完成された世界で
おはようございます。
この世界は完成されている。
その結論に至ったのは10歳になった日の事だった。
他の子供ならその一日はとても素晴らしい日になっているだろう。
生まれてきた事を祝福され、家族とその大切さを分かち合う大切な日。
プレゼントを貰ったり、食事に出掛けたり。
そういう目に見えた形のお祝いに喜び、そして目に見えない喜びで心を温める。
私には無縁の事だった。
だって私の家族は家族じゃない。
自分勝手で欲張りな、どこにでもいるケダモノだった。
放課後の教室。
あたしは自分の席についてクラスメイトと話をしていた。
「ねぇ?葉月、ちょっと聞いてる?」
「………え、うん。聞いてるよ?それで?」
「だからさぁ、彼氏が最近構ってくれないの!どうすればいいと思う?」
クラスメイトが話しかけてくる。
どうでもいい惚気話を際限なくぶつけてくる彼女に対して、あたしは心底どうでもいい、という感想とそのまま破局すれば良い、という感情を抱く。
「……そーだね。話をちゃんとしてみたらどう?思っている事は口に出さないと、相手に伝わらないよ?」
でもその思いを伝える訳にもいかない。
このまま疎遠になる分には構わないけど、それだと今後の学校生活に支障が出る。
思ってもいない事を言うのは『吐き気がする』からあたしは当たり障りの無い言葉で会話を終わらせる為にそう言う。
「そっかぁ。やっぱ葉月は頼りになるね!ありがと!篠原君と付き合っているだけあって、やっぱ大人だなぁ。」
「………そうだね。彼って周りの男子と違ってやっぱ大人だから。私も少し似てきたのかも。」
腹が立つ。
こういう『恋愛如きで一喜一憂できる』頭の悪い人種が、あたしは一番嫌いだ。
「……あ、ごめん。あたし篠原君に呼ばれてるんだ。行くね?」
「うん、ありがと。また何かあったら話すね!」
巫山戯るな。
お前の話なんてこれっぽっちも興味無い。
『くだらない事』に私を巻き込んでくるな。
だけどそうとは言わないあたしは、『分かった。じゃあまたね。』と言い残してその場を後にした。
さっきあたしが言った言葉、『篠原君に呼ばれている』というのは嘘。
本当はあの場を去る口実が欲しかっただけ。
本当にイライラしていた。
どうしようもないし、仕方の無い事だという事実は理解している。
それでも『消えてくれない劣等感』が私の中に今も燃えている。
あたしと彼女とでは生まれた場所が違う。
生まれた環境が違う。
産んだ親が違う。
立場が違う。
それでもムカつくのは『今は同じ学校で同じように生活をする同じ年齢の同じ女』という事だ。
この理不尽を消して欲しい。
でも消えない。
だって世界はそう決めたから。
あたしは学校を出た後家へは行かずに、駅前にあるゲームセンターへと向かう。
駅前、とは言ってもその駅は寂れたローカル駅。
乗り降りする人はあまりいないし、駅周辺に人も少ない。都合の良い場所だった。
あたしの学校からそのゲームセンターは駅を五つ程通り過ぎた場所にある。
そして家のある方向とは正反対の位置にあった。
ここなら大丈夫だと分かった上でここを選んだ。
あたしは駅のお手洗いでメイクを施す。
なるべく地味で、けれども近くにいる相手をドキドキさせるような綺麗なメイク。
女としての魅力をその相手にだけ最大限発揮できるような『戦化粧』。
待ち合わせの時間より30分早く着き、待ち合わせ場所であるゲームセンター前の喫煙所横で立つ。
元々人が少ないこの場所。
女が一人で立っていれば、誰でも目を向ける。
だけど目立つ事は不味いので、私はマスクとキャップで顔を隠す。
それから一時間して待ち合わせ相手は来た。
「よぉ。待ったか葉月?」
「そんな!全然待ってませんよぉ!来てくれて嬉しいですぅ♡」
「マジで?嬉しいわぁ……、あ、つか飯まだだよな?奢るわ。行こうぜ。」
「……でもぉ、あたし先輩が上手く景品取れる所、早く見たいなー、って。……駄目ですかぁ?」
「え、そう?……じゃあゲーセンの後飯な。俺いいバー知ってんだわ。」
「ええー!?すごーい!」
「へっ!それほどでもあるけどよ。あー、お前今日徹夜行けるか?」
「あー、ごめんなさぁい!あたしママに『夜までには帰ってきなさい』って言われてるんですぅ。だから先輩と一緒にいれるのは嬉しいんですけどぉ……今日の夜はちょっと難しいかも、ですぅ……。」
「マジで?……いや、いけるっしょ。大丈夫だって。お母さんも一回くらい許してくれるっしょ?」
「………ごめんなさぁい。ママの言うこと聞かないと門限がもっと厳しくなっちゃうのでぇ。あたし、先輩とはもっとデートしたいなー、って思ってるんですぅ♡だ、か、ら、……今日はごめんなさぁい。……駄目?」
「えっ!?あ、うん、おう。……しょうがねーなー。いいぜ?じゃあ今度は朝までデートしようぜ。な?決まりなこれ。」
「そうですね♡できたら嬉しいですぅ♡」
巫山戯てんのかこの男。
30分遅刻しといて飯?
