第1話
○登場人物
四宮菜奈・しのみやなな(誰からも好印象を受ける表面を繕いながら生きている)
四宮貞男・しのみやさだお(菜奈の父、病院の副委員長で人望が厚い)
四宮菜子・しのみやなこ(菜奈の母、家族思いで思いやりが強い)
林田千鶴・はやしだちづる(菜奈の友達、劣等生で人を信じて疑わない)
唐木田千治・からきだせんじ(先輩刑事、事件をしつこく追い続ける)
牛嶋大悟・うしじまだいご(後輩刑事、唐木田とともに事件に迫る)
夜21時15分、事態は平生からの急落。
3階のナースステーションに点滅する赤い信号は死者への血の号令。そこへ轟く警報音
は復讐の鐘を意味していた。
「402号室の佐藤さん、容態急変です!」看護婦の緊迫さが言葉の重さを示してた。
受話器の相手側からの差し迫りが彼女に移ってしまったのだろう。
その場にいた2人の看護婦は飛ぶように現場に向かっていく。少し後に2人の医師がナ
ースステーションの前を駆けていった。その様子を瞳に留めていた四宮菜奈は数時間前に
その中の誰かが患者に言っていた「病院内は走らないでください」という言葉がふいに浮
かぶ。矛盾。
デスクに置いてあったデスクトップパソコンに手を伸ばす。そこに病院の患者のデータ
の保存場所へのアクセス方法があるのは知っている。こんな簡単に個人情報が手に入るん
だから市立病院のセキュリティなんておろそかなものだ。ダブルクリック。402号室、
佐藤太吉、73歳、病名・肺がん。ここで検査した時には既に転移されており、先の組織
変化を止めるのは難しかった。本人には柔に告知をしたが、年齢もあってか己の幕引きを
素直に受け止めたらしい。
―あとは果てゆく身に最期を重ねるだけの時間。やがて人生終了。可哀相に。
3日前、看護婦2人が佐藤太吉の会話をしてるのが耳に入ってきた。「402号室の佐
藤さん、今日もずっと独りで窓の外を眺めてたわよ」「誰かお見舞いにでも来てあげれば
いいのにねぇ」5年前に妻に先立たれ、一人息子も単身赴任していて滅多にここに来るこ
とはない。毎日身寄りも寄ってこない病室でつまらない時間に流れゆきながらただ最期に
近づいていた。
―せめてフィナーレぐらい華々しくさせてやろう。決定。
20分後、看護婦が1人戻ってきた。20代後半で顔のパーツが全体的に外側に偏って
いるのが何ともおかしい。心の中では彼女を「福笑い」と読んでいる。そんなことは口が
裂けても本人には伝えない、もちろん。
「どうだった」それとない感じで聞いた。福笑いは一つ息をついて顔を横に振った。パ
ーツが余計に外に寄るんじゃないかと思った。いずれ顔からはみ出すんじゃないか、と。
「まだ、いろいろ掛かりそうだから帰った方がいいよ」福笑いは滅入りながら言った。
いくつか用具を手にして、再び病室に向かっていく。後ろ姿を見送ると、菜奈は不敵な笑
みをこぼした。
広げていた教材とノートをリュックにしまうと、人影もない物静かな建物を抜けて帰路
につく。夜間用の出入り口から出ようとすると、守衛室の40代前半のエロ目の警備員が
いた。「あれ、今日は早めのご帰宅だね」
「なんか、今大変みたいだよ上」
「えっ、何かあったのかい」
「分かんない、容態急変だってさ」
「へぇ、そいつは今夜は賑やかになりそうだねぇ」
じゃあね、と帰ろうとするとエロ目に呼び止められる。またか、と溜め息を殺す。
「菜奈ちゃん、今日の下着の色は」鼻の下を伸ばしながらエロ目が聞いてきた。そのま
んま地面まで伸ばしてろ、と頭をよぎる。
「やだなぁ、それ止めてよ」適当にあしらっておく。
「そんなこと言わず、たまには教えてよ」
「ご想像におまかせします」
「えぇ、そんなこと言うと想像しちゃうよぉ」
「ダ〜メっ」
アハハと笑いながら、エロ目と別れた。病院の敷地内を出ると、持っていたリュックを
地面に思いきり投げつけた。
―マジ最悪。親子そろって死ね。
近場にあった公衆電話からダイヤルを押すと、低い声がした。その声が怒気に満ちた心
をさっすりと撫でてくれた。「ターゲット死亡」
翌朝の朝刊にはまだ佐藤太吉の一件が並んではいなかった。病院側も対応に追われてい
たのだろう。しかし、テレビニュースの画面には見慣れた建物が映し出されていた。音量
をあげたのは母の菜子だった。「昨夜、安里市立病院で点滴に重度の薬品が数種類何者か
によって故意に注入され、入院していた佐藤太吉さんが亡くなりました。当時、病院内に
は関係者しかおらず、警察では詳しい原因を調べています」
「大丈夫かな、パパ」菜子が現実から逃避するように画面の行方に憑かれていたので、
菜奈が呼び起こす。
「あぁ、そうね、心配ね」毎朝の生き生きとした母親の顔はなかった。夫に降りかかっ
