第77話 カジノオーナーは負けるはずがない
「さあ、ゲームを始めましょう!」
オーナー姉妹の姉──シャロが宣言する。地震でも起こったのか、と錯覚するような歓声がカジノを覆いつくした。
まさかここまで観客に見られる状況で勝負をすることになるとは。さすがに想定外だが、計画の大筋にはまだ乗っかったままである。計画は破綻していない。
「ゲームを始めるのは賛成だが、少し良いか?」
会場の盛り上がりを遮る俺に、シャロは溜息を吐いて見せる。
「なんでしょうか」
「俺たちが負けたら、どうなるんだ?」
「はい? 当然、侵入者として然るべき裁きを──」
「待て待て。なら俺たちが勝ったら?」
「そんなの、侵入者の疑いが晴れて──」
「はあ? それだけ? マジで言ってんの?」
思い切りウザったい表情をつくり挑発する。ミストリアが若干引いてる気がするが、うん、まあ気のせいだろう。
「何を言いたいのですか?」
「だーかーらー。こっちが勝ったら、俺らはあらぬ疑いを受けてたってことだろ? それに対する補償、賠償、補填はねえのかよ?」
「な、図々し……こほん、良いでしょう。ではあらぬ疑いをかけた謝罪として大金を──」
「いいや、それじゃあダメだ。お前の払う対価は賢者の石。それだけだ」
一瞬、時が止まる。
シャロの表情からあらゆる筋肉の動きが消え去る。しばらくして、ようやく彼女は口を動かした。
「なにを馬鹿な……釣り合いが取れていません」
「おいおい。さっき言った然るべき裁き、それって要はタコ殴りのリンチだろ? こっちは命かかってんだよ。それぐらい正当な要求だろ?」
こいつは何を言っているんだ? とでも言いたげな、やや思考を放棄しかけた顔。しかしすぐにシャロは正気を取り戻し、不敵な態度を再び見せる。
「ええ、そうですね、良いでしょう。その代わり、ゲームはこちらで決めますよ」
乗ってきた! しかしこいつらにとって、大きな掛け金は問題ではないのだ。なにせ精神の魔石を所持しているのだから。こいつらにギャンブルで負けるというビジョンはない。だから何を賭けても問題はない。勝てば良い。勝てば邪魔な勇者パーティーを皆殺しにできるのだから。
「ああ、いいぜ」
「……こほん、ゲームはもちろんロンリーガーデン式ルーレットです! 異論はありませんね、皆さま!」
再びの歓声。
ルーレットはメジャーなギャンブルだ。しかしロンリーガーデンで行われるルーレットは少々趣が異なる。
「侵入者──いえ、挑戦者とお呼びしましょう。挑戦者のお二人、お名前を」
挑発するような目で俺とミストリアをまっすぐに見据え、シャロは笑みを見せる。人前での演説が得意な姉。その後ろで控える妹、シャル。精神の魔石を所持しているのはシャルの方だ。表で活躍するのが姉のシャロ、裏で暗躍するのが妹のシャル。その分担通りの役割を今、シャロは果たしているわけだ。
「俺は佐沼真、勇者パーティーの新参者だ。以後、お見知りおきを」
「私はミストリア=ハイドウルフ。そうとも、皆さまご存知の名探偵さ」
ミストリアが名乗りを上げると共に変装を解く。……こいつ、俺が丹精込めた変装を易々と。仕方がないので俺も元の姿に戻る。まあ、俺はそこまで変装する意味も、そして解く意味もなかったのだが。
「サヌマさん、ミストリアさん。お二人のためにデモンストレーションを行いましょう。さあ、テーブルについて?」
シャロに言われるがまま席に着く。
カジノは薄暗く、俺たちのテーブルだけが明るく照らされている。文字通り、脚光を浴びていた。
「ロンリーガーデン式は少々特殊です。普通のルーレットはディーラーがボールを投げますが、ここでは逆。お客様が投げるのです」
ではお手本を見せましょう、とシャロがボールをつまみ上げる。
「サヌマさん、ルーレットの色と番号をお好きなように指定してください」
「……赤の23」
「では、私はチップを五枚賭けましょう。ではミストリアさん、ルーレットを回してくださいます?」
「ええ」
カラカラとルーレットが回りだす。それを鋭い視線で見つめ、シャロはボールをピンと弾いた。
カン、カンとボールがルーレットにぶつかり──赤の23に吸い込まれていく。
「はい。一点賭けですので、倍率は三十六倍。あなた方はチップを百八十枚支払うことになります」
すでにミストリアから聞いていたが、ロンリーガーデン式のルーレットとはサッカーのPKのようなものだ。
まず相手がポケットを指定する。その後こちらが掛け金を決め、そこを狙いボールを投げる。指定されたポケットに入れば掛け金に所定の倍率をかけたものが手に入る。逆に入らなければチップは没収。相手が決めたポケットに応じて没収される金額は増減する。
「そんな青い顔をなさらずに。これはデモンストレーション。さあ、本番を始めましょう」
今度はサヌマさんが投げてみましょう、とシャロが促し、それから少し悩んだ振りをして
「赤で」
と一言。
一番倍率の小さな選び方だ。つまり最も入りやすい選び方。しかし逆に言えば、これを外すと没収される金額は……かなりヤバい。
俺とミストリアの資産はチップ二十枚。二枚しか賭けなくても、外せばゲームオーバーだ。
「全額ベットする」
ちまちま賭けるより、ここで勝負をかける。一枚賭けて少額稼いでも仕方がない。
ここから俺がボールを投げ終わるまで、実を言うと記憶がない。理由は明白だった。精神の魔石。その力で操られていたから。
シャロが一番入りやすいポケットの選び方をしたのは当然なのだ。投げ手を操れば、ボールの位置は自由自在だ。なぜなら俺を操るのは一流のディーラー。このカジノのオーナーなのだから。
外せば負け。そしてシャロは確実に黒にボールを入れようとするだろう。端的に言えば絶対絶命。
さて、ともかく俺は投げた記憶がないのだから結果だけ簡潔に述べよう。
ボールは赤の1に入った。倍率は二倍なので、俺たちは四十枚のチップを手に入れた。
「は、は、は、はああああああ!?!?!?!?!?」




