第9話
○登場人物
四宮菜奈・しのみやなな(誰からも好印象を受ける表面を繕いながら生きている)
豊永一弥・とよながかずや(完璧な外見を併せ持って女性からの強い支持も持つ)
四宮貞男・しのみやさだお(菜奈の父、病院の副委員長で人望が厚い)
四宮菜子・しのみやなこ(菜奈の母、家族思いで思いやりが強い)
林田千鶴・はやしだちづる(菜奈の友達、劣等生で人を信じて疑わない)
唐木田千治・からきだせんじ(先輩刑事、事件をしつこく追い続ける)
牛嶋大悟・うしじまだいご(後輩刑事、唐木田とともに事件に迫る)
菜奈とは年に数回だけ会っていた。
友達と遊びに行くといえばいくらでも内緒で会えたが、それはしなかった。
知っている人間に2人の関係がバレてはならなかった。
計画の進行の妨げになることはしなかった。
菜奈もそれは了承してくれている。
四宮貞男が憎いと告げると、彼女は「私も」と言ってくれた。
俺があいつへの復讐の計画を告げると、彼女は「協力する」と言ってくれた。
本当にいいのか、と聞いた。
あいつは私の好きな人の母親を奪った、殺してやりたい、と言ってくれた。
それから、孤独に生きる選択をした俺に支えが出来たんだ。
四宮貞男を消し、四宮菜奈と生きる未来を選んだ。
菜奈は相棒という言葉以上の働きをしてくれた。
誰より四宮貞男の近くにいる人間として、あいつを徹底的に近辺からマークした。
医学の勉強をし、病院内にうまく潜り込んでくれた。
医師や看護婦の情報、患者の情報、薬物の情報、病院の構造、全てが計画に役立った。
俺の計画は菜奈なしでは完璧にはなれなかっただろう。
彼女がいなければ、きっと俺は幼稚な殺人犯になっていたはずだ。
警察にすぐ尻尾を掴まれるようなやり方しか思いつかず、あっさり御用となっている。
おそらく、それはそれで良しと思っていたんだろうけれど。
刑務所生活になろうとも過去の傷を抱えたまま生きるより根源を断ち切った方がマシだ。
でも、今は違う。
菜奈に生きる希望をもらえた。彼女と歩く未来が俺の最良になったんだ。
そのためには計画を完全にすることが必要不可欠になった。
実行までに数年を要することになってしまったが、全ては未来のためだ。
愛する人と手をとり、一歩ずつ歩む幸せな日々のために。
その邪魔をしようとする奴がいるのなら、どんな手を使ってでも退いてもらう。
「昨夜晩、安里市内の自動車工場に女性が倒れていたのを従業員が発見しました。女性
は市内の学校に通う女子高生で、衣服が脱がされた状態で見つかり、何者かに後ろから襲
われたと供述しており、警察は詳しい捜査にあたっています」報道番組で伝えられるニュ
ースを菜奈は睨むように見つめていた。また安里市ですか、一体どうなってるんですか、
とキャスターたちが口を揃えて最近の安里市で続く事件に辛口ともいえる持論をぶつけて
いく。市長も責任を取るべきだ、新しい市長に交代した方がいい、などと的外れな意見を
持ち上げる馬鹿すらいた。市長が変わったぐらいでどうにかなるわけないだろう、お前も
いっそ痛めつけてやろうか、と心の中で噴火させる。外野の人間に内野の人間の感情など
分かりはしない。無差別なんかじゃない。全てに意味があって為されてるんだ。
「早く犯人が見つかってくれるといいわね」菜子はダイニングテーブルに入れたばかり
のコーヒーを2つ置く。食欲がないから朝食はいらないと言うと、コーヒーぐらい飲みな
さいと用意してくれた。菜子自身も貞男の死から食欲は落ちたままだった。今も最愛の夫
の死を大きく引きずっていて、家事はこなせるが気力そのものが満ちていない。菜奈も父
親の死に対し、表面上は傷を負ってる演技を続けていた。元気のない部分を取り繕ったり、
空元気なところも見せたり、菜子への気遣いも忘れずに目を向けた。彼女を見ていると、
少なくも心苦しさが生まれたりもする。貞男への復讐は同時に何の罪もない彼女に心痛の
かぎりを与えてきた。菜子はまったくの被害者だ。元々の貞男の不倫においても彼女は今
も何も知らない。最愛の夫が他の女に走り、あげくにその女を死に至らしめたなんて思い
もしてない。そして、目の前にいる娘がその女の息子とともに復讐を果たしたなど微塵も。
―それでいい。あなたは何も知らないことが最も良い。
「えぇ、林田さんは諸事情により、しばらくお休みすることになりました。自宅で静養
していますが、人に会える状態ではないのでお見舞いも控えて欲しいとのことです」安里
市立第一中学校1年2組の教室は静まりかえっていた。担任の穂村の言葉に全員が昨日の
事件をリンクさせる。詳細は隠した発言だったが、それを今朝の報道と重ねるのは容易な
