試作: 聖剣なき旅路
あなたが仰向けに目を覚ましたとき、そこはひどく暗いように思えた。
それは何ら間違っていない。事実、あなたの見る先は、天井が見えないほどに暗いからだ。
あなたが仰向けに目を覚ましたとき、そこは水の中のように思えた。
それは何ら間違っていない。事実、あなたの全身は、その殆どが暖かな液体に浸かっていたからだ。
あなたが仰向けに目を覚ましたとき、そこには奇妙な安心感があった。
それは何ら間違っていない。事実、あなたの肉体は、その空間によって守られていたからだ。
あなたが仰向けに目を覚ましたとき、そこは夢の中のように思えた。
それは間違いである。
液体がその水位を下げはじめ、空気へと蒸散してゆく。肌を舐める冷たい感覚が、あなたを酷く苛んだ。
気がつくと、あなたを包む液体は消え失せていた。あなたを支える、どうやら寝台らしきものは、目覚めの時間とばかりに青く輝いている。
困惑に身を任せるにも、あるいは夢と決めて二度寝を目指すにも、闇に慣れた目にその輝きは酷く眩しい。
ふと見ると、十歩分ほどの先に別の輝きが現れていた。あなたは意識してかせずか四肢の所在を確認すると、ひとまず上体を起こし、闇の中へとその足を下ろした。
不思議なことに、あなたには、床がないことはあるまい、という確信のようなものがあった。そのとおりであった。足先がつくかつかぬかのうちに、その一点から、寝台のそれに似た青白い波紋が広がった。
波紋は空間の床へと幾重にも広がり、そして数秒でおさまり、優しげに仄明るく光る床一面の明かりとなった。
数歩も歩かないうちに、光に目が慣れてきた。どうやらここはさほど広くはないが、さりとて狭いわけでもない部屋であることは確かだ。壁は岩なのかごつごつとしているようにも見えるが、一方で人工的であるようにも思える。
目指すもう一つの光も、あなたの目にその正体を現した。どうやら書見台、あるいは操作盤であろうか。円柱状の、みぞおちほどの高さで斜めに切り落とされたような形のなにかが、その断面に、複雑な光の模様を描いているのであった。
あなたはそのまま、その円柱に近づく。あと一歩ほどまで来たとき、円柱はぐるりと身を回し、その斜めの断面をあなたへと正対させた。
中央が一瞬ひときわ輝く。あなたが反射的に目をつぶると、耳に障る音とともに強い光を放ったように思われた。
光はまぶたすら乗りこえる強さだってあったが、すぐにおさまる。目を開けてみると、どうやら横一線の光が、あなたの腹、太もも、膝、と徐々に照らす先を下げながら照射され続けているようであった。
あなたには不思議なことに、床と同様、これにも覚えがあった。これはあなたの体を調べているのである。
あなたの体を足先まで調べ終えると、円柱は一度その光を落とし、今度は橙色の暖かな光をともした。あなたにはそれが、合格、と言っているようにも思えた。
ずん、と音が響いた。遠くで一つ、近くで一つ。がらがらと何かが回るような音がそれに続く。
あなたが驚いていると、円柱のさらにむこう側で動きがあった。壁の一部が擦れ合いながら動いている。岩のようであったそれは小さな複数の柱に解れ、すこしずつ上へ下へと動き、この部屋に口を開けようとしていたのだ。
いまやそれは壁ではなく、姿形こそ奇妙ながら、字句通りに岩のような自動ドアであった。