第76話 勇者一行は招かれない
「と、とにかく現状の確認をしよう」
メアリーとジンが脱落したとはいえ、作戦の失敗が決まったわけではない。まずは今どれだけの金が集まっているのか……
「ジンとメアリーの金は回収してるか?」
「もちろんだぜ、サヌマ」
ドサッと袋詰めのチップをランブルーがテーブルに置く。片方は小さく、もう片方はバカでかい。
「どっちが誰のかは……ああ、言わなくていい」
メアリーのやつかなり金減らしたなぁ。ギャンブルの指導をしたはずのミストリアに抗議の視線を送ると、彼女は肩をすくめる。
「ベストは尽くしたとも」
「最初からメアリーは別動隊にしてた方が良かったかもな」
さて、ジンの方はやたら大きいがどれだけ稼いだのか。どれどれ。
袋の中を覗き込み、俺は絶句する。
「マジ? これ目標額の半分は余裕で超えてないか?」
「その通りだよ。あとは我々で少額稼げばVIPルームへ入ることはできる」
「へ、へえ」
ジンのやつ、ここまでとは。少し複雑と言うか、何と言うか。
「おや、サヌマ君。なんだか残念そうじゃないか」
「別にそんなことはねえよ」
俺の目を覗き込んでくるミストリアから視線を逸らす。
当初の計画ではここらで俺がディーラーに扮し、イカサマをかけて大金を……という算段だったのだがその必要もなくなった。いや別に活躍の機会がなくなって残念とかそんなの全くこれっぽっちもないし。いやー面倒事が消えてサイコー。
「じゃ、あとはよろしく頼むわ。俺はVIPルームに仕掛けをしてくる」
「うむ、頼んだよサヌマ君」
踵を返しVIPルームへ足を向けたその時、ちょんちょんと肩を叩かれた。振り返るとダスカスの顔がある。
「なんだよ」
「いやー、ちょっと聞きたくてさ。これからVIPルームに侵入するんだろ? なら賢者の石をもう盗んじゃえば良いんじゃねえの?」
「……お前作戦会議の話聞いてた?」
もう散々話した内容を蒸し返してきたダスカスに呆れ顔を向ける。しかし彼はケロッとしたもので。
「いやほら、俺天才だからさぁ。作戦は聞かなくても把握してるっていうか」
「把握してないから聞いてきたんだろが」
まあ良いか。
「仮に潜伏を使って潜入したとしても、潜伏は一度感知されている。ついでに急に身に付けているものが消えれば流石に気付く。精神の魔石が消え、魔法が感知されていればまずカジノは閉鎖。俺たちはここに閉じ込められてしまう」
そもそもいつまでも潜伏を使うことは出来ないし、ネックレスを盗むには一度それを切らねばならない。それをするには潜伏を解く必要がある、などなど。潜伏はスリに対してはそこまで有効に働かないのだ。
「あ? 待てよ。じゃあこれからどうやって潜入するんだ?」
「普通に潜入するだけだが」
「普通に潜入するだけだが!?」
当初の作戦では俺がディーラーに扮し、VIPルームでの仕掛けを済ませ、その後カジノでイカサマをするという流れだった。そのため最後の工程がなくなるだけ。
要は変装である。
「やっぱ天才だな、俺」
無事に仕掛けを終え、ランブルーたちと合流。
「本当にあっさり成功させたな……」
「崇め奉ってもいいぞ、ランブルー」
「あんまり調子に乗ってると痛い目にあうよ、サヌマ君」
ミストリアが目を細め、やれやれと肩をすくめる。
「へえへえ。それで、目標額は集まったか?」
「ああ、もちろんだとも。きちんと二人分ね。それで誰がVIPルームに入る?」
ミストリアはそんな問いを投げかけるが、答えは端から決まっていた。
「そりゃあ、俺とミストリアだろう」
元々は俺と豪運の持ち主であるジンとしていたが、あいつはまさかの出禁を食らってしまった。残りのメンバーから選出しなければならないが……
色彩の欠いた傭兵団の顔を見る。どいつもこいつも「正しい事だけしてきた人間」の面構えだ。一度ギャンブル勝負をしたからわかる。こいつらは嘘が苦手だ。勇者の生存、なんて重い嘘を抱えているこいつらにこれ以上嘘を重ねることは出来ないのだろう。
「今なんだか大変失礼な除外を受けた気がするのだがね」
「HAHAHA, no, no, 勘違いデース」
「似非英語腹立つからやめたまえ」
いや、まあ、だから最初は俺とジンでやるつもりだったわけだが。
「ん? おいミストリア、お前今……」
「ほらほら、冗談言い合ってる場合じゃないでしょ」
エリーに背中を押され、言葉が途切れる。
「あー、ちょっと、押すなって」
押された先にあるVIPルームに目を向ける。これから戦いが始まるのだ。しかし今までと比べれば気持ちは楽だった。あくまでゲームで勝つだけ。ドンパチと命がけの戦いをするわけじゃあない。
まあ、ただの泥棒がドンパチしてきた方が異常だっただけだが。
「いい加減、楽させてもらわねえとな」
パチッ。
何かが弾けるような、単純で簡素で、それでいて絶望的な音が聞こえた。瞬間カジノは暗がりに包まれ、すぐにまぶしい光が俺たちに当てられる。
「さあ皆さんご覧ください。見えますのは招かれざる客。この街を武力で支配しようと謀る知性の欠片もない元勇者一行──我らの敵に他なりません」
気付けば俺たちは囲まれていた。十、二十、三十……ギルドハウスを襲ってきた黒服たちとは桁の違う数の敵が、俺らを四方から塞いでいる。
「あれが勇者パーティー?」
「あんな顔だったか?」
「人数もひとり……」
ざわざわ、と客たちの声が次第に大きくなっていく。しかし。
「混乱するのも無理はありません。なぜなら彼らは高度な魔法により顔を変えているのです」
彼女が──カジノのオーナーが一声発するだけで、そのざわめきはなりを潜める。
「そう、彼らは魔法の力だけは一流と言って良い。使い方さえ間違えなければ、もっと世の中を良くすることも出来たでしょう。しかし、ああ悲しいかな、彼らは邪悪で、残虐なのです」
デタラメだ。変装は魔法じゃないし、ランブルーは平和を望んでいる。こんなのがまかり通るとでも……
「なんて奴らだ」
「許せない」
「かーえーれ、かーえーれ」
かーえーれ。かーえーれ。
シュプレヒコールは次第に大きくなっていく。ただの客だった彼らは、すでに俺たちに敵意を向けている。
ああ、そうか。
ここは敵の総本山。客層だって親カジノ派だ。だがそれだけじゃあないんだろう。論理的な思考が出来るなら、少しは疑問を抱いてもおかしくない。
精神の魔石。その名の通り精神に影響を及ぼすのなら、こいつらはすでに何らかの洗脳を受けていると考えた方が理に適う。
「おいおいおいおい! 待ってくれやオーナーさんよぉ!」
大合唱を打ち消すように、馬鹿みたいな声で怒鳴り散らす。
飼い猫にでも噛まれたように、彼らは一瞬息を飲んだ。
「何か言いたいことでも」
オーナーの片割れが問う。
「俺たちはただの客だ。仮に元勇者一行だったとしてもな。カジノで遊ぶ権利くらいあるだろう」
「そうですね、確かにここには時折勇者派閥の方も遊びに来られるようです。しかし、彼らはここを潰すつもりなんてなく、ただ遊びに来たのですよ」
なるほど、まあバレてるよな。ただここで認めるわけにはいかない。
「何か証拠があるのか? 俺たちがそんなことを企んでる、決定的な証拠が」
「……先日、ここの魔法探知機が作動しました。犯人には逃げられましたが、それから数日であなた達の来訪です。何かあるのではと考えるのが普通でしょう」
俺は内心でほくそ笑んでいた。あいつ、VIPルームにした仕掛けには気付いていないのだ。
「それだけか?」
「それに変装するなど、やましいことがあるからに違いありません」
「勇者パーティーと気づかれたら面倒があると思っての事さ。なんならトラブル回避の思いやりだぜ?」
「良く回る口ですね。……良いでしょう。それではお客様として、最大限のおもてなしを致しましょうか。その手にしているお金、あなた方、私達に勝負を挑むつもりだったのでしょう?」
「……」
「無言は肯定と捉えます。勝負、お受けしましょう。お客様として、特別待遇でね」
オーナーが指を鳴らす。すると彼女の後ろが明るく照らされ、そこにあるものが明らかになる。
「特別ステージです。お客様に観覧いただき、正々堂々とギャンブルをいたしましょう」




