本音と新たな事実
二部スタートです。
俺は病院の外にいる。
今春風は吹いておらず、病院からそれなりに離れた場所に設置してある喫煙所には、三人の人間がいる。
タバコを吸っているのは二人。
一人は女性で、もう一人は男性。
勿論俺は未成年なので喫煙はしていない。
タバコを吸うわけでもないのに喫煙所にいるのはマナーやモラル的にアウトかもしれないが、それでもここが一番いい。
ここなら話ができるからだ。
「で?話ってのはなんだい?」
そう言って俺を睨みつける女性は、俺の婚約者である柊時雨の現在の隣人の女性。
そしてもう一人の男性は、その旦那さんだ。
「いや、姐さん方にはお世話になったと伺いましてね?そういえばお名前もお聞きしてないな〜、と。」
「宇佐美やよい。そっちのハゲはアタシの旦那、名前は宇佐美和泉。」
「いやぁ、初めまして。俺の名前って女っぽいでしょ?よく言われるんだよなぁ!」
「……そっすね、ちょい驚きました。」
和泉さんは自分の名前に対して笑っているが、俺とやよいさんはお互いに睨み合っていた。
やよいさんが俺を睨んでくる理由は分からない。
でも俺がやよいさんを睨む理由は簡単だ。
殴られた蹴られたなんてどうでもいい。
それじゃないんだ。
なぜ時雨の味方をしてくれるのか分からないのだ。
大勢の人間が敵に回った時雨に突然出来た味方。
厳しい言い方もするけど、それでも時雨の為を想って言ってくれる優しい人なのだと思う。
それだけに目的が分からない。理由も不明だ。
「やよいさん。…本当に助かりました。」
「ハッ!やめとくれ。礼を言うなら時雨本人の口から聞きたいよ、アタシは。」
「………なぜ、時雨の味方をしてくれるんですか?」
「あ?」
「だってそうでしょう?……やよいさん達夫婦から見れば、時雨は異臭を放つ部屋の住人で、自分達にとってデメリットを与えてきた相手です。助けてくれる理由が分からない。」
「………。」
「安心したいんです。……俺や弟以外の味方が、絶対に時雨を傷つけない安心が欲しい。」
「そんなもんどこにも無いよ。……失せな。」
やよいさんはタバコを灰皿の中に落とし、次のタバコを咥えながら後ろを向いてしまう。
話は終わり、そう思った。
「………俺からで良ければ、話そうか?」
「オイ!やめな!」
「別に良いだろう?……俺も壁越しに大体聞こえてたけど、この子は優しい子だよ。……きっと、やよいの味方になってくれるさ。」
「……どういう事ですかね?」
「……俺とやよいには二人の子供がいたんだ。」
和泉さんは語り出す。
「今から十六年前。……俺が高三、やよいは高一の年齢だ。その時、馬鹿な俺達は盛りに盛っていてね。」
「……。」
「やよいが進学する前からの付き合いだった俺達は、やよいが進学した直後、妊娠してしまったんだよ。」
「それは……。」
時雨と似ている。
だがそれだけでここまで手を貸してくれるものか?
やよいさんはこちらを見ない。
和泉さんだけが、悲しげな表情の微笑みを浮かべて俺を見ている。
「……お腹の子は双子で、男の子と女の子だった。けど昔は今よりも病院のレベルが低くて、安全な出産を安定して行える時代じゃなかったんだ。」
医療レベルの差。
それは命を落とす確率に関わる大きな差だ。
昭和が終わって十年そこらの時代は、色々な技術が発達していった時代だと教わった。
だが伸びている途中の時代だ。
今じゃ殆ど聞かない自宅出産や個人出産がたくさんあった時代だ。
その時代に双子。
しかも10代の女の子が。
「………男の子は残念な結果になってしまった。逆子、と呼ばれる状態だった。……そしてもう一人の女の子、その子は無事に産まれてくる事が出来た。………でもやよいの家は大きな家でね。……率直に言うと、赤ちゃんを奪われたんだ。」
「奪われた、ですか。」
「うん。当時何も出来ない子供だった俺とやよいは、おやの言う通りに赤ちゃんを親に預けた。……そして、赤ちゃんは誰か分からない親戚の養子として引き取られ、俺とやよいはその事で家と訣別して街を出た。」
産まれてこれなかった子供は可哀想な運命だと思うしかない。
だが生まれてきた子供は?
高校生の両親に育てられて幸せになれるか?
裕福な親戚の家で生まれた事にする方が幸せだと思わないか?
そう言われ、二人は諦めるしかなかった。
「……だからアタシ等は妊娠と出産の重さを知ってる。子育ての義務と権利を失う悲しみを知ってる。……見ていられなかったんだよ。」
時雨は生まれた子供と生きる未来を捨てようとした。
子供を育てる機会を二度も奪われた人達の前で、自らその権利を放棄しようとしていた。
「………譲るつもりはありません。ですが、ならばどうして時雨の赤ちゃんを引き取ろうとしなかったのですか?」
「……赤ん坊は結局、自分のお腹を痛めて産んだ子供じゃない。」
「それに俺達は奪われた人間だ。確かに赤ちゃんを持っている時雨ちゃんが羨ましいさ。けど俺達が時雨ちゃんから赤ちゃんを育てる権利を奪ったら、俺達はやよいの家の人間と同じ事をしたという事になる。」
「そしてもう一つ。」
やよいさんはタバコの吸い殻を灰皿に投げ捨てる。
「……アタシのガキが生まれたのは十六年前、生きていれば時雨やアンタと同じ歳の子供って事になる。……自分の子供と同じ歳になるガキが、自分と同じ事に苦しんでいたら?……手を伸ばしたくなる。足掻いて前を向けと言いたくなる。」
「………十六年も。」
「君と時雨ちゃんは私達にとっては自分の子供を想像させるし、時雨ちゃんの赤ちゃんは私達の赤ん坊を思い出させる。……それが私達が時雨ちゃんを助けたいと思った理由だよ。」
悲しい
あまりにも悲しい話だ
愛する者と生きる権利を奪われた?
俺はその痛みに耐えられるのか?
「………一つ、聞いていいですか?」
「あぁ。勿論だ。」
「何か質問があるのかい?」
「………今、お二人の実のお子さんはどちらに?」
「…………実はね、もう一つ時雨を助けた理由がある。」
先程とは比べ物にならないほど、後悔を含んだ微笑み。
和泉さんだけでなくやよいさんですら。
「………君達の同級生に私達の娘がいる。」
「アタシ等は会えない。……知らない人だと思われるのがオチだ。」
「名前は宇佐美葉月。……時雨の元友人だ。」
それが時雨を助けた理由だ。
二人はそう言った。
今日は多分ここまでです。




