新しい世界
続きます。
光一先輩との時間はとても楽しいものだった。
私がどれだけテニスに対して真剣なのかを理解してくれている。
女子テニス部と男子テニス部という違いはあるけど、その壁は本人のやる気次第で無いと変わらない。
他の部員でもついてきてくれないような量の練習でも、光一先輩なら何も言わずに付き合ってくれる。
毎日が楽しくなった。
真一との時間が霞む程に。
それだけじゃなかった。
光一先輩は私を『一人の女の子』として見てくれている。
些細な気遣いは真一とは比べ物にならない。
私の体調を気にかけてくれるし、他の部員よりも私を優先してくれる。
最初は部活の時間だけだった先輩との時間は、そのうち勉強をする時も一緒にいるようになり、私はどんどん先輩に惹かれていった。
この人は私のことを考えてくれている。
テニスの実力もあって指導してくれる優しさがある。
勉強も得意で努力を怠らない。
清潔感のある着こなしも素敵。
よく分からないゲームや漫画は読んでいる所を見ないから、きっとそんな『気持ちの悪い物』は持っていないと思う。
聴く曲も最新のものばかりで、真一がいつも聴いているような『女の子が沢山出て来る番組』の『気色悪い歌』は一つも聞かない。
食事だっていつも手作りの物を持ってきているし、以前一度だけ部活が遅くまで続いた時、光一先輩は私を見たこともないような綺麗なお店に連れて行ってくれた。
この人よりも完璧な人はいない。
そんな風に思えた。
真一との時間は、消えかけていた。
先輩との練習が待ち遠しく思い始めた頃。
私は真一を毎日昼食に誘っていたけど、真一はいつも『コンビニの出来合いの物』を買いに行ってしまう。
誘うのも疲れてきた。
なんでこんなことをしているんだろう?
そんな風に考えてしまう。
真一と付き合ってから楽しいと思える事があったかな?
光一先輩と一緒にいた方が……
そう思い思考が止まる。
(……待って。どうして真一と光一先輩を比べるの?だって光一先輩は私のテニスを見てくれる人というだけなのに!)
本当にそうだろうか。
私は光一先輩に『彼氏として』頼らせて欲しいと思っていたのではないか?
(でも、私には真一という彼氏がいる。)
そうだ。
私には恋人がいる。
優しさしか取り柄がなくて、ロクデナシで私と全く趣味が合わないけど……それでも私の彼氏なのだから。
(ダメだ。この気持ちを持っているのはきっと真一を裏切る事と同じだ。)
私は恋人を裏切らない。
そんな事は人として最低なのだから。
「光一先輩……少し、お話があるんですけど。」
「どうした?言ってごらん。」
いつも通り真一を文芸部に待たせながら部活をしていた時、私は光一先輩に声をかける。
こんな時でも光一先輩は優しい。
真一はこんな風に『相手が話すのを待ってくれる』なんて気遣いは出来ない。
いつも通り気持ちの悪い語尾で何かのキャラクターの真似をし、大切な話でも煙に巻いて面倒から逃げようとするだけだ。
「……もうこの練習、やめようと思うんです。」
「………。」
「いくらなんでも真一に悪いと思うし。それに私ばかりが先輩に良くして貰ってばかり。私は光一先輩に何も返してません。」
これは本音だ。
浮気では無いけどそれに近いと思えるような『恋人以外との密接な関係』。
それに一度だけ。
時間が遅くて夕食も無い。
抑々、遠征で地元ではなくて先輩の知るお店しか近くに無かった、という事もあるけど……恋人に黙って二人きりで外食にも行ってしまった。
光一先輩の優しさに少し罪悪感がするというのもある。
光一先輩は優しい。
私以外の人にはかなり厳しい指導をしているみたいだけど…私には一度も怒鳴らないし、私の意見は必ず聞いてダメな時も理由を説明して教えてくれるし、良い時はすぐ様意見を取り入れてくれる。
そんな出来た人間である光一先輩を彼女でもない私が独占して良い訳が無い。
それに光一先輩には言えないが………多分、このままでは私は光一先輩の事を好きになってしまう。
いや、もう好きになっているのかもしれない。
真一よりもずっとずっと、光一先輩といたいと思っている。
それを言葉にしてしまえば、きっと真一との絆は終わる。
だから私は光一先輩を拒絶して真一の元へ行かなければならない。
「君が好きだ、柊さん。」
私のそんな想いは光一先輩の一言で砕ける。
これ以上の練習を辞めたい、という私の意見は初めて先輩に届かず、先輩は私に愛の告白のようなものをしてきた。
(え、待って。どうして、なんで、)
「すまない。柊さんには愛する恋人がいる、という事は分かっている。でも俺は柊さんへの想いを止められそうに無い。」
先輩は申し訳なさそうな顔をしてそう続ける。
「でも話を聞いていて思った。……言い辛いが、柊さんはその男……失礼、彼氏くんのどこに惹かれたんだい?優しさ?包容力?そんなものはこれからの人生で何の役にも立たない。」
「ま、待って下さい。真一にも他に良いところがあります!」
「……柊さんの彼氏くんへの同情は分かる。ならば聞いてあげよう。彼氏くんの良いところは?」
「……そ、それは」
「無いだろう?ある訳がないよ。……可愛い後輩であり大切な女性の恋人を悪くは言いたく無いが……敢えて言おうか。」
「……ま、待って下さいそれ以上は」
「柊さんの優しさに付け込むクズだよ。彼氏くん」
私の中の何かが崩れる音がした。
「外見も内面も。柊さんと釣り合おうとする努力が全く感じられない。」
(………。)
「話を聞いているだけでそう思えるんだ。きっと実際に見れば柊さんの彼氏がどれだけふざけた男なのか分かるよ。」
(………そうだ。)
「俺なら君を悲しませない。……最低な事を言っている自覚はある、だが聞いて欲しい。」
(私は)
「俺の彼女になってくれないか?」
私は
どうしようもなくこの人を好きなんだ。
先輩が私を抱きしめる。
「君を悲しませない。」
(真一は私の事を知ろうとしてくれない。)
「俺は君だけを愛している。」
(真一は私の話を聞かない。)
「どんな事でも一緒に行おう。どんな時でも一緒にいよう。」
(真一は私との時間を大切に思っていない。)
「ごめんね、柊さん。」
先輩が私の唇を塞いだ。
私は一歩も動けなかった。
ただ先輩のキスを受け止めて、先輩の目を見ることしかできなかった。
私の中に新しい世界が広がるような何かが起きた。
その世界に真一はいなかった。
すみません……もうちょっとだけ続きます。
書きたい事が増え過ぎてやばいです。
評価とか感想待ってます。




