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宿屋の娘の恋事情。  作者: 潤ナナ
プロローグ。
1/24

婚姻の儀。

◇◇◇

 私は結婚する。


 結婚するのだが、物凄いえらい事態に私は困惑している。

 ここ三年、私は諸国漫遊。……と言うか、この結婚の持参金を文字通り持参する為稼いだ。冒険者として頑張った。

 彼の許に嫁ぐのにあたり、そもそもが必要のないお金なのだけれど、今まで育ててくれたお父様に対するけじめ…、では無く。私の父に対する気持ちへのけじめの為、用意するべき、と思ったのだ。

 正直言って、私はお父様が好きだ。家族としてでは無く、一人の男性として異性として、自分の父親を見ていたのだ。

 だが、その想いもこれで終わる……。終わらせるつもりでいた。

 初めて彼に出会って、彼に惹かれ始めた八つの少女だったあの日から、婚姻の日を迎える心の準備をして来たのだ。

 お父様を父親としてだけ見て行こう。彼を唯一生涯の伴侶として生きていこう。

 そう決めたのだ。


 だけど、ここ一ヶ月でなんか砕けた。心が砕けた。

 あの日から私、カレンデュリアと言う女の子だけを彼は見ていたのだと、 想い続けていてくれていたのだと思っていた。

 そう、私は思い込んでいた。

 この国の国母は、カレンデュリア一人では無かった。王太子ルーメンスの王太妃は私が唯一の存在では無かったのだ。



 私はルーメンス殿下との婚姻を。心待にしていた。楽しみにしていた。

 私には母親がいない。その記憶も無い。物心付いた頃には居なかったし、そもそもお父様には婚姻歴が無い。

 自領で知り合った女性との間に出来た子供が私だ。

 だが、その女性には婚約者が居た。それで私を産んで直ぐ、お父様は生まれたばかりの赤ちゃんを引き取った。それがカレンデュリア。

 物心の付いた子供の私に母親が居なかったし、母親が誰なのか知らなかった。

 だが、初めてルーメンスに会ったあの日、彼は言ったのだ。

「おまえはフェー母上に良く似ているな」

 と。フェー母上とは、第一王妃のフェリシー殿下のことだ。ルーメンス殿下の実母では無い。

 彼の実母はローズ=マリー殿下。この国の第二王妃である。

 幼少の私は王族の方々の姿絵を見たことがある。この国の臣民にお馴染みの王室の絵。そこに描かれている陛下の左隣に座る女性。瞳の色こそ違えど、私にそっくりな女性が座っている。

 王子が気が付くまでも無く、結構早い段階で私カレンデュリアと王妃フェリシーの親子関係は明らかになった。

 と、言う事実を学園入学前に知った。私が15歳のことだ。

 だから、私が王宮に上がったら、結婚したら、王太妃になったのなら毎日お母様に会えるのだ。娘として接することが許されるのだ。

 婚姻に恐れも不安も無く、母親と仲良くなる方法を考え、思い描いた。

 と言うか、学園に入学した頃には、もうすっかり仲良し親子になっていた。

 お妃教育は、学園在学前から第一王妃であるフェリシー殿下が直々に行っていたのだから……。


 そして、妃教育はあっさり終わった。二年掛からずに終わった。

 自分で言うのは烏滸がましいのだけれど、私は物覚えがいい。要領もいい。

「カレンは飲み込みが良いわ。もう教えることが無くなってしまった。流石、わたくしの娘!いいえ、彼の娘であることの方が大きいかしらね……」

「父の資質はどちらかと言うと違うところに発現しております。絶対、お母様の教え方が良かったのですわ」

「―――さて、教えることも無くなったのだから、これからは母子二人でのんびり過ごしたいのだけれど、終えたら終えたで本来の王妃の公務に戻らないといけない。寂しいわね」