こっちの目的は最初から景品だけなんだよ!どれだけ腐った頭してんだよ。一遍生まれ変わってマナーと女に対する扱い方と常識勉強し直して顔と頭を作り替えてから出直してこいこの雰囲気だけイケメン風な残念ブ男!
というかバー?
悪ぶって背伸びした所でお前みたいな小物と飲む酒なんて要らないに決まってるけど?
魂胆が丸見えだし、学生で未成年って事を理解してないのかな?馬鹿なのかな?馬鹿なんだろう。
ここまでの間おおよそ一秒。
でも嫌な顔はしない。
『今、貴方といれて嬉しいです』って顔を出して話している。
私は男の腕に抱きついてゲームセンターの中へと入っていく。
「じゃあ見とけよ?行くぜ。」
「わー、楽しみですぅ。」
男は財布の中身を両替して小銭を筐体の上に置く。
狙い目は『フィギュア』と『電化製品の小物』だ。
「つーかさ。本当にぬいぐるみとかクッションじゃなくていい訳?女の子ならそういう物の方がいいと思うけど……」
「あたしも本当はぬいぐるみは好きなんですけどぉ……電車で帰ると嵩張っちゃうのでぇ。」
「なら小物は?それならあまり大きく無いし」
「でもぉ、そういうのって簡単に取れるじゃないですかぁ。だったら『大きな箱のフィギュア』とかぁ『取り辛い電化製品』とかの方がゲット出来たら先輩がかっこよく見える景品じゃないですかぁ?」
「え、そんなに俺のカッコいい姿見たい訳?……照れるじゃん。よし、見てろよ?マジ速攻で取ってカッコいいところ見せてやるから。」
「わーたのしみだなー」
いいから早くやれよ。
こんな所でお前と話している時間が無駄なんだよ。
お前のゲーム動作なんて何もカッコよく無いし、お前の価値はその財布の中身だけだから。
ぬいぐるみ?クッション?
あぁ、好きだよ?
お前からのプレゼントじゃなかったらな?
好きでもない男から貰う『形に残るプレゼント』なんて処分に困るだけの不用品でしかないけど?
その点『フィギュア』や『高価な景品』はいい。
ブランド物やガラクタは、売る時に『面倒な手続き』が必要だったり、『売ってもゴミみたいな値段』にしかならない。
『相場の変動で高価になる事もあり、最低限の価値を持つ』フィギュアはどこで売っても足が着く事が無いし、『高価な小物』もフリマアプリなどで売ることが出来る。
事情があって金がいるあたしにはこれが最善の金稼ぎだ。
でも結局、クソみたいな景品の数しか取れなかった男を『当たり障り無く』あしらって、あたしは男がくれた帰りのタクシー代と食事代を使い、別れた後に自分で景品を取る事にした。
あの手の男は馬鹿なので少し甘い事を囁くだけで金を出す。
犯罪にならないように、あくまで『相手からくれた物と金』として貰っている。
あくまで『善意』。
あくまで『好意』。
カッコ良いところを見せるなどと言ったのに、全くカッコ良さを見せる事なく終わったあの男。
正直言って惚れるどころか見下したけど、最後に渡してくれた金額はそれなりにあったので、切らずにまたデートしてやろうと思う。次は分からないけど。
私はデートを終えた後なので、目的の景品を変える。
『ゲーム機』を狙いに行くのだ。
本来、この手の景品は殆ど手に入れる事は不可能。
だけど今のあたしには『先輩が好意でくれたお金』があるので自分の懐は痛まない。
フロントに預けてあるけど、二品だけフィギュアがあるからそれもお金になる。
ここから先はボーナスゲームなのだ。
一階のコーナーからお目当ての二階へ移動する。
最新のゲームがある筐体の前に辿り着く。
「もうちょい、くっそ………!届け俺の人差し指…!届いてよ!」
そこには地べたへと這い蹲り、筐体の下に手を伸ばして、憐れな姿を晒している男がいた。
一瞬その光景に面食らうが、慌てて冷静になり声をかける。
「すみません、あの?」
「なんで爪切っちゃったかなぁ……いやでもまだ行ける。ワンチャンある!……ほっ!とっ!いけっ!」
「あのぉ………。」
男は全然聞かない。
おそらく、筐体の下に小銭でも落としたのだろう。
「あ、あの!」
「ほへ?……あ、すみません。ちょい今小銭がね?すぐ取りますんで。えへへ」
「いや、あの。店員さんを呼べば良いんじゃあ…?」
「あ、それやん。」
多分、馬鹿なんだろうな。と思った。
明日は連続投稿です。
感想、評価待ってます。