た不可思議な事件を思えば当然だろう。
佐藤太吉は昨晩、死んだ。点滴に混入された薬品が体内に入り、彼の弱っていた体には
それに耐えるだけの力はなかった。警察は他殺を中心に捜査を開始。病院関係者による線
が考えやすいが、侵入者によるものとも考えられる。本人による自殺目的というのもある
だろうが、可能性は低い。
その時、家用の電話が鳴り出した。菜子が出ると、二言三言を交わして受話器を菜奈に
差し出した。会話から相手が父親の貞男であることは分かった。「もしもし」
「あぁ、もしもし」疲れきった声がした。あんなことが起こったのだから寝ていないの
だろう。「昨日のこと、もう知ってるんだろう」オブラートに包んでるが、何を言いたい
のか一目瞭然だ。
「うん、あんとき病院いたし」
「そのことを聞いてな。今日、病院に来られるか」
「いいけど。どうして」
「警察にそのときのことを話してくれ。事情聴取ってほどじゃない。ただどこにいて何
をしてたかを言えばいい。面倒くさいかもしれないが、後々になってから病院にいたこと
が伝わって怪しまれるようなことになったら困るしな。まぁそんなことはないだろうが、
一応だ。父さんたちも散々いろいろ聞かれて参ったよ」
「そんなに聞かれるの」
「いや、大したほどじゃないがな。向こうも容疑者の確率を秘めている人間として取り
調べてるわけだから、軽い犯人扱いのように聞いてくる。精神的に参った」
「それ、なんか怖いなぁ」
「大丈夫だ。お前はまだ中学生だし、そんな手荒くはしないはずだ」
分かった、と電話を切った。内容を伝えると母は不安そうな顔をしたが、そんな大層な
もんじゃないからと宥めた。時間の経過に気づき、かきこむように朝食を体に入れて家を
出た。
安里市立第一中学校、この校門を通るのも慣れてきた。春に入学した時はこの門がずい
ぶん強固な構えに見えたものだ。中学生、その響きは心持ちを快活にさせてくれた。早く
大人になりたい、小さい頃からそう願ってきた菜奈にはそのステップは嬉しいものだった。
校則の自由が制限されるのは嫌だった。自分を深く知りもしない人間に分かったように
縛られるのは癇に障る。制服は好きだ。白のセーラー服は定番だけれど、前から憧れては
いた。恋人にも見せに行った。似合ってるよ、と言われて思わずはにかんだ。クラスメイ
トは好きじゃない。毎日同じ顔ぶれを眺めるのは退屈だ。惰性を打破できない、しようと
も思わない奴らと一つの土俵に乗ってるのは屈辱に思える。仕方がないから妥協で一緒に
いてやる。教師はもっと好きじゃない。嫌いじゃないが好きにはならない。生徒を上辺で
しか捉えられない薄っぺらい奴らにあれこれ指導されるなんて耐えられない。奴らは奴ら
なりに頑張ってるんだろうけど無理だ。本当に生徒の事を把握してるのなら、私に近づい
てくる教師は一人たりともいないはずだ。怖じ気づいて逃げ出すだろう。合掌して命乞い
するだろう。
「菜奈っ、おっはぁ」教室に入ると、林田千鶴が両手を広げて出迎える。
「千鶴、会いたかったよぉ」菜奈も両手を広げ、2人でがっしり抱き合う。毎朝の挨拶
代わり。いささか疑問はあれど、システムとして己に組み込んでおけば訳はない。女子に
特有のスキンシップの多さは構造としてこの体に組織されている。依頼があれば任務を遂
行する。そう認識しておく、こんなこと真面目に繰り返してたらいつか反吐が出る。
千鶴は親友だ。小学校の3年生のときからの友達だ。彼女はお人好しで人を信じすぎる。
きっと、悪どい女連中の輪に入ることになれば使いっぱしり役になる。キャッチセールス
や訪問販売で言葉巧みに無駄金をはたくのは彼女のような女なんだろう。そうなる前に私
が拾ってあげた。「ねぇ千鶴ちゃん、一緒に遊ぼう」と声を掛けたら、満面の笑顔をみせ
て「うん、遊ぼう」と答えた。単純な奴。それから私たちは親友といえる関係になった。
「今日のニュース見たよ。菜奈のお父さんの働いてる病院じゃん。大丈夫なの、あれ」
心配そうに千鶴が言った。本気で気にかけてくれている。彼女に嘘はない、嘘をつけない
タイプだ。こっちにも猜疑心の必要がない。他の同級生なら先ず好奇心で聞いてくるのに。
その証拠に、さっきからクラスメイトにちらちら見られている。自分のことで彼ら彼女ら
が有る無い話を咲かせている。無性に腹はたつけど、あんな低脳たちのために何をするこ
とはしない。
「無問題。どうせ、外部の人間でしょ。私よく病院行ってるから、そんなことする人が
いないのぐらい分かるよ」
―本当はあんなこと出来る肝のある人間がいないだけだ。人を治せても人を殺せやしない。