ことといえた。この事実はまたたく間に学校内外に広まっていくだろう。千鶴をイジメて
いた人間はどう思うだろうか。おそらく、彼女に手を掛けていた人間のうちの誰かしらに
よる仕業ではないかと疑うはずだ。そんな恐ろしいことをするなんて、私はそんなつもり
で手を出していたわけじゃなかったのに、豊永一弥に気にいられたことへの腹いせで軽く
痛めてやろうと思っただけなのに、どうしてこんな事件にまで発展してしまったんだ、私
も林田千鶴へのイジメを盛り立てたことで少なからず加担したことになってしまうのだろ
うか、彼女をこんな目に遭わせてしまったことに一握りでも関わったのだろうか、と危惧
を覚える。そして、そんなはずはない、勝手に事が荒立ってって一人のとち狂った人間が
犯罪に手を染めただけだ、私は悪くない、と自分の中で自身を正当化させる。大きくなり
すぎた事の重大さに気づき、人は現実と対面することを拒む。向き合えもしないなら、そ
んな現実を作るんじゃない。受け入れられないのなら、そんな現実を作るんじゃない。
穂村が去った後の教室は千鶴の話で騒がしくなった。事件についてのこと、それに対す
る推測が飛び交っている。菜奈のところへ直接聞きに来る者もいた。ダイレクトに聞きは
せず、「千鶴、大丈夫かな」と間接的に。面倒くさいから間接的に返答する。
昨日、千鶴に水をかぶせた女子グループに目をやる。一様に不安げな表情を浮かべて話
している。まずいんじゃねぇ、調べられたらどう答えんの、なんか罰とか受けんのかな、
とイジメが調査された場合の懸念をしている。大丈夫だろ、適当なこと言えばいいんだよ、
ウチらはそんな悪いことしてねぇって、と自身を正当化していく。つまんない人間だ、と
例にならった反応をする女子たちに菜奈は息をつく。
「ってか、お前らがやったんじゃねぇの」男子のグループがその女子グループに言い投
げた。こういう心ない言葉をこの状況で投げられる人間もいるものだ。
「はぁっ、ふざけんじゃねぇよ」当然、女子グループは怒りをもって反論する。次第に
言い合いになり、お互いに引かない状況が続く。周りのクラスメイトは見て見ぬフリだけ
をする。幼稚な奴らだ、勝手にやってろ、と菜奈は教室を出た。
「どうなってるんだ、これは」事件の概要を何度も見返し、牛嶋は肩を落とす。予想外
の事態といえた。一連の事件は四宮貞男の死をもって終わったんだと推測していたのに。
これは全く別件で起こったものなのだろうか。いや、違う。被害者は四宮菜奈の親友だ。
真夜中に犯行を決行し、現場に証拠も残さない周到さを見るとただの変質者とは思えない。
まだ事件は続いているということか。これからも続いていくということなのか。
事件は昨夜に起こった。林田千鶴が図書館から自宅に帰る途中に何者かに背後から襲わ
れ、口を塞がれて気を失った。気を取り戻した時には発見現場の自動車工場にいて、着衣
は全て脱がされていた。被害者の陰部には少量の性液と血液が付着しており、行為は為さ
れたものと判断された。性液は犯人と思われるもの、血液は被害者のものだった。経験の
ない被害者に強引な行為をしたため、出血したものだろう。あまりに残忍な犯行だ。
現場を見た後、林田千鶴が運ばれた安里市立病院に牛嶋と唐木田も向かったが、とても
話を聞ける状態ではなかった。異性はもちろん、同性でも知らない人間には拒絶反応を示
していた。身体は軽く震えていて、微かに言葉にならないような声を漏らしている。側に
いた両親と四宮菜奈が必死で彼女を宥めていた。調査も女性の捜査員が時間を掛けてよう
やく行うことができた。犯人については、後ろにいたから詳しくは分からないが体つきか
ら男性であると答えた。それ以外の事は、すぐに気を失ってしまったので何も知らないと
のことだ。現場には指紋がなく、捜査は難航すると思われる。
「いや、逆にこういう考え方もあると思う」唐木田は気力をなくす牛嶋の背中を叩くよ
うに強めに言う。あくまで推理の一つとして、と前置きをして独自の見解を話しだした。
「現場に一切の指紋がないのは反対におかしいと思わんか。場所や物に付いたものなら拭
き取るとしても、被害者の体にも全くないなんて変や。相手の体に触れることなく性行為
なんかできるんか。かといって、体にある指紋を全部拭き取るなんて困難きわまりない。
どこに付いてるかも知らんし、下手に体に触ってたら被害者の目が覚める可能性もある。
最初から指紋なんか付けてないと考えるのが妥当や。だとしたら、余程に練られた計画と
いえる。そして、犯人はかなりの頭脳明晰な人間や。こんなもん、馬鹿には出来るわけが