「お母様、寂しくなどありません。だってルーメンス殿下と夫婦になるのです。そうしたら、私はこの王宮で過ごすことになります。例え、お母様が離れたくなられても、私を嫌いになられても、何時でも私はここに居るのです。ですから寂しく等ありません」

「……そうね。ルーメンスの立太子は来月。貴女の成人まで後一年。そして婚姻の義まで後二年。そうしたらカレンもわたくしと一緒に王宮で暮らすのね。まさか、貴女と家族として暮らせる日が来るなんて、若かったあの日のわたくしには考えることも、思うことすら出来なかったのに……。貴女を生んで良かった。今は心からそう思えるの」

「お母様、私を生んでくれてありがとう」


 暫くして、私は学園を卒業まで一年を残して休学した。冒険者カレンは諸国漫遊を始めたのだ。

 当然ではあるが休学は勿論、冒険者稼業に専念することは周囲の皆に反対された。

 私の冒険者等級(クラス)がこの頃既に(アージェント)であったし、私と共に行くパーティーメンバー三人の中にもう一人の銀級(アージェントランカー)が居るのだ。

 結局、定期連絡を行うことを条件に私の我が儘は叶った。

 その数ヶ月後、ルーメンス殿下は隣国に留学した。その為婚姻の義は一年と数ヶ月延びることになった。

 だから私も、冒険者稼業を一年延長したのだった。。。




 婚姻の義を控えた一ヶ月と少し前、私は三年振りに王宮に居るお母様を訪ねた。


 変わらない王都。変わらず美しいフェリシー妃殿下。

 冒険者をしていた三年あまりに変わった国内外の情勢、最新の貴族年鑑を読み覚え、王都ウィスペルに居なかった三年間の情勢を学んだ。

 そんな中、予想もしなかったことが起こった。

 いいや、起こったのでは無い。その状況は何年も前から始まっていたのだ。只、私だけ、知らなかった。そう言うことだ。


「お勉強、殆ど終えたみたいね。私のカレンディア」

「はい、妃殿下」

「あら、久しく会えなかった母に対して随分、他人行儀ね。カレンちゃんってばぁー。あっ、そうそう、カレンちゃん、近いうちに紹介したい義娘()達が居るの!」

「娘達?」




◇◇◇

 見渡す限り砂、砂、砂。

 赤みがかった砂だけの地平の向こうは雲一つ無い青空。

 熱くなければ素敵な色合いの風景だと思う。まあ、実際的にはそんな絵画的詩的な思いは瞬時に霧散したのだが………。


 17歳の私は、砂漠を進む。

 砂漠大蜥蜴(デゼールレザール)二頭立ての荷車五台の商隊。

 商人のアランさんと御者さん五名。それと丁稚であろう12歳くらいの男の子一人。それに対し、私達のパーティー『黒炎(ノワールフレム)』と男性三人のパーティー『青の咆哮』と、七人での護衛の商隊。


「なあアンタ、俺と組まないか?」

 青の咆哮のリーダーに声を掛けられた。彼、名は確かロイクとかナントカ言う男性。

「パーティーのお誘いでしょうか?ですが、私には私のパーティーがありますので、お断り申し上げます。お気持ちに対して、感謝致します」

「わっかんねーかなぁ。この俺様と付き合わねぇーか?ってそう、言ってンだよ」

「カレン様には婚約者が居るのです。貴様のような下賤の者では無い殿方です。部を弁えなさい下郎」

 ああー、私に()付けちゃってるよお。ジョゼ、私が貴族の娘ってのは内緒の筈よ?後で注意しましょう。

 でも少し、少し嬉しいと思ったのよ?ジョゼ。こんな私を異性として、好意を持つ方が居る事実が、、、まあ、好みかどうか問われたのなら、普通に御断り申し上げますけれど………。


