第85話 ミストリア=ハイドウルフは信じている
神に祈ったその瞬間、突風が俺を下から持ち上げる。落下のスピードは一瞬でゼロになり、ふわり、という擬音が聞こえる程軽やかに着地した。
「し、死ぬかと思った」
「まったく、無茶しすぎなのよ」
……どうやらメアリーが風の魔法で助けてくれたらしい。
「そうだな、どっかの誰かさんが早々にカジノから追い出されてなければ、こんな無茶をすることもなかったんだがな」
「なによ。命の恩人に向かって」
ぶつぶつと文句を言うメアリーの横で、俺は静かに立ち上がった。そしてメアリーとジンの肩をポンと叩く。
「ありがとな。助かった」
「な、ななな、なによ急に」
メアリーは顔を赤くしながら背け、ジンはポカンと口を開けている。
「さあ、ずらかるぞ。ミストリア、そいつらを起こしてくれ」
転がっている元勇者パーティーの面々に視線を向ける。
「ああ、わかっているよ。……して、どこから逃げる気だい? 警察の気配がするぞ」
「クックック。メアリーとジンがどこから来たと思ってるんだ?」
「なに? 確かに、気付いたらここにいたが。一体どこから?」
「……まあ、見た方が早いわ。さ、こっちよ」
メアリーが踵を返すと、どこかからすすり泣きが聞こえてくる。シャロが目を覚ましたらしい。
「シャル、お願い目を覚まして。シャル……」
シャロが未だ眠ったままのシャルの胸に顔をうずめていた。見かねたのか、メアリーが双子のそばに近づく。
「私は少ししか見てなかったけど、あれは賢者の石の暴走現象でしょう。あの程度なら死ぬことはないわ」
「ほ、本当なの? シャルは目を覚ますのね!?」
「ええ、そのはずよ。……ほら」
見るとシャルが瞼をゆっくりと開けていた。それを確認したシャロが妹の手を取る。
「良かった……! 本当に良かった!」
「お姉さま……ごめんなさい」
「良いのよ。負けちゃったけど、また一から」
「違うの。違うのよお姉さま。私は……あの時、お姉さまも操ろうとしたの」
「え……」
「お姉さまは私を信じて精神の魔石を預けてくれたのに。私はちっとも、お姉さまのことを信じられていなかったのよ。……ごめ、ごめんなさい」
涙を流すシャルの頬にシャロが手をあげる。
「馬鹿! そんなこと、どうだって良いわよ!」
「ごめんなさい。ごめんなさいお姉さま。私、賢者の石に取り込まれていた時に声が、聞こえたの。あまり覚えてはいないのだけど、でも、どうしても言わなくちゃって」
シャロは今度はシャルを強く抱きしめた。
「馬鹿。……本当に、馬鹿よ」
照明のないカジノの中、幼い姉妹のすすり泣きが響いている。
頭の中に流れ込んでいた記憶を思い出す。両親を失った彼女たちには頼れる人間がいなかった。信じられる人間もいなかった。だからカジノを拡大したんだ。
カジノは守る対象であるのと同時に自分たちを覆う鎧だった。しかし今目の前にいるのは鎧のない、年相応のただの少女がふたりだけ。
ま、俺には関係のない話か。
「おいお前ら。何ぼさっとしてんだ。さっさと帰るぞ」
「サヌマさん、あなたには人の心がないのですか」
「馬鹿やろう。ジン、姉妹の時間に首突っ込む方が野暮ってもんだろ。部外者はさっさと帰るに限る」
「珍しくサヌマが正しいことを言ってるわね」
「俺は基本正しい事しか言ってないだろ。行いが間違っているだけで」
「それはそれで駄目じゃない?」
「ひゃっほーーーー! 金だ金だあ!」
「まーたサヌマさんが間違った行いを……」
カジノのVIPルーム、その地下。名称を金庫室。俺はそこにある金をふぁっさーと投げて見せた。
「こんな部屋があるとは」
大金に驚いているのか、ミストリアがキョロキョロと周囲を見回す。金庫室のどこか冷たい雰囲気も、こう大勢が入り込めば形無しだ。
