往生際は潔よく
続きます。
朝、いつも通りの時間に目が覚める。
現在時刻は午前7時30分。
普通の学生なら遅刻ギリギリの時間だが、教師からの評価など特に気にしない俺は、マイペースに起きて登校する。
時雨とは下校時に一緒に歩く事はあっても、登校時に一緒になる事は無い。
(あ、そうか。こういう所も恋人なら一緒に居たいと思うよな、普通。)
自分が捨てられた理由の一つが分かった気がする。
時間にうるさいこの国で、マイペースに朝を過ごす事を嫌う人間は多数いる。
おそらく時雨も同じだったのだろう。
(ま、だからと言って早く起きて行動しようとか微塵も思わないが。)
貴重な朝の時間を怠惰に寝て過ごす事が好きなのだから。
恋人に好かれたいからと早く起きるのは嫌だった。
(捨てられてもしゃーない。)
そして俺は家を出る。
だが直接学校へは行かず、コンビニへと向かった。
家と学校のちょうど中間地点にあるコンビニに着く。
お目当ての物はエナジー缶と菓子パンだ。
朝食は家で食べるのがどうしてか面倒に思う。
だからコンビニへ行って、いつも何かしらのパンと好きなエナジー缶を買って登校する。
「らっしゃっせー。」
店員の気の抜けた声が聞こえる。
パン売り場で新発売のパンを見つける。そして缶ジュースのコーナーでお気に入りの缶を取り出してレジへ向かう。
「これで。あ、袋要らないっす。」
スマホの中に入っている電子マネーで決済を済ませる。
現金を持ち歩く事はトラブルに繋がると思い、数ヶ月前から電子決済に変えていた。
最近は袋にも値段が着くので、俺は菓子パンを鞄に入れ、エナジー缶を飲みながら学校へと向かう。
「…………フケるか、学校。」
途端に何故か学校へ行く気が失せる。
元々やる気が無いのだ。
なあなあで進学を決めた身としては、このまま学校へ行って勉強する事は苦痛に感じる。
このまま公園にでも行って昼過ぎまで寝てしまおうか。
「とかなんとか言いつつも真面目に学校へ向かう俺でした、っと。」
結局俺は学校へと向かう。
行く気も無いが、怒られるのは尚更面倒だと分かっていたからだ。
だが今日はサボるべきだった。
「おはよう真一!」
「……うおっす。元気ね、お前。」
昇降口でいきなりエンカウントをしてしまった。
同じクラスとは言え登校時間がかなり違う。
いつもなら教室に着くまで会う事は殆ど無いのだが、何故か今日に限ってこんなにも早く出会ってしまった。
(うわ、めっさ気不味い。こいつ昨日の事バレてないと思ってんだよな……?)
「ねぇねぇ、一緒に教室まで行こ?」
「………あー、そうね。教室までね。カップルだものね俺達。御意。」
「ふふっ。真一ってば、相変わらず可笑しな話し方をするんだから。」
時雨は俺の話し方を笑う。
(んー、この辺も捨てられた理由になるのか?ダメだ……オタクとして楽しんでると話し方はやっぱネタを含んだ話し方になる。……いや、でもやっぱ今更まともに話すのとか結構面倒臭いんだよな。)
今までの人生、こんな生き方をしてきた。
動画サイトで一晩中笑っていたし、対戦ゲームでも協力ゲームでも悪口を飛ばし合ってきた。
アイドルのイベントやライブでは熱狂していたし、好きなキャラクターがテレビで流れると気持ち悪いくらいテンションを上げた。
(………ん?でもオタク趣味を持ってるキモい俺って事を分かった上で告白してきたんだよな?ならその辺については理由にならないのでは?)
仮に気持ち悪いという理由で捨てられるのなら、二股ではなくさっさと振ればいいのだから。
どうしても二股の理由が分からないまま、俺は時雨と教室へ向かった。
学校生活において。
授業中に流れる時間はとても長く感じる。
好きな事に費やす時間ではなく、やりたくもない勉強の為に費やすのだから。
好きな時間は早く流れるが、嫌いな時間は遅く流れる。
こんな拷問のような時間は無くすべきだと思う。
だが拷問が終われば休憩時間になる。
大体1時間おきに数分のインターバルが用意され、お昼時にはその為の時間も用意される。
(昼、コンビニ行こうかな。)
「ねぇ真一。」
(エナジー缶割と高いよね。でもあれ原価十数円とかそんなもんなのになんであんな高く値段設定すんのかね?)
