」
「ってか、エティエンヌが無理矢理押し掛けてきやがったんだ」
なんでしょう、この気持ちは……。モヤッとします。私と話していた時と声の高さが違うのですが……。
「そうなんだぁ~。ミルは朝から二人に会えて嬉しい~! はい、今日の配達分よ!」
近くに居た私を素通りし、アドルフとエティエンヌに一本ずつ瓶を渡しています。私だって瓶の一つや二つ持てるのですが?
「重かったよね? ありがとう」
「また明日もよろしくなっ」
「うん!」
ミルさんは二人に手を振りながらニコニコと帰って行きました。鋭い視線をミルさんから浴びた気がしましたが、私はここから一つのヒントを得たのです。
牧場までのでこぼこで道を通って毎日配達するのは、ミルさんにとって大変な作業ですよね。
瓶を抱えて来るのも手が滑ったら危ないですし、籠に入れたら入れたで帰りには籠が邪魔になります。
お祖父様が愛用していたアレなら、軽くて配達量にも柔軟に対応できますし、帰りは手ぶら同然です。背負うも手提げにするも自由自在――
うん、いいかもしれません!
家からの仕送りのいい使い途を思いつきました。今度街に出掛けたいですね。早速二人にお願いしてみましょう!
「はあ~。なんか女って、めんどくさいよな」
「同感だよ……」
睡眠時間が足りなかったためか、朝から二人はグッタリしていました。交渉する前に、新鮮な牛乳を使って胃に優しいミルク粥とミルクスープを作りましょうか。
(はあ!? なんで、あんな黒髪の地味オバサンが、二人と一緒に住んでるのよ!)
牛乳配達屋の娘ミル、十二歳。少し年上の男性に憧れるお年頃。
配達の量が増えたのが気になりアドルフに尋ねると、顔見知りだった共同経営者のエティエンヌの他にもう一人住人が増えたらしい。
また素敵なお兄さんが増えてしまったのかと期待し、ドキドキして会えるのを楽しみにしていた。
(これ以上カッコいい人が増えたらどうしよう~。ミルのハートが破裂しちゃう~)
父にお手伝いをすると言って、守護獣牧場への配達を変わってもらった。が、いつも出でくるのは大抵アドルフで、時々エティエンヌが代わりに受け取るくらい。
我慢しきれず、こっそり牧場を観察することにした。すると、もう一人の住人は黒髪の女ではないか。
(女だっ!!?)
その女がアドルフに何かを言ったかと思うと、満面の笑みでアドルフが答えている。家の方からはエティエンヌもやって来て、三人でなにやら楽しげに笑っているではないか。
(牛乳を取りに来ることもしない居候なんておっかしい! 絶対二人は騙されてるわ!)
憧れのお兄さんたちが年増に誘惑された。ミルはそう思ったのだ。直接文句を言ってやりたくても、黒髪の女は家の奥にいるらしく、なかなか出て来ない。
今朝、やっとその女と会えたと思えば、すぐ二人が慌てたようにやって来た。まるで護衛騎士に護られるお姫様ではないか。
(アドルフもエティエンヌさんも、あの女に惑わされている。私が二人を正気に戻し、助けてあげなきゃ!)
牛乳配達屋の少女ミルは、元気いっぱいのお年頃。彼女の勢いある妄想は、膨らみまくっていた――




