第67話 佐沼真は知らなければ良かった
扉の先には何の変哲もない部屋があった。ベッドと机だけの簡素な部屋。布団はひどく傷んでいて方々に羽が散乱している。思わず、
「きったね」
と言葉が漏れる。
遺跡の最深部にしては拍子抜けも良いところだ。ただ、俺の想像が正しいのならきっと──
机の上に乱雑に広がるノートが目に入る。そこに書き込まれている文字を見て、一言。
「英語だ」
するとジンが困惑の表情を見せた。
「えいご……? 何ですそれ?」
「ホントね。見たことない文字だわ。えいご? なんて言語は聞いたことないけど」
いつの間にかメアリーもノートをのぞいていた。メアリーも言うのなら間違いない。英語は本来この世界に存在していない言語なんだ。この世界で見ていた文字は、俺には解読不能のものだった。しかし、なぜか読めた。音としては全て日本語に聞こえている。女神がそこらへんをどのように解決したのかは知らないが、とにかく俺がこの世界で困らないようにしたのだろう。
俺は日本語を話しているつもりだが、きっと別の言語を話している。文字も別言語だが、日本語として理解できる。みな日本語を話しているはずはないのに、すべて日本語に聞こえる。
それは全て、この世界には俺の世界にあった言語がないからに違いない。しかし──
「ここには、ある」
それはすなわち、ここに俺と同じ世界からやってきた漂流者がいたことを示している。きっと、ずっと昔に。
何かこの説を補強するものはないか。俺は散乱したノートに視線を走らせる。
「ダイアリー」
表紙にそう書かれたものがあった。これを読めば、あるいは。
恐るおそるページをめくる。
『八月三日
この世界はどうなっている? まるで意味がわからない。僕の頭では理解できない事象が起きている。こんなのまるで映画じゃないか。とにかく、しばらくはここに身をひそめよう。』
『八月四日
一日この閉鎖した空間にいるだけで気が参ってくる。当面は手持ちの食料で飢えをしのげるが、それもいつまで続けられるか。まずはここの探索を続けつつ「奴ら」が入ってこれないように策を弄するべきだ。それに集中していれば、この閉塞感もきっと……』
『八月五日
入り口に罠を仕掛けた。これで侵入者は巨石に潰される。しかし「奴ら」はどうだろうか。不安だ。もっと罠を仕掛けなければ。』
ここで文字が途切れていた。断片的ではあるが、日記の著者がこの世界にやって来て数日の記録だと分かる。「奴ら」の文言が気にはなるが、まあ誰かに襲われでもしてこの遺跡にこもっていたのだろう。
パラパラとページを繰ると数ページ後に日記が続いていた。
『九月一日
しばらく日記を書かなかったのには理由がある。
……飽きたんだわ。
いやー、なんかめっちゃ食料あったよココ。超充実してんの。やっべーよマジ。全然不安とかないわ~。「奴ら」とか言ってたけどあいつら全然侵入できないでやんの。ウケるんですけど~。初っ端の転がる岩で全員脱落なんですけど~。』
『九月二日
三日坊主はダメだろ、とか思って日記再開したけど、やっぱ書くことねえわ。今日も僕はここで肥え太ってます! 最高! 暇だから小説でも書くわ。タイトルは「異世界に飛ばされた俺、迷宮ダンジョンで最高の自堕落ライフを送ります~嫌いなあいつはもういない、美女と一緒に迷宮開拓~」とかどうよ?』
………………え?
「ねえ、サヌマ。一体何が書いてあるの?」
「教えてください、サヌマさん」
二人から催促され、俺は天を仰いだ。
言えね~~~!
残りのページは日記ではなく自作の小説が書き綴られている。机の上にあるノートの数々をよく見ると、表紙に小説のタイトルらしきものが書いてある。まさかコレ、全部小説?
「うん、まあ、その……なんだ。俺と同じ、異世界から来た人間が書いたものみたいだ」
「……! ど、どういうこと!? なんて書いてあるのよ!?」
やめてー。そんなシリアスな感じでこないでー。
しかしそれを言う気にもならず、俺はいたって真剣な表情をつくる。
「この世界に来てからのことが少しだけ。あとは走り書きで読む意味はない」
「でもサヌマさん! それならサヌマさんが元の世界に帰る手掛かりがどこかに書いてあるんじゃ……!」
そうだったら良かったんだけどなー。書いてないだろうなー。だってこれ小説だもん。日記は三日坊主なのに小説はやたら長いんだもん。
しかしこのタイトルは何だ、長すぎないか。……いや待て、確か情報屋がこの手の小説を好んでいたような。あいつは「これは日本の重要な文化ですよ」とか言っていたが、これ英語で書いてあるぞ。どうなってんだ? 英語圏にも広まってたのか?
「サヌマさん?」
ジンが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「うん……………………帰ろう」
「サヌマさん!?」
帰って未知の言語による書物が見つかったとだけ報告しよう。「なