信じるものはその人次第
こんにちは。
お昼ですね。
あたしと真一くんは、最初に出会った筐体の前に立っていた。
あたしはこの筐体の景品であるゲームが欲しかったし、真一くんはとにかくフィギュアが欲しかったのだ。
それにこのまま別れるのが、あたしは嫌だった。
些細な切っ掛けで話してしまったけど……あたしは愚痴を溢せる身近じゃない相手が欲しかった。
だから真一くんに『折角だから一緒に回らない?』と声をかけてみた。
最初は無理かな、と思った。
だって相手はあたしに興味が無い男だし、あたしの魅力は通じない。それに先程の事に対する礼は、既に受けてしまったのだから。
けど真一くんはあたしの申し出を受けてくれた。
相変わらず下心が見えないのに、あたしと一緒にいる事に対しては積極的という、よく分からない状態だったけど……その申し出を受けてくれたのは嬉しかった。
そして。
どうせならお互いの狙いを取るプレイをしよう、という真一くんの申し出を、今度はあたしが受け入れて、あたし達はそのまま『デートのようなもの』をする事にした。
「宇佐美さんはそのフィギュアが好きな訳?」
真一くんが話しかけてくる。
「………どうだろう。あまり好きとか嫌いとかは考えないかも。」
「じゃあ何故、それを選ぶの?」
金になるから。
そう言うのが一番簡単だ。
実際、その理由でフィギュアを狙っているだけだし、それ以外にこんな『作られた存在しない女の人形』なんて狙う理由は無い。
今回はお互いにプレゼントする前提のゲームだけど、いつもの癖であたしは同じような『可愛い女の子の人形』を狙っていた。
「…………ほら。こういうのって難しいって言うじゃない?どうせ狙うなら少しでも難しい方がいいでしょう?」
「………ま、そうね。女の子のフィギュアの方が、男のフィギュアより人気高いし、設定は難しいと思う。」
「そうだよ〜。だから狙う事が多いの。……ひょっとして他のフィギュアが良かった?」
「いや、なんでもいい。俺はフィギュアが取れるならそれが一番だし。」
真一くんはそう言ってゲームのプレイに集中する。
それからお互いに沈黙が続く。
遊んでいる事に集中しているとはいえ、これが本当にデートなら破局だと思うレベルだ。
驚くぐらい会話が無い。
その辺の男に貢がせる時ならいい。
寧ろ会話を投げかけられても、あたしは男の話す会話の内容が理解出来ない事が殆どなので、黙って景品を狙え、と思っている。
けど真一くんはあたしにとって唯一、愚痴を溢せる相手として関係を築きたい相手だ。
このまま沈黙が続くのは嫌。
そう思った。
「………さっきの話だけどさ。」
「ん?」
「逆に真一くんはどうしてフィギュアを取るの?好きだから?それともあたしと同じで取るのが難しくて達成感があるから?」
なんでもない会話をしようとした。
だけどなんとなく、気になっていた真一くん自身の話を聞いた。
「………俺、フィギュアっつーか、なんつーか。」
「うん。」
「そういう二次元の造られた存在が好きなんだよね。」
「………そうなんだ?やっぱオタクなんだね。」
少しの失望。
やっぱり真一くんも他の男と同じ気持ち悪いオタクだ。
他の男と違う雰囲気があったから、ひょっとしたら違うタイプなのかも、と思っていた。
でも結局は一緒。
アニメや漫画なんていう妄想の、ありえない世界にハマっている気持ちの悪い男だ。
私がそう思った後、真一くんは話を続ける。
「宇佐美さんさ、オタク嫌いっしょ?」
「え?」
「隠さんでえーよ。顔で分かるし、この手の景品を見る目、完全に『金になる』って感じの目だし。」
見抜かれている事に驚きを感じた。
「………ごめんね?あまり得意じゃないのは確かだよ。」
「だと思ったわい。……ま、いいんでねーの?俺もこの趣味が万人受けするようなものだとは思ってないし。宇佐美さんみたいに『こういうのは嫌』っつータイプは少なくないし。」
「でもね、理解できないの。」
「どうして?」
「だってこういうフィギュアの女の子って、現実に存在しないでしょ?………ごめんね?嫌な言い方になるけど。」
「いや、いいぜよ。続けてみそ?」
真一くんがそう言う。
あたしは本当に疑問に思った事を、本当に嫌な言い方でぶつける。
「………ありえない世界でのありえない話を見てさ、その世界にのめり込んで女の子相手に興奮する。そしてその女の子に対して下衆な考えを持つ。」
「まぁ、オタクなら一度は考えるよ。」
「普通はありえないんだよ?カッコ良くもない男の子に対して好き、なんて言う女の子はいないし、ハーレムなんて存在しないんだよ?」
「でしょうねぇ……。」
「そんな気持ちの悪い妄想をして、現実を顧みない。………オタクの人ってそういう人ばっかりだよね?………あたしはそれが理解できない。ねぇ、どうして?どうしてありえない世界を好きになれるの?」
