未知との遭遇
本文を4回、ハプニングで消しました。
モチベが下がった昨日です。
それでも書きます。続けて投稿します。
店員は筐体の脚の部分にある留め具を外し、台を手前に引き吊り出す。
そこには溜まった埃や小銭、ゴミなどが散らばっていてとても汚かったけど、店員は嫌な顔をする事なく『男が落としたと言っている千円』を手に取って男に渡した。
「はい、どうぞ。少し汚れていますが問題無く飲み込んでくれると思いますよ。」
「いやぁ……マジすんませんっす。これが無いと両替も出来なくて、そもそもゲームに挑戦すら出来ないっすから。」
「いえ!これも仕事ですし、お客様が楽しんで頂けるのが一番です。それでは引き続きゲームをお楽しみ下さい!」
そう言って店員は少し頭を下げ、早足にその場を去っていった。
男は店員が喋っている最中も去っていく最中も、何度も小さく頭を下げていた。
……少し情けない姿だけど、受けた親切に対して礼を尽くすその姿勢にあたしは好印象を持った。
「……良かったね。これで大丈夫?」
「あ、すんません。貴女様にもご迷惑をおかけしましたわ。」
あたしに対しても頭を下げる。
ふと、この男が自分の周りの男と違うと感じた。
なんというか……多分この男はあたしに対して『かっこいい自分』を見せようとしていないように思える。
自慢になるけど、あたしは結構モテる。
先輩後輩の関係もなく告白はされるし、中学生のガキ共も社会人のオッサン共も、あたしを見かけると歩くのを止めてそのままあたしを見て顔をニヤけさせる。
そこまで露骨に男共の目線を集めていれば、嫌でも現実が見えてくる。
今のあたしはそれを利用して金を儲けているのだから。
でもこの男は違う。
ダサい部分を曝け出したままだし、情けない姿でもお構い無しに見せている。
多分、『男として良く見られる』ようにしようと考えていないのだろう。
「ううん、お金は大事だしね。それなら良かったよ。」
「ほんそれっすわ。……あ、良かったら飲み物くらい奢りますぜ。多分お姉さんが教えてくれなかったら俺、金諦めてましたし。」
普通なら『この出会いをきっかけにしてナンパをしようとしている』風にしか思えない。
でもさっきも言ったように、この男は微塵もカッコつけようとしない。
着飾る自分はかっこよくない、と思うタイプだとしても、少しも嫌な視線を感じない。
先程まで一緒にいた男とは大違いだ。
「………なら、ご馳走になろうかな?」
「お、ノリいいっすね。では任されよ……拙者が至高の飲料を提供してしんぜよう。」
「ふふっ。その話し方、独特だね。……あ、ひょっとしてオタク、って言う人なのかな?」
「………拙者はオタクにあらず。その道を歩む半人前にて。」
話し方はキモいが、悪い人には思えなかった。
あたしと男はそのままゲームセンターの外へと行き、自動販売機の前まで移動した。
男はあたしの分の為に小銭を販売機に投入した。
そしてあたしがボタンを押せるように、その場から数歩下って場所を譲った。
「ささ……お好きな物をお選び下され。」
「うん、ありがとうね?でもその話し方やめて?」
好感は持てる。
けど話し方が気持ち悪くて仕方ない。
こういう『気持ち悪い人種』はよく貢ぐ男になるけど……それでも気持ち悪い事に変わりない。
何人か効率のいいカモはいるけど、そいつ等の話す内容が理解できない会話を聞くのは苦痛だった。
「これが俺なんでね。まぁ、今日でもう会う事も無いでしょうよ。スマンが堪忍してけれ…!」
こいつは今なんと言った?
今日でもう会う事は無い?
この『話せるだけでも幸せ』なレベルのあたしに対してそう言ったの?
微塵も『今日で終わる関係』を惜しんで無い。
微塵も『嫌われる事』に対して恐怖してない。
がっついて来る男よりも好感はある。
けど『あたしという女に対して興味が無い』という初めてのタイプに、あたしは大きな怒りを覚えた。
「そんな事言わないでさ!あ、ねぇねぇ名前はなんて言うの?」
「拙者、名乗る程のものでは御座らん。」
ガードが硬い……!
なんで?こんな美人のあたしに対してそこまで興味無い?
「…あ、そうだね。名前を聞く時は自分から名乗るものだよね。あたしの名前は宇佐美葉月。君の名は?」
「ひょえ?」
あたしが自分の名前を名乗った時。
男は先程までと違い、露骨に動揺を表した。
「え、あ、マジで……?ああー!嘘、えーっと」
「………君の名前、教えてくれないかな?あたしこれでも、君の助けになったと思うんだけど?」
チャンスだ。
どうしてか分からないけど確実に今、あたしの名前を聞いて、先程の対応を後悔した。
もう手に取るように分かる。
あたしと縁が切れるのが怖いんだ。
あたしと今日で関わらない事が嫌なんだ。
あたしに嫌われるのが嫌なんだ。
先程までの態度と違って本当に分かりやすい。
……その顔に『性的にあたしを求めている』表情が見えないのが何故かは分からないけど。
「そうか。真一くんって言うんだね。」
「あー、そっす。貴女が葉月さん、っすか。」
お互いの名前を知る事が出来た。
嫌いな人では無いけど、こいつにも貢ぎ豚になって貰おうか。
人格や性格的には好印象が持てる。
だけどオタクという時点で駒扱いは確定だ。
「エナジー系の飲み物、好きなんだ?」
「現代人はエネルギーをよく使うしね。こういうので自分の体を誤魔化さないとやってらんないって訳。つか、そっちはオレンジ好きなんだ?」
「うん。………友達がね、いちごの飲み物が好きなんだ。」
「ほう?」
「もう転校しちゃったけど、その子と一緒にいる時は、お互いに相手の好きな飲み物を買って交換してたの。……あ、そういえばその子の彼氏、君と同じエナジー缶が好きって言ってた。よく『体に良くないからやめてほしい』って言ってたけどね。」
「………今でも仲がいいの?」
「………その子ね?何も言わずに転校しちゃったんだ。」
あの子は今何をしているんだろうね?
そんな言葉で一旦会話を終わらせる。
あの子の話をするなんてどうかしているのかも。
いや、関係の無い人だからこそ、話をしたのかもしれない。
ずっと誰かに愚痴を溢したかった。
ずっと誰かに後悔を話したかった。
あんな最後を迎えた親友の話を。
あたしは何も出来なかったのだから。
細かな事は知らない。
けれどあの子が男に人生を狂わされた事は知っている。
真一と言った、この男とは違うタイプの男だからまだいい。
正反対の男だと聞いていたし、碌でも無いクズだったのだと思う。
「あたし、一応あの子の親友だったつもりなんだけどな。……それでも何も言ってもらえなかったの。」
「………。」
「色々あって、その子は消えちゃった。」
「………。」
「多分、話を聞いても何も出来なかったと思う。そういう子だったの。『全部一人で終わらせる』タイプだったから。………それでも何かしたかった。無駄でも助けようとすれば良かった。」
「………。」
「あ、ごめんね?変な話しちゃって。……本当にごめんね?」
こいつをカモにするのは辞めよう。
こんな弱みを見せた相手、いずれボロを出す可能性がある。
それに
一人くらい愚痴を溢す相手が欲しかった。
あたしと真一くんは飲み物の空をゴミ箱に捨てて、そのままゲームセンターの中へ戻っていった。
次の回は長いです。




