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1 婚約者らに突き落とされました

「悪いな、ルシール。私はメレーヌと幸せになる」

「ルシールさん、ごめんなさいね。それがマティス様のご意志なので。――クフッ」


 じりじりと男女二人が私に詰め寄り、私の身体を島の周りを囲む柵に追い詰めてきます。って、最後の『クフッ』が気になりますね。



 あ、落とされました――



 柵の外へと真っ逆さまに私を突き落としたのは、この国の第二王子マティス様。で、私は彼の婚約者なのです。それなのにマティス様ってば、私を容赦なく殺しにかかってきやがりましたね。しかもニヤニヤと笑っていましたし。ずいぶんといかれた所業です。


 そして、その第二王子の後ろでもっと顔を歪めて不気味な笑みをたたえていたのは、メレーヌ・ザヴォットさん――

 彼女は私と同じ侯爵家の娘で、少し前まではこれまた私と同じく第二王子の婚約者候補でした。私がマティス様の婚約者に選ばれたのは、二人にとって不都合だったってわけですね。


 自分の婚約者とその後ろから大層親しげに身体を寄せている女性に突き落とされた私は、ルシール・クレナスタ。クレナスタ侯爵家の一人娘です。今年十八歳になり、同い年のマティス様と半年後に結婚する予定だったのですが……。ただ今こうして死にかけています。


 え? 突き落とされるのに、なんで抵抗しないのかって? できていればしますけれど、それができない理由があるのですよ。



 うん、やっぱり発動しないか。



 なんとか魔法で落下の衝撃を免れようとしていますけれど、プスンともしません。そうなのです。私は今、魔法を封じられているのです。王族教育を受け日々鍛え、魔法も使える男性の王子に、魔法を使えない私では全く歯が立ちませんでした。


 この世界に溢れる恵から魔力をもらって扱う魔法――本来なら魔法で色々と足掻けたのですが、婚姻の前後半年間は、魔法を封じる慣習が我が国周辺にあるのです。自然界の力を使って使用する魔法は、その力を遮断さえすれば一切使うことができません。


 腕に嵌められたキラキラしいブレスレット――婚約の証として身につけた喜ばしいソレが、今は忌々しく感じます。


 表向きは何者にも影響を受けぬ無垢な花嫁を娶り、花婿が全身全霊をかけて伴侶を守る決意の証とされていますが……。

 実は、初夜の恐怖から旦那様を魔法でぶっ飛ばさないためだとか、大昔、婚姻が嫌で逃げ出したお姫様がいたからだとか、女性の間では様々な噂が増えたり消えたりしながら語り継がれています。

 が、昔のことなので真相は分かりません。



 私、これで死にましたね。このまま平民地に激突コースですよ。



 ここはシャンダール王国。貴族は島を魔法で空に浮かばせた空中都市で優雅な生活を送り、上空から大地に根を張って生きる平民を、汚らわしいとよく馬鹿にしています。貴族島内で処分に困れば、平民地に下ろせばいいと思っているのです。貴族にとって平民地は、ごみ処理施設の様な扱いなのです。


 私も上から落ちて平民地に激突しそうってことは歴とした侯爵令嬢なんですけれど、ちょっと変わり者として取り扱われています。

 普通に平民地に行けたのなら汚らわしいなどと全く思わず、ピクニック気分で平民地を隅から隅まで堪能していましたね。



 そろそろかしら?



 気を失うかと思いましたが、全く正気を失えません。意識はハッキリの、ガンガン覚醒中です。きっと、興奮してアドレナリンってやつが出まくっているのでしょう。


 目を閉じて覚悟を決めているのに、いつまでたっても衝撃はなく、何か柔らかい物に包まれた感覚さえします。本当はすでに死んでいて、天国に召されている最中なのでしょうか?

 恐る恐る目を開くと、鋭い牙の生えた大きな口が目前に迫ってくるところでした。



「ひいっ!」

「アウッ」


 柔らかなモノからベタベタの生温い物に包まれた――というより捕まっていました。

 どうやら私、なにかの獣に咥えられ、何処かに運ばれているみたいです。白い翼が力強く羽ばたき、ゆっくりと大地に着陸しました。空中で捕らえた私を住処(すみか)に持ち帰るのでしょうか? それはそれで困りましたね……。


「私を食べても美味しくありませんよ?」


 なだめようと語りかけながらその獣の様子を伺うと、すでに純白の翼をたたみ、同じような真っ白い毛並みを風にそよそよなびかせた大型の獣みたいです。この獣のお陰で平民地への激突は避けることが出来ましたが、運ばれた後私は餌になるのですね。

 落下の衝撃で死ぬより、獣に生きたままバリバリ食べられる方が恐ろしい気がします。



 これはマズイですね。一刻も早く逃げませんと。



「あの……。私、肉付きも良くありませんし、骨しかありませんよ? あ、まさか、その骨が好きなのですか!?」


 お祖父様がこの国にやって来る前に飼っていたペットは、骨型のおやつが大好きだったと言っていましたね。勘弁してほしいのですが、でも、大型の獣から逃げられそうもありません……。




「スクル!? お前、何を拾って来たんだ?」

「バウ!」


 私の骨がおやつになっているところを想像し青ざめていると、遠くから慌てたような男性の声が聞こえました。


「いたっ!」


 そして私は獣の口から落ち、ゴロゴロと地面に転がっています。獣のヨダレに土がついて、ひどい有様ですね。


「おいっ、やっぱり人間じゃないか!? 変なもん拾ってくるなよ! なんかきたねぇーし」


 酷い言われようです。私が顔を上げて声の主を確認すると、同世代位の男性がどん引いた様子で私を見下ろしていました。

 お気持ちはよぉ~くわかります。私だって、生命の危機から脱したばかりでなければ、きっとこのボロボロの状態を男性に見られたことにショックを受け、しくしく泣き出していたでしょうから。


 ですが、生命が助かればこれくらい些末なことで、何とでもなるのです。私は初対面の男性に怪しまれぬよう、精一杯の笑顔で声を掛けることにしました――

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