我慢してでも勝ちたい
この話はとても濃い内容の話です。
この次の話もかなり濃い内容です。
寝取られ、から少しだけ離れたざまぁに続く話なので趣旨は少しだけ違いますが……それでもよければお楽しみください。
午前9時30分。
校舎の教室棟から少し距離があり、職員室と同じ新棟の中にある一部屋、生徒指導室。
その一室の中の長机に鞄と弁当の袋を置いて席に着く。
時計を確認して、自分が遅刻をしていない事を再度確認する。
普段と違って慣れない時間帯に登校する事は私にとってストレスだった。
早起きは三文の徳。
そんな諺がある事から分かる通り、朝早くから活動する事が良いとされる文化がある。
私はその文化を重んじて毎朝5時には起きていた。
けれど今日の私の登校時間は9時30分。
一限目はなんと9時50分からという、普段ならありえない時間だった。
そして教室ではなく生徒指導室で授業を一人だけ受けるという特殊な状況。
これらは全て私の周りで底辺の人達が起こした事が原因で、起きた状況だ。
勤勉で優秀な人を蹴落とそうとする人間がいる教室に、私は1秒でも居たくなかった。
けれど学校へ通わないのは違う。
私は両親にお金を払ってもらったからこそ、ここに通う事が出来ている。
その恩に報いる為にも、あんな下劣な人達に負ける訳にはいかなかった。
それに私には恋人がいる。
一つ上の久川光一先輩。
この学校の中で……いや、この世界で、私の考えを尊重してくれてる人。
光一先輩は、私だけを見て、私だけを愛してくれている。
そんな人を裏切って学校を辞める訳にもいかない。
私は負けられない。
正義は絶対に勝つし、正しい行動は絶対に自分を助けてくれる力になる。
だからこそ、私はこんな場所でも通ってきているのだ。
私は目の前にある、黒板ではなくホワイトボードに目を移す。
『一限目・現代文・9時50から。佐藤』
私達の学年の現代文担当教諭、佐藤純一先生の書き置きが貼ってある。
佐藤先生は今年で3年目の赴任となる人だが、その評判は半々だ。
常に目が死んでいて身嗜みは程々にしか整えない。
授業が終われば普通、職員室で次の授業の準備をするものだけど……佐藤先生はそうじゃない。
この学校では、校門前と生徒指導室、そして社会科準備室が喫煙可能となっている。
そして佐藤先生は基本的にその何処かにいる。
いわゆるヘビースモーカーという奴だ。
生徒への対応は穏健、というか温厚だ。
やる気のない顔をしていても、どの生徒にも優しい対応をする。
反面、他の先生からの評価は軒並み低い。
一説によると恋人がいるとかいないとか……対して興味もないけど、以前に教室でそのような噂を耳にした事があった。
だけど私は佐藤先生が大嫌いだった。
常にタバコの嫌な匂いがするし、他の先生や生徒に対して愛想笑いと戯けた対応をする。
その時の佐藤先生が、物凄く真一と被るからだ。
生徒を導く立場なのに、だらしのない人間。
それが私が佐藤先生に下す評価だった。
現在時刻は10時7分。
私は帰り支度をする。
教師の癖して時間も守れない人の指導は受けたくない、そう思い私は自宅学習をする事を選んだ。
(……どいつもこいつも底辺ばっか。やっぱり光一先輩だけがわたしの尊敬する人なんだ。)
私が鞄を持って席を立とうとした瞬間、生徒指導室の扉が開く。
「いやぁ〜、すまんすまん。ちょっと用事で遅れた。悪いな柊。」
そう言って佐藤先生は室内へと入ってくる。
「おはようございます佐藤先生。……さようなら、帰ります。」
「……お、何?帰る?じゃ、親御さん呼んでくるから待ってろ。」
そう言って先生は部屋を出ようとする。
私はそんな態度の先生に、真一に対しての怒りと同じような怒りを覚えた。
そしてここ最近怒る事が多く、怒りやすい性格になっていた私は佐藤先生に対して遠慮なく発言をする。
「………お言葉ですが先生。遅れておいて生徒が帰る事を喜ぶのは教師として、人としてどうかと思います。端的に言えば最低です。」
