求めていた幸せ
この話で光一先輩は一旦フェードアウトします。
車は遠くまで走った。
名前も分からないような街の、名前もない建物まで。
私は先輩から離れない。
離れられないし、離れたくない。
だって先輩から離れると私はいじめられてしまう。
だって先輩から離れたら先輩を捨ててしまう。
だって先輩は私を愛してくれている。
だって先輩を私は愛している。
だから離れない。
私は先輩に抱きついたまま、先輩が向かう先にある建物まで先輩と一緒に歩いて行く。
ついた建物はマンション。
10階以上はありそうなマンションの最上階。
とても立派な建物の中に、私と先輩は足を踏み入れる。
ここが私を守ってくれる場所。
ここが私を救ってくれる場所。
ここに私をいじめる人はいないし、ここに私の嫌な物は無い。
幸せがある場所。
私の隣には先輩がいて、先輩は私を守ってくれて愛してくれる。
私の胸は幸せで溢れていた。
「どう?ここが俺と時雨の二人の家だよ。」
通されたマンションの部屋は、私の家のリビングと同じかそれ以上に広い部屋だった。
豪華で黒い家具はシックな感じで、ホテルの一室のようなゆったりとした、だけど大人なの雰囲気がする空間だった。
「わぁ……!」
私の目にはその部屋がお城のように輝いて見えた。
ここで暮らせる。
ここで幸せな人生を送れる。
もうあんな地獄にいなくても良いんだ。
そう思うと、私のこれまでの人生が流れて行くような気がした。
「でもね、時雨。よく聞いて?ここではルールがあるんだ。」
「………ルール?」
先輩は座り込む私の目線に合わせて座り込み、私の瞳を見つめる。
「いいかい?俺が良いという時以外、誰が来ても部屋を開けちゃ駄目だよ?」
「……ふぇ?」
「時雨をいじめる人が来るかもしれないだろ?だから、俺か、俺の友達以外の人が来たら絶対に、何があっても部屋の鍵を開けちゃいけないし、部屋の外にでちゃ駄目。分かった?」
「ふぇ……でも、先輩以外の人は?………友達って、誰?」
私がそう尋ねると、先輩は微笑みながら私の頭を撫でる。
優しく、慈しみを持って、髪を梳くように。
「俺の友達はね?時雨を守ってくれる良い人なんだ。お姫様を守ってくれる騎士なんだ。俺は時雨の……お姫様だけの王子様だけど、俺たちを守ってくれる騎士はいるだろう?その騎士は絶対に、時雨を傷つけたりしないよ。」
「うん……。うん………!分かった、時雨を守ってくれる騎士だ!」
「そうだよ。良い子だね。………おや?そろそろ眠たくなってきたかな?」
「うん………。時雨ね?眠いの。……ごめんね?」
私の体は限界まで疲労していた。
駅に着いたからここに来るまで、ずっと先輩以外の存在に怯えていた。
その緊張が私の体力を消耗させて、私を睡魔に襲わせていた。
「大丈夫だよ。眠っていていいよ。………今日はこの部屋の向こうにある部屋で一緒に寝ようか。」
「うん………。時雨、一緒に、寝るね。」
「ならお姫様、俺に掴まって?」
「うん………。時雨の事、ぎゅってして?」
私は先輩の体に掴まり、先輩に体を預けた。
そして私達はベッドのある部屋へと入り、そのまま朝を迎えるまで眠った。
私は幸福感と安心感に包まれ、数ヶ月ぶりに安心して眠る夜を迎えた。
時雨と久川が眠りについた後。
深夜も深まった頃に、ガチャガチャとドアの鍵の音が響く。
音が止まるとドアノブが回され、扉が開かれる。
そして無遠慮に室内に入る足音が響き渡る。
「おーい、久川ー。」
室内に侵入した何者かが、奥の部屋に向けてそう呼びかける。
少しの静寂の後、奥の部屋から音を殺して出てくる者がいる。
「………どーも。車回して貰って、すみませんね。」
「別にいいぜ?お前にはいつも良い思いさせて貰ってるしな。」
部屋に入った男がそう言った。
「それよりも、だ。……あの娘がお前の狙ってた奴か?……かなりの上玉だけどよぉ、あの娘は紹介してくれないのか?」
男は部屋のソファにドガッ、と座りタバコに火を点ける。
「それ駄目です。他の女なんてどーでも良いんですけどね。時雨だけは駄目です。彼女だけは誰にも渡さない。」
「………おーおー、怖ぇーなぁ?流石に何年もストーカーしてれば、執着心は肥大化しきってるか。」
「…………長い間、我慢しました。……クソな男が付いた事は耐え難い苦痛でしたが、それも終わりました。本当は今でも殺したいくらいに思っていますが、ここで時雨と暮らせるなら、後はどうでも良い。」
「………へへっ、気持ちの悪い奴だな。」
「別にいいでしょう?先輩には対価として他の馬鹿な女を紹介してあげたんです。楽しかったでしょう?顔に釣られてついてくるような頭の緩い女と遊ぶのは。」
「まぁ、俺みたいな顔だとナンパなんてしても成功率は低いしな。………けどお前、その、時雨?だっけ?どうするんだ?車でお前とお前の連れを、お前の部屋に連れてくる事は了承したけどよぉ………これってよく考えたら『誘拐』って奴だよな?俺はお前に女を紹介して貰えるから協力したけどよぉ、俺は『恋人と二人になれる場所へ連れて行って欲しい』としか聞いたないぜ?」
「………俺と時雨は相思相愛です。誘拐?愛し合う二人が、他の人間に邪魔されない場所で二人きりになる事の、何処が悪いんですか?」
「……いやぁ、俺馬鹿だからよく分からないけどよぉ、……高校生だろ?なんか、よく分かんねぇけど、なんかあるんじゃねーの?」
「…………先輩が気にするような事は起こりませんよ。」
「あ、そう?まぁ、ならいいか。………けどよぉ、二、三日したら戻らないと、親とか、学校とか、何か言ってくるんじゃねーの?」
「だから大丈夫です。………そろそろ帰ってもらえますか?二人きりの時間が減りますので。」
「へいへい………。んじゃ、楽しめよー。」
男は部屋を出て行く。
ドアが閉まる音と鍵がかけられる音を聞いて、久川は口を開く。
「………馬鹿な男が。『誘拐』?それ以上の犯罪を既に犯しているんだよ。お前も俺も。」
久川は奥の部屋の方をみる。
「時雨。俺の時雨。短い時間だけど、限定的な物だけど、それでも愛し合おう。それでも二人で幸せになろう。家族になろう。君だけだ。俺は君だけを愛している。君も俺だけを愛してくれるよな?俺だけを見てくれるよな?………その為の数ヶ月だった、その為の演技だった。他の女なんてどうでもいい。他の人間なんてどうでもいい。……俺と同じで『誰にも理解されない孤高の人間』なんだよ時雨は。……だから駄目だ、他の男なんて駄目だ。………上書きしてみせる。たとえ短い時間だとしても!君の心に俺という傷をつけてみせる!俺という男を刻んでみせる!」
久川は奥の部屋の扉を開ける。
そして眠る時雨に対してそっと、囁く。
「だから、今はお休み……俺の時雨。」
久川は部屋のドアを閉める。
そして久川は時雨との時間を楽しむ。
いつか来る終わりの日まで。
そしてそれは数週間にも及んだ。
その後
とある高校の生徒二人が保護された。
妊娠、出産まで戻ります。




