見てしまった光景
あらすじにあるように前作の改訂版です。
引き続きよろしくお願いします。
俺の名前は花屋真一。
御前崎高校に通う一年で、年齢は十七歳。
運動部ではない為、朝練や休日活動が無い俺は出勤や朝練に追われる人達よりも遅く起き、遅刻ギリギリでも遅刻でなければ問題無いという理屈でゆっくりと登校する、そんなタイプの人間だ。
成績は低空飛行で運動は中の下。
その上黒髪をオールバックにして片耳だけピアスをつけるという格好では、他の一般生徒からすれば不良にしか見えないだろう。
本当は部活中に周りが活字を読んでいる中で一人だけラノベを読むぐらいのオタクなのだが……そんな俺にも一応彼女がいる。
小学校に上がるより前から付き合いのある柊時雨。
年齢も同じで住んでいる場所も隣りという鉄板も鉄板の、文句のつけようが無い幼馴染だ。
中学に上がる頃、放課後に時雨から告白された俺はそれを受け入れた。
今年で四年、恋人を続けている。
きっとこれからもその関係は続くだろう。
ゆっくりと高校に向かって歩く俺は、スマホでアニメの主題歌を聴きながらそんな事を思っていた。
放課後の事だ。
俺はクラスで仲の良い友人に別れを告げて部室へと向かった。
俺は文芸部に所属しており、放課後は気の済むまでライトノベルを読んでいる。
時雨はテニス部に所属していて、部活動に熱心な時雨とは一緒に帰る時しか二人きりになれない。
運動部の活動時間は文化部よりも長い。
だが、本読む事がメインの文芸部でならライトノベルを読みながら時雨を待つ事ができる。
俺はいつものように時雨が部活を終えるのを待っていた。
「そろそろ部室を閉めるよ?花屋。」
と、声が掛かった。
声の主は文芸部の部長で三年の調優斗先輩。
俺の格好を見ても嫌悪感を出すこともなく会話をしてくれる優しい先輩だ。
「もうそんな時間っすか。」
そう言って俺は壁に掛かる時計を確認する。
部長の言う通り時刻は既に18時を回っており、活動時間が短い我が文芸部からすれば、既に閉めるのが遅いくらいの時間だ。
「そうだね、本を読んでいると時間が経つのが早いよね。もうそろそろ彼女さんの方も終わる頃じゃない?」
「……わっかりました。じゃ、俺先あがります。お疲れっした。」
「お疲れ様。また明日の部活で。」
部室から出た俺は自前のライトノベルを読みながら歩き、時雨が所属するテニス部の部室付近へ向かった。
運動部の部室棟に着くと時雨の部活仲間達が球拾いや器具の片付けをしており、テニス部も本日の活動を終える所だと分かった。
「お疲れ様っす。」
「あ、時雨ちゃんの彼氏くん。彼女さんはまだコートにいるよ?」
「まだっすか?」
「うん。まだ練習をしていたい、って言ってたから……あ、でももうそろそろ帰ってくるのかな?」
「そうっすか。……じゃあ、ちょっと待たせてもらって良いっすか?」
「うーん……でもそろそろこっちも片付けないといけないからねぇ。彼氏くんさ、悪いんだけど時雨ちゃんを迎えに行ってあげてよ。多分、時雨ちゃんもその方が喜ぶんじゃない?」
そう言ってコロコロと笑う時雨の先輩の名前は黛灯里。
先輩は俺が時雨の恋人だという事を知っており、俺が部室へ毎日時雨を迎えに来るという事もあって何度か話をする仲だった。
簡単に言えば友達の友達くらいには仲が良いというか何というか。
そんな先輩部室内に備品のラケットを持って入っていった。
俺は時雨が喜ぶかもという提案を採用する事にし、部室から少し離れたテニス部のコートへ向かった。
簡単に言おう。
俺の彼女は誰かとキスをしていた。
見間違いか人間違いだと思い何度か目を擦った後、俺は注意深くコートの中央、ネットの向こう側を目を凝らして再確認する。
(ブラウンのセミロング。他にいない程大きいここからでもわかる大きい胸。それに時雨の好きな水色のスカート。時間。場所。部活。うん、間違い無いなこれ。)
時雨だ。
あそこで誰かとキスをしているのは俺の彼女だ。
何故か冷静になってしまう。
愛が冷めたとか、失望したとかじゃない。
なんだこれ?
という疑問で頭が埋め尽くされる。
辺りは既に日が落ちかけており遠目では人の顔が認識できないだろうが、俺は目が良い。
見間違えでは無く。
あそこにいるのは正真正銘俺の彼女であり、十年以上の付き合いで中学から愛する柊時雨その人だ。
(あ、これ浮気だ……。)
その答えに辿り着くまでに数分かかった。
恋人の裏切りに対して偉く冷めたリアクションだと自分でも思うが……何故か浮気を理解した時点で、どうこうしようとは思わなかった。
怒る程の感情も湧かないし、泣きたくなるような気持ちにもならない。
(………あ、つーかあいつ、他の男とキスした後で俺ともキスしようとしてたん?)
