アンドロメーダは食べられない
アンドロメーダは海岸の岩に鎖で縛られていた。
「何で私がこんな事に!
きっと私が美しすぎるからだわ!
お姉様たちの謀略よ!」
この国では度々、海に怪物クジラが現れて人々を襲っていた。
その怪物を鎮める為の生け贄にアンドロメーダが選ばれたのだ。
「いやーッ!
こんな所で死にたくない!
きっとこれは悪い夢よ!」
足元の海に沢山の泡が浮かぶとその後から黒く大きな影が浮かんで来た。
「きゃああ!!
海の怪物、クジラよーッ!
助けてーッ」
ザバンッ!
大きい! 自分が縛られている岩の何十倍!?
その恐ろしく大きな口には鋭い歯が何百本も!
その口を開けてアンドロメーダに迫る。
食べられるーッ!
「こんな事、信じられないッ!
きっと勇者が助けてくれるはず!
勇者がー……あっ」
バックン!
◇ ◇ ◇
(食べられた。
パックリと、美味しく頂かされました。
死んだのね、私は……)
「!?
……ここは……」
気がつくとそこは知らない場所。
海の前だったのに、ここは山の中……見覚えの無い場所だった。
「もしや……死の国かしら?
あの怪物に食べられて……」
その瞬間、頭上から光の玉がゆっくりと降りて来た。
「……アンドロメーダ……アンドロメーダよ」
「だ、誰!?
光の玉の知り合いはいないわッ」
「……わしは光の神……」
「神? 玉じゃなかったの?
私は神なんて信じていない!
そんな人がいるんだったら、なんで怪物から助けてくれなかったの?」
「……お前があまりにも我が儘じゃったからだ。
国の財産を使いまくり、
自分の美しさを自慢する事を国民から訴えられたからじゃ。
生け贄もお前が一番国で嫌われていたから選ばれたのじゃ」
「何で!?
私は王女よ、そんなの当たり前じゃ無い?」
「……本当は勇者が来て助けられるはずじゃったが、
勇者がお前を助けるのを嫌がってな……
食べられてしまったのじゃ」
「そ、そんな、そこまで嫌われている!?」
「……まだ死ぬ予定ではなかったのじゃが死んでしまった。
だからわしはお前にもう一度チャンスを与える。
この別の世界、『荒廃の国』で生きて行くのじゃ。
お前には金も家もない。自分一人だけだ。
今まで何不自由無い環境じゃったから、そんな性格になってしまったのじゃ。
この世界で苦労して暮らせ。
お前には災いが常に降りかかるよう呪いを付与しておいた」
「はっ!? 何だそれ!
帰せ、元の国に帰せッ!」
「……もう帰れんよ。
元の国では死んだ事になっておるしな」
「何よそれ! いやよーッ」
「……
それではな。
体が元に戻っただけでも有り難いと思え……
言っておくがもう一回死んだら本当に死ぬぞ。
……しかし、女一人でこの荒れた世界で生きて行くのは少し不憫か、
そうじゃ、この『指輪』をやろう」
空から指輪が落ちて来た。
地面に落ちた指輪には恐ろしい蛇の頭の怪物が描かれている。
「それは『メデュウサの指輪』、それを身につけておけ。
お前が危機に陥った時、助けを求めるのだ。
少しは役に立つじゃろう。
それではな……」
光の玉は天高く消えて行く。
◇ ◇ ◇
山の中で一人ぼっちになってしまった。
薄暗い森の中、出口も見えない。
「こんな場所で一人にしないでよ!
おーいッ! あ、痛ッ」
一歩踏み出すと足の裏に強い痛みを感じた。
よく見ると素足……落ちている石の破片や木の枝が刺さって痛い。
自分の来ている服も破けたところだらけの真っ白いドレス。
しかも両手、両足首には切れた鎖と枷が残っていて重い。
ジャラジャラと歩く度に大きな音が鳴り動きづらい。
「こんな格好で……こんな山の中で……
どうしたらいいの……何でこんな事に!」
あまりの周囲の変化と過酷な状況にガクっと崩れ落ちる。
「夢よ、これは夢!
早く目が覚めて!」
ギュッ~
顔をつねったり石を蹴ったりするが痛いだけだ。
「痛ぁい~!! いや~!」
(これからどうすればいいのだろう?
誰かいないのか? お腹も空き始めた。
それ以前にこの山から出られるのか?)
蹴った足元にさっきの指輪が落ちている。
「確か……これをつけておけと言われた。
これをつけるとどうなるんだろう?」
アンドロメーダは禍々しい見た目に怯むが、
仕方なく言われたとおりに左手の薬指に指輪を嵌めてみた。
その瞬間、指輪から閃光が走り、モクモクと煙が立ちこめる。
煙の中からに恐ろしい怪物が……出たッ!!
「キャアアアッ!」
怪物は頭が蛇、体も鱗だらけの異様な姿だ。
しかし、顔と手足は普通の人間……
それに男の人……
「う~ん……俺は確か……勇者にやられて、
神に封じ込められて……
はッ、誰だよ、お前はッ!」
「あなたこそ誰!?