 彼は、殿下は、……ルーメンス殿下は、もう、私だけを想っては下さら無いのでしょう。私だけの殿下では、無いのでしょう。

 ルー君。貴方は、貴方の持てる愛や情を複数に分け与えることが出来るのでしょうね。

 私には、分かりません。一人の異性として、複数愛する。そう言うことって出来るのでしょうか?私には無理です。

 カレンデュリアはルー君としてのお心と、王太子としてのお考えが、あるのでしょう。

 でも、、私はきっと、彼に裏切られたと思っているのです。単純に私の独占欲の現れ?只のエゴ?分かりません。


 定期的に手紙でのやり取りをしていたのに、一言だって、一度だって、他の婚約者のことは書いていなかった。誰にも知らされてもいなかった。

 それを私が知った切欠は偶然。フェリシー王妃との会話の中だったの。。

 つまり、婚姻の直前まで知られたくなかった。と言うことなのでしょう。ルーメンス…………。

 つまりはそう言うこと。知らせず、結婚して複数の妻達の一人として扱うことを望んでいた。ルーメンス殿下はそう考えているのだろう。

 そう思うと腹が立った。


「私に勝てたなら、お付き合いも吝かではございませんことよ?」

「いいぜ―――」

 ロイクは一直線に突っ込んで来た。

 魔獣相手ならそれでも良いのでしょう。ですが、私は人ですの。隙だらけの突進に遅れはとりませんわ。

 勝負は一瞬。只剣を避け、ロイクの後頭部に私の剣の腹を当てただけ。そのまま砂に頭を突っ込んで気絶して仕舞いました。

 私の八つ当たり、です。

 彼が未だ冒険者階級(クラス)(ギュールズ)』な理由、多分師が居なかったのですわ。駆け引きも何もあったもんじゃ無い。残念ね。


「スゲー!一撃かよ」

「おい、大丈夫かよロック」

 あれ?ロイクじゃ無かったのですわ。青の歩行のリーダーはロックと仰るのね。覚えたわ。

「お、おっ、おまえ、その髪……」

 おおぅっ!ウィッグが外れたのですわ。

 暑いのに無理してウィッグ着けていることもないだろう。そのまま外そう。ベルもこの護衛依頼の前から外していたし。

「そっ、その黒髪。おまえ黒の突風(ノワールナファール)かよ?!」

「そう呼ばれることもあるわね」

「黒い悪魔……」

 久しく聞かなかった言葉。私を皆が虐める時の常套句、『黒い悪魔』と言う侮蔑。


「ウチのお嬢様にその言葉を使うなっ!―――「殺す!」!」

 赤毛の双子、レアとベルナデットが殺気立った。各々、短剣とタガーを構える。

「レア、ベル、止めなさい。止めっ!!」

 既に二人共突進していた。もうせっかちだわね。

「「許せない」」

「ダメよ。あくまでも護衛のお仕事中、そこの三人はお仕事仲間なのでしょう?」

「そうです。カレン様の仰る通りです。レア、ベル 、武器を収めなさい」

「―――そう言うジョゼフィーヌも鞘に収めたら?」

 一番辛抱が足りないジョゼも速攻、剣を抜いていたのだった。全く……、私の侍女達は主思い過ぎます。


「―――金髪の大女、赤髪の双子。黒髪金目の美女………。おまえ等パーティー『赤い金目鯛』じゃあ無いのか?」

「ロックよぉー、何だその『金目鯛』って?」

 起き上がった青い咆哮のリーダー、ロイクじゃ無かったわね、ロックは言う。砂だらけの髪の毛のまま。


「有名人だよ。赤い金目鯛って言ったらあのプリュイ領であった大逃走(スタンピード)が有名だろうが」

「え?三年前のラコン村の?女の子のパーティーだけで討伐したってあの眉唾物の噂のかぁー」

「そうだよ。実際俺も参加したんだ。あれは噂じゃ無くて、事実だ。今も連れて居るんだよな、神獣」

「ああ、でもネージュ、暑いところ苦手なので―――出たいって言うので、出しますね」

 私の友達ネージュ。八つになった私がお父様から頂いた雪のように真っ白なフェンリルの男の子。

 お父様が、「カレン、遅くなってすまない」と言って毛布に包まれた小さな仔犬。だと思ってたっけ。

 一月(ネージュ)に出会ったから、この子は『ネージュ』。

 赤い砂漠に現れた白銀の大狼ネージュ。もうすっかり大人のフェンリルになっている。


『カレン、随分趣味が変わったね?マナもあまり上手く扱えなだそうな雄ではないかい?』

「ち、違うわよ失礼なネージュね。そこの男性は、今回のお仕事仲間。勘違いしないでっ!」

『何だい、そのツンデレキャラはー』

「ツンでもデレでも無いわよおー」

「…神獣と会話出来るのか?っつか、俺に失礼なこと言ってない?その神獣」

「念話よ。ネージュ、あの男の人にもお話ししてあげて」

『うむ……。人の子よ、我が主に懸想するな。人の子では我が主を持て余すぞ?』

「おいエド、『けそう』って何だ?」

「懸想って、恋することじゃね。マジバカだよなー、ウチのリーダー」


「おーい、冒険者さん達ぃー。そろそろ目的地だよぉー!」

 商隊の一番前を砂漠大蜥蜴(デゼールレザール)の荷車から手を振る商人さん。何時の間にか赤毛達も商人さんの横に座っている。

 目的地―――、砂漠の湖、と言うより塩湖だ。

 四台の荷車に塩を載せるのだ。一台は他のが載って、いっぱいだもの。

 載せた塩は、砂漠を越えて更に東の帝国へと運ぶ。

 この商隊は、塩湖を起点に西の私達の国、リコフォニア王国と東の帝国に塩を御している商人だ。

 さっき手を振っていたのは、商隊の三代目のアランさん。

 今回、一人立ちの初めての行商と言うことで、知己にしていた先代、彼の父親に直接頼まれた護衛依頼だった訳なの。

 青の咆哮は組合(ギルド)の依頼版からの仕事だったみたいね。知らないパーティーだもの。あ、でも何度か白竜の窖亭に泊まってたかしら?

 塩湖から帝国まで、二週間から15~6日程、約半月。王国からここまで、特に大きな戦闘は無かった。三日後、オアシスを越えてからが本番だ。

 帝国側の治安が最近酷いと訊く。新しく即位された皇帝の評判が良くない。政情不安な帝国。失業。盗賊の活性化。

 気を引き閉めなければ。取り敢えず、「パンッ」両手で頬を叩く。

「カレン様、綺麗な頬が真っ赤です。力入れ過ぎです」

「なぁー突風さん、アンタって、実はお貴族様なんだろ?何で冒険者やってンのさぁ。て、言うか何か何度も会ってた気がす……」

 青いナントカのロックが訊く。なんで、って。なんでかー、ああ、忘れてた。婚姻の義をすっぽかして来たんだ。まあ式前にだけどね。


「お、お嬢様、お嬢様!」


 珍しい。ジョゼが私を名前じゃなくお嬢様呼びだなんて………。あれ、頬がヒリヒリする……ああ、さっき叩いた頬が濡れたのね。濡れた…、水?あらららぁ私、泣いてるの?――――ううっうっ。。。

「ぅぅっうっ、う、うわああああーーあああーんんっっっ!でんかぁー!でんかぁー!るーくうううーーんん!ああああぁぁぁーん………」

 

 今まで押さえていた感情が大爆発。決壊した溜池の水が勢い良く流れ出して仕舞いました。

 意外。弱いのね私。


 その日の夕方、目的地の塩湖に着いた私達商隊は塩湖の畔で夜営した。

 大泣きして寝落ちした私は、フェンリルのネージュの背に乗せられた。そのまま塩湖まで。

 泣いた理由を青いナントカとか商人さんに尋ねられた。尤も若旦那、アランさんは察していたようではあったのだが………。


 まあ、誰かに訊いて貰うのもいいかも知れない。


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