ない」
唐木田の力説は尤もだった。頭の中にある犯人像は才人に変わっていく。「そうですね。
じゃあ、鍵になるのは被害者に付着していた性液になりそうですね」
違う、と唐木田はきっぱり否定した。牛嶋はその言葉の意味合いを理解できなかった。
「どういうことですか」
「これだけの犯行をやってのける人間が被害者の体に出した性液を残してくはずない。
気づいてないわけない。忘れていたわけがない。そうやとしたら、あまりに間抜けすぎる。
同じ人間のやったこととは到底思えん。となると、考えられるのは・・・・・・」
「犯人のものではない、ということですか」割って入るように言った当人の牛嶋が唾を
飲み込んだ。奇怪ともいえる飛びぬけた考えだと思えた。ただ、確かに才人といえる犯人
には疑わしき落とし穴とも思える。犯人にとっての落とし穴が逆にこちらの落とし穴なの
かもしれない。「でも、犯人のものじゃないとしたら一体誰のものなんですか」
「さぁな。考えやすいとしたら、犯人には共犯がおってその人間のものやってことか。
いずれにしろ、性液が犯人のものでないなら解決はかなり難しいことになる」唐木田は歯
を軋ませ、強い眼光を放つ。犯人の思うがままになり、やりきれない思いが込み上げる。
尻尾を捕まえてやりたいが、その姿は全く読み取れない。四宮貞男から調べを進めても今
も決定的なものは見えてこない。警察をあざ笑う犯人が浮かぶ。打ち消したくてたまらな
くなる。絶対に捕まえてやる、と信念を強くさせる。
放課後、部活には出ずに千鶴のお見舞いに行った。もう病院は退院し、自宅に戻ってる
と聞いて助かった。安里市立病院には貞男の事があった以上、顔は出しずらい。相応の事
情でもなければ足を運ぶことはないだろう。それで構わない。四宮貞男がいなくなった今、
あの病院にも用はない。
千鶴の事件で連絡があったのは昨日の夜中に差し掛かる頃合だった。病院に向かうと、
千鶴はベッドで掛け布団を頭の上まで覆い被せていた。誰の声も聞きたくない、全てを遮
断させてしまいたい、そんな様子に見えた。暴力は振るわれてなかったが、陰部からの出
血があった。それがどういう意味なのか、悟るのはさほど難しいことではない。千鶴の母
親と2人で邪魔にならない程度に声を掛け続けた。心をこれ以上に痛めないように配慮を
して言葉を並べた。それにより、事件に関することを聞きはできたが霞むような声だった。
結局、病院を後にしたのは陽が見えた頃になった。病院に行ったのは貞男が亡くなってか
らは初めてで、職員に会うのも葬式以来になる。夜勤には福笑いはいなかったが、下越と
楽山の姿があった。2人とも貞男が亡くなった後の生活を心配してくれた。下越のそれは
本物で、楽山は嘘だ。楽山の目は泳いでいた。自分の仕出かしてしまった事により、貞男
が命を落とすにまで至ったことに心の整理ができていないのだろう。きっと、この先一生
その思いを独りきりで携えながら生きていくことになるはずだ。そんなこと、知ったこと
じゃないが。
千鶴は部屋のオレンジのベッドにいた。上半身は起こし、窓から見える景色を眺めてい
る。何を眺めてるんだろうか。多分、瞳に映るものを見ているだけだろう。今は何も物事
を考えたくない。流れる雲のように気持ちよく漂いたい。そんな思いで心の中を空にして
いるのだろう。
「気分はどうかな」千鶴はゆっくりとこちらを向き、コクリとうなずいて質問に答える。
「千鶴の好きなプリン買ってきたよ。一緒に食べよっか」駅前にあるケーキ屋で買って
きた2人分のプリンを袋から取り出し、片方を差し出す。千鶴はそれを受け取って食べた。
デザートのショップではなく駅前のチェーン店で、ケーキではなくプリンを好むあたりは
彼女らしい。食欲はないと母親から聞いていたが、こういうものは食べれるようだ。事件
自体には触れないように話を始める。「昨日はごめんね。私が言いすぎたと思う」
「そんなことないよ。悪いのはこっちだよ」千鶴の言葉はゆっくりだった。視点もはっ
きりと定まっておらず、体全体の力が抜けてしまっている。ただでさえ人間として劣って
いるのに完全に弱りきっている。
「うぅん。あれからずっと謝ろうと思ってたんだ。申し訳ないことしたな、って」
「謝るなんて、そんな・・・・・・私も不安だったの。菜奈が私から離れてっちゃう、
って」
「そんなのあるわけないじゃん。私はいつまでも千鶴の友達だよ」菜奈は千鶴の両手を
取り、グッと力を込める。
「ありがとう。嬉しいよ」千鶴は涙を流して喜んでいた。感点が弱くなってるので涙腺
も脆くなっている。鼻水まで流してしまい、千鶴も菜奈も笑ってしまった。今の状況でも
笑うことができるほど、千鶴には菜奈が大きな存在だった。豊永にフラれてしまった今、
また菜奈は家族以外で唯一心を許せる存在に戻ったのだ。
―まさか、その人間が自分をヤった犯人なんて思いもよらないだろうに。まぁ、大好きな
豊永一弥にもヤってもらえたんだから充分だろ。
翌日、安里市立第四中学校の校門には明らかに青春の二文字が似つかわない影が伸びて
いた。放課後、サッカー部の部活を終えた豊永はその2つの影に気づきながら校舎からの
道を歩いている。髪は練習で走り回っているせいでボサボサになり、制服の上半身は第三
ボタンまで開けた白シャツの間から良い具合の筋肉が見え隠れし、ショルダーバッグを肩
に掛けながらポケットに手を突っ込んで雑に歩く姿はあまりに様になっている。豊永を目
当てにする女子の姿もちらほらいる。林田千鶴との関係が明るみになると人数は減ったが、
その方が彼にはやりやすい。ただ、彼女の事件と既に別れた事実が明るみになれば、また
その人数は増えていくかもしれない。2人のスーツ姿の男はこちらを見据えている。目的
は分かっている。こちらが全てをお見通しなのを向こう側は知らない。完璧にやり遂げて
みせるよ、菜奈。
「豊永一弥さんですね」校門にいた2人の男にそう訊ねられる。片方は若い細身の男で
片方は老いた小さい男だ。
「はい」豊永は不審そうに2人を見る。この3人は初対面のはずだ。
「私たち、こういう者です」若い方の男が警察手帳を出した。「少しだけ話をさせてい
ただきたいんですが」
「話、ですか」まだ豊永は厳しい表情を崩していない。
「なぁに、簡単なことしか聞きません。そんな重く捉えなくていいですよ」老いた方の
男が横入りしてくる。こういったことには慣れてる印象を受けた。
豊永は2人の刑事に着いていくことを了承した。連れてこられたのはファミレスで、3
人は一番奥の座席に座る。何でも頼んでいいと言われたのでコーラを注文した。刑事はま
ず自己紹介をした。若い方が牛嶋大悟、老いた方が唐木田千治と名乗る。林田千鶴の事件
に関し、彼女の関係者を調べていたところ豊永に至ったと説明を受けた。「君と千鶴さん
は交際しているというのは本当ですか」
いいえと豊永が言うと、刑事の表情が微妙に変化した。「実は一昨日に別れたんです。
別れようというメールをこちらから一方的に送ったんですが。まさか、あの後にあんな事
が起こるなんて・・・・・・」豊永は大きく息をつき、顔を伏せる。
その様子に、刑事たちは心痛ぶりを察知した。「別れるというメールはいつ頃に送った
か覚えてますか」
「詳しくはアレですけど、昼過ぎぐらいだったと思います」
「どういう返信が来ましたか」
「返信はありませんでした。おそらく、そういう心情にさせてしまったんだと思います。
それを考えると、今でも心苦しいです」
「よければ、何で別れを切り出したのか教えてもらっていいかな」
「彼女がイジメられてるという話を聞いたんです。それも、俺と付き合ってるというこ
とが理由だって。それを聞いて居た堪れない気持ちになって、彼女をそんな目に遭わせる
のならと決断しました」
林田千鶴がイジメを受けていたことは調査で把握していた。それも、学校内だけでなく
他校の生徒からも。理由が目の前の豊永一弥との交際であることも知っていたが、本人と
向き合ってみると女子生徒の嫉妬が生まれるのも納得できた。良く仕上がった外見だった。
男なら、自分がこう生まれていればと照らし合わせたくなる。「なるほど。じゃあ、彼女
が普段から男性に狙われるような節は何かありましたか」
「いえ、そういうことは無いと思います」
「彼女を見ていて、何か不信に思うような点は」
「ありません」
そうですか、と牛嶋は質問の流れを止めた。「最後に、事件のあった一昨日の夜に何を
していたか教えてもらえますか」
解けてきていた豊永の表情がまた締まる。アリバイを聞かれていることに不信感を募ら
せる。
「心配しないでください。これは全員に聞いているものなので、別にあなたを疑ってる
というわけではありません」
牛嶋の言葉にようやく豊永は納得する。「部活をして、19時あたりに家に帰りました。
それからは家にいました」
「家にはあなた以外に誰がいましたか」
「親戚のおじいちゃんがいました」
豊永一弥が親戚の家で暮らしているのは知っていた。一応、事前に彼については調べて
ある。両親を幼い頃に失い、親戚に育てられている。義理の祖母も亡くなり、今は義理の
祖父と二人暮らし。その祖父も体を弱くしている。「おじいさんは何をしていましたか」