私はこの国の王女よッ!」
「王女? 馬鹿か、そんな汚い格好のヤツが王女かよ」
「好きでこんな格好をしてるいるんじゃないわよ!
『光の神』って言う人に、知らない世界に連れて来られたのよ」
「は? 知らない世界? じゃあ、この俺もか?
……
そういえば俺のこの体、体が透けるッ、幽霊!?」
怪物はフワフワと浮かんでいる状態だった。
手で体を触っても通り抜けてしまう。
「そうだ……勇者に斬られた後、神に言われた。
俺は死んだ、生まれ変わる為には『人助け』をしろ、と。
そしてその指輪の中に閉じ込められた!」
「見るからに悪人そうな顔しているわね、体もだけど」
「何を! 偉そうに。
お前こそ、悪人のような性格だぞッ!
お高く止まりやがって!」
「うぬぬ……」
「うぬぬ……」
睨み合う二人……
お互い掴みかかりそうな勢いだったが怪物の方が先に冷静になる。
「おい、こんな状況でいがみ合ってばかりはいられないぞ。
一旦落ち着かないか?
俺は『メデュウサ』。
散々、人を石にしてきた罪で殺されて魂を指輪に封印されたようだ。
お前は?」
「私は『アンドロメーダ』、ある国の王女だった……
ちょっと金使いが荒かったのと、
美しさを自慢しただけなのに、
怪物の生け贄にされて食べられた……そんなに悪い事してないのに」
「……
その自分を悪く思っていない性格のせいだと思うがな。
俺はこの醜い怪物の姿を、お前のようなヤツらから
散々恐れられ、蔑まされてきたのだ。
お前のようなヤツが一番嫌いだ!」
「な、何よッ!
わ、私もあなたのような恐ろしい姿の怪物……大っ嫌い!」
「ふん、そうかよ!
お前のようなヤツの『人助け』なんかするかッ!
一生ふんぞり返ってろ……」
怒って指輪の中に消えてしまった。
「何で私の事、嫌いって言うの!?
あの光の玉はこんなヤツに助けを求めろ、って言うの!?
そんなの……ごめんだわ」
頭が沸騰し、プイっと顔を背けて深い森の奥へ入って行く。
アンドロメーダの気性は激しいが、黙っていれば絶世の美女だ。
鮮やかな長い金髪、瑞々しい素肌に引き締まった身体。
自慢しているだけあって歩いただけで人が羨む。
「こんな森なんて一人で抜けてやるッ!
誰の助けもいらないわッ」
ジャラジャラと鎖を引き摺って歩く。
大きな音を辺りに響かせて。
その音に釣られてやって来た謎の一団が茂みに隠れた。
大柄な人間の男の一団……
「おい、こんなところに女が歩いて居るぞ!?」
「あの女、鎖なんか付けてそんなに捕まりたいのか……」
「だがかなり極上の女だ、捕まえろ!」
バサバサッ!
「えっ!?」
「「ウォォォッ」」
茂みから沢山の男たちが飛び出して来た。
一気に群がり、あっという間に付いていた鎖で縛られる。
「……な、何なの!?
また、縛られてる~!!」
「おお~、やったぜ~、
今日の獲物は高く売れるぞ、
早速、アジトに引き上げだ!」
男の集団はアンドロメーダを抱え上げてさっさと引き上げた。
◇ ◇ ◇
「……捕まった……」
洞窟のような場所に連れて来られた。
檻に入れられ、身体は鎖で縛られている。
「おお~、やった、獲物が向こうから来てくれたんだからな~」
「これでしばらく金に困らないぜ~」
「今日は宴会だ~」
むさ苦しい所だ。
ごっつい男たちの寝ぐらなのか……
この世界の『山賊』だったらしい。
「なんて治安の悪い世界なのよーッ、
早くここから出してよ!!」
大声で叫びながら檻を叩く。
「うるさいヤツだな!
何しゃべってるか、わからねーがよく吠える」
「少し痛めつけるか?」
「やめろ、顔に傷が付いたら高く売れねー」
酒の匂いがプンプンして来る。
それに肉を焼いている煙がこちらに吹いてきて煙い。
「ゴホッ、ゴホッ……
臭い、煙い、身体が痛い、お腹が減った……
私、どうなっちゃうのよ……」
男たちの言葉は自分の国の言葉では無いから
何を話しているかはわからない。
しかし、刃物を持っているし、こちらを見る目がギラギラしてとても怖い。
それに動物を檻に入れるような酷い扱いをされて……
海岸に磔にされたり、山賊にさらわれたり。
自分が何をしたと言うのだろう……
自分が人間のように見られていない……
もしかしたら今まで自分が他の人たちにして来た行為が、
このような行為だったのだろうか?
思い当たる。
散々人々を馬鹿にするような事を言ったり、
税金で高価な買い物をしたり、
親や姉たちを疎ましく思ったり、
自分は大勢から嫌われる事をして来たのか。
(今更、後悔しても駄目……
殺されるかもしれない。
知っている人は誰もいない、もう一回死んだら終わりだし……)
希望がなくなった事を自覚する。
頭に上っていた血が一気に覚めて来る。
自分自身が惨めに思えてきたからだ。
「急に大人しくなったな」
ずっと騒いでいた疲れと現状の絶望感から檻の中でへたり込む。
「こうしてよく見るといい女だな」
アンドロメーダのドレスはところどころ破け、白い肌が見え隠れしている。
元の世界で誰もが羨む美貌だったのだ。
女性にあまり縁のない粗悪な男たちが欲情しないわけが無い。
「売る前に俺たちで頂いてしまおうぜ」
「そうだな、こんな女お目に掛かる事なんてめったに無いからな」
「よーしッ、檻から出せ!」
突然、檻から引っ張り出された。
「きゃッ、何よーッ!」
石畳の床に放り投げられる。
大勢の男たちが自分の周りを取り囲んだ。
「ヘヘッ、誰から行く?」
「全員でいいじゃないか?」
「端から順番だ、女の鎖を解け!
後ろのヤツは手足を押さえつけろ」
バタンッ!
「え……え……」
数人の男たちに押し倒されて床に倒れた。
そのまま鎖を解かれて両手・両足を強い力で押さえつける。
(まさか……冗談でしょ?
この私が……知らない男たちに……)
「ハハハッ、まずは俺と楽しくなろうぜ!」
一番大きい男が上に乗ってきた!
「や、やめてーッ!」
「元気あるじゃないか!
夜は長いぜ」
上のドレスを引きちぎられて肌が露わになる!
「うひぃーーッ!」
(もう、いやッ。こんな世界!
何でこんなところに飛ばされてしまったの!
誰もいない世界で……誰も助けてくれない世界で、
このまま滅茶苦茶にされ、殺されるッ!)
男の手が次第に体へ伸びて素肌を撫でる。
(でも……
いやッ、誰か……誰か……)
左手の指にキラリと光った指輪が見えた。
この指輪は……
「助けてーーッ!」
「ヘヘヘッ、頂きま~す」
男が首筋にかぶりつこうとする。
「助けて……
メディウサ!!」
「……まったく……最初っから素直に言えよ」
「えっ!?」
ガチンッ!
一瞬だ。一瞬のうちに上に乗っている男がカチコチの『石』に!?
男は笑った顔のまま石像になっている!!
指輪から頭が蛇の男が現れて石像になった男を蹴り飛ばす!
「あ、ああ……何だ! 貴様はッ!」
「突然現れた!?」
「お化けーーッ!」
周囲を取り囲んでいた男たちが怯んで後ずさり輪が大きくなる。
「よくもコイツに手を出してくれたな!
こちとらコイツを助けないと生まれ変われないんだよッ!
『石化の目』!」
メディウサが一睨みしただけで大勢の男たちがまた石像になった!
「くッ! 貴様ーーッ!
殺してやるッ!」
残った山賊たちが斧や槍を持って襲って来る……
が、メディウサに届く前に武器が石になって粉々に。
「な、何!?」
ガッ!
メディウサは男の頭に手を置いて力を込める。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
「私を見たら終わり、だっ」
頭からつま先まで一瞬で石になってしまった。
「ひぃぃぃ、逃げろッ」
「逃がすかよッ!」
目から光線が出て逃げ出した山賊も残らず石像になった……
◇ ◇ ◇
洞窟の中にいるのは多くの石像と私たちだけになった。
「おおッ、お前を助けると力が少し戻るみたいだぞ。
体が実体化できるようになった」
メディウサは鱗だらけの手をニギニギしている。
「この石になった人たちはどうなるの?」
「ああ、石になっても意識はあるので、
自分たちのした事を反省するまで石になっている。
反省すれば元に戻るがまた悪さをすれば石に逆戻りだ」
楽しそうな顔……まるでこうなる事を予想していたみたいに。
「もしかして、あなた。
私が男たちに襲われるのを待っていたの!?」
「少しは懲りただろう。王女様!」
(憎たらしい顔をして私を見ている。
なんて上から目線なの……
なんて生意気な男なの……
でも、この世界にも1人だけ私を助けてくれる人がいるなんて……
誰かに守られるってこんなに有り難い事なの……)
今まで感じた事のなかった人の有り難さを感じて涙が出る。
それを見て意外にもメディウサが焦る様子を見せる。
「お、おい……」
倒れ込むようにメディウサの胸に顔を預けた。
とっさの事だったがしっかりと抱き留められた。
誰かに支えられるなんて……素晴らしい事だったんだ。
「……もっと早く助けなさいよ! 馬鹿……」
「え……ああ、
お前って意外と女っぽかったんだなー」
メディウサはドレスが脱がされた私を見て目のやり場に困りオドオドしている、
怪物の顔が……赤くなっている。
コイツ、意外に純情なのか……
「お前じゃない! アンドロメーダ、よ。
これから私が危なくなったら助けなさいよ……メディウサ!」
怪物はニッと笑って照れから覚めたようだ。
「おうッ、アンドロメーダ!
これから、どんな危険からもお前を助けるッ!
それにどんな怪物にも食べさせやしないぜッ!
この、メディウサ様がなッ!!」