そう言うと先生はこちらを向く。
「ん?………どうでもいいから帰るなら支度しろー?」
真一と同じ目の先生。
「……っ!ふざけないで下さい!私は今、先生の態度に怒っているんですよ!時間も守れない上に職務放棄ですか!いい加減にして下さい!」
私は長机に鞄を叩きつける。
ひょっとすると真一よりも嫌いな人種かもしれない、そう思った。
だって真一はただの高校生。
ただ単純に底辺に生きるだけのクズ。
だけどこの人は違う。
教師という選ばれた人しかなれない職業になっている癖に、その職務を全うしないもっとふざけた底辺のクズ。
言葉を選べば、今すぐにでも死んで欲しいくらいに最低最悪なクズ、社会のゴミ、人間の出来損ない。
そんな存在が国からお金を貰って、生徒に対して偉そうな顔をして、やらなければならない時にタバコばかり吸っている。
その事実が許せなかった。
「………遅刻した理由を納得のいくように説明してください。そうでなければ私はこの事を教育委員会へと報告するように親に相談します。」
ここまで言えば先生も困ると思った。
このムカつく表情を崩せる、そう思った。
私は先生の顔を睨みつける。
早く謝れ
情けなく生徒に言い訳をしろ
みっともなく縋れ
私は無意識に両手に力を入れる。
先生はため息を一度して、もう一度して、そして私を冷めた目で見下すように見る。
「………いや、勝手にしていいぜ?それで満足ならそうしな。」
そう言い放った。
その言葉に私は動揺してしまう。
「………分かっているんですか?教育委員会ですよ。佐藤先生のキャリアにも傷が付きますし、この学校にも居れなくなるかもしれないんですよ?」
「いや別に……そうなっても仕方ない事だとは思うからな。」
「………先生はそれでいいんですか?」
「うーん………出来れば転職は避けたいけどな。けどまぁ、別に教師を辞める事になったとしても死ぬ訳じゃないし。それに……それはそれで楽しそうだろ?」
佐藤先生は何が面白いのか、あらぬ方向を見ながら懐にあるタバコに手を伸ばす。
「……生徒の前です。タバコを吸うのは遠慮してください。」
「遠慮しません。……つーか俺、クビになるんでしょ?なら最後にここで『思い出に残る最後の一服』を楽しんでもいいだろ?」
「……そうですか。ならどうぞご自由に。」
私はそう言って生徒指導室を後にしようとする。
「まぁ?お前も最後の学校生活、楽しんで生きろー?」
そう聞こえた。
私はその言葉を耳にし、部屋を出る事なく後ろを向く。
「すみません。今聞き間違えをしたようなのですが、最後になるのは先生、貴方です。」
「………フゥ〜、、、。いや?柊、お前も多分同じだぞ?」
「……何ですって?」
佐藤先生は私を見て面白そうに笑いながら話す。
「お前みたいなバカはな、この先何処に行っても絶対にそこから離れるようになってるんだ。」
「………。」
「断言できるね。今のお前を受け入れてくれる場所は何処にも無い。絶対にだ。」
「……そこまで言うには何かしらの根拠があると言う事ですか?」
「あるぜ〜?………フゥ〜、、、。……あれ?行かないのか?」
「そこまで言いかけているんです。最後まで聞かせて下さい。」
「どうして?お前はこのまま帰って、ママかパパかは知らないが泣きついて、『先生が嫌いだからクビにして!』って泣き言を言う予定じゃなかったか?」
「………っ!馬鹿にするのも大概にして下さい!」
「やーだね。お前みたいなバカをバカ扱いして何が悪い?バーカバーカ。ほら、こう言われて悔しいか?」
「当たり前です!馬鹿にされて嫌だと思わない人なんていません!」
「だったら本当にお前はバカな奴だよ。」
「だからその根拠は何なんですか!?」
「え〜?聞きたい?聞きたい?ねぇねぇ聞きたいの?」
佐藤先生は心底私を馬鹿にしているのか、とても可笑しい、といった表情でゲスな笑みを浮かべて尋ねる。