「自分の部屋で寝ていました。体が元々弱いので基本的に部屋にいて、夜になるともう
布団に入って寝てしまいます」
豊永のアリバイを示す内容ではなかった。それでも、牛嶋と唐木田は最初から彼を疑っ
てはいない。形式的に聞いているだけだ。「分かりました。以上になります」
その言葉で豊永はフッと緊張を解いた。ボロを出すことはなかった。ここまできて、そ
んなヘマをしやしない。警察をあざむくぐらい楽なことだ。
翌日も捜査に進展はなかった。関係者や現場周辺の聞き込みはすでに終わってる。証拠
が何も残されてないことから、上の人間たちは迷宮入りを示唆している。正直、解決の糸
口さえ見えないお手上げ状態だ。
「このままお蔵入りしそうな空気がプンプンしますね」
「させてたまるか。意地でも首根っこ捕まえたるわ」牛嶋の諦めがちな言葉に喝を入れ
るように唐木田は言い放つ。とはいえ、この状態から逮捕まで結びつけることにどれほど
の逆転が必要かは理解しているつもりだ。こんなことは言いたくないが、難しいというし
かない。
「この鑑定も決定打にはなりませんでしたし」牛嶋がそうデスクに置いたのは例の四宮
貞男の医療ミスの際のカルテだ。以前に依頼した筆跡鑑定の結果はグレーだった。白でも
黒でもなくグレー。本人の筆跡である可能性もあり、そうでない可能性もあるという曖昧
な内容だ。本人のものとは言いきれない書ではあるが、違うものとしたら極限と評価でき
るほどに似せて書かれたものらしい。瓜二つという表現がピタリと当てはまる、というほ
どの。安里市立病院の職員の筆跡とも調べてみたが、誰のものとも一致しなかった。ここ
には期待をしていただけに落胆も否めなかった。またふりだしに戻された感覚だ。走り出
す気は満タンなのに、いつになってもスターターは開始をしてくれない感覚。
唐木田は大きく息をつく。「俺、明日休むわ」
「どうかしたんですか」
「なんか、いくらやっても進まんしな。ここらで一回休憩挟むことにするわ」
牛嶋もその言葉には納得した。「そうですね。最近は一連の事件に一辺倒でしたから。
良い機会かもしれませんね」
「あぁ、何も考えんとぐっすり眠らせてもらうわ」
「夕方ぐらいまでいきますか」
「何歳や思ってんねん。そんなにようさん眠れるか。せいぜい昼過ぎまでや」
お互いに笑い合う。こんな穏やかな時間は久しぶりかもしれない。「昼過ぎに起きて何
しますか」
「そうやなぁ、テレビ見ながら真っ昼間からビールがええな」
「オヤジじゃないですか」
「オヤジや、文句あんのか」
また何気ない会話に笑い合う。なんだか、無性に幸せな時間に思えた。「ありませんよ。
唐木田さんの好きにしてください」
「おぉ、好きにさせてもらうわ」
「つまみは何にしますか」
「枝豆に決まっとるやろ」
「いいですねぇ。なんか、俺もビール飲みたくなってきたな」
「飲んだらええやん。彼女に注いでもらえ」
「いや、何も気にせずにたらふく飲みたいんですよ。仕事の前の日は缶一つって決めて
るんです」
「そんなん気にせんと飲めよ、若いの」
「じゃあ、俺もそろそろ休もうかな」
「お前も近いうちに休んだらええわ」
「はい、そうさせてもらいます」少しの間が生じ、牛嶋がポツリと呟いた。「この事件
が解決したら、美味い酒が飲めるでしょうね」
「・・・・・・あぁ、とびっきりのが飲めるで」唐木田は新たに犯人逮捕への執念の火
を燃やした。
翌日、牛嶋は夜の深い時間になってから現場周辺での聞き込みをはじめた。現在、21
時24分。20時前から1時間以上にわたって続けている成果は今日もない。林田千鶴が
当日の夜に図書館を後にしたのは20時前、自動車工場で発見されたのは21時22分。
犯行はその間に行われた。その時間帯に近辺にいたかもしれない人物を狙っての捜査だっ
たが、あいにくこれといった証言は得られていない。やはり、あれだけ巧みな犯行を成し
遂げる人間に付け入る隙などないのだろうか。警察は踊らされるだけで、犯人の思うがま
まに事は進んでいくのだろうか。「誰がさせるか、そんなこと」
とはいえ、もう犯行時刻は過ぎている。今日のところはそろそろ引き上げようと思い、
向かいから歩いてくる男性を最後にしようと歩み寄った。「すいません、少しだけ話をさ
せてもらっていいでしょうか」
男性は50代と思われ、小太りで身長も低かった。全体的に野暮ったい感じのよくいる
タイプといえた。こちらに不信感を見せてるが、いきなり夜道で声を掛けられれば誰でも
そうなるだろう。警察手帳を見せ、4日前に起きた事件について調べてると言うと男性は
早くに理解してくれた。