「ここだけの話なんだけどさ」と小声で言うと、千鶴は聞き耳を立ててくる。
「あの事件があった時間、私病院にいたんだ」
「えっ、どういうこと」
「昨日、部活の後で病院に行ったの。ナースステーションで勉強させてもらってたら、
急に騒がしくなっちゃって。そんで、あのおじいちゃんが亡くなったの。もち、そんとき
は薬品が混入されてたとか殺されたとかは知らなかったけど」
「じゃ、じゃっ、じゃあ、菜奈はぁ」頭の中が混乱して千鶴はうまく言葉をまとめられ
なかった。
「そう、その犯人と同じ建物にいて、殺された瞬間もそうだったってこと」
「うわぁ、なんか異様な感じだね」彼女には刺激の強い話だった。ホラー系が苦手なの
も知っている。遊園地に行くと絶叫系でぎゃあぎゃあ喚くから気分が失せる。周りの視線
のせいで自分が悪いような錯覚に陥りそうにもなる。
「他の人に言わないでね。こんな話、千鶴だからしてるんだからね」
「うん、絶対言わないよ」千鶴はグッと口を噤んだ。彼女は秘密事が好きだ。そういう
ことへの好奇ではなく、自分だけにしてくれる約束事という意味合いで。だから、こんな
契約はよく交わす。正直、そこまで内緒でない事でもする。それによって、彼女は私への
信頼を増し、私からの信頼が増しているのだと勝手に思い込む。
「あら、菜奈ちゃん。こんにちは」学校が終わり、病院へ行くと副院長室から出て来る
婦長の下越と鉢合わせになった。「聞いたわよ。あなたまで大変ねぇ」
「いえ、そんな大したことないですから」菜奈は自然と口角を上げていた。下越には好
感を抱いている。いい人間だと思う。周りに対しての気配りや心遣いが出来ていて、たま
に厳しい意見も言う。それも愛情のうちだ。この人は愛を知っている、私が失いかけてる
ものを。
「昨日、あの事件のときに赤妻さんが帰しちゃったんですってね。大丈夫だった?」赤
妻は福笑いの名字だ。
「全然。第一あのときはまだ事件って分かってなかったんだから仕方ないし」
「でもねぇ。もしかしたら、犯人が近辺にいたかもしれないのに」
「無問題、無問題。この通り」そう言い、菜奈はくるりと一回転してみせた。
「ホント、菜奈ちゃんは元気ねぇ」互いに笑みを含ませ、その場は別れた。
副院長室に入ると、父親は奥のデスクで作業をしていた。菜奈の姿を確認すると、貞男
は医者から父の顔になった。「まぁ、かけなさい」と言われて座ったソファは家にあるの
より高価なものと思えた。病院には数えきれないほど来ているが、こうして父親の仕事場
に入ることは滅多にない。大概は図書室や医局室やナースステーションにいる。そのせい
か、わずかに緊張感も憶える。
「まもなく来ると思う。ちょっと待ってなさい」貞男が刑事に連絡を入れた。事件発生
当時は何人といた警察も今は3人ほどが残ってるだけらしい。
「ねぇ、刑事って怖そうかな」
「まぁ、仏頂面が多かったな。なぁに、お前は言われたことに素直に答えればいい」
「そうかぁ」不安げな顔になった。正確にいえば、不安げな顔を繕った。
刑事は3分ほどで来た。2人は菜奈の対面のソファに座ると、確認するように彼女の顔
をちらりと見た。刑事の1人は50代前半、髪は白が黒を汚染していて、皺々にたるんだ
肌は年齢による人の衰えを如実に示している。こんなオンボロが道を歩いていたら、体を
執拗に避ける。いずれ、己にこの結末が待ち構えてるのかと思うと絶望に溺れてしまう。
もう1人は20代後半、髪は適度に整えられてあり、まだ活気というものがある。名前は
老いた方が唐木田千治、若い方が牛嶋大悟と名乗った。
「今日はわざわざ来てもらって悪かったねぇ。一応、こちらも手掛かりになりそうなと
ころは訊ねておかないといけないもんで。いくつか聞くけれど、身構えんと答えてくれれ
ばいいから」イントネーションから唐木田が地方出身者であることは読み取れた。それも
微妙に標準語と混ざってるところがややこしく感じた。いつ地方から来たのかは知らない
が、自分の出身地に誇りを持ってるのだろう。言葉を変える必要なんかない、と思いつつ
染められてもいた。「最初に昨日のことをあなたなりに説明してくれませんか」
「昨日は部活が終わってから来て、ナースステーションで勉強してました。21時過ぎ
にナースコールが入って、容態急変って看護婦さんもお医者さんも病室に走っていって。
しばらくしたら、その人が亡くなったって聞いて。それで、その日は帰ることにしました」
用意しておいた言葉が流れた。少し思い起こすフリもした。
「どうして、ナースステーションで勉強なんかしてたのかね」唐木田の口調が取り調べ
のモードへ切り替わる。女子供にも容赦はないのかと構えたが、スイッチは自然と入って