「下見に来た時どこ見ても金庫室がないからおかしいと思ってたんだ。いつ大金を賭けたり、借りたりするやつが出るかわからんカジノに金庫室がないわけない」
そこで潜伏しながら情報を集め、どうやら地下室があるらしいと知ったのだ。地下室への入り口はカジノの外側。カジノの中からは入れず、金の取り出しのみが可能な設計だった。
「でまあ、後でここを脱出口にできるよう細工をしていおいた」
メアリーとジンにはそれを伝えていたから、カジノでドンパチしていれば必ずこちらへ来ると考えたのだ。
二人を含め、勇者パーティーの面々も呆れたような、感心したような顔を見せている。
「脱出の時にお金を持って帰るのも算段の一つだったんだろう?」
「んー? 何を言っているんだいミストリア? ちょっとよくわからないなぁ」
「袋に金を詰めながら言わないでくれたまえ」
金を詰め終え、袋を担ぐ。
「よーし、帰るか」
「サヌマさん……えっと、本当に持って帰るんですか?」
「なんだ、潰したカジノに同情か? ジン。俺たちは曲がりなりにもカジノを潰そうと画策した。オーナーが幼い少女で、泣いてたから今さら手心を加えようって? そんな覚悟でここを潰そうとしたのか? 俺らのクライアントはよお。なあ、ランブルー」
話を振ると、ランブルーが顔をあげる。起きてからずっとこいつは俯いてばかりだった。言いにくそうにしながらも、それでも彼は口を開く。
「サヌマ……こんなことを言うのは、間違っているかもしれないが。その金は、置いていかないか」
「どうしてだ? お前はこのカジノを許せないんじゃなかったか?」
「そうだ。俺には動機が怒りしかなかった。だから……ああ、お前の言った通りだ。覚悟が半端だった。幼い少女が泣いているだけで、揺るぐ覚悟しか持ち合わせてなかったんだ」
「そうか」
そう言って俺は袋を地面に落とす。
「ん? サヌマ、どういうつもりで」
「ああ? どうもこうも、今回俺はお前に協力しただけだ。お前が言うならその通りにする」
ランブルーの顔を見る。間抜けな面だな、と思う。
「だが覚えておけ。賢者の石を失ったこのカジノは徐々に規模を小さくする。それは間違いない。だから勇者の作ったこの街の均衡を保ちたいなら、お前はカジノを支えなくちゃならない」
ごくり、とランブルーが唾を飲みこむのが見て取れた。おそらく、覚悟は決まったのだ。彼の表情は先程の俯いていた時のものとは明らかに異なっていた。ほとほと、呆れた人間だ。誰かのために、という理念でしか動けないなんて。少しも羨ましくない性質だ。
「わかった」
小さく、しかし力強く、ランブルーは頷く。
それを見て俺の視線は出口へ向かう。一歩扉へ踏み出すと、ミストリアが横からささやくように声をかけてきた。
「これからよろしく頼むよ。サヌマくん」
「そうだな、信頼し合える仲間になろう」
「ああ」
その返答に面食らう。皮肉を言ったつもりだった。俺もコイツも簡単に他人を信用したりはしない。そんなことは分かりきっている。なのに……
「君のことを信頼するよ」
「何言って」
「君が言ったんだろ? 自分を信じろって。だから、信じることにした。君を信じると決めた、私のことをね」
「そうかい……ま、俺はお前のこと信じないけど」
「ちょっ」
「冗談だ」
ハッハッハ、と笑い声をあげると後ろからドンと突かれる。
「何よ、仲いいわね」
「嫉妬か? 嫉妬なのかメアリーさん?」
「ば、馬鹿言わないで!」
「また賑やかになりますね、サヌマさん」
自称探偵のミストリア=ハイドウルフを仲間に迎え、俺はカジノを後にした。
第3章「精神の魔石とイカサマギャンブラーズ」──end
「……お前」
風の強い月夜。月光が彼女の顔を照らす。かつて監獄で出会った少女の顔を。
「シルビア、なのか?」
and NEXT──「創造の魔石と?????」




