想像よりも遥かに暗く
続きます。
私の人生は変わった。
先輩とのキスは私の『真一の時間』を一瞬で染め上げていった。
真一とのデートも、下校中の会話も、昼休みの一時も、長年の絆と愛も。
全てくだらない物だったと思える程に。
私を大切にしない真一と、私だけを大切にしてくれる光一先輩。
どちらを選ぶかなんて最初から決まってる。
私は恋人を捨てた。
その次の日。
浮気が最初に来てしまったが、『別れ話』を切り出す為、嫌々真一を昼食に誘った。
「ならよし!」
「現金な女だねぇ……。」
真一はそう言ってコンビニへと向かった。
(現金な女?最近私が構ってくれないからって『飲み物で機嫌を取る』ような男が何を言ってるの?)
今更恋人の事を想って何かをした所で遅い。
きっと別れ話を切り出されると思い、コンビニへ逃げようとしたのだろう。
だが、もう手遅れだ。
全部真一が悪い。
どれだけ惨めに追い縋るのか楽しみだった。
足元に縋る真一をどうやって捨てようか。
可能性を見させて更に後悔させようか。
長年積み重ねた絆よりも大きなストレスが私の黒い感情を、より黒くさせる。
せめて最後は優しくしてあげようか。
そんな風に考える私がいた。
だが、少しだけ思っていた状況と違った。
私が真一に別れ話を切り出そうと誘ったお昼休みの時間に、先輩が現れたのだ。
「こ、光一先輩?どうしてここに?」
驚いている私に光一先輩は言った。
「ここに今から、柊さんの『元カレ』が来るんだろう?どうせなら俺が引導を渡そうと思ってね。」
そう言って先輩は楽しそうに笑う。
「……まだ、別れていないんですけどね。」
「おや、まだクズを見捨てないであげるのかい?」
「………。」
どの道真一とは別れるつもりだったが、それでも穏便に話を終わらせたかった。
今は好きでもない人とは言え、一度は恋人関係だった相手だ。
それを必要以上に傷つけるのは気が進まなかった。
でも光一先輩が言うと、何故かそれを否定する気にならない。
多分『恋人をおざなりにした事を責めて、後悔するような事実を教える』だけだろう、と思った。
優しく終わらせようと思ったけど……。
真一の態度が悪い。だから傷つくのも仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、私は光一先輩の横に立った。
そして次の瞬間。
先輩は私の唇を塞いだ。
昨日と同じように。
でも昨日とは違って今日は長い。
何度も愛し合うように、確かめ合うように。
当然の事で少し驚いたが、私はその心地良さに身を任せ、先輩にされるがままにいた。
真一が来るという事を忘れる程に。
そこからだった。
私が思っていた展開と違うのは。
真一はいつの間にか屋上へと戻って来ていた。
真一にとって、屋上で恋人が昼食を買ってくる自分を待っている景色。
だった筈が
恋人が自分以外の男とキスをしている浮気現場。
に変わっていた。
私は体を凍りつかせた。
(どうしよう!?………真一をフって光一先輩と付き合う筈だったのに、私が真一を裏切って浮気をしている現場を見られた!)
本来なら既に何度も裏切っていると言われてもおかしくない。
でも私は、ちゃんと『破局してから次の相手と付き合う』という風にケジメをつけて事を進める予定だった。
一度目のキスは突然の事だった。
でも二度目はそれを受け入れ、楽しんだ。
裏切りだ。
これは裏切りだ。
そう思うと体が動かない。
冷や汗が止まらず、膝が震える。
私は真一の方を見る事ができず、光一先輩の胸に抱きつくように隠れる。
何故か自分の汚さを真一に見られたくなかった。
そして真一と光一先輩の会話が始める。
私は頭がいっぱいだった。
捨てる筈だった真一に捨てられる。
ここにきてそれが怖かった。
だから何度もおかしな事を言っていた。
誤解なの
真一だけなの
そんな風に言って自分が悪くないように言う。
最低だと思った。
あれだけ見下していた真一よりもずっと。
でも止まらなかった。
止められなかった。
あれだけ真摯に向き合っていたテニスも、真剣に取り組んでいた勉強も、全部真っ当な人生を正しく歩みたいが為に行ってきた。
それでも今の私はどうだろう?
恋人を裏切って。
惨めな彼氏を捨てようとして。
でも捨てられるのは怖くて。
どうしようもなくダメな人間だ。
言葉は止まらない。
誰か助けて。
そんな思いが胸を埋め尽くす。
どうしてこんな事に。
後悔が押し寄せる。
でも結局言葉を受け入れて貰うどころか、耳にすら入れて貰えない。
話す事すら嫌がられた。
会話はヒートアップしていき、光一先輩は真一に敗北宣言を求める。
私はもう何も言えない。
真一本人から話す事を止められた。
それを『言い訳をしなくても済む』と安心し、僅かな安心を手に入れられたと思う私はとても醜い人間だと思った。
真一が私に言葉を投げつける。
先輩が怒り、想いを拳に乗せる。
何度も。
何度も何度も何度も。
私は驚いて声を上げる。
「も、もうやめて下さい!」
そう言うと光一先輩は拳を振るうのを止める。
あれ?何でこんな事になったんだろう。
私は、私を大切にしなかった恋人を、惨めに追い縋る彼氏を、これ以上一緒にいなくてもいいようにしたかっただけなのに。
どうして私の前には『殴られて動けなくなった幼馴染』がいるんだろう。
光一先輩が何かを真一に言い捨て、私の肩を抱いて教室へと戻った。
その後の授業は、とても集中なんて出来なかった。
私は放課後、先輩との練習をせずに帰宅した。
雨が降っていて部活が中止になった、という理由もあるけど、何故か真一に会わなければという気持ちでいっぱいだった。
いつもなら二人で帰る通学路を、私は一人で歩いていた。
光一先輩は自分の家に私を誘ってくれたけど……今の私には、光一先輩の家に行っても何も出来ない未来しか見えなかった。
自宅に着いた。
けれど家に入る気にならなかった。
自宅に入れば今日が終わる。
恋人をフろうとして、恋人を裏切ってしまった今日が終わる。
今日が終わる。
そうなれば、何か取り返しのつかない気がしていた。
真一が帰ってきた。
真一は傘も刺さずに歩いていた。
顔は腫れていて、湿布で書かれていないアザや出血が痛々しい。
私は支離滅裂な事を叫ぶ。
心の中にある言いたい事を全部言いたかった。
いつまでもこの時間を終わらせたくない。
終わってしまったら、私と真一の関係は終わる。
終わらせたかった筈の私は矛盾でいっぱいだった。
けれどそれは意味を成さない。
真一は私との会話を望んでいない。
私と目線も合わせないし、対等に会話話しようという気が無い。
いつものふざけた態度のように見える、でもいつもと全然違う冷たい対応。
怖かった。
捨てられると思った。
捨てられたくない一心で私は真一を罵倒した。
恨んでくれれば真一の中に私が残る。
だから何度も彼を罵倒した。
本当におかしな話だ。
でも
捨てないで
許して
助けて
ごめんなさい
都合の良い感情しか無かった。
醜い心の私は真一に何度も追い縋る。
でもそんな言葉に意味は無くて。
私は
「絶対絶対絶対!別れた事を後悔させてやるから!」
そんな言葉で二人の関係を終わらせた。
あれからかなり経つ。
私は光一先輩の彼女としてテニスをしている。
次回、後悔の始まり。
ざまぁはこれから始まります。