俺が左でお前が右で
おはようございます。
宇佐美葉月について。
年齢は16歳、宇佐美夫妻の娘であり高校の生徒会役員の現メンバー。
役職は会計、成績は上位を維持しており、運動面では特に秀でた成績は無いものの身体能力は高いという噂がある。
また現在、生徒会副会長篠原善幸の恋人としても有名である。
ルックスは柊時雨と並んで校内の四大美少女と呼ばれるメンバーの中にいる程美しい。
余談ではあるが、現時点で柊時雨は御前崎高校を退学してある為新たなメンバーが検討されている。
特筆事項として。
登録されている両親の名前は宇佐美えつ子、宇佐美泰造、という二人の名前である。
もう一点の事項。
以前の彼女は同姓の友人と一緒にいる姿が多く見えたが、現在は異性と共に過ごす事が多い。
なんらかの問題があるように思える。 佐藤
「………マジっすか。」
俺は手渡された書類の文章を何度か読み返す。
親御さんの情報は分かっていた。
流石に名前までは分からなかったが、それでもやよいさんと和泉さんではないという事だけは知っていた。
でもその部分は気にならない。
それよりも気になる部分がある。
「………篠原パイセンの彼女かぁ。」
これは予想外だ。
まさか先輩で友人でもある人の恋人だとは知らなかった。
「本当は駄目なんだからな?マジでバレんなよ、いいな?」
佐藤先生が何度も念を押してくる。
それもその筈だ。
抑えてはいるものの、本人から聞かない限りは知る事が出来ないような情報を、他人である俺に教えてくれたのだから。
ここは生徒指導室。
俺は『現在の時雨との状況』を教える代わりに『宇佐美葉月の情報』を教えて貰う、という取引をしたのだ。
当然最初は拒否をされてしまった。
だが俺と時雨の関係を知っている上に『時雨の味方』である。
そんな佐藤先生に対してのみ使える『奥の手』を使った。
はっきり言ってグレーな『奥の手』だ。
だがその分、その効力は絶大だった。
「……これだけっすか?」
「文句を言うな。個人情報は本来渡せない物だし、お前が『宇佐美は問題を抱えている』なんて言わなければ少しも渡す気は無かった。」
そう言って佐藤先生はタバコを咥える。
いつも吸っている気がするが健康の事は考えないのだろうか。
俺が同じ室内にいても遠慮無しに吸う、という事実が逆に清々しい気がしたし、俺は煙が嫌いじゃないので特に文句は言わなかった。
「……でもそんな言葉だけで渡せる訳無いですよね?たとえ少ない情報だとしても。」
「……心当たりがあるんだよ。その文の中に書いてある両親の名前についてだ。」
煙で佐藤先生の顔が見えない。
「宇佐美は俺の担当しないクラスの生徒だ。違うクラスだから基本的には俺もあまり話さない。……だが以前、一度だけ世間話をする機会があった。」
「世間話、っすか。」
「親が嫌いだ、と言っていた。……だがあの言い方は違和感があった。俺もよく分からんが『反抗期』や『思春期』特有の『若い内に訪れる親に対する嫌悪感』という感じじゃなかった。」
「……。」
「なんて言えばいいのか……『殺したい程嫌いだけど親だから』レベルの嫌悪感を感じたんだよ。」
「そこまで分かるんすか?」
「お前も分かるだろ?俺やお前みたいに家庭に問題があった過去があると同じような境遇の人間が何となく分かる、って事。」
家庭内問題。
どのようなものか家庭によってそれぞれ違う。
だけどそれは放置出来ないような問題、という事に変わりは無い。
俺も昔は悩んだから言っている事は分かる。
あ、こいつ多分家嫌いなんだな。と感じる時がある。
親と喧嘩して仲直り出来ずに疎遠になった奴、兄弟で差別されてきた奴、死別や離別で家庭が壊れた奴、金銭の問題を抱えた家庭の奴、親の影響で家が嫌いになった奴。
挙げればキリがない。
けどなんとなく分かる。
先生も多分、俺と似ている家庭だったのかもしれない。