時雨と俺は隣合わせの家に住んでおり、お互いに家に入る時、必ずキスをして別れていた。
(え、俺あの男と間接キスしてたって事?今までずっと?え、キモくね?………………えっ、キモくね?キモくね?)
嫌悪感が凄い。
愛する恋人との心地よいキスは、実は知らない男とのキスだった。
(やべー………キメェマジで。)
今まで毎日時雨と会っていた俺は、もしかすると毎日あの男と間接キスをしていたのかもしれない。
そんな事を考えてしまった俺は、とりあえず今日は一人で帰らせてもらおうと思い、コートで未だにキスを続けている恋人に声を掛ける事なく部室棟へと戻っていった。
部室棟で時雨の先輩が着替えを終えており、部室の前でしゃがみながら時雨と俺が帰ってくるのを待っていた。
「あ、おかえり〜。……あれ?彼氏くんだけ?時雨ちゃんは?」
「………いや、まだ終わってなかったっすね。」
「え〜……私まだ待つの?ちょっと呼んでくるね。」
そう言ってコートの方へ向かおうとする先輩。
だが今コートに入ると時雨と男の逢瀬を見てしまう事になる。
おそらくだが……それは今後の部活に対して影響が出てくるだろう。
「いや、先輩。なんか今日は先に帰って下さい、って事で。」
先輩が足を止める。
「え、そうなの?時雨ちゃんから伝言って事かな?」
「……まぁ、兎に角。行かなくても大丈夫っすよ。帰りましょう。時間も遅いし。……あ、正門の近くに自販機ありましたよね。時雨がお世話になってるし、俺奢らせて貰いますっすよ。」
「本当!じゃあゴチになろっかな?……いやぁ時雨ちゃんはいい彼氏くんを持って幸せ者だねぇ!私も君みたいな恋人が欲しいもんだよ〜。」
そう言って先輩は方向を変えてカバンを持ち、正門に向かって歩いてくれた。
(……いい彼氏。いい彼氏。………いい彼氏?いい彼氏かぁ………浮気、だよな?あれ。)
「時雨ちゃんってテニスの時凄い真剣なんだよねぇ……私よりも後に始めたのにもう部内で一番上手くてさぁ」
(つーか女子テニス部に何故男?……なんであんな場所で?………逆に人が来たらすぐに分かるからか?)
「そんで男子テニス部の部長が時雨ちゃんに個人指導するって言ってさぁ、男子の方で一番上手いんだよあの人」
(……いやぁ、何か俺不甲斐ない事したかな?浮気って事だとしたら俺が男として魅力が無いからだよな?………やっぱオタクはキモいのかね?)
「あんまし私は好きじゃないけどさぁ、後輩にめっちゃ厳しいしぃ?後あんまいい噂聞かないんだよねぇ」
(どうすっかなぁ………いやでも別れる、事になるよな?……間接キスは嫌だし時雨も多分あの男と付き合う方がよくね?)
「あーあー……私もカッコいい彼氏ほしーなぁ。……ねぇねぇ、私恋人作れるかな?」
「絶対そうでしょ。」
「え」
「……え」
「あ、…うん、ありがとうね!」
「……………スゥーーー、いや、すみませんなんか。」
「な、なんか元気出ちゃったな!よし、先輩として私がジュース奢るよ!」
顔を赤らめる時雨の先輩は早足で自販機へと向かう。
思考が漏れて言葉にしてしまった俺の台詞は、先輩への返答になってしまったらしい。
しかも少しキザな返答に。
だがそんな事を気にしている余裕は無かった。
俺はこれからの事を考える。
多分これ以上交際を続けるのは無理だろう。
間接キスをしていた、かもしれない。
俺と時雨はまだ肌を重ねた事がない。
でもあの男とは分からない。
もしもあの男と竿兄弟になるとしたら?
いや、それはキモい。
何がキモいって?
それは『もし俺が時雨を抱いた時、あの男と間接的に肌を重ねた、って事になる』かもしれない、って事だ。
俺との関係がカモフラージュなら、まぁいい。
別れればいいだけの話。
あの男ととの関係が一時の気の迷いなら、まぁ許せる。
暫くキスとか無理かもしれんが……別に処女厨じゃないからそこまで気にはならない。
あなたのことを愛してるのー、って言葉をアイツが俺とあの男に言ってるとすると信用出来なくなるレベルで嫌いになりそうだからなぁ……。
あの男と一緒になるなら別にいいけど……浮気ってそれを隠しながら付き合うって事だよな。
だとすると……。
そん時は別れよう。
浮気つっても本気の愛の傍に浮ついた心で誤った意味ではないだろうし。
乗り換えた、って事ならいいけど。
兎に角明日、話を聞こう。
俺は明日の行動を決め、先輩が待つ自販機へと向かった。
プロローグ編の後、幼馴染編がスタートします。