01。
◇◇◇
八歳になる私カレンは、同じく八歳になる宿の従業員の子フランと侍女の 赤毛の双子、レアとベルと共に幼年学舎に通うことになった。
普通、貴族の子女は幼年学舎には通わない。もっぱら家庭教師を雇うらしい。
カレンデュリア・リュシー・ド・ショーラと言うのが私の名前だ。皆カレンって呼ぶ。家名があることで分かる通り、私は貴族の子だ。
幼年学舎に通うのは一般的に平民である。希ではあるけど、あまり裕福では無い下級貴族の子、一代限りの準男爵家や勲功爵の子女も通うことがある。
何故それ程に学舎に通うのか?と言うと、先々代の国王陛下が国の力は何も金や、兵だけでは無い。知識も力。『臣民皆勉学』である。と言い出したからだ。
基本的に基礎学習を八歳から十歳までの三年間学んで貰う。その為の施設が『国民幼年学校』、通称『幼年学舎』なのである。勉学gは、臣民の義務である。
と言うお話しを入学式で、舎の学長先生が仰っていたわ。
でも未々、地方の小さな寒村や小さな集落、山岳部等に学舎は無く、更に王都ウィスペルであっても貧民窟と呼ばれる所の子どもには学習する機会が無かったりする。と、お父様が仰っていたのを覚えている。
勿論、行きたくない子も居るの。私です。出来れば学舎に行きたくないの。
何故って?
それは、私の髪色と目の色の所為なのだから………。
お伽噺がある。
春先、東の風に乗って悪魔がやって来る。その悪魔は、真っ黒な髪で金色の瞳をしているのだ。と言う。
そのお伽噺を母親が我が子に寝物語として訊かせるそうだ。悪い子が居ると、その黒髪の悪魔が拐って行くのだ。
そう言う話しを幼年学舎の子ども達が言うのを訊いた。
そして、私の髪の毛は真っ黒。宿屋『白竜の窖亭』の娘はカラスのように真っ黒なのです。
「お前ントコロの父ちゃん真っ白々な髪色なのにお前、真っ黒だよな。拾われっ子じゃねーの?」
って言うのが、私を虐めるやつの常套句。
ついでに瞳の色も琥珀色。お父様の金色の瞳によく似た色だし……。おかげで黒髪の悪魔そのものだよ。
だから、私には新しいお友達が出来ない。
何時も遊んでくれるアラハバキ・ルナール…、アラハお母様の子どものフラン。それと私の乳母で侍女頭のアデール母様の双子の赤毛、ベルナデットとレア。この三人だけが友達、、、だと私は思うの。なのに双子は言う。
「「畏れ多いです」」
だってさ!でも、私は彼女達を友達以上に兄弟だと思ってるわ。
同じ母乳で育った子ども達を乳兄弟って言うんだったっけ?なら、私達は、乳姉妹かしら?って言ったら、お父様は、「どうかなぁー。エロいなぁー」って仰ったわ。
ちょっと大人って分からないわ。。。
兎に角、友達より友達だって思っているのに、二人は「違う、ご主人様と従者です!」って何時も言うの、、、少し悲しくなる。
学舎の授業は、午前中だけ、お昼前にはお仕舞いだ。
私は、毎週曙曜日と昼日曜日。それと日没曜日の週三日午後、王都ウィスペルの本宅で礼儀作法とダンスを教わって居る。
因みに、私達が普段住んで居るのは、王都南門近くの『白竜の窖亭』と言う名前の宿屋だ。
お父様は昔叙爵され、今は伯爵位を陛下から賜っているのだけれど、「皆に僕の作ったごはん食べて貰いたいし、昔からの僕の宿だし、冒険者稼業と宿屋の主人とで手一杯!そんで領地運営とか、無理!そこら辺はプロスペールにお任せさっ!」と言って、住まいをこれまた陛下に下賜されたお屋敷に住まず、白竜の窖亭に居を構えている。
プロスペールさんと言う方は、ショーラ伯爵家の家令で執事。領地管理の他、お父様が王城に上がって時や冒険者組合から魔物の討伐依頼のある時は、宿の厨房をも取り仕切っている。
プロスペールさん……、お父様何かよりご多忙だと思うわ。
それで、今日は日没曜日。だからベルとレアと三人で王都の貴族街に向かうのだ。
「ほら、レア急ぎなさい。御者のレオさん待ってるわよっ」
「何よベルってば、お姉さんぶっちゃってぇ。あたしが姉なのにっ!」