「そうだ、言いたいことがあったんだよ」男性は前のめりに牛嶋に話し出す。「見たん
だよ、俺。犯人らしい奴をさ」
牛嶋は目を見開いた。飛び上がりそうになるほどの驚きだった。「本当ですか、それ」
「本当さ。別に嘘なんか言わねぇよ」男性はマイペースに話を続ける。「ただよ、事件
のあった日とか次の日とかは警察や報道の人間がいくらかいただろ。俺が見たなんて言い
出したら、警察に連れてかれて根掘り葉掘り聞かれそうだし、報道にもカメラ何台も向け
られて答えさせられそうで嫌だったんだよ。だって、犯人捕まってねぇんだろ。そんなの
して、テレビとか映ったら犯人から狙われそうじゃねぇか。自分を犠牲にしてまで言うの
は気が引けたんだよ。だから、ここは仕事場までの道なんだけど遠回りして通ってたんだ」
「教えてもらえませんか、その犯人らしき人物について」牛嶋はすがりつく思いだった。
教えてもらえないなら強引にでも、と思っていた。
「俺、取り調べとかインタビューとかはごめんだぞ」
「分かってます。大丈夫です」この男を逃してはいけない。この男は我々の救世主にな
るかもしれない。「話してもらえますか」
「じゃあ・・・・・・分かったよ」男性は渋々といった感じで話しはじめた。それは事
件を進展させるどころか逆転させるほどの証言だった。牛嶋は男性の言葉の一つ一つに胸
を躍らせ、確かな手ごたえを感じていく。
話を聞き終えた牛嶋はすぐに自動車に乗り込み、夢中で走らせた。こんな思いは久しぶ
りだ。この一連の事件が始まって3ヶ月以上、手詰まりの状態が続いていたが遂に殻は破
られた。この線なら、きっと大きな成果を得られるに違いない。高鳴る気持ちの中、車は
目的地へと向かっていく。
「もしもし、牛嶋です」目的地へ到着すると、車を出る前に唐木田へ電話を掛けた。
「おぅ、どうした」
「実はとびっきりの報告があります」牛嶋は浮かれていた。それは電話越しの声にも読
み取れた。
「なんや、結婚でもするんかい」
「しませんよ。まだまだ先です」
「そんなら、どないしたんや」
「驚かないでくださいよ。多分、驚くでしょうけど」そう言い、牛嶋はさっきの男性の
証言の大枠を話した。話の大事な部分はあえて話さず、わざと大まかにだけにした。
「それ、本当にか」唐木田は予想通りに大きく驚いてくれた。それはそうだろう。これ
まで苦戦ばかりだったものに、活路が見い出せる光が届いたのだから。「でっ、そっから
犯人は割り出せそうなんか」
「そこまでは分かりませんが、多大な情報を持ってるであろう人物に辿り着きました」
うやむやな感じに言ったが、牛嶋はその人物こそ犯人であると確信に近いものを既に抱い
ている。
「誰や、それは」
「内緒です。唐木田さんには」牛嶋は答えをはぐらかす。
「阿呆。この期に及んで何を言うんや」唐木田は当然に答えを聞きたくてたまらない。
「これから任意で引っ張ります。警察で詳しく追求するんで、唐木田さんも来てもらえ
ますか」
「あぁ、行くに決まってる」
「それまでは誰かは内緒にしときます。実際に見てみて、また驚いてください」
「阿呆者やな。さっさと言えや」
「せっかくのスクープですから。もう少しだけ独りきりのものにしたいんです」これが
正直な気持ちだった。これだけの情報を手に入れた自分に浸りたいのだ。自分が見た情報
でもないし、それで自画自賛するのもおかしいかもしれないが中々にない気分にあと少し
揺れていたい。
「ったく、勝手にせぇ」唐木田もここは折れた。牛嶋の気持ちも分かるところがある。
自分も新米に近い頃はこのレベルの手柄を手にしたときは溢れるほどの喜びがあったもの
だ。その重要人物が誰かは気になるが、あと数十分でどうせは分かるのだから若いもんの
優越感に乗っかってやることにした。
「はいはい、勝手にさせてもらいます」
「それより、お前一人で大丈夫なんか」
「任意同行するだけですから。大丈夫ですよ」
「そうか。ほな、今から警察に行くわ」
「はい、じゃあ後で」牛嶋は笑顔で電話を切った。
携帯に表示されている時刻を見てみる、夜21時57分。今日は部活の後に千鶴の家に
寄ったので遅くなってしまった。バドミントンの部活は居心地が悪かった。貞男の一件で
菜奈には学校で風当たりの強い毎日が続いている。誰が何を言うわけではないが、全員が
自分に関わり合いを持たないようにしてるのははっきりと感じられる。これまでは千鶴が
いたから2人で行動できたが、今は孤立に近い状態だ。気に掛けてくれる人間はいるが、
上っ面の付き合いを前提としたものばかりだった。深い関係になると、もしかしたら千鶴
のようになってしまうんじゃないかと馬鹿げた話すらある。四宮菜奈に関わると不幸にな
