第2話 夢のシュシュは夜ひらく
「ハニワ君、聞いてくれなのです!」
夜子が王子様を見ると、すでにクラスメイトの土橋君に話かけられ、そちらを向いていた。
やっかいな男に絡まれるのは転校生の宿命だなと夜子は圭太の身を案じた。土橋君こと、ドバシは空気が読めないとクラスメイトから疎まれることが多かった。それにも関わらず、本人は意に介さないようで、ズケズケと誰にでも話しかけるのだった。
「あたしには話しかけないくせに」
窓を向き直して、空を見上げた夜子が聞こえない音量で毒を吐いた。無論、ドバシが話しかけないのではない。恥ずかしがり屋さんが異性と喋ると硬直してしまい返事ができなくなるので、何度か話しかけることに挑戦したドバシだったがとうとう夜子との会話を諦めてしまったのだ。
「あたしも誘え、あたしも誘え・・」と後頭部から王子の席に向かって念を発していた夜子の視界に一匹の蝶々を捉えた。
蝶々は段々と近づいてくると、窓越しに話しかけてきた。
「過去はどんなに暗くてもね」
夜子は昨夜のことを思い出していた。ハチマンとの言い争いは世界大戦のごとく2人を疲弊させた。罵り合いが白熱しすぎたせいで、もはや何を話したのかも覚えていない。
とにかく、2人が決めた結論はこうだった。
いち、ハチマンを家に置いていかない。肌見離さずつけておくこと。
いち、学校では話しかけない。他の人がいる前では干渉しないこと。
別世界のような場所でのことを話したかったはずなのに、いつの間にか口喧嘩になっていた。挙げ句の果てには、お互いの譲れない部分を主張しあうだけになっていた。
「そんな顔しないのよ。まだまだ若いんだから」
頬杖をついていた夜子は顔をあげて、辺りを見回した。さっきからブツブツと何か聞こえる。
窓枠に先程の蝶が羽を降ろした。綺麗な模様だ。パタパタとさせながら夜子に訴えかけてきた。
「さっきからどうして返事をしないの!あなたね、恋のことで悲観的になってるからといって、八つ当たりは良くなくてよ!」
あぁ、また変な夢を見ているようだと、バタつく蝶を見下しながらため息をついた。鱗粉がキラキラと空に散った。
「常世の神、鳳蝶と呼ばれていました。古来より貧しい民の祈りを受け、幸福へと導いていたのです。昨夜からのあなたの嘆き、私に届いていたのですよ?」
後ろ髪を束ねていたリボンが顔の横まできて耳打ちをした。
「夜子、話を聞く必要はないぞ。断ってもらうのじゃ」
「あら、先客がいたんでしたわ」
「そうそう、分かっておるのなら話は早い。そちの助けを小娘は必要としておらん。お引き取り願えるか」
「ご老体に女の悩みが解決できますことやら。」
「できる」
「それでは昨日の言い争いはなんだったのでしょう。無理矢理告白させられただの、そんなちっぽけなことで悩むでないだのと、まったく心が理解できていないご様子でしたが」
「そんなことはない」
リボンは夜子の後ろに隠れた。
「ハチマン様、それはあなたが決めることではないでしょう。恋愛の神様?聞いて呆れる」
「おぬしは恋愛の神ではなかろう。おぬしができるのはただのアドバイスではないか。それに、この者は絶望しておらん。一時の気の迷いじゃ。だから救済はいらん。帰れ」
「うるさいんだけど」
夜子はため息をついた。さっきから自分をほったらかしにして口論する神様にうんざりして、思わず口にした。
ドバシがはっと顔を向けてきた。神々への怒りを初めて夜子が伝えたかった言葉と勘違いして、絶望し、肩を落とした。
「席に戻るであります…」
ドバシが俯いてトボトボと歩く。王子がこちらを向く。
「そんな言い方ってないんじゃないかな」
(続く)