しまうものなのだろうと感じた。長年の職業病というやつだろう。
「よく勉強させてもらってるんです。ここには小さい頃から遊びに来ていたから、みん
なとも仲良くて。ホントはいけないんだろうけど、なんか私には居心地がいいんです」嘘
はない。本当にここには幼稚園の頃から遊びに通っていた。同年代の子が友達の家に行く
ぐらいの感覚といえるだろう。病院のスタッフたちも小さい菜奈をとても可愛がっていた。
その頃からの慣れもあり、今でも親しい関係が続いている。菜奈が病院のどこにいようと
誰も疑いの目で見ることなどない。
「ここには頻繁に出入りしてるということだね」牛嶋が言った。
「はい、暇があれば来ています」
「事件のあった時間はナースステーションにいた、と」話を本筋に戻すように唐木田が
言った。
「はい」
「そこには看護婦が2人いたということやけど」取り調べでメモをした情報を見ながら
確認を求める。
「いました」
「そんで、事件が起こったんで家に帰った」
「そのときは事件があったなんて知りませんでした。そんなの分かってたら一人で帰る
なんてしてません、犯人がいるかもしれないのに」俯いて、怖がった表情を見せる。自分
はこの事件に関与していない単なる女子中学生というポジションを前提にしていなければ
ならない。
「そうだね、怖かったよね」菜奈の偽造した心情を察知した牛嶋がそれに配慮する言葉
をかけた。彼女の演技に何一つ疑いを抱いていない。元々、彼女が犯人であるとはミクロ
すら思っていなかった。
「ごめんな、最後にもう一個だけ答えてくれませんか」唐木田も申し訳なさそうに質問
をした。「今回の事件に何か心当たりはないですか。怪しい人物を見かけたとか亡くなっ
た佐藤さんに変わった行動があったとか」
「いえ、全く」佐藤太吉との関わりはない。形跡も匂いすら残さなければ完璧に拭える。
四宮菜奈と佐藤太吉はただの他人だ。
そうですか、と力なく唐木田は息をつく。思ったほどの成果があがっていないのだろう。
こんな小娘が重要証言を持ってるとは思ってないにしても、万が一という淡い期待はあっ
た。あるだけ無用だった。「わざわざお呼び立てしてすまなかったね。これで終わります
んで」菜奈へ言った後、奥にいる貞男にも頭をさげて刑事は部屋を出て行った。
―してやったり。警察なんてちょろいもんだ。
刑事の背中を眺めながら、自然と口角が上がっていた。
夜、礼服を着た唐木田と牛嶋はガード下にある冴えない立ち飲み屋で酌を交わす。佐藤
太吉の通夜に参列した帰りだった。季節は暖かさへと向かっているはずなのに、この日は
寒い夜だった。
「唐木田さん、掴めない事件っすねぇ」牛嶋は寒そうにしながら強めの酒で体を温めて
いく。「囲みは見えてんのに中身は見えない、みたいな」
そうやなぁ、と唐木田が言いこぼす。確かに牛嶋の言うとおりだった。佐藤太吉の殺害
の一連の経緯はあっさりと分かるものだ。しかし、誰がやったのか、どうやったのか、が
さっぱりだった。
「病院関係者の線がやっぱり濃厚なんですかね」
「まぁ、それが一番考えやすいってことや」病院の人間なら薬品を入手することは可能
だし、あの時間に院内にいても怪しまれることはない。外部の人間がやるよりも明らかに
犯行はスムーズにいく。「でもなぁ」
はい、と牛嶋は息をつく。そう決め込むにはいささか不具合が生じる部分があることが
否めなかった。病院の人間の犯行にしては時間が早くないか、ということだ。第一発見者
の看護婦の証言では被害者の異変が確認されたのは21時15分。安里市立病院の就寝時
間は21時。そこから15分しか経ってない。やるのなら、もっと深い時間にすればいい
はずだ。そっちの方が確実だし、なにも可能性の低い選択をする必要なんてない。「どう
いうことなんですかね、一体」
考えられるとしたら、と前置きをする。「容疑者を多くしたいということやね。夜中に
やるとしたら、真っ先に疑われるのは夜勤の人間。しかし、あの時間にやっておけばまだ
病院には医者も看護婦もそれなりの数がいる。自分が疑われるパーセンテージを減らそう
っていう魂胆やろ」
なるほど、と牛嶋は納得する。「そうなると、やはり病院関係者ということになります
ねぇ」
そうやなぁ、と唐木田は息をつく。「どっちにしろ、そこに行きついてしまう」
安里市立病院には1階に5つの出入り口がある。そのうちの3つは患者や外来用のため
のもので、面会時間の終わる20時過ぎに閉められる。もう1つは緊急の外来や夜間用の
職員の出入り口だ。ここには守衛室があり、事件当時は警備員がいた。誰も不審な人物は