るんじゃないか、と。そんな噂まで飛び交えば、そりゃ誰も近づきたくはなくなる。構い
やしないよ。別にこっちもお前らなんかとの関係を望んじゃいないんだから。これまで、
勉強も運動も人間性も言うことのない四宮菜奈を理想的に見ていた奴らの手のひらを返す
ような態度の変化は面白くすらある。人間なんて、所詮はその程度の繋がりなんだ。築き
あげたものなんて、ある日にポッキリと根本から折れるもの。脆いのさ、人間同士の関係
程度。だから、薄っぺらないくつもの関係はいらない。一つだけの確かな関係を私は強く
欲する。
「四宮菜奈さん」夜道を歩いていると、家のそばで不意に名前を呼ばれた。振り返ると、
そこにいたのは意外な人物だった。スーツ姿の若い男に見覚えはある。事件の捜査の一環
として何度か話を聞かれた。名前はたしか牛嶋大悟。いつも一緒にいる唐木田という老い
ぼれの刑事はいなかった。単独の行動、それなら尚更どうしてここにいるんだ。晴らしき
れない疑念を携えたまま、菜奈は緊張を体中へと行き渡す。何をしに来たかは知らないが、
若い刑事がどうにかできるわけはない。
「何でしょうか」表面上は通常の四宮菜奈を作っているが、裏側では臨戦態勢に入って
いく。何の用があって、こんな時間にここまで来てるんだ。単純な内容でないのは汲んで
取れる。そんなの明日にでも回せばいい。夜遅くに他人の家の近くで本人の帰りを待って
るからには多少なりの内容があるのだろう。一体、お前はどんなカードを持ってるんだ。
こっちには痛くも痒くもないものか、それとも心臓を突いてくるようなものか。どっちで
もいい、勝つのは私たちだ。
「少しだけお時間もらえませんか。手間は取らせないんで」
「はい。じゃあ、家にあがってください」
「いや、よかったら2人で話がしたいんですよ」
牛嶋の言葉に菜奈は不審げな表情をする。「2人で、ですか」
「その方が君にとってもいいと思うんだけど」
やけに強気な顔をしている。やはり、こいつは何かを握っている。何だ。何に気づいた
んだ。
菜奈は牛嶋に連れられ、近くにある公園へ移動した。中規模の広さで、子供たちが特に
不自由はなくどんな遊びでもやれるぐらいの大きさはある。見たところ、他の人間のいる
気配はない。ここなら、会話が誰かに聞かれることはなさそうだ。牛嶋が公園の中心あた
りで止まると、一定の距離を置いて菜奈も足を止める。牛嶋がこちらを振り向く。柔らか
な表情を心掛けているが、本当は睨みつけてやりたい。
「君にはお父さんの件とかで何度か話を聞いたね」
「はい」
「俺は君に同情していたんだ。信頼していた病院での数々の事件、担任の教師に襲われ
たり、父親の自殺、親友のレイプ、次々と身の回りで不幸が起こっていった」
菜奈は何も言わずに流して聞いた。そんな話じゃないだろ、お前がしたいのは。最終的
に辿り着きたい話の終着点に行けよ、と心に思う。
「この事件は絶対に解決しなければならない。こんな残忍で悪質きわまりない犯罪者は
捕まえて裁かれなければならない。そう信じて、ここまで捜査を続けてきたんだ」牛嶋は
スーツの胸ポケットから写真を取り出す。それは紛れもなく菜奈の写真だった。「だが、
君には同情の余地はなかったようだ」
「この、君の写真をとある人に見てもらったんだ。その人は4日前の午後21時前、会
社帰りに林田千鶴の事件があった自動車工場の近くを歩いていた。その時にボックスカー
から2人の人間が工場内で荷物を運んでいる光景を見ていたんだ。どうしてこんな時間に
と思ったらしいが、何か時間外に届けるものでもあったのだろうと気にしなかったらしい。
でも、事件の報道を見たときに「もしかすると」と疑いが生じた。犯行時刻や発見場所が
一致したんだから、そうも思うだろう。あの時の2人が犯人で、あの荷物が被害者だった
んじゃないか、ってね」
牛嶋の言葉がその場かぎりの嘘でないことは読み取れた。間違いなく本当の証言だろう。
まさか、見られていたなんて。周囲の動向には気を配っていたはずなのに見落としていた
なんて不覚だった。
「まさか、っていう顔をしてるね。おそらく、完全な犯罪を確信していたんだろうけど
思わぬ落とし穴だったか」
敗北、その言葉が頭に出てくる。こんな形で終結することになるなんて。数年もかけて
築きあげてきた執念はいとも簡単に崩れ去ってしまうものなのか。それも、こんな若僧の
刑事にしてやられるとは。菜奈は目の前の牛嶋に極度の苛立ちを覚える。してやったりと
いう表情さえ浮かべる牛嶋をこれでもかと睨みつける。
「それが君の本当の顔か。真面目で清純な女子中学生なんかじゃない、実の親にまで手
をあげる残酷な犯罪者だ」
どう言われようが構わなかった。そんなもの、何年も前に自分の中に刻みつけたものだ。
とっくの前から沁み込んでいる。
「これから君を警察に連れていく。一連の犯行についてや共犯者について、洗いざらい
喋ってもらうよ」牛嶋は写真をポケットに戻し、菜奈に歩み寄る。睨み続ける菜奈の視線
の強さを感じる。相当な悔しさがあるのだろう。ここまで警察を欺き続けてきた犯人がこ
んなまだ子供といえる子だとは信じがたくはあったが、これが現実なんだと思いこませる。
「君が犯人だと知ったら、警察の人間たちも虚をつかれるだろうな」
その時、鈍い音が鳴った。牛嶋の体が硬直したように止まり、目が丸くなる。異常信号
だと思うには簡単だった。牛嶋の顔が歪み、呻き声とともに菜奈の眼前に倒れ込む。背中
には長めのナイフが刺さっている。その後ろから姿が現れたのは豊永だった。獲物を仕留
める狩猟者の眼光の鋭さの中に苦い表情も見える。豊永も急速の事態に対し、即決の行動
を起こさなければならなかった。事態の大きさに対して決断の期限はあまりに短いもので
あり、彼自身も心構えが不十分だった。こういった展開になることも常に計算して動いて
はいるが、いざそうなってみると気持ちの整理をつけるのは難しい。それでもやらないと
いけない。菜奈を守るためには気持ちの整理なんてどうでもいい。心内が煩雑になろうと、
多少精神がやられようと構わない。
―菜奈は俺が守る。菜奈が俺を支えてくれたように。
「お前が・・・・・・共犯者か」倒れている牛嶋が力を搾り出すようにして振り向き、
豊永を確認した。信じられないといった顔をしている。それはそうだろう。警察からして
みれば、豊永など疑いを向ける対象外の人間だったはずだ。牛嶋は荒ぐ呼吸を繰り返しな
がらポケットから携帯を取り出す。上司にでも連絡するのか、証拠写真を撮ろうとしてい
るのか。
「菜奈、逃げろ」豊永は牛嶋の手を蹴り上げる。携帯が向こうへと転げていく。「いい
から早く行け」
豊永の強い言葉に、眼前での出来事に釘付けになっていた菜奈は正気に戻る。なんとか
冷静になろうとし、事態の深刻さを受け止める。豊永の精悍な目つきに視線を合わせると
菜奈は全力で駆け出した。
菜奈の姿がなくなるのを見届け、豊永は倒れ込む牛嶋に目を向ける。砂利道に這いつく
ばったまま、必死に進んでいる。逃げようとしているのではない。逃げても簡単に追いつ
かれることぐらい分かっている。牛嶋は豊永に蹴り飛ばされた携帯に向かっている。その
間には赤く滲んだ道ができている。出血はかなりのものだ。おそらく、意識は不定となっ
ているに違いない。刑事の意地か、それでも目の前の犯人を見過ごせないと力を振り絞っ
ていく。豊永はあっさりと牛嶋に追いつき、携帯をさらに遠くへ蹴り上げた。諦めたのか、
牛嶋は力尽きるようにその場に崩れる。歯を強く噛み、悔しさを全開に表す。
「さっき、犯人を知ったら警察の人間も虚をつかれると言ったな」牛嶋を見下しながら
豊永は話しはじめる。牛嶋の瞳に強い光はもうなかった。後はくだばるのを待つのみ、と
いう状態になっていた。「ということは、警察は犯人を知らないということだな」
牛嶋は何も答えない。答えられない。痛恨の極みだった。菜奈のことは誰にも話してい
ない。後で全員を驚かせてやろうと思ったばっかりに取り返しのつかないことになってし
まった。まさか、こんなことになろうとは思いも寄らなかった。こんなことなら唐木田に
話しておくべきだった、と思ったところで今頃どうにもならない。せっかく手にした犯人
逮捕につながる情報だったのに、今すぐそこに当人がいるのに。牛嶋には全てが無念にし
かなれなかった。
「よく分からんが、どうせ手柄を独り占めしようとでも思ったんだろう。下手な考えは
起こさないものだな。まぁ、若輩者にしてはよくやったよ」そう言い、豊永は牛嶋の背中
に刺さったナイフを深く押し込む。血の滴るナイフを体から抜くと、豊永もその場を走り
去った。
きらきらひかる おそらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ
きらきらひかる おそらのほしよ
みんなのうたが とどくといいな
きらきらひかる おそらのほしよ
胸に手を当てて高鳴る鼓動を確かめると、体の中に「きらきら星」を流した。きっと今、
私を救ってくれたあなたも流してくれてるのだろうと思い夜空へ手を合わせて祈った。
―絶対にこの絆を失うわけにはいかない。どんな手を尽くしても守り抜いてみせる。




