価値観の相違
おはようございます。
今日は一日投稿します。
とある産婦人科の一室。
その入院者の事情を鑑みて、病院は個人部屋を宛てがった。
その部屋のベットの前で、女性は何とも言えない顔で座っている。
長い沈黙の後、女性は辛抱堪らないという表情を浮かべ、ベットで横になる人間に話しかける。
「………赤の他人のアタシが言うの変な感じだけどさ、めでたい事に変わりはないんだ。」
「………。」
「おめでとさん。2470グラム、欠損も異常も見当たらない、元気な男の子だよ。」
「………。」
「………あぁ、それとそのお腹。跡は残るみたいだけど、後遺症は残らないってさ。まぁ運が良かったんだね。その歳で問題無く出産する事が出来たんだ、事情がどうであれ、幸運な結果だったって事に感謝しな。」
そう言われて、私は自分のお腹を触る。
違和感がする。
無理も無い、お腹を切られれば違和感が無いわけないのだから。
私はお腹の違和感に嘔吐感を催し、その場で戻しそうになる。
「無理すんじゃないよ。……今時のガキなんかに十代で出産するような力なんか普通ないもんさ。」
女性はタバコを吸ってくる、と言い残して部屋を出る。
私は窓の外を見る。
ああ、そうか。
陽射しが眩しい。
産まれたんだ。
目を瞑るとあの時の事が思い浮かぶ。
私は幼馴染であり彼氏でもある男の子、真一を捨てた。
言葉では言い表せない程自分勝手な考えをして、そして他の人の恋人になる事を選んだ。
お互いに切磋琢磨できる関係。
互いを高め合える関係。
誰が見ても羨むようなカップル。
そんな相手を選んだ。
何度も自分の未来を考えた。
今の恋人を捨てて進むべきか、それとも今の恋人との関係を続けて行くのか。
恋人に対する不満は限界まで来ていた。
だから私は恋人である真一を捨て、自分の理想の彼氏である光一先輩を選んだ。
それは後悔しない選択だと思っていた。
それが間違っていたとしても。
私はそれを後悔しないと心に決めて恋人を捨てた。
でも私の決心は弱かったらしい。
その結果がこれなのだから。
恋人である真一を捨てて、光一先輩の彼女となってすぐの頃。
私の心には『真一の事を必要以上に傷つけた』事を後悔している部分があった。
でもそれを気にして新しい彼氏である光一先輩との時間に曇りがあるのでは、捨てた真一にも、選んだ光一先輩にも失礼だと思い、私はその思いを切り捨てて新たな生活に臨んだ。
部活も前以上に熱心に取り組んだし、勉強も一切手を抜かずに励んだ。
だってそれは学生に求められる姿なのだから。
勉強をサボる事よりも勉強を進んで行う生徒の方が、周りからの印象は良い。
部活もそう。
やる気のない姿を見せられるより、常に先頭に立って周りを引っ張って行くくらいの気合いが見える方がずっと気分がいいと思う。
それは見かけだけじゃなくて、本心から望んで行動しなければ嘘になる。
だから私は常に手を抜かない。
外見もそう。
校則で決められるのは、そう在るべき、という学校側が望んだ基準があるのだから、その模範的なファッションで常にあるべきだと思っていた。
その生活の中にある些細な自由時間。
その時間の中に恋愛を組み込む。
それが私の求めた理想の学校生活。
幸せはこの先にあるはず、そう思っていた。
最初の違和感は部活中に起きた。
「……ねぇねぇ、時雨ちゃん。」
「はい?どうしましたか?」
いつものように光一先輩のいる男子コートへ向かおうとしていた時。
私の先輩でもあり、女子テニス部の部長でもある黛灯里先輩が話しかけてきた時の事だった。
「最近さ、男子の方の部長の指導……少し過激な気がするんだけど。」
「はぁ」
黛先輩は私に、光一先輩の指導についての相談をしてきた。
「ほら、彼って凄く才能があるでしょ?でも、他の子は違う。悲しい事だけど……テニスが好きだとしても、求められる技量が多すぎると着いて行けない子もいるの。」
「は、はぁ………。あの、一体何を言いたいんですか?」
「うん、あのね?最近、一年の男の子が私の所に不満を言いに来るの。同じ部長として、男子テニス部の部長に一言言って欲しいってさ。……でもほら、私あんまり向こうの部長とは絡みが無いからさ。」
「………。」
私は黛先輩の言う言葉に苛立っていた。
技量が足りない?ついていけない?そんな言葉で片付けようとしているけどそれはただの甘えだ。
技量が足りないのなら練習するしかない。
ついていけないのなら、ついていけるまで食らいつくしかない。
そんな事も出来ないのなら部活を辞めればいい。
それに
「それをなぜ私に?……自分で言えばいいじゃないですか。」
私にそれを言うのはお門違いだ。
「うーん、確かにそう言われるとそうなんだけどさ。時雨ちゃん最近、向こうの部長と居残り練習を凄いしてるでしょ?ここ最近は彼氏くんも見てないし。……それって彼氏くんが待っていても遅くなるくらい練習をしているから、気を使って彼氏くんを呼ばなくなった、って事だよね?つまりは向こうの部長と少なからず話せる間柄って事だよね?」
私は黛先輩に真一と別れた事を言っていない。
自分達の痴話喧嘩を他人に話す事は恥だと思っているからだ。