「真一!」
「えっ?、あ、何どったの?」
考え事をしていて時雨の言葉を無視してしまったようだ。
特に罪悪感も湧かないが、このまま無視するのは外聞も悪いし、後々面倒になる予感がしたので話を聞く事にした。
「お昼さ、屋上で食べない?」
「俺コンビニ。」
「いつから寄り添うタイプの店舗になったの?」
「数年前、かな。」
「どうでもいいから屋上行こうよ!」
「そっちから乗ってきてそれはなくない?」
そんな会話をしていると、やはり昨日の事は見間違いだったのでは?と勘違いしたくなってくる。
会話を楽しいと思える今この関係を終わらせるのは勿体ないと、女々しい考えが湧き上がる。
「………俺、弁当ないからコンビニ行かんと食うもん無いぜよ。」
「私の分けてあげるよ?」
「足りんよ、俺育ち盛りだせ?」
「うーん。」
「……わーったよ。コンビニで買ってすぐ向かうわ。」
「……。」
「ついでに飲み物くらい買ってくれば良かかね?いちごオレでいいだろ。」
「ならよし!」
「現金な女だねぇ……。」
俺は登校前に寄ったコンビニとは違う学校の付近のコンビニへ向かった。
そこは学生も多く通うお店で、品揃えは食料系がやはり多い。
昼食時になると大勢の学生が寄るからだ。
「あいついちごオレ好き過ぎるよな。」
文句を言いつつも俺はいちごオレを取る。
あとは菓子パンとエナジー缶。
そして会計を済ませる。
待たせるのは悪いかな。
そんな風に思い、俺は早足で屋上へ向かった。
「先輩………」
またやってしまった。
時雨は誰かと抱き合いながらキスをする。
屋上にはフェンスがあり、学生が上がっても大丈夫な設計になっている。
その為鍵は掛かっていない為、誰でも上がれる。
そこで待っている筈の時雨は一人では無い。
またあの男だ。
昨日と同じように俺の恋人にキスをする男。
ドア越しでは姿は見えない。
だが確実にこのドアの向こうにいる。
ドアを開けようか迷う。
今開ければ恋人の浮気現場を見れる。
今開ければ男を責めることができる。
だが今開ければ時雨との関係は破綻する。
いや、もう破綻しているか?
どうする?
破綻するのは面倒だ。
考えが纏まらない。
だが
結局俺はドアを開ける。
このままの関係は俺の精神衛生上良くないと判断した。
なら切り捨てたほうがいい。
「もしもし?取り込み中か?」
そう言って俺は時雨と男の前に現れる。
「え、」
「お前さぁ……俺を屋上に誘っといて他の男とイチャつくとか……馬鹿なの?なんで今?マジで?」
時雨は男と抱き合ったまま凍りつく。
その顔は青ざめていて死ぬ寸前のような顔だ。
「あの、これは」
「これは?浮気中でした?」
「その」
「あー、喋らんでいい。ウザイ。」
「でも」
「いいから。後で聞くから。つかアンタ誰?」
俺は男の方は顔を向ける。
男は黙ってこちらを見ていた。
そしてその口を開ける。
「お前が時雨の彼氏か?」
男は俺よりも鍛えられた体、整った顔立ち、清潔なイメージの男だった。
白馬に乗った王子様、とでも言おうか。
おそらく女子からの人気がありそうな人間だと思っ
た。
「えー……まぁ、多分そうじゃない?」
昨日今日と裏切られた俺は、自分が時雨の彼氏だという事を信じられなくなっていた。
だから自然と疑問系になってしまう。
「多分?……自信を持って彼氏だと言えないのか?」
「ん、無理じゃないっすか?目の前で恋人だと思ってた女性が他の男に抱きついてんだから。自信っつーかなんつーか、無くなりますわ。」
そう言うと男は冷めた目で俺を見下し、表情に嗤いを含める。
「そうか。お前が真一か。」
「アンタに呼ばれる筋合い無いんだけど。」
「生意気だな。先輩に対しての礼儀を持っていないのか?」
「間男に対する礼儀とかどこのゼミで教わるんすか?教わりたくも無いっすけど。」
流石に腹が立ってきた。
どうしてこの男はここまで冷静にいられるのだろう?
時雨は俺の事をなんて言っているのだろう?
「……単刀直入に言おう。」
「はぁ」
「お前如きが時雨の恋人なんて相応しく無い。」
「はぁ」
「オタクで不真面目でその上不良気取り。……成績も学校での評価も悪い。」
「よく知ってますね。時雨から教わったんすか?」
「時雨と呼ぶな。……お前みたいなカスが呼んでいい名前じゃない。」
男は時雨を抱きしめる手を強くする。
それはまるで俺から恋人を守るように。
自分の女を愛するかのように。
「俺が彼女を守る。お前と付き合っていた事は時雨の人生の汚点だ。今すぐに時雨と別れて、二度と近づくな。」
「………えーっと、ちょっといいっすか?」
「お前とこれ以上話す事は無い。」
「いや、ホント少しだけ。頼んますよ。ね?」
俺は頭を下げて男に頼み込む。
このまま下がれば、俺と時雨の関係がどう終わったのか、好き放題に改変されてしまう。
そのままその話はクラスにも及ぶだろうし、家族の耳にもそのうち入るだろう。
それは困るのだ。
「………。」
「今、俺とそちらの、柊さん?は付き合っている事になっているんですよ。」
「別れていた事にしろ。」
「いや、無理でしょ?クラスメイトも知ってるんですから。」
「俺が説明する。」
「アンタの事は知らないっすけど先輩ですよね?上級生が下級生のクラスに来て、俺達の関係を説明するとか怪しさパないっすよ。」
どうやらこの男は馬鹿らしい。
自分達の事だけを見て、周りの事を考えることができないタイプの人間のようだ。
「とりま一個だけ。……今、俺と柊さんは別れます。これで良いっすよね?……それでその後、明日先輩と付き合ったって事で。」
「………。」
「いや、これが一番楽っすよ。マジで。」
「………。」
男は考えている。
そして時雨はこちらを見ようとせず、男の胸に顔を埋めて体を震わせていた。
「………今、別れるんだな?」
「えぇ。つーか俺もこれ以上柊さんと恋人でいるのは無理なんで。多分柊さんも同じですよ。」
ビクン、と時雨が体を大きく震わせる。
「なら、宣言しろ。」
「……宣言っすか?」
「『自分如きが貴女と付き合うなんてふざけた事をしました。どうか自分を捨ててください。』と言え。」
くだらない言い分だった。
勝ち誇る為なのだろうか?
だとしてもくだらない。
別れさせるのならもっと別のやり方があっただろう。
「『俺如きが貴女と付き合うなんてふざけた事をしました。どうか俺を捨ててください。』………これで良いっすか?」
「上出来だ。二度と時雨に近づくなよ?カスが。」
男は時雨の肩を抱き、屋上から出ようとする。
「待って!」
突然、時雨が声を上げる。
「これは誤解なの!」
理解不能だった。
「真一だけなの!」
本当にわからなかった。
「先輩とは部活で仲良くしてもらっただけで、私の恋人は真一だけなの!」
もうやめろ。
「お願い!もうしないから!許して!」
「無様を晒すな。」
俺は冷たく言い放す。
「ごめんなさい!もう二度としないから!」
「やめろ。復縁なんざ無理だろ。昨日と今日、連続で見てしまった。」
「信じて!全部嘘なの!」
「最初は見間違いだと思ったんだけどな。結局お前の裏切りだったよ。」
「お願い!もうしないから!」
「支離滅裂だな。嘘だとか、もうしないとか。どっちなんだ?まぁ、どっちでも関係ないけどさぁ。」
時雨はもう自分が何を言っているのか分からないようだった。
「お願い真一!」
「名前で呼ぶなよ。……柊さん。」
俺はこれ以上時雨を嫌いたくないと思い、冷たく突き放すように態度と言葉に表す。
だが
「グッ!?」
横から男の拳が飛びかかる。
その後、何度も何度も俺の頬を男が殴る。
馬乗りになり、俺が逃げられないようにしてマウントを取り、俺の顔が腫れても、血が出ても。
「お前如きが時雨を傷つけるような口を聞くな!」
男は怒り狂い、何度も拳を振り下ろす。
「才能もやる気も無い!」
時雨は信じられない物を見たように固まり、手で口を覆う。
「向上心などかけらも見えない!」
見せかけだけの俺はまともに喧嘩などしたことが無い為防御すら出来ない。
「隣に住んでいるだけで恋人になったクズだ!」
そのうち目が腫れて前が見えなくなる。
「底辺なら底辺らしく這って生きろゴミが!」
その拳は長く長く俺の顔に振り下ろされ続けた。
「も、もうやめて下さい!」
我に帰った時雨がそう言うまで。
「………フッ、時雨に救われたな、ゴミ。」
声を返す気力も無い。
「先輩……もうやめて下さい。」
「時雨がそう言うならいいが……これでこいつとは縁を切れ。いいな?」
「……。」
「何を迷う事がある?こんなゴミと一緒にいても楽しいことなんか一つも無い。」
「でも……ずっと一緒にいたんです。」
「それだけだ。一緒にいただけ。それだけしか無い奴に君の人生の邪魔をする権利は無いし、君を傷つける権利も無い。」
「でも……ここまでしなくても」
「こういうゴミは一度分からせないと学ばないんだよ。今まで学んでこなかったんだ。底辺に生きる人間は底辺以外と関わってはいけない。それを知らなかったこいつが悪い。」
「………。」
「大丈夫だ。俺が君を守る。」
「………。」
「それに時雨も俺といるほうが楽しいだろう?」
「………それは」
「こんな底辺の事など直ぐに忘れさせてやる。」
そう言うと男は時雨の肩を抱き、今度こそ屋上から立ち去る。
後に残された俺は一人で寝転び、屋上から見える景色を見上げていた。
声が出なかった。
瞼が腫れ、少ししか空が見えなかった。
(………意味がわからん。)
空は黒い雨雲で覆われていた。
(ゴミとかカスとかクズとか。……上から目線だよな。)
ポツリと、顔の近くで音がした。
(底辺。……まぁ、自覚はある。)
ポツリ、ポツリと次第に音が増える。
(そうかぁー……俺、捨てられたのかぁ。)
音は次第に重なっていき、屋上と体を濡らしていく。
(底辺、底辺、底辺。クズ、カス、ゴミ。)
音は全ての静寂を埋め尽くす。
(なんとかなる、とか思ってたけど無理だよね、やっぱり。)
雷鳴が響く。
(………さて、多分、明日から大変だ。)
辺りが水溜りで埋まる。
(………やっぱ現実って厳しいわ。)
雨が全てを埋め尽くした。
今日中に後数話更新します。