「レアは妹じゃないの?」
この二人は何時もこう。
どっちが姉でもいいじゃない。私には兄弟姉妹が居ないから、羨ましいと思うのだけど……。フランにもお兄様がいらっしゃる。サラディンお兄様。
サラお兄様は10歳になった時から冒険者稼業に勤しんでいる。
冒険者って言うのは、行商人とかの町から町へ商品を売り歩く方々の護衛や魔獣を狩ったり、薬草を探したり。そう言うお仕事だって言ってた。
今は王都のウィスペル学園に通っている。生徒会って言うのの役員をしていて、最近は帰りが遅い。
卒業したら衛士になりたいって言ってた。
だから最近、サラお兄様と遊べない。
それと、三年くらい前から時々、宿の食堂の給仕を手伝って下さっているアトラさん。毎週の休日《宵の月|つき》曜日に私にお勉強や剣術の稽古を着けてくれている。
でも何時も決まって、
「エリィ様はいらっしゃいますの?」
こいつもお父様狙いのメス猫なのである。
エリエンス・スィエル・ド・ショーラ。私のお父様の名前。ショーラ家当主で、王国東の竜の谷周辺等を治めるショーラ領の領主でもある。
けれど、何故か本業は、宿屋なの。
アトラさんは17歳。サラお兄様の二つ上。サラお兄様が学園の入学式の日だったか、王城の夜会でお父様を見掛けた…だったのか。兎に角、彼女は何時かお父様にロックオンしたらしいわ。
まあ、通いの女性従業員全てが、お父様目当てだし、昼のお客様もそうだし、お父様優しいし、身内贔屓じゃ無いと思うのだけど、確かにお父様って素敵ですもの……。
「お嬢様、お顔が真っ赤です。お熱でもありますか?」「お加減如何ですか?」
双子に心配されてしまった。べ、別にお父様に思慕の念を抱いたりしておりませんわよっ。
でも私の私だけのお父様なのに、虎視眈々と狙う輩が多過ぎます。そう言えば、赤毛の双子も狙っているのよね。
只の人がお父様を狙うだなんて、烏滸がましい!
とかそんなこと、思っていても決して口には出せないし出さない。
「ねえ、今日は貴女達もお食事のマナーでしたわよね?」
「「その通りですっ。楽しみですっ!」」
ああー、双子だあー。台詞も息ぴったり。
「ジョゼ姉はガッコだから居ないらしいのお嬢様」「残念ね。ジョゼ姉」
双子の言うジョゼは現在、お屋敷で侍女をしながら、従者養成校に通っている。幼年学舎を十歳で卒業した後、優俗な商家の子弟、文官の子息は二年間の国民学舎へ進む。手に職をと考える職人。革製品であったり、服飾関係の職人の養成学校も二年間。それと従者等の仕事をしたいがコネが無いとか貴族の目に留まって雇われたいと考える平民は、従者侍女を目指し、養成校に入る。
実際、毎年ここの養成校の主席次席が王家に取り入られたことも多い。と言う話しを訊いた。
ジョゼって、結構優秀だって話しだから再来年王宮に……、あージョゼもお父様狙いだったと思うわ。きっとお誘いがあっても蹴るわね。
「今日の先生は、ヴィーだったわよね?ウチって、異常にイケメン率高くないかしら?」
「美幼女も多い職場で、あっしは悶え死にますよお嬢様ぁー」
「レオさん、前を向いて御者のお仕事してくださる?それと犯罪は困りますよ」
「へいっお嬢。あっしは愛でるのみ!せいぜいが視姦するだけ、でっす。よっ!」
「お嬢様、触らなければ罪に問われ無いのでしょうか?」「この前、入浴中に覗かれました」
「本当ベル?レオ、それは犯罪です!帰ったらお父様に報告させて頂きます」
「お嬢……、お嬢様、あっしは確かに覗きましたが、間違って見てしまったンす。てっきりカレン嬢さんの入浴だと思って………」
帰ったら、お父様に報告の案件です。覚悟なさいレオさん。
「お嬢、レアベル、本宅に到着っすよー」
レオさん最後のお仕事の折り返しに到着ですわね。
と思ったら、登城したお父様のお迎え業務ですか。意外と忙しいのね。今暫く様子見しましょうか。
「あたし旦那様に報告します。レオの所業を」
ああ、レア、結構酷しい子。レオさん見納めよ?