このまま帰るのは簡単だが、私はこの人の言い分を論破しないと気が済まなかった。
「………え、ええ。聞きたいです。聞かせて下さい。その理由を。」
「え?やだよ怠いんだから。帰ってくれた方が俺は楽でいいし。」
佐藤先生は笑いながらそう言う。
しかも鼻を穿る仕草の真似までしている。
滑稽な姿だったが、その滑稽な姿の人に馬鹿にされているのは我慢ならなかった。
「聞かせてください……!このまま引き下がるのは我慢できません……!」
「じゃ、それなりの態度を示してみ?」
「………。」
「土下座とかはいい。つーかそんなもんを生徒にさせた、なんて知られたら俺マジ人として終わるから。教師として終わるよりもよっぽどやだよそんな最後。」
「………なら、どう、しろ、と?」
私の言葉が怒りで震える。
土下座なんてするつもりも無かったが、そうでないのであれば佐藤先生が何を望むのか、それが分からない。
「簡単な話だよ。柊、お前が『お願いします。話を聞かせて貰えませんか?』って言えば良いんだ。」
「……そんな事で良いんですか。」
「お前はそんな事すら出来てなかったの。分からない?お前は人に物を頼む事すら出来てないバカだったって事。ドゥーユーアンダースタン?」
「………。」
そう言われて私はある事に気づく。
私が真一と別れた後。
私は両親以外の人に頼み事をしていない。
誰かの力を借りる事は恥だと思っていたからだ。
それでも両親は私の親。
私を産んだのだから、責任として私を育てる義務がある。だから私が親に頼み事をしても親はそれを聞く義務がある。
だから親に頼み事を一方的にしていた。
お弁当を作って、とか。
制服を洗っておいて、とか。
お小遣いを増やして、とか。
お願い、という言葉を使って何かを最後に頼んだのはいつだろう?
「ほら?聞きたいなら言えよ。…あぁ、でも聞きたくないなら早く部屋を出て行って帰れよ?その時はお前の親御さん呼んでやるから。そんでその場で俺の事を親に言えばいいさ。」
佐藤先生は笑いながらそう告げる。
私は悩んだ。
このままお願いをすれば私は佐藤先生に負けた事になる。
あの底辺であるクラスメイトに負けたくない一心でここに来たのに、ここでも私は負ける。
でも何故か、このまま部屋を出ても負けたような気がする。
私が勝つ為にはこの嫌な大人を言い負かすしかない。
そう思った。
「………お願いします。話を聞かせて貰えませんか?」
腰を直角に折り、頭を机とほぼ同列に並ぶまで下げる。
「………おういいぜ?最初からそういう態度なら俺ももう少〜〜〜し、優しさ出したんだけどなぁ。」
私はこの人に立ち向かう事を選んだ。
普通に勝負に勝って普通に帰る。
そしてこの人は教師を辞める。
それが正しい選択なのだから。
だから
「もしも。もしもです。もしも私が先生の言う理由とやらで納得がいくのであれば、その時は先生の事を両親に言ったりはしません。」
「……お、何々?なんか面白そうな事を言い出したな、柊。」
「その代わり私が納得出来なかった場合。………その時は佐藤先生、ご自身の手で退職届を出して下さい。」
「………別にいいけど、理由。一応聞いておくわ。なんで?」
「先生みたいな人が嫌いだからです。……教師という職業になりたいのになれない人がいる。それなのに佐藤先生のようなだらしの無い、尊敬できないような人が教師として活躍しているのは不公平です。私は先生がその立場から退き、その立場をもっと『上を目指して生きている』人にあげて欲しいんです!」
私はこの人が嫌いだ。
この人の全てが嫌いだ。
行動の節々に真一と同じような苛立ちを感じるこの人が大嫌いだ。
だから私は、この人を言葉でこの学校から追い出す。
活動報告にてこの話の内容を少しだけ決める質問?のようなものを書きました。
宜しければどうぞ見てください。
また、見ても見なくてもその結果を反映するのはかなり先です。
感想、評価、お待ちしています。
 




