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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第4章 創造の魔石とレプリカントの魂
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第88話 信じる者は騙される

「サヌマさん。あれはそう、奇跡でした」

「教祖サイフォスは現人神あらひとがみ、原始の神の生まれ変わりなのよ」


 場所は面会室。透明の板の向こうにはジンとメアリー。その様子を見て、俺は頭を抱える。ミイラ取りがミイラに、とはまさにこのことだ。宗教団体の調査をしていたら入信する、なんて間抜けにも程がある。


「お前ら……霊感商法で捕まったらしいな」

「違うわ、サヌマ。霊感商法なんて程度の低いことを言わないで。あれは教祖サイフォスが念を込めたありがたい壺なの」

「霊感商法以外の要素が見当たらねえよ」

「メアリーさん。無理を言ってはダメですよ」


 その一言に希望を抱く。この口ぶりはまさか。そう言えばジンは演技力がずば抜けていた。


「ジン、お前まさか、本当は入信した振りを」

「サヌマさんはまだ僕たちのステージに達していないんですよ。僕たちが導いてあげないと」

「終わりだ」


 希望は儚く消え去った。

 穏やかな微笑みを湛える二人とは対照的に俺の表情は青くなっていく。そもそも捕まって留置場にぶち込まれているクセになぜこうも穏やかなのか。


「それにしても、見事な変装ね」

「おい、あんま言うな。警備員に聞かれるだろ」


 泥棒を何年もしていれば変装の技術くらいは身につく。公的に言われていないにしても、俺は脱獄囚の指名手配犯だ。わざわざ警察の本拠地みたいな場所にノコノコと普段のナリで行くわけにもいかなかった。


 ひとつため息を吐く。二人に向けてチョイチョイと人差し指を振り、顔を近づけさせる。そして声をひそめて本題を投げかけた。


「それで、脱獄の手筈なんだが」

「ううん、良いのよサヌマ」


 メアリーが何を言っているのか、理解できない。何が良いんだ? こいつは何を言っているんだ? 疑問が頭を巡る。やっとのことで、俺は言葉をひねり出した。


「は?」

「だから、そういうのは、良いの。ね、ジンくん」

「はい。これも天命です。僕たちは流れに身を任せようと思います」

「は? ……は?」


 ダメだ。さっぱり理解できない。なんだ、二人は脱獄をしないと言っているのか?