嫌われるかもしれない。
何を言っているんだ、と思われるかもしれない。
出会ってたったの数時間だけど出来た絆。
そんな薄い繋がりだけど、壊れるのは嫌。
だけど聞かないのはもっと嫌。
あたしは真一くんにそう尋ねた。
「…………他の人は知らん。けど、俺が『二次元』を好きになった理由なら、言える。」
「それでもいいよ。あたしが聞きたいのは『真一くんが好きになった理由』。………どうして真一くんは『妄想の世界』を好きになったの?」
「………。」
少しの沈黙があった。
黙々とあたし達はゲームをプレイしていた。
そして真一くんは口を開いた。
何枚目かになる100円をゲームに入れながら、真一くんは話し出す。
「………宇佐美さんさ、神って信じる?」
「え?」
「神だよ、神。神様〜って信じられている奴。」
「え、あ、うん。それは分かってる。………私は信じていないかな。もし神様がいるのならあたしは殺したい程嫌いかな。」
「それは俺もそう。」
「………どうしてそう思うの?」
「助けて欲しい時は助けてくれない。信じても碌な目に合わない方が多い。熱心な信仰を持つと煙たがられる。逆に軽んじでみると……それもまた石を投げられる対象になる。」
「………。」
真一くんの言葉は、なんとなく重い言葉に聞こえた。
ゲームは意思など持たずに動いている。
「信じられるものが無い人にとっては大事だよな。……けど俺は無理だ。嫌いってのもある。けど一番は信じられる程の何かを感じないって事。」
「……信じられる、もの。」
「そう。神様って凄い、って言うじゃん?」
「………そうだね。あたしも詳しくはないけど、そういう感じなんだな、って思う。」
「俺も。けど具体的には何が?俺達の生活に全く『救いの手』を差し伸べてくれない。その癖頑張れば越えられる試練だけはきっちり置いてく。………そんな奴の事を、どうして信じられる?」
「………。」
「御伽噺、ってあるじゃん?」
「え、うん。」
「神話ってのもあるじゃん?」
「…うん。」
「英雄譚、ってのもあるじゃん?」
「うん。………それが?」
「それら全部、神様なんかよりずっと信じて憧れる物なんだよ。」
「それ、どういう事?」
真一くんの手は止まらない。
対してあたしの手は、既に止まっていた。
体も顔も、真一くんの方を向いている。
「幼い頃、絵本で色々な話を見たと思う。」
「うん、あたしもそうだったよ。」
「そういうのってさ、創作だと知っていても、憧れたお話だったよな。」
「………うん。小さい頃はずっと好きだった。あたしもキラキラしたドレスを着て、素敵な王子様と出会って。そんな夢を見ていたと思う。」
「宇佐美さんは興味無いだろうけどさ。……俺みたいな男の子って、『ヒーロー』にも憧れたんだよ。それは子供の頃から今に至るまで、大人でもずっと。」
「え?」
「だってヒーローは凄いぜ?存在しないって事は分かってる。けどアイツらは『人を助けて』『悪を倒して』『名前も知らない人々の笑顔を守る』んだぜ?そんな奴が現実にいてみ?………めっちゃカッコよくね?」
「………でも、そんな夢を見ていられるのは子供のうちだけだよ。」
「誰がそう決めた?世間か?親か?友達か?憧れる事に年齢なんて関係ない。………なりたい職業は?叶えたい夢は?」
「……あるよ。」
「それも憧れる対象だよな?なら、それを夢見る時間も決まっているのか?」
「………。」
「御伽噺のような世界に憧れる。英雄譚の人物のような人になる事を夢見る。神話の世界の幻想に心を奪われる。……同じだよ。ヒーローに憧れる。魔法少女に憧れる。未来の話に憧れる。過去の創作に胸動かされる。………時代が違うだけ。憧れる対象が現代の話に変わっただけだよ。」
「………もし、真一くんの言う通り『神話や御伽噺に憧れた人』の現代の姿が『アニメや漫画の創作に憧れる人』なら、あたしみたいに『神様も信じない、創作に夢も抱かない』人は、何も信じられない可哀想な人って事?」
あたしの手元に硬貨はもうない。
財布の中にはあるけど、もうそれを出す気にもならない。
この疑問が、あたしの中の何かを動かしていた。
「………さっきの続き。神話や御伽噺の現代の姿がアニメや漫画、って事。それと、神様よりも信じられる対象がいる、って話。」
「………うん。」
「つまりさ、現代の人は神様の代わりに信じられる物があるって事。」
「……それがアニメでしょ?」
「俺はね?………けどさっきも言った通り、それが嫌だ、って人もいる。」
「………。」
「お金、地位、名誉、力。なんでも信じられる物があるよな?友達、家族、恋人、仕事先や学校の人、どんな人でも、信じる事が出来る相手は見つかるかもしれないよな?」
「………そうだね。お金は信用の形だし、友達は信じられると思う。神様なんかよりずっと。」