「お帰りなさいませお嬢様」
――――お帰りなさいませぇぇぇーーー。。。
私、只の宿屋の娘よ?庶民なの。何故、ズラーっと並んで頭を下げるの?只の看板娘。精々看板。白竜の娘の黒いカラス娘なのよ?
とは思うのだけど、一応伯爵家令嬢。頑張って礼儀作法カンッペキに致しましょう!目指します。立派にお父様の横に立って居られる。お父様が一番エスコートしたくなるような淑女に私はなるっ!!!
私って、ひょっとしたら……、いや、ひょっとしなくても立派なファザコンかしら?
「「ええ、お嬢様。自他共に認める立派なファザコンですよぉー」」
なにハモってんだ赤毛´s 。つか、なに人の心の声訊いてんのよー。
「お嬢様は、声が口から漏れてました」「お嬢様、何時もぶつぶつ言っているので、どしても聴こえてしまいます。ファザコンお嬢様」
「どうなさいました?お顔が真っ赤です。お熱ですか?ファザコン」「お加減お悪いのですか?ファザコン」
「ファザコンファザコン煩いですわレア」
「最初のファザコンお嬢様と言ったのはあたしじゃ無くベルです」「ウソです。二回ともレアの発言ですファザコン様。まあ、実の父親に懸想するファザコン様のお気持ち。痛い程に分かりますが、マジイタいです」
「ああー、堪忍してベルぅー」
「楽しくエントランスでご歓談するのも宜しいですが、その、大声でお嬢様の性癖を語るのは、淑女として如何な物かとヴィーは思います。と言うより、人としてどうかと………。主人であるエリィ様にそのような感情を抱かれることについては、ヴィーもお嬢様と同じ気持ちですから……、抱かれたいとか、こうヴィーを壊して頂きたいとか、そう言ったお気持ち痛い程に…」
「「「…………。。。」」」
ああ、従者養成校卒業時、ピン差で次席を逃し、第三席での好成績を残したヴィルジール。公爵家と侯爵家二件。王宮からも仕官の打診があったと訊いたヴィー。お前もお父様狙いだったのかっ!
まあ、知ってた。
お父様って本気になったら、ハーレムの帝王になれるのではないかしら?
毎日お昼のウチの宿屋の食堂って、ある意味ハーレムよね。お昼にお仕事帰りの娼婦の御姉様方、近所の奥様、冒険者の女性パーティーの皆様。昼の女性率が凄いもの。
おかげでメニュー表、甘味だらけ。ウチのショーラ領の作物、甜菜だらけになったって、プロスペールさん仰っていたわ。ショーラ領って高地多いし、結構甜菜に適した気候なのかしら?
意外、お父様ってばトカゲ頭のクセに領地経営力あるのかも!
流石私のお父様。お父様はその美貌といかしたトカゲ頭で出来ているのよ!
あの膨大なマナを集め、最高の軍用魔法を放つ力量。剣技も槍術も最高。幾度、王宮から陛下から騎士団へのお誘いがあったかしら?
もう私ってば、お父様の子供が欲しい………。。。い、いけないっ。私こんなこと考えちゃいけない!抱かれたい、とか、八歳児の嗜好……、思考ではありませんわっ!自慰…、違う、自重よっ。するのは自慰では無く自重なのっ!
でも、今夜もお父様のベッドに潜り組む…、込むのは自重しないわ!
「お嬢様、内面の独白を終了させて、そろそろお勉強を致しませんか?」
「そ、そおね。カトラリーを並べるところは、レアとベルのお勉強ね。私は何を……」
「今、レア達はカトラリーの学習中です。その間、お嬢様とヴィーは毒物に対する座学を行いましょう」
「ヴィー先生、宜しくお願い致します」
レアとベルが食器の勉強。私達は邸のサロンで座学ですの。
「良く用いられる毒物が『ヒ素』と言う物です。貴族のお屋敷、王宮等々で使われるカトラリーの殆ど銀製品。ですから、もしヒ素が混入されていたのなら、このように―――」
ああースプーンが黒くなった!