「そんなことより、サヌマも入信しなさいよ。きっと教祖サイフォスの御業に感銘を受けるはずよ」

「おい! お前らふざけるのもいい加減に──」


 頭に血が上るのがわかった。机を叩いて立ち上がる。それと同時に監視の警備員が感情のこもらない声で告げる。


「時間だ。面会は以上とする」


「ねえ、サヌマ。とりあえず教祖様にあってみてよ。場所は──」




「クソが!」


 蹴飛ばした椅子が壁際まで滑っていく。それでも怒りの感情は収まらない。


「荒れてるねサヌマくん。一回落ち着きなよ」

「これが落ち着いてられるかミストリア! あいつら早々に諦めやがって! どういうつもりなんだ」

「サヌマくん」


 ミストリアが穏やかな口調で、ゆっくりと俺に声をかける。


「君は何に怒っているんだ? メアリーさんとジンくんが捕まったから?」

「いや」

「彼女たちが宗教にハマったから?」

「……違う」

「じゃあ、ハマった宗教のせいで脱獄の話を拒絶したから?」

「そりゃあ…………いや、それも違うな」


 怒りの所在。それはあいつら二人を洗脳した宗教団体に対するもののはずだ。


「悪い、ミストリア。冷静になれた」


 そう言うとミストリアは肩をすくめ、悪戯っぽく笑う。


「良いよ。お互い様だ。ともかく、早急に対策を練ろう。彼女たちはその宗教に心酔している様子だったんだね? それで脱獄の話も断った、と」

「ああ。俺らが手を引いて無理矢理脱獄させようとしても着いてこない可能性が高い。それに脱獄の意思がないなら、難易度も跳ね上がる」

「なるほど……なら」ミストリアはニヤリと口を歪める。「うん。そう言えばサヌマくん、宗教団体の本拠地をメアリーさんに聞いたらしいね」

「ミストリア、今とても悪そうな顔をしてるぞ」

「君に言われたくないよ。さあ、行こうかサヌマくん」


 ミストリアは椅子から立ち上がるとコートを羽織る。俺に視線を向けることなく家を出ようとするものだから、俺は慌ててその後を追った。


「おいミストリア! 何を考えてる!?」

「決まってるだろう? 彼女たちが宗教に心酔しているのなら、それを利用しない手はないということさ」




「本日も主の加護があらんことを」


 目の前で白装束を身にまとう男が両手の指先だけをあわせる。俺はうんざりしながらも、それをおくびにも出さず男と同じポーズをとった。


「主の加護があらんことを」


 男は口の端をにゅっと上げるが、目はまったく笑っていない。

 ぞっとしないな。そう思いはするが、我慢して同じように笑って見せた。


「やあ、サニーさん。早速ここにも慣れてきたようですね」


 話しかけてきたのは教団のナンバー2の男だった。事実上の現場責任者のような立場で、新入りのフォローなどもこの男の仕事らしい。ちなみにサニーとはここに入り込む際に使った偽名だ。これを使ったあとにミストリアから「ぶ……くふふ……サニーって、語感が似合ってなさすぎるだろう……ぶふ」と心底馬鹿にされた。


「ええ、おかげさまで」


 実際、この男にはそれなりに世話になっているのだ。俺とミストリアが「メアリーさんとジンさんの紹介で参りました。あの二人に聞かせていただいた教祖様の言葉ににひどく感動いたしまして! 是非、是非に教団に入れていただきたいのです!」と無理矢理入団を迫った時もこの男が相手だった。


「おや、ミストさんは一緒では?」

「え? ああ、まあ、そうですね。四六時中、一緒という訳では」


 焦りを悟られていないかと肝を冷やしながら、適当な言い訳が口をつく。ミスト──もといミストリアは「調査は私に任せたまえ。人を騙すという悪どいことは君が適任だろう。任せたよ」なんて言って教団の調査をしている。


「まあ、そうですね。そうだ、本日の礼拝はご参加されますか?」

「ええ、もちろん。……あ」


 わざとらしく、何かを思い出したかのような顔をしてみせる。するとナンバー2は持ち前の気遣いで俺と会話を続けてくれた。


「どうかされましたか?」

「いや……ボクを誘ってくれたメアリーさんとジンさんが、その……」

「聞いたの、ですね」

「ええ。捕まった、と」

「仕方のない事です。この世界は、まだ遅れている。我々の行動が、彼らの道理に反しているのも否定しようがない事実なのです」

「でも……!」


 俺は顔を両手で覆い、鼻をすすった。


「彼女たちは……ボクらを救ってくれたも同然なのに……! どうしてこんな……こんなことに!」

「サニーさん……」

「どうか、どうかあの人たちを……助けることは叶いませんか……!」


 ひんひんと泣く(振りをする)俺を見たナンバー2は考え込むように顎に手をあてる。


「わかりました。教祖様にかけあってみましょう」

「本当ですか!?」

「ええ。サニーさんがそれほど心を打たれたのでしたら、きっとそれはメアリーさんとジンさんの敬虔さ故。でしたら、その敬虔さには応えるべきだ」


 きっと良い報告ができると思います、と言って男はその場を後にした。男が見えなくなるのを確認し、俺は広場を出て裏手に回る。


 そこには他の信者同様、白装束を身にまとうミストリアの姿があった。


「早いな。てっきりもう少しかかるかと」

「私を誰だと思ってるんだい? それより、そっちの方は?」

「概ね順調だ。この三日でほとんど根回しは済んだからな。あとはなるようになる」

「それは結構なことだ」


 俺の報告を聞いたミストリアは一瞬目を伏せる。


「探偵として、あまり不確かな情報は口にしたくないんだが」

「どうした?」

「この教団で定期的に行われる儀式。……臭いよ」

「儀式?」

「ああ。なんでも、抽選で選んだ信者の望むものを何でも、無から創り出すらしい」

「……? 魔法なら、それくらい何とでもなりそうだが」


 俺の一言に呆れたのか、ミストリアは肩を落とす。


「そろそろ魔法の知識を身に付けても良いころだろうに。あのね、無から有を創り出すってのは、並大抵の魔法では出来ないよ。……出来るとするならそれは」

 

 探偵の鋭い視線が刺さる。ゆっくりと一言だけ、彼女は仮説を口にした。


「賢者の石の力さ」


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