「俺はそれが『二次元』だったって話。………アニメや漫画はいいぜ?………友情も愛情も家族愛も、青春も激情も本気も。全部がある。」
それが本当なら、それは理想の世界だと思う。
くだらない下心なんてない世界。
あまりにご都合主義な世界観だとしても、その世界においてはそれは紛れもない真実なのだから。
でも
「………ありえないよ。そんな世界。」
「だよな?俺もそう思う。神様よりも信じて憧れる世界だけど………信じても存在はしないし、憧れても同じようにはならない世界だよ。」
「それを願うのは子供っぽいと思わない?恥ずかしくない?」
「思わないね。だって夢を見る事を辞める事が大人になる事か?」
「………。」
「他人に『ガキみたいな夢を見ている』とか『叶わない妄想をしている』なんて言われたとしても、俺にとっては『神様よりもずっと信じて憧れられる人々』の話を聞いて『ありえなくても夢見るくらい素晴らしい世界』の妄想をしている方が、ずーーーーーっと、マシだから。」
「………。」
「俺はオタク、それは間違いない。でもそれを恥じない。恥てしまえば俺の信じて憧れたキャラクターや世界を馬鹿にした事になる。」
「だからその『信じて憧れたキャラクター』の女の子のフィギュアを、真一くんは欲しいと願うの?」
「おう。実際、飾るなんて行為に意味なんて無いんだよ。生産性も無いし、目に見えるメリットなんて無いんだ。………けど、好きだから飾る。信じているから飾る。憧れているから飾る。」
「…………それって」
「そう、まるで神様を信じる人が御神体を飾るみたいだろ?」
「………うん。」
真一くんの話は、何故か理解できる話だった。
信心深い人は、宗教に関係無く何かを飾り祀っている。
社会科の授業で何度も勉強した。
それと同じ。
神様ではなく『二次元のキャラクター』を愛して。
神話や御伽噺ではなく『現代の創作』を好んで。
そしてそれを愛する事を恥ずかしいと思わない。
それは昔から受け継がれてきた簡単な話。
好きなものを信じる、というだけの話だった。
「………偉い人に怒られるかもしれないけどさ、俺は『信じていれば救ってくれる神様』なんかよりも『実際に俺の頭の中で動いて、声を届けてくれるキャラクターの魂』の方が信じられる。」
「………。」
「気持ち悪いよな。けど俺は、他の人が神様や宗教を信仰して祈っている時、信じている時、救われたいと願っている時。………アニメや漫画の世界とその世界のキャラクターに対して『なれないと分かっていても憧れて』『信じたいと思える程に綺麗だと感じて』『一方的に救われた』男なんだ。」
「………そんな話を聞かされちゃったらさ、もう気持ち悪いなんて言えないよ。」
「スマン。でもこれ、割と事実でな?………どうしようもなく落ち込んでいた時期に、俺はアニメに救われた。」
「………。」
「マジで何もしたくないと思う程。追い込まれて落ち込んで塞ぎ込んで。」
真一くんはゲームの手を止めない。
既に目的のゲームもフィギュアも取っている。
それでも他の景品を狙ってアームを動かす。
「………婆ちゃんの家で夜中、アニメを見てさ。」
「……うん。」
「綺麗だったんだ。………本音で語り合う人々も、本気で相手にぶつかる争いも、大切な人を守ろうとする主人公も。」
「………うん、うん。」
「言葉で表せられない。………けどそんな世界が好きになった。」
「………うん。真一くん、今すごく『好きなもの』の事を話している、って感じだよ。」
「ま、今の俺を作っているアニメだし。大好きな作品だし。………そんな作品を好きになったらさ、そういう世界の創作を好きになっても仕方ないじゃん?」
「そうだね。……自分の事を救ってくれた作品、なら好きになってもおかしくないし、そういう世界に憧れてもおかしくないね。」
「…………だから好き、みたいな?」
真一くんは最後にそう言って、手元の小銭が無くなった事に気がついた。
「すまぬ、両替に行ってくる。」
「ううん、気にしないで?待ってるから。」
あたしがそう言うと、真一くんは一階の両替コーナーまで小走り向かった。
救われたアニメ。
そっか、真一くんがオタクなのはそういう事なんだ。
自分を救ってくれた、それなら好きになっちゃうな。
他にも同じくらい好きになれる物があるなら、それは素敵な事だし、その世界にハマっちゃうのも分かる。
オタク、って案外いい趣味なのかも。
真一くんともう少しだけ話をしよう。
もう少しだけ、彼の話を聞いてみよう。
きっと彼はあたしの
スマホが震える。
音は無い。
腰の近くで振動がする。
あたしは恐る恐るスマホを取り出す。
『父さん』
と書いてある。
世界は壊れず。あたしは
世界に呑まれたままだった。
パスタを食べます。
カルボナーラが好きです。




