第71話 佐沼真はカジノへ潜入する
「レイズ」
チップを追加すると、男は自身の死期でも察したかのように青ざめ、しかしここで勝負しなければもう勝ち目はないと考えたのか、それから程なくして残りの全チップを賭けて勝負に乗ってきた。
勝ちを確信しながら手札を公開する。
「おっと、今日は運が良いようだ」
そう嘯きながら、俺はチップをかき集める。
「おい、若造。センスがいいな、もう一度やらないか」
「いやいや、ただのビギナーズラックですよ。これ以上は幸運の女神も微笑んではくれないでしょう。ここらでお暇させていただきます」
キザったらしいセリフだな、と心中で苦笑する。しかし仕方がない。今日はそういうキャラ付けなのだ。どこにでもいる、凡庸なそこそこの貴族がカジノに遊びに来た。そんなシチュエーションを演じているのだ。
ミストリア曰く、それがこの場所──カジノ「ロンリーガーデン」では最も目立たない立ち振る舞いらしい。
ゲームを切り上げた俺はカジノの中をプラプラと散策する。カジノ内の造りを把握するためだ。別に怪しまれることはない。初めてのカジノに目を輝かせているのだと微笑ましく見られるだけだ。
「ハッハー!」
下品な笑い声が耳に入る。見ると巨漢が両手を天に突き上げていた。勝負に勝ったのだろう。客の視線が男に集まった瞬間を見計らい、俺は潜伏を発動する。
「……あれ?」
一瞬客の一人が不思議そうに俺のいる場所を見ていたが、勝手に納得したのか立ち去った。危ない、危ない。
さてここからが本番だ。ロンリーガーデンに来たのは何も遊ぶためではない。目的は下見だ。ランブルーたちはここを襲撃しようと考えているらしいが、聞くにまだここの地図さえ手に入れてはいなかった。裏をかく、なんてことは考えてもいないのだろう。ランブルーらしくはあるが。
「おい」
客の一人がディーラーに声をかける。
「いかがされましたか」
「見ろ、今日だけでこんなに稼いだぞ」
「はあ」
「察しが悪いな。挑戦させろと言っているんだ」
「……承知しました。ご案内します」
もしや、と思いこの客とディーラーの後をつける。その先には思った通りの光景が広がっていた。
──ここがVIPルームか。
ランブルーによればVIPルームにここの支配人がいると聞いたが……どこだ?
キョロキョロと周囲を見回すが、それらしき姿は見当たらない。確かシャロとシャルという双子の姉妹らしいが。
「あなたが挑戦をご希望の?」
「あなたが敗北をご所望の?」
凛とした声音。その音源に視線をやると、そこには確かに双子がいた。……が。いや、あれは違うだろ。あれは子供だ。高く見積もっても高校生といったところか。まったくカジノに子どもを連れて来るなんて、ふざけた親がいたもんだ。さーて、支配人はどこかなーっと。
「オーナー、あんたらとの賭けは超高額レートで間違いないんだよな?」
「ええ、もちろん」
「ええ、当然」
……ん?
聞き間違いかな? オーナーって言ってたか? いやいや、まさか。オーノーの間違いだろ。ははは。
しかしVIPルームの熱量は次第に上がっていく。ざわざわと驚愕と期待を孕ませながら、視線は双子と男に注がれていた。
「ゲームはアンダー22だ」
男が宣言するやいなや、先程までゲームを楽しんでいたVIPの面々は我先にとテーブルを取り囲む。小さな闘技場のごとく、決戦の場が整えられていく。
「では、始めましょう」
双子の片割れが前に出る。もう片方は後ろに下がり、つまらなそうに手遊びをしていた。
……本当にこいつらがオーナーなのか?
「ヒット」
「スタンド」
……どうやらアンダー22とはブラックジャックとほぼ同じゲームの様だ。カードを引いていき、可能な限り21に近づけるゲーム。そこまで実力の出るゲームではない。そのためか、序盤はオーナーと客の差は微々たるものだった。──が。
「ヒットだ」
客の様子がおかしくなる。客の手札は18だ。どう考えたってもう一枚引いたら21を超える。引いたのは5、当然負けだ。
──どうなっている?
今までのプレイングを見ても、客はあんな博打に出るタイプではない。粗暴な見た目に反して堅実なプレイだ。そんな男があそこでヒット?
にやり、と後ろで双子の片割れが笑っていた。
──何かあるな。
「……ん?」
しばらくして、客は目を見開いた。目の前の光景が信じられなうとでも言うように、ゆっくりと首を振っている。
「おかしい、なぜだ」
「お疲れ様でしたお客様」
「それでは負け分をお支払いください」
客の困惑などお構いなしに、双子はグイと詰め寄った。
「違う、違う。……違うんだ。こんなはずじゃ……なぜこんな、記憶だって……」
クスクスと敗者を笑う声が聞こえる。VIPルームの面々が、実に愉快そうに男を見下していた。人の不幸は蜜の味、か。金持ちの転落はさぞ旨い酒のつまみになることだろう。
──胸糞悪い。
別に同情しているわけではない。俺は金持ちが嫌いだ。だからこいつらに同情するような心は持ち合わせていない。だが……これは単純に不愉快な光景だ。
まあ今回の目的は果たした。騒ぎを立てるつもりもない。
俺は双子の片割れ、ゲーム中は後ろに下がっていた方の胸元を見据える。
──あれが精神の魔石か。
人を操れるとは本当らしいな。
「おい! 魔法を検知したぞ!」
唐突にVIPルームの扉が開け放たれ、警備員が声が部屋に響き渡る。
ああ、魔法か。そう言えばここに入る前に、魔法の使用が発覚した場合は即座に拘束すると但し書きが……ん?
「この部屋で?」
「いつ?」
双子の詰問に警備員は目を泳がせる。
「い、いえ、かなり前から反応はあったのですが」
「ならなぜ──」
「そ、その、何と言いますか、魔力痕の反応が……その、非常に似ていまして」
スッと血の気が引いていく。
……あー、やば、これ俺か。