通ってない、と証言もしている。残りの1つは非常口、ここも夜間は施錠が義務づけられ
ている。つまり、事件のあった時間に開いていた扉は夜間用の出入り口のみとなる。
病院関係者を軸に考えるのが普通だ。入院患者にも出来うるだろうが、点滴に含まれて
いた数種類の薬品を調べたところ安里市立病院では扱っていないものもあった。はっきり
いって、素人が入手できるレベルのものではない。相当に薬品関係に精通した知識の持ち
主であるかそういった類の知り合いがいるか、どちらかだ。
「おかえりなさい、疲れたでしょう」2日ぶりに帰宅した夫を菜子が出迎える。
「あぁ、さすがに堪えたな」22時過ぎに家に帰った四宮貞男は引き込まれるようにし
てリビングのソファに座り込む。一昨日は夜勤から一日中働き、昨日の夜に帰れると思っ
たときの事件だった。副委員長の自分が帰ることなど当然出来ず、佐藤太吉の対応と警察
の対応に追われ、結局そのまま今日の日勤にも出ることになってしまった。長時間勤務に
は慣れてるといっても、今回のはそれとはまた違うものだった。職業上、人の死に際には
幾度となく立ち会ってきたが殺人事件はいくらなんでも初めてだ。溜め息とともに目を閉
じてみると、佐藤太吉の死に顔が浮かんでくる。容態急変の知らせを受け、402号室に
向かったが遅かった。患者はすでに息を引き取っており、そこに異変を感じたのもすぐの
ことだった。肺がんの人間がどうなろうとあんな不可思議な死に方はしない。何かが起こ
ったのだ。そして、それが殺しであることを刑事から告げられた。佐藤太吉は殺された。
あれが人に殺された人間の顔なのだ。
「パパ?」
耐えきれなくなり、両目を一気に開くと菜奈が心配そうにこちらを見ていた。彼女はも
う一方のソファでテレビを見ているところだった。いけないいけない、とまだ多少どこか
にある佐藤太吉の残像を己の中で振り払う。「ちょっと疲れてるだけだよ」
「明日とか休んだら」
「そういうわけにはいかない。他の人たちだって昨日は夜通しで病院にいたんだから、
俺だけ休むってのはダメだよ」副委員長という立場上、余計にそれはできない。プライド
というか上に立つ者は率先して動かなければならない。模範になるべきポストが失念など
こうむりたくはない。こう言ってはなんだがイメージダウンというものだ。人気投票で成
り立つものではないが信頼関係は大事だと思う。「ありがとうな、菜奈」
「うぅん、今日はゆっくり身体休めたほうがいいよ」
「あぁ、そうするよ」菜奈の笑顔は温かかった。親バカと言われるかもしれないが、我
が子は天使のようだ。子持ちの同僚に話を聞くと、菜奈がどれだけ真っすぐに育ってくれ
てるのかが分かる。やれ幼稚園児は物をばらばらに散らかして片付けない、やれ小学生は
毎日洋服を泥んこにして帰ってくる、やれ中学生はピアスの穴を開けて不良に目覚める、
やれ高校生は飲酒や喫煙が当たり前のようになる。正直、聞いてるだけで耳が痛くなる。
それに比べ、菜奈はこれでいいのかと疑いたくなるほど誠実な子だった。同僚に菜奈の話
をするといつも羨ましがられる。ウチにも菜奈ちゃんが欲しい、と彼女も病院に来るとよ
く言われるらしい。愛する妻に自慢の娘、こんなに恵まれていていいのだろうか。自分に
そんな資格があるのだろうか、たまにそう思ってしまう。
陽射しの強さが直接肌に触れ、瞳を細めて見上げた太陽は十二分に存在感を放っていた。
この前までは梅雨で雲の群れに隠れっきりだったのに急にこうやって自己主張してきたり
気まぐれなもんだ。そう思うと、その姿を自分自身に重ねてみた。結果は失敗。私は太陽
にはなれない、私はあんなに明るい光を放つことは出来ない。前に「菜奈ちゃんは太陽み
たいな子だねぇ」と言われたことがある。四宮菜奈の上辺だけに接してる人間はそうやっ
て捉える。まやかしの偽造物を本物とたしなめられて受け取っている。偽物を表に出し、
本物を裏にしまい込む。そうやって生きてきた。まやかしの太陽、それは自分自身とよく
重なった。
「お〜い、何してるんですかぁ」クラスメイトの蔵川がのんき気ままに声をかけてきた。
長細い目は太陽を見上げていた菜奈の目とちょうど同じ大きさだ。「良い天気だよなぁ、
プール日和ってやつだぜ」
―何言ってんだ、こいつ。こちとら、そんな低能な考え事なんかしてないんだよ。
「何か用?」こんな奴に構ってたら、こっちにまでバカがうつる。話す時間があっても
話したくはない。願い下げだ。適当に鼻であしらっておくのがいい。
「そんな冷たく言うなよぉ、5年来の付き合いだろぉ」中学1年生のまだ出来上がって
ない細い体をくねくねさせながらぴったり菜奈の近くに着いてくる。気持ち悪い。蔵川は