「恋人との時間を削ってでも強くなる為に向こうの部長と練習する。それって普通はかなり嫌な事だと思うけど、それでもそれをしているって、向こうの部長とかなり信頼し合っている証拠でしょ?……まぁ、私が弱いから練習相手にならないのかもしれないけど……。」
「………。」
「だからさ、向こうの部長に言って欲しいんだよね。他の部員がちょっと弱っているから、個々に練習のペースを汲んであげてほしいって。」
「……それって、要は甘やかしてあげて、って事ですよね?」
「へ?」
「………個々のペースなんて部長一人で決める事じゃないですよね?キツいならコーチや顧問の先生に言って抑えて貰えばいいだけですし。それにそんな事で強くなれる訳がないのに、どうして光一部長に負担をかけるような事を言わなければいけないんですか?」
「待って時雨ちゃん。部活は皆んなでやるものでしょう?部長は確かに全員を平等に見る事は出来ないかもしれないけど……それでも平等に皆んながついていけるように指示をして、出来る限り努力するのが仕事だよ。」
「だったら私達の仕事は部長に迷惑をかけないよう、少しでも自分の力を上げてついていけるように練習する事です。部内のランキング戦があるのも、大会の選抜があるのも、競争心を高める為です。平等に、なんて甘ったれた事を言ってては部活の中は規律が緩んだ仲良しサークルになるだけです。」
「綺麗事だけじゃ人間関係は作れないよ。……仲良しサークル、とまでは言わないけど、強くなる為にストイックに部活に励む子だけじゃなくて、皆んなで楽しくテニスをしたくて入った子もいるの。」
「だったら退部を勧めてあげて下さい。……本当に強くなりたい人の足を引っ張る人間なんて、庇ってあげる価値は無いと思います。」
「……ううん。それは違うよ時雨ちゃん。人それぞれの速度があって、その自分に合った速度で人間は生きているの。強制された速度で歩かされ続けていると、楽しい物も楽しいと思えなくなっちゃう。」
「………さっきも言いましたけど、その程度の覚悟で部活をするくらいなら、ついていけなくて当然です。それなら要らない人間です。」
「私達の部活はテニスを楽しんで、練習を通して強くなって、その結果と過程を大切にする部活だよ。要らない、なんて悲しいこと言わないで?」
「過程、と言ってもその過程に妥協を求めるなら自分だけでやればいいじゃないですか?」
「強くなるだけを求めるなら部活じゃなくてもいいでしょ?」
「楽しむだけでも部活じゃなくていいですよね?その辺の壁相手にラリーをしていれば楽しいのでは?」
「な、何を言っているの時雨ちゃん!」
「正しい事を言ってるだけです。……光一部長は強くなる為にテニスをやっています。その人の下で活動をするなら部長の方針に従わなければ。そうでないと規律は生まれません。ついていけないのなら同好会でも作ってそっちへ行けばいいんですから。」
「………そんな事をしてたら誰も楽しくなくなっちゃう、誰もいなくなっちゃう。」
「そんな事ありません。強い人だけ残ればいい。それに、強くなる事は楽しい事では無いと言うんですか?」
「そんな事は言ってないの!でもそれだけじゃ」
「もういいです。……弱い人達が文句を言っているなら、辞めてくださいと言うようにして下さい。」
私はこれ以上の会話は無駄なだけだと思い、光一先輩の元へと向かう。
黛先輩は何かを言いたそうにしていたけど、弱い人の味方をする弱い黛先輩を嫌いになりそうだった私は、その場を直ぐに立ち去る事にした。
私は光一先輩との練習を居残りの時間以外も行うようになった。
女子テニス部の中でも私の次に強い黛先輩でもついて来れない。
男子テニス部の弱音を吐くような同級生でもついて来れない。
必然的に、私の練習相手は男子テニス部の部長である光一先輩だけになっていた。
「光一先輩。……さっき、黛先輩から言われた事があるんですけれど。」
「ああ、なんとなく想像はつく。」
光一先輩はラリーの最中でも会話が出来るくらい余裕がある。
私も練習に手を抜くつもりは無いけど、それでも会話を挟むくらいの余裕はあった。
「……全く、弱音しか吐かない奴らばかりだよ。」
「そうですね。……自分が弱いのが悪いのに、まるで先輩が厳しい人だ、みたいに言われて嫌です。」
「ついて来れないような底辺に気を使う必要なんて無いだろう?俺は雑魚の面倒を見るのは嫌なんだ。」
先輩は周りの後輩を睨みつける。
周りの男子は皆んな、先輩と目を合わせないようにして練習をする。
「時雨だけだよ。……本当に皆んな底辺だけさ。」
私はその言葉を聞いて心が踊った。
時雨だけ。
先輩はわたしと付き合ったその日から、柊さん、ではなく時雨と呼んでくれるようになった。
もう遠慮する必要は無い、と真一に気を遣ってくれていた。
あんな奴にまで気を遣ってくれていた先輩の優しさが本当にカッコいい。
こんな人を厳しいと言う人の神経がわからない。
私はその日もまた、先輩と一緒に一つ上の人間になれた気がして心から楽しかった。
強くなる事で一つ上のステージに上がれる。
それは私の心を晴れやかにしてくれていた。
寝起きは頭が働きませんね。
文章がおかしい気がしますが、気づいたら修正しようかな……。
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