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10 エティエンヌ・シャンダール

(やはり、マティスしかルシールの腕輪を外せないのか?)


 守護獣たちとの話しを終え、真っ暗な部屋で一人エティエンヌは膝を抱えていた。ルシールに約束したとおり、先日自ら貴族島に行った際、婚約の腕輪についても調べていたのだ。

 ただ、腕輪を嵌める時も外す時も、相手の男の魔力を流さなくてはならず、彼女に嫌な思いをさせると考え、ルシールに報告できていなかった。


(もっと、家のことにも気を配っておくべきだったか……)




 エティエンヌ・シャンダール――貴族島での呼び名はステファヌ・シャンダール。シャンダール王国の第一王子だ。


 彼のことを、国を出て何をしているのかわからない放蕩の第一王子と揶揄する者は多い。平民地に下り、金融・不動産・製造・小売、様々な商売を行っているが、実のところは、ルブラン・サクレの研究に時と金を費やしていた。

 そのことに対し、自由気ままに生きていると言われるのは仕方ないと、本人はどこ吹く風である。


 エティエンヌの生き方に多大な影響を与えたのは、育った環境と祖母、そして、ルシールの祖父だった。

 現シャンダール王の長子として生まれたが、次期の王座に近いのは自分ではなく弟。母が王妃より低い伯爵家の出の第二妃で、早くに亡くなったこともあり、王妃の子、第二王子マティスが次の王に有力視されている。


『ステファヌが幸せに生きてくれたなら……。それだけが母の望みです』


 エティエンヌは、病床の母が亡くなる直前、自分に残した言葉の意味を探していた。

 彼は疑念を抱く。自分に幸せな生などあるのだろうかと。


(誰しもが、言葉もまだたどたどしい弟にかしずき、物心ついた私を腫れもの扱いしているのに?)


 “王座に遠い第一王子”――そんな大人たちの囁きを、もう幼い彼は充分理解できていた。


(子どもと思って、馬鹿にする者ばかりだ)




 そんな時、エティエンヌは城で、ルシールの祖父と出会う。彼だけは孤独な自分を、疎ましい存在とも可哀そうな者とも見ていないことに気がついた。あまりにも変わらない態度が、逆におかしな奴と思えるくらいだった。


「そなたは後ろ盾もない私から、距離を置こうとは思わないのか?」

「王公貴族が居ない国から来たもので、私にはよく理解できない制度ですからね。それに、王となることがその御方にとって、必ずしも幸せであるとは思えないのです」


 なかなかに無礼な異世界人だと思った。だが、なぜか心にグサリと突き刺さる言葉でもあった。異世界からやって来た男に興味がわき、王国史を調べた。そこで、その男が叙爵することを頑なに拒んでいたことを知る。


(ヒデトシ・サトウ・クレナスタは、平民地で生きたいと言っていた? なぜ、自ら平民地になど……)


 シャンダール王国は、異世界の知識を持つヒデトシから情報を引き出したかった。隣国レイダルグ帝国からの使節がやってくるから。この式典には是非とも出席してほしいからと、あの手この手で彼を引き留めていた。


 ところが、予想外のところでヒデトシは、貴族島に残ることを決める。クレナスタ侯爵家の令嬢と恋に落ちたから。結婚するには爵位が必要と迫られ、ヒデトシは渋々爵位を受け取り、侯爵家に婿入りしたそうだ。


「私もヒデトシの様に生きてみたいな……」


 幼心に、愛する人のために生きたヒデトシに憧れを抱いた。愛に生きるが、それが延いては国と民のためになるなんて、最高の人生ではないかと思った。



 それ以降、エティエンヌは王位に捕らわれなくなる。なよっとした威厳のない王子。好きなことにしか興味を示さない王子。

 なんと言われようが、周囲の視線は気にならなくなった。


(少なくとも私は、王妃やその取り巻きのように、人を貶め、蹴落とそうとしたりはしない)



 どこか達観した第一王子は、同席した祖母ジゼルとヒデトシとの茶会で、その後の生き方を決める話しを聞くことになる。


「この国は、自然や生き物との距離が遠過ぎて、それだけは未だに慣れないな」

「あたしもそう。この国に来た時は、気が狂うかと思ったもんよ」


 お祖母様とヒデトシはずいぶん仲がいいなと思いながら、エティエンヌはジュースに口をつけ二人を眺めていた。


「ははっ。王太后様の言うセリフじゃないね」

「何年経っても、故郷が緑臭いのも土臭いのも忘れられないんだよ」


「そうだね……。よくわかるよ……。――あーあ、フェンリルじゃなくて、ルブラン・サクレだっけ? 会ってみたかったな。ルシールも一緒に会えたら、喜んだろうなぁ」

「あんたもあたしも孫たちも、生きてさえいればそのうち機会はきっとあるさ」


(守護獣って、本当にいるんだ……。私も会ってみたいな……)


「やっぱり、とどのつまり。この年になると互いに健康には気をつけないとってことだね」

「孫も心配だし、息子もまだまだ頼りない。どこまでも這いつくばって生きてくだけさ」


 背中をバシバシと叩かれ、エティエンヌはジュースを吹き出しそうになる。


「お祖母様、痛いです」

「アッハッハッハッ。悪かったね、ステファヌ」

「ジゼル……、ちょっとは加減してあげて……」


 はじまりはそこだったのかもしれない。ルシールの祖父、ヒデトシの生き様に憧れ、ルブラン・サクレという響きに心が惹かれた。

 そして、それから間もなく、エティエンヌはアドルフと出会うこととなる――






(マティスの婚約者か。初めて弟の立場を妬むのが王座ではなく、婚約者の座になるなんて……)


 だが、マティスに負ける気は全くしなかった。もし負けるとすれば――六歳で初めて出会い、それから実の弟より兄弟のように時を過ごしてきた、再従兄弟(はとこ)の顔を思い浮かべる。


「きっとアドルフも、今日は眠れていないんだろうな」


 同じように眠れぬ夜を過ごしているであろうアドルフのパジャマ姿を思い出し、なんだか可笑しくなる。


(いや、アドルフの方が私なんかより、深刻なんだよね……。笑っちゃいけないんだけど……)


 気持ちが穏やかになる。やっと眠気がやってきたらしい。そして、もう一人の牧場の住人の顔を瞼の裏に描き、エティエンヌは眠りについた――。

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