小学校の3年生の時からの同級生だ。それから5年生の時のクラス替えも中学でのクラス
でも同じになった。林田千鶴はいいが、こいつはいらない。馴れ馴れしく触られるだけで
腫れ物になりそうな嫌悪感がともなう。それを表面上に出すことはしない。変に目立つこ
とはしたくない。
「こらっ、蔵川、菜奈に触ったでしょ」後ろから千鶴が加勢に入ってきた。
「はぁっ、手が当たっただけだろうがよ」嘘をつけ。意図的に触れてきたのは承知だ。
一度ならともかく何度も繰り返してれば、それが本人の意思かどうかは明確だ。まして、
こんな体育の水泳の授業の時になんて狙ってるに決まってる。「おせっかいババア、いら
ねぇんだよ」そう千鶴に言い捨て、男子の固まりのほうへ戻っていった。
「あいつ、いっぺん殴ってやりたいよ」そう拳を握りしめる彼女をなだめる。彼女は菜
奈の護衛役を担当している。無論そんなことお願いしたわけはなく、向こうから願い出た
だけの事。事あるごとにからんでくる蔵川から菜奈を守る、という自発的な思いで。それ
によって、彼女は私への信頼を増し、私からの信頼が増しているのだとまた思い込む。そ
の思いが一方通行だと気づきもせず。「菜奈もビシッと言ってやんないと。あんたなんか
眼中にないんだ、って」
「まぁまぁ、いいじゃん。別に変な事されたわけじゃないから。それに好きでいてもら
うのは悪いもんじゃないよ」菜奈の言葉に千鶴は首をかしげた。分からなかったらしい。
彼女にはまだ男がいない、だからだろう。好きになる事、好きになられる事、その良さを
おぼろげには理解しつつも実感がないから。菜奈にとってのそれは蔵川にではない、もち
ろん。対象外な人間に用はない。むしろ、いらない。
―どうせいらないなら利用して捨ててやればいい。相手も恋先の役に立てた、と喜ぶこと
だろう。
25時34分、急落の再応。
「405号室の野戸さん、容態急変です!」看護婦の顔がゆがんだ。狂いそうになる呼
吸を整え、飛ぶように現場に向かっていく。少し後に四宮貞男が前を駆けていった。野戸
平蔵、75歳、病名・胃がん。
―放っておいても失くなる命、なら有効に活用させてもらう。
極度の慎重は怠らなかった。緊張はしているが、深夜である分やりやすい。二回目であ
る余裕はない、あったとしても打ち消す。そんなものでミスをするわけにはいかない。こ
れは自分だけの犯行ではない。復讐であると同時に大切な人間を守るためでもある。予断
は許さない、確実にやり遂げてみせる。
あいにく、警備が手薄なことは知っている。守衛室の人間が怠惰な性格なのは聞いてあ
る。「ここだけの話、院内の見回りったって適当だよ。別に何があるってわけじゃないん
だから」と漏らしていたらしい。そんな奴に後ろをとられることはしないし、そんな事が
あれば一生の恥だ。死んだ方がマシだ。
順調に院内を抜けていると急にガタンと物音がした。咄嗟に身を隠す。息を潜めて、身
を伏せる。男子トイレから老人が出てきた。寝つけず、起きてしまったのだろう。こちら
に気づくことなく、自分の部屋へと帰っていく。今、上で何が起こっているのかは明日に
知ることだろう。「その時間、ワシは起きとったぞ。ちょうど眠れずに便所に行っていた
時じゃ」とでも、その事件に携わったように言いふらすかもしれない。まぁ、そんなこと
関係ない。気配を消して屈み腰で歩を進ませていくと、奥の扉を開錠して外へと脱出する
ことに成功した。 病院を振り返る。こっちに視線が向いてることなど当然ない。405
号室の明かりが点いていた。今頃は医師である無力さに頭を抱えているはずだ。ざまあみ
ろ、そうほくそ笑みながら歩き出した。
―犯行終了。全ての計画に青信号。
「昨夜、安里市立病院で再び点滴に重度の薬品が数種類何者かによって故意に注入され
る事件がありました。これにより、入院していた野戸平蔵さんが死亡。当時、病院内には
関係者しかおらず、警察では詳しい原因を調べています」署内に流れるニュース番組に事
件の一報が流れると、唐木田は怒りをあらわにした。「どういうことや、これは!」
周囲の視線が集まる。「落ち着いてください」と、牛嶋が小さく言う。
「全く同じ犯行や、警察なめとるぞ」湧き上がる怒りの矛先は侮辱したように二度連続
の犯行を行った犯人とそれを暴けない自分自身に向けていた。1週間前に佐藤太吉の事件
が起こってから特別な成果もあげられてない中での今回の事件とくれば仕方ないものだ。
牛嶋も何も言い返せなかった。言い返す言葉はどれもここで力を持つものではない。捜
査は病院関係者と部外者の二つの可能性から探りつつ進展がない。正直、今回の事件から
