第9話 佐沼真は簡単に人を裏切る
「……本気で言ってるのか?」
ジンチームの男が怪訝な視線を俺に送る。
ああそうだろう、信じられないだろう。
現状敵対する人間が急に降参を宣言するなど、普通疑ってかかるところだ。その上「協力する」? 俺だって信じない。
だからここからが、俺の腕の見せ所なのだ。
「本気も本気だ。そもそも、俺はこの争奪戦に乗り気じゃなかった。メアリー=バーンの牢屋に一人の囚人が入ったって聞かなかったか?」
「ん? 聞いたが、それがお前なんだろう?」
「おお、話が速くて助かる。俺があいつと同じ牢屋に入ったのは、不運な事故だったんだ。俺はここの事情を何も知らなくてな。ついどの牢屋でも良いなんて適当なことを言ってしまった。それであんな奴と同じ牢屋に……」
「つまり何が言いたいんだ? お前」
おっと、そろそろ男がイラつきはじめている。本題に入るべきだろう。
「俺もあいつに恨みがあるってことだよ。想像できるだろ? 俺がどんな理不尽な目にあってきたか」
沈黙。そしてすぐに、男の表情に同情の色が見え隠れし始めた。
「まあ、気の毒ではあるな」
その言葉を待っていた。これで付け入るスキが生まれる。
「だろ? 俺もさ、一回で良いからあいつに一泡吹かせてやりたいんだよ。
俺たちが争う必要はない。むしろいい協力関係を結ぶことができるはずだ。……どうだ?」
ここまで言っても、男はまだ完全には信用していない様子だった。しかし明らかに先程の「疑い」は薄れてきているはずだ。
「具体的に、何を協力してくれるって言うんだ?」
「俺が探した場所の情報を提供する。そうすれば無駄な捜索が減るだろ? あと普通に探すのも手伝う」
「その情報が正しい情報とは限らないだろ」
……結構疑り深いな。
「それなら、一か所だけ案内する。はずれの宝箱があった場所だ」
「その一か所が本当の情報でも、他の情報も本当だとは」
俺は大きくため息を吐き、首を横に振る。
「考えてみてくれ」
「は?」
「わざわざ俺が探索する時間を削ってまで案内するんだ。もし逆の立場なら、こうして時間を使うのさえ避けたいことじゃないか?
一番賢いのは逃げることだ。そうせずにこうして時間を使って説得をしている。さらに案内で時間も消費する。
本来避けるべきことをしてまで説得をしている、ってことで信用してもらいたい。仮に嘘でも、敵チーム二人の探索時間を丸ごと無駄にできるんだから、チームの利益を考えたら悪い話じゃないはずだ」
「ん……うーん、そうか、確かに」
どうにか納得してもらえたようだ。
「それじゃあ案内したいから、そっちが探索した場所を教えてくれないか? 被ったら意味ないだろ?」
「ああ、そうだな。俺は……」
しばらく歩く。俺が選んだのは、先ほど通りがかった倉庫だ。と言うかそこしか知らない。
「こっちだ」
俺が先導する形で、隣後ろにジンのチームメンバー、その後ろにシルビアがいる。シルビアを連れてきたのも、俺がジンチームに利する存在だとアピールするためだ。
シルビアにはすでに抵抗の素振りはなく、意気消沈している。
「ところで」
ジンチームの男が訊く。
「あんた、あの女にどんなことされたんだ?」
「ん? そりゃあ、燃やされたな。ことあるごとに魔法で俺を脅してきてな。絶対服従を強いられてきたんだ」
「……そこまでの関係には見えなかったが」
と男。
「当たり前だ。あの女がそんな様子をさらすわけがないだろ。普段はあくまで普通に接し、二人きりの時だけ……ああ、思い出したくもない」
俺は顔を青くする。男は小さく「うわ」と呟き、
「ど、同情する」
と肩を叩く。
「ところで、あんたはどうなんだよ? ああ、名前も聞いてなかったな」
「ケリーだ」
「俺は佐沼、よろしく。で、あの女に何されたわけ? ケリーは」
「そうだな、一回襲おうとしたんだが返り討ちにあったし、その時から仲間の一人が精神的に病んでしまった。俺も一時期あいつを見るたびにあの炎を思い出してしまって」
……自業自得な気がする。しかしそれでも、ここは彼の機嫌を取るべきだろう。
「気の毒に。それは大変だっただろう。わかるよ」
「……わかってくれるか」
ほんのり男、ケリーの瞳に涙が浮かんでいる。
え? 本当に何されたの? どれだけのことをされたら俺よりガタイの良い強面の男が涙を流すの?
俺は気まずくなってしまったので、何か話題を変えようと考える。やはり監獄で初対面の人と話すなら、あの話題は避けて通れないだろう。
「なあケリー」
と俺は男に話しかける。
「ど、どうしたんだ?」
「いや、あんたのことを少し聞きたくてな。ほら、ちょっとの間だけ協力するわけだし? 互いのことを知るのも無駄じゃないと思うんだ」
「お、おお。そうか」
「ああ。ちなみにあんたの罪状は?」
「お、罪状トークか?」
男はフッと自信ありげな笑みを浮かべた。
「殺人」
だと思ったよ。
そして男は聞いてもいないのに話し始める。
「俺の所属してた組織にな、スパイがいたんだよ。警察のな。そいつのことは本当に弟分だと思ってたんだが、ある日警察に連絡を取っているのを見ちまってな。それで拷問だよ、拷問。いやー、爪をはぐの一回やってみたかったんだ」
「え、エグイことするのな」
「なーに言ってんだよ」
男は得意げに言う。
「俺なんかより、ここの監獄長のほうがよっぽどだ」
「監獄長?」
そう言えば、監獄長が賢者の石、元素の魔石だったか? それを持っているのだったな。
「ああ、お前来たばっかりだから知らないのな。あのド変態はよ……あ、ここか?」
気付くと倉庫に到着していた。
「ああ、そうだな。続きは後で聞かせてくれ」
俺は扉を開けて、男に中に入るよう促す。
「ここに空箱があるんだな?」
「ああ、奥の棚の、一番下にある」
「わかった」
……。……。……。
「どうした?」
男は倉庫の半ばほどまで行くとこちらを振り返る。
「なぜ入らないんだ?」
彼の眼はすでに疑念を俺に向けていた。
「決まってるだろ。俺が何かしらの細工をしていないってことを証明しなきゃならん。俺が入ってしまったら、空箱をどこかから置いたんじゃないかと疑われてしまうだろ? これは必要なことなんだよ」
「な、なるほど。悪かった」
そして俺の言葉に従い、男は奥の方に向かう。俺と男の距離は十分にある。そのことを確認した。
いやー、ホント、馬鹿で助かったわ。