「―――ですが、このようなヒ素の使い方は普通、致しません。少量のヒ素を、純度の高いヒ素を毎日毎食入れ続けるのが玄人です。純度は高い程に銀に反応致しません」
えっ?怖い。ヴィー先生怖い。
「ああ、お嬢様。ダイニングに参りましょう。レア達のカトラリーの学習が終わったようです。今日のランチはお魚のようですね」
「ヴィー先生。え、エスコートも良いですが、わ、私、怖くて、とてもお昼が喉を通りそうも無いです。と言いますか、何故、何故に本物のヒ素が用意出来た?のですぅ。ヴィー、私、ヴィー怖いっ」
(お嬢様が死ねば、ウェル様の枠が広がる。かもしれない。ジワジワと、ジワジワお嬢様を消しましょう!)とか思って無いでしょうね。
「ジワジワと―――良い…」
キィヤアアアアアァァァーーーーーっ!!!
「ジワジワと匂いが致します。お嬢様」
「なっなっなっ、言葉が、言葉のチョイス、ヴィー、オカシイわっ!『ジワジワ良い匂い』って、そんな表現おかしいわっ!」
「はっはっはっ。お嬢様、ヴィーが椅子を引きました。どうぞお座り下さいませ」
私の記憶はこの辺りで途絶えた。
気が付くと私は見なれぬ天涯付きのベッドに寝ていた。
「ここは何処かしら……。ぁ、王都のお屋敷の私の部屋だわ。もう夕方ねー」
「フィリー様、お気付きになられましたか?」
「あら、ジョゼお久し振りね。学校はどう?なかなか優秀だって、お父様が褒めていたわよ!私も誇らしいわ」
「あ、ありがとうございます。カレン様がお喜び頂けるのでしたら、その、必ずや首席で卒業……いいえ、毎回首位独占で邁進致す所存です!」
あーーー、言葉間違えたぁー。この娘何故でしぃう。私スキーなのかしら?
あ、れ?…………。私、ブラウスのボタン、こんなに外していたかしら?
「あの、私ブラウスが―――「大丈夫です。カレン様。苦しそうでしたので、私が少し楽にさせて頂きました。弄ったり、特定の部位を弄んだりしておりません」」
あー、自白しちゃってる。自供したわ!絶対弄ったなジョゼフィーヌぅ。
もう、私、貞操の危機かもしれない。こうなったら、お父様に奪って頂く他に……。
「フィリー様、親子で、ご兄弟での性交は道義的、道徳的にも禁忌です」
「で、では、女の子同士。同性同士の行為は―――「ありです!何の問題もありません!」」
迷いも無く、言葉を被せやがったーーーっ!
「で、では、無抵抗、抵抗出来ない少女に対する行為は?」
「―――そっそっれはっ道義的にいけない、犯罪だと……」
「では、ジョゼフィーヌ。お父様に報告後、処分をお待ちなさい」
と言う訳で、ヒ素を持ち出して私をからかったヴィルジールは給金一ヶ月の減俸。
悪戯をしたジョゼフィーヌは、三ヶ月、私との接触禁止と一ヶ月の減俸。
覗きの御者のレオンはお父様と一緒に夜の歓楽街へと向かいました。
翌日のレオは震えていました。
厩で膝を抱えるレオ。
「大丈夫?レオ」
「怖いぃ大人の女怖いぃぃぃ。何なのだっあの大きな脂肪。擦り付けるなっ抱きつくなっ!クッソォーお嬢様くらいが良いのにぃ無いのが良いのにぃぃぃ。あっし、お嬢様が大きくなったら、お胸がおっきくなったら仕事止めるぅぅぅ。絶対ツルペタが至高だああぁーー!」
私、深く傷付いたので、お父様に報告してレオも減俸一ヶ月にして貰った。
◇◇◇
17歳の私は、塩貿易を行う商隊の護衛をしている。
塩湖の畔で夜営をしながら、私は幼い日の話しをした。殿下、第一王子ルーメンスとの出会いの話しを……。
商人さん、昔からショーラ領にお塩を運んでいる商会の若旦那アランさんはウチの事情を知っている。
今回どうして護衛のお仕事を私達が受けたのか疑問だったと仰っていた。「婚姻の義間近なのに何やってんのカレンちゃん」って。
それでも訊いて欲しいので、私は話しを続けるのであった。