出る新たな点が解決へと結びついてくれればと思っていた。
そのとき、朗報が飛び込んできた。鑑識の結果から、405号室から押収した物の中に
野戸の指紋と異なる反応が出た。物は十字架のキーホルダー、現場検証の際に「75歳の
持ち物にしては若い趣味だ」と疑問が挙がっていたものだった。「それや、そっから犯人
一気に洗い出すぞ」唐木田の顔色が勇ましいものへと変わった。
「あれ、おかしいなぁ」物理の担当教師の欠席による自習時間に騒ぎ立つ1年2組の教
室で蔵川だけが浮かない顔で辺りをキョロキョロしている。おかしいなぁ、と何度も機械
のように呟いている。
「どうしたのよ」チラチラ目につく姿に菜奈が声を掛ける。
「俺のキーホルダー、いつもリュックに付けてるのが無いんだよ」知らないか、と目線
を向ける。
「知るわけないでしょ、あんたの物なんか」千鶴の棘のありそうな言葉も蔵川には一切
耳に入らない。
「もし見かけたら拾っといて」十字架のキーホルダー、と言って向こうへ行った。
「見つかんないよね、そんな小さいの」彼があれを気に入ってたのは知っている。ただ
そんなこと他人には知ったことじゃない。千鶴がお気に入りの花柄のペンを失くした時は
一緒に探してあげた。見つからないのは分かっていた。私が焼却炉に放っておいたんだか
ら。そう、他人には知ったことじゃない。かえって、報復のいい材料になる。
「そういうの、案外全然見当違いなところにあるかもしれないよ」蔵川と千鶴、両者に
対して言った。顔は笑っていた。千鶴は言葉の意味になど気づくこともなく、蔵川へのも
のだと勘違いして受け取った。
その日は部活終わりで病院へ行った。そこには重々しい空気すら感じられた。さすがに
二件も殺人事件があったとあれば、外来の患者の減少はもちろん、入院中の患者にも殺伐
とした面持ちが目立っている。いつもガヤガヤと賑やかなロビーも人の姿はまばらで医師
や看護婦にも穏やかな表情は見受けられなかった。
「なんかもう墓場みたいよ。こんなとこに十何時間もいんの耐えらんない」ナースステ
ーションに顔を出すと、福笑いが愚痴った。パーツも揃わないのに口は一丁前に吐くのか、
と思った。
「みんな、疲れてるみたい」
「そうよ。警察にはまたあれこれ聞かれるし、患者からはこの病院はどうなってるんだ
って問い詰められるし、仕事も緊張しながらやってるし、参っちゃうわよ」昨日の事件の
後、再び警察による事情聴取が行われた。今度は病院勤務者全員が対象となった。連続の
薬物混入事件、一件目以降は警備体制も強化して院内の見回りも細かくし、唯一の夜間用
の出入り口にも疑わしきところがなかった。病院関係者、入院患者の順に疑惑がのぼるの
は当然のことだった。「仕事しながら、もしかしたら今ここにいる人が犯人かもしれない
とか思っちゃうのよ。もう、正直どうにかなりそう」福笑いは頭を押さえた。
「大変だね、もし私に出来ることがあったら言って」親身になって言った。
「ありがとうね、気持ちだけ貰っとくよ」彼女はそれを鵜呑みにしていた。
淀んでいるところには居にくかったので図書室で過ごすことにした。ここなら静かなの
も普通だし、病院で一番落ち着くところでもあった。医局室やナースステーションに行く
のはあくまでコミュニケーション、建前でしかない。四宮菜奈の表の顔を売っておくため
の場所、それだけだ。彼ら彼女らと本気で仲良しになる気なんて毛頭にない。私のことを
分かってくれる人間なんて1人か2人だろう。私を理解してくれる人間と私を理解してく
れるであろう人間。それ以外の人間は私の本性を知れば、すぐにでも離れていくに違いな
い。それでいい、別に構いはしない。理解しない人間に理解してくれと強く訴えることな
んかしない。その1人か2人でいい、それで私は満たされる。
この日は面会時間の終わる20時過ぎに帰された。通常なら21時過ぎから22時あた
りまでいるのだが、今の病院の状態なら仕方ない。帰りがけに擦れ違うスタッフに執拗な
くらい「一人で帰って大丈夫?」と心配されたが、問題ないからと押し通した。私は問題
ないことを知っているから。
夜間用の出入り口から出ようとすると何やら話している2人がいた。守衛室のエロ目の
警備員と蔵川だった。菜奈は足を止めて、壁に隠れる。今、あの2人と一緒にいることは
分が悪くなる恐れがある。携帯をいじるフリをして通行人を遣り過ごしていると、話し終
えた蔵川が帰っていった。それを見届け、菜奈は歩き出す。
「おぉ。なんだ、今京介のやつが帰ってったんだよ」エロ目が菜奈の姿を瞳にすると、
すぐにそう告げた。
「へぇ、そうなんだ」さも今知ったように反応を示す。
「今から追いかければ間に合うよ」
「いいよ。毎日学校で会ってるんだから」
「冷たいなぁ、おじさんの知ってる菜奈ちゃんはそんな子じゃないよぉ」そう言うと、
お互いにアハハと笑った。
「今日は早いねぇ」
「うん。昨日の事件があったからさ、早く帰りなさいって」
「妙だよねぇ、二件も続けて。この出入り口は一応ずっと見てるんだけどさ、誰一人も
通っちゃあいないんだよ。だから、外部からの侵入は無しだね」エロ目が興味本位の話を
始めた。きっと警察にもこう話したのだろう。
「じゃあ、内部の人間の仕業ってこと?」興味があるフリで乗ってやる。
「そうに違いない。いやぁ、見回りに行くのが怖いよ」そんなに怖そうには見えなかっ
た。こんな状況なのにスリルを楽しんでるように思える。
―もうすぐ、もっと極限的な恐怖を味わわせられるってのに。
バイバイ、と普段よりも大きめの笑顔で別れた。ハナムケとして。
「安里市立病院で二件連続で点滴に重度の薬品が数種類何者かによって故意に注入され
て入院患者の佐藤太吉さんと野戸平蔵さんが死亡した事件で、警察は今朝に容疑者とみら
れる親子を殺人の疑いで逮捕しました。逮捕されたのは、病院の警備員として勤務してい
た蔵川築介とその息子の13歳の男子中学生。調べによると、二件目に起こった野戸平蔵
さんの殺害現場に残された物の中から男子中学生の指紋が検出されたとのこと。警察では、
この男子中学生と父親の蔵川築介による共犯の線が強いとして詳しい原因を調べています」
翌朝にテレビに流れた緊急ニュースは一帯に激震を与えた。逮捕された人間は誰しも予想
しなかった線だった。決め手になったのは病室に残されていた蔵川京介の十字架のキーホ
ルダー。昨日になって紛失したことからタイミングもバッチリと合った。そして、犯人が
蔵川京介であることで謎だった侵入経路も解明できる。蔵川京介は堂々と夜間用の出入り
口から病院内に入ることができた。守衛室にいた父親の築介が黙認すればいいだけのこと
だから。毎日のように深夜の見回りをしていて院内のことを把握している築介が手を貸し
たのなら犯行もやりやすいはずだ。最も濃く確実な筋書きに警察は難なく嵌った。
―天下の警察が子供の計略にのせられるなんて、ただの恥だ。完全なる失望と満足。
学校では終日この話題で持ちきりになった、当然。全員が一日にして蔵川京介をクラス
メイトから犯罪者という判別に変えていた。中にはかばう奴もいるかと思ったが、意外に
そういった勇気のある奴はいなかった。蔵川の肩を持つことはイコール連続殺人犯の肩を
持つことになる。そのリスクを冒してまで友情を選ぶ人間はここにはいなかった。所詮、
友情なんて裏切られるだけのもの。そんなものを最初から信じてるから痛手を負うことに
なるんだ。偽者の関係なんか一つの事故で崩れ去る脆いものでしかない。
「菜奈・・・・・・どう思う?」帰り道、千鶴が定まらない表情で問い掛けてきた。ま
だ彼女の中で今回の事件が整理されていないのだろう。学校側からは事件に関する明言は
避けられていた。逮捕はされたが、蔵川による犯行と決定したわけじゃなかったので学校
としても対応をしきれないところだった。マスコミの取材は受けないように、今回の件に
関して軽い発言は控えるように、と言われたぐらいだった。「蔵川は確かにだらしなくて
ムカつくやつだけどさ、あんな事をするようなやつじゃないよね」
菜奈は怒りを覚えた。こんなに蔵川を犯人扱いしてる生徒たちの中で千鶴はそれをしな
かった。どこまで良い子ぶれば気が済むんだ、と内心で思った。「分かんないけど、あれ
だけ証拠がはっきりと出てるんだからそうなんじゃないの」
―言え。お前も蔵川が犯人だって言え。
「でも・・・・・・」千鶴は良い子でしかなかった。それに居ても居られなくなり、菜
奈は用事を思い出したと言って彼女と別れた。
近場にあった漫画喫茶に入ると、個室の中でスクールバッグの底に隠しておいたタバコ
に火をつけて吹かした。溜まった怒気を煙で紛らわしながらテレビを眺めた。ニュース番
組は今回の事件について蔵川親子は容疑を一切否認していると報道していた。
きらきらひかる おそらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ
きらきらひかる おそらのほしよ
みんなのうたが とどくといいな
きらきらひかる おそらのほしよ
瞳をつぶると、体の中に「きらきら星」を流した。きっと今頃、あなたもどこかで流し
てくれてるのだろうと思うと涙が流れた。
―破滅への序曲。それはあなたの希望になるための音色。