だから宇佐美の違和感に気づいたのだろう。
「一目見て『家庭に問題がある』事が分かる訳じゃないが、多少話せば『家族の話が好きじゃないのかな?』と察する事くらいは出来る。……宇佐美のそれはかなり分かりやすい雰囲気だった。」
「それは、先生方でどうにか出来る問題じゃなかったんすか?」
「無理だな。どの教師の話も聞かない。………『家庭内に問題なんて無い』ように振る舞っている。もし、俺の感じた違和感が気のせいならいい。だがその『振る舞い』にすら違和感を感じる。」
「………。」
「お前と俺は同じように柊の問題に関わっている。俺のスタンスも多分理解しているよな?」
「………まぁ、なんとなくなら。反面教師的な人として生きているんすよね?先生と俺めっちゃ似てるって言われますから。」
「……ん?似ていると分かる、何故だ?」
「いや、俺模範的な生徒と逆位置にいるんで。それを教師風に言ったらやっぱ『反面教師』っすよね?」
「………割と自虐的なネタだな。だが正解だ。」
「ですよねー。そうじゃないと時雨と向き合う先生、ありえないっすから。」
「……まぁいい。普通の対応で無理なら、と俺は他の教師に『反面教師としての対応』を任された。」
俺は佐藤先生が言い終わったタイミングでエナジー缶を口にする。
佐藤先生も同じタイミングでタバコを大きめに吸う。
数秒が経つ。
佐藤先生の口から煙と共に、少しだけ暗い声が出る。
「………駄目だったな。俺は教師としても反面教師としても、宇佐美の心を開けなかった。」
「………。」
「何か問題がある。それは確かだ。しかも『教師にも絶対に言えないような問題』だ。……お前に情報を渡して『俺には解決できない問題』が解決するのなら、俺はお前に協力する。」
「その為の約束、っすもんね。」
「忘れるなよ?問題のある人間を見たら、俺とその問題を解決する手助けをする。……嘘を言ったなどとは思ってない。だがこれは本来、生徒であるお前に言うような話じゃない。」
それが俺と佐藤先生の契約。
先生の話は聞いた。
時雨を救おうとして、だけど時雨を救えなかった事。
普通の教師には話せない事情を持った生徒を知った、だから反面教師として振る舞っている事。
どんな生徒でも救いたいと思っている事。
大人の言う言葉は嘘だらけだ。
でも俺は佐藤先生の言葉が『本音』だと思った。
本当に生徒の事を大事にしていると。
本当に時雨を救いたかったのだと。
本当に『どんな事をしても生徒を救いたい』と。
時雨を救えなかったという現実を知った佐藤先生の顔を今でも思い出せる。
俺が『時雨が行方不明』になったと知った時、俺と同じように死に物狂いで時雨を探していた。
互いに協力し始めるのは早かった。
遠い所や子供の入れない場所は先生が、大人の立ち入らない場所や時雨の行きそうな場所は俺が。
先生同士の会話や大人の社交場での情報収集は先生がしてくれて、その中で有用そうな情報は直ぐに俺にも共有してくれた。
俺も学生同士の会話や、不良の集まる場所での話題を聞いて回った。
その結果。
『久川の先輩を見つけた俺の情報』を教え、『先生の車で直ぐに向かう』事でギリギリ時雨を助ける事が出来た。
「……あの時、まじ助かりましたよ。先生がいなきゃ今頃、時雨は生きていなかったかもしれない。」
「………それは色んな奇跡が重なったんだ。久川が馬鹿をしたせいで柊は消えない傷を背負った。だが久川が馬鹿過ぎたせいで柊を見つける事が出来た。皮肉な奇跡だよ。」
「………俺、自分と時雨の弟、…優希しかいないと思ってたんすよ。」
「……何がだ?」
「時雨の味方っす。あいつ、敵を作りやすい性格だったんで。」
昔からの欠点だった。
俺はそんな性格も含めて時雨が好きだったが、時雨の事をよく思わない連中はいつでもいた。
俺が外で守る。
優希が家で守る。
それで大丈夫、そんな甘い考えをしていた。
「けど俺が味方じゃ足りなかった。……俺が味方だった事が駄目だったのかもしれないんすけど。……先生がいてくれたから、時雨は変われたんすよ。」
「………。」
「時雨のお隣さんも味方になってくれて。そんで先生も『本当に説教をしてくれる先生』だった。……そんな人達の悩みを俺も解決したい。」
「花屋。」
「あん時と同じっすよ。俺にしか出来ない事があるのなら、それは俺がやります。先生にしか出来ない事があるのなら、それは先生を頼ります。………一緒に宇佐美を助けましょう。何を悩んでいるのか分からなくても、それでも助けましょう。」
「…… 。」
「………それに多分、俺先生の予感合ってると思うんすよね。」
「家庭内に問題があるかもしれない、という事を言っているのか?何故そう思うんだ?」
「………宇佐美の両親、時雨のお隣さんっす。名前も違うし、一緒に住んでいないっすけど。」
だから予感は間違っていない。
何かしらの理由があり、宇佐美は『今の両親』を嫌っている。
先生の予感を完全に信じるのなら『殺したい』くらいに。
方針は決まりましたね。
そう伝えようとした。
そこで俺は忘れていた事を思い出し、それを先生に伝える。
「………あ、そういえば。俺、時雨と婚約してます。フィアンセです。」
「………待て。………待て待て待て待て。いきなり過ぎるし教師に言ったらアウトだその情報は!」
気分を変える為に話題を振ってみた。
「いや、俺フラれたじゃないっすか。でも復縁出来たんで。……んで18になったら結婚するんで。」
「………お前、一応俺は教師だぞ?」
「あいつ親に縁切られたんで、先生あいつの『保護者』になって貰えます?」
「ちょっと待て。」
佐藤先生がストップをかける。
「いいか、少しだけ待て。」
佐藤先生はそう言うと、懐に手を伸ばしてタバコを取り出そうとする。
タバコは長机の上にあるのに。
暫く懐を探った後。
長机の上のタバコに気がついた佐藤先生はそこから一本取り出し、火を点けようとする。
(佐藤先生、タバコ逆さだぜ……!火も全然点いてないぜ!)
本人は気づいていない。
焦っている事が丸わかりの反応だった。
「………フゥ、、、………フゥ、、、……で?」
「吸うの長えーよ。二本目に火を点けるのも早えーよ。」
「いいから。で?」
「………ほら、時雨の親父が時雨を追い出した、ってクソみたいな事実があるじゃないですか?あの親父は結構性格クソなんで。……そのクソな父親に一方的に縁を切られてるんすよ。」
「………俺は妊娠と退学以外は初耳だ。……それで?」
「詳しい訳じゃないっすけど、未成年だと『絶縁』ってめっちゃ難しいと思うんす。だから今の時雨は『父親が縁を切ったと言っているだけ』で、実際は『家庭を追い出された娘』ってだけなんすよね。……そこで先生に保護者として名乗り出て貰おうと。」
「………色々とある。色々と言いたい事はある。何故俺なのかとか何故もっと早く言わなかったのかとか何故それを言う前に婚約したのかとか色々と言いたい事はあるがそれより!………何故追い出された?」
「………時雨の親父、クソなんすよ。時雨が行方不明になった時点で心配なんかしていなかったと思ってますけど。」
「あーそうか。柊もそういう生徒だったな。………分かった。柊が了承したのなら俺も腹をくくろう。なんとかする。色々と精算してなんとかする。」
「それを聞けて安心しますた。」
「俺は焦りますた。………」
先生と俺は会話を終えて部屋を出た。
お互い職員室と教室に向かうので、むかう方向は逆方向だ。
だが同じ目的で動く。
時雨を完全に救う事も。
宇佐美を助ける為に動く事も。
俺達にしか出来ない『嫌われ役』も。
俺は次の行動に移る。
続きます。
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