第87話 泥棒たちは食卓を囲む
「いただきます」
皿のまえで手をあわせる。食卓にはトーストにハムエッグ。ついでにサラダ。
トーストを片手で持ちあげ口にいれると、じゅわっと仄かな甘みがひろがる。ほっ、と身体から力が抜けていくような感覚。
「うまい」
素直な言葉が漏れ出てくる。
「おかわり頂戴」
待ってましたと言わんばかりにジンがメアリーの皿に朝食を盛る。
「そう言えば、朝はなんだか騒がしかったわね」
「メアリーさんにも聞こえてました?」
「ええ。あれ何だったの? ジンくん」
言いながらメアリーは皿をジンに渡す。
「宗教勧誘だったみたいですよ」
「へー、珍しいわね」
二度目のおかわりが盛られた皿を受け取り、メアリーはトーストにかぶりつく。
「……確かにこの世界に来てからは宗教団体の類はあまり見ないな」
「はは、ミストリアさん。サヌマさんみたいなこと言いますね」
窓から陽光が食卓へ注がれる。外はどうも静けさが満ちていて、言葉を交わさないと咀嚼音しか聞こえない。しばらくして、ミストリアが「ああ」と腑におちたように口をひらいた。
「そう言えばサヌマくん以外には言ってなかったね。私はサヌマくんと同じく異世界の人間だよ」
「俺も初耳だが」
何をバカな、とミストリアは目を細める。
「言ってはないかもしれないが、見てはいたんだろう?」
ミストリアの言わんとすることはわかった。カジノで精神領域にとらわれた時の話だろう。確かに俺はあそこで「ミストリアがこの世界へと飛ばされる」場面をみていた。
一々答えるのも面倒で、返答代わりにため息を吐く。
「ちょ、ちょっと待ってください。理解が追いつかないんですけど。どういうことなんですか?」
「ジン君、落ちつきたまえ。簡単な話さ。私は元々こことは異なる別世界で暮らしていた。しかしひょんなことからこの世界へ迷い込んでしまった。それだけのことだよ」
「すごい割りきり方ね」
「なに、もう随分と昔の話だ。折り合いはつけているさ」
ミストリアは涼しい顔で言ってみせる。
「そんな話より」と唖然としている俺たちにかまうことなく探偵は話を戻した。「確かにこの世界の宗教観はいささか特殊だよ。神のいた証拠──賢者の石が存在しているからだろうね。みんな神様の存在を疑うことはない。神の存在証明、なんて話も出ることはないだろう」
「そんな話をこいつらにしてもワケがわからんだろうよ」
ミストリアは俺に言われて視線を上げる。その先にあるのはジンとメアリーの呆け顔だ。
「……失礼した。知的好奇心、というやつは厄介だね」
「ただ、俺も少し気になることがあってな。さっき『神を信じるか』と聞かれたんだ」
「それは本当かい?」
訊くと探偵は右手の中指でトントンと数度、眉間を叩く。
「この世界において神とは既知の存在であり、誰もそのことに疑問を抱くことはない。ならば『神を信じるか』という問いはあまりにも不自然だ。不自然には必ず理由がある。考えられるのは二つ。一つはその問いに別の意味合いが隠されている場合。もう一つは」
「おい、おーい! 自分の世界に入らないでくれるか?」
「む。私は今説明をしているんだが」
「うつむいてブツブツ言ってるだけに見えたんだが」
「話は最後まで聞きたまえ。もう一つは──そもそも異なる文化圏の人間である、という可能性だ」
一瞬、思考がにぶる。
ミストリアが何を言ったのか理解できなかった。いや、言葉の意味はわかったが、その真意がくみ取れなかった。しかし、すぐにハッとする。
「俺たち以外にも別世界からきた人間が……?」
それへの返答として、ミストリアは笑みを浮かべた。
「……うん、決めた。私はしばらく、その団体を調べることにするよ」
気付けばテーブルの皿はすべてカラになっていた。なにくわぬ顔でジンが皿を回収し、洗い場へ向かう。ジャー、と水の流れる音が部屋に満ちていく。
「俺も手伝おう。もしかしたら元の世界へ帰る手がかりもあるかもだしな」
ガチャガチャと途端に洗い場からせわしない音が聞こえたかと思うと、ジンが顔を出していた。
「え、ちょ、サヌマさん。帰るんですか? 元の世界に」
「あー、いや、なんだ、まあ……賢者の石を集めたら願いが叶うってのも、眉唾だしな。帰れるなら、帰りたいという気持ちがないってわけじゃ」
「本当よ」
メアリーが俺の言葉を遮る。その声は、どこか上ずったようにも聞こえた。
「私が保証する。七つの賢者の石が集まれば、サヌマの願いは成就するわ」
「…………メアリーがそう言うなら、そうなんだろうがな」
「まあ、待ちたまえよ。願いが叶った後もずっとこの世界にいたいってわけでもないんだろう? なら今のうちに帰るアテを探しておいた方がいい」
ミストリアの言うことは正しい。俺も頭ではその理屈に納得している。しかしさっきから、どうも喉に魚の骨がささったような違和感、と言うか、気持ちの悪さを覚えていた。
生唾を飲み込む。
……俺はいったんその違和感を無視した。
「確かにな」
「そう、ですよね。帰れるなら、元の世界に帰るのが一番ですよね」
「ハハッ。なんだ、ジン。寂しいのか?」
「寂しいですよ」
……!?
思わず、面食らう。てっきり「何言ってるんですか! からかわないでください!」とか言われると思っていた。なんでそんな態度をとるんだよ。
混乱したのか、うまく言葉がでない。
「メアリーさんも、寂しいですよね?」
「…………別に」
メアリーは顔を背けながらそう答えた。
「どうした、何か気に障ることでもあったか?」
「なによ、なんでもないわ。元ある場所に戻るのは自然の摂理よ。……ジンくん。サヌマがすぐに帰るって話でもないだろうし、なんなら手がかりが見つからない可能性の方が高いんだから。そんな顔しないで」
「わ、わかりました。ちょっと動揺しちゃって。……洗い物のつづき、してきますね!」
バタバタと足音をたてながら洗い場へ戻っていく。途中、皿が派手に割れる音が聞こえた。……大丈夫か、あいつ。
食後。窓から涼しい風が入ってくる。風がメアリーの青い髪を揺らしていた。
「ねえ、メアリーさん。よかったら例の宗教の調査、手伝ってくれないかな?」
「…………どうして」
「人手は多いに越したことはない。賢者の石探しも滞っているんだろう? ついでで良いからさ。どうだい?」
「わかった。ジンくんにも言っておくわ」
「助かるよ」
気まずい沈黙が訪れる。みな、別々の方向を向いているようで、居心地が悪い。改めてこの家を見回すと、この人数が暮らすのにはちと広すぎるな、と思った。
カジノでの一件以来、ランブルーたちはギルドハウスを立て直し、ルーム=スペックが用意した屋敷を去った。残るは俺たち四人だけ。拠点が出来たのはありがたいはずなんだがな。
「さて、俺はさっきの宗教勧誘を探すとするかな。まだこの辺にいるかもしれん」
そう言って立ち上がり、屋敷を後にする。どこか言い訳じみたその言葉が、あいつらの耳に入っているかどうかはわからない。ただ俺が出るときに、各々立ち上がる姿がみえた。それぞれ適当に調査を開始するんだろう。
「サヌマ! 大変よ!」
調査をはじめてから数日後。屋敷でひとり休んでいると、大きな音をたてながら扉が開く。
「な、なんだメアリー。別にサボっているわけじゃ」
「捕まったの!」
「…………ん?」
「だから、ジンくんとミストリアさんが警察に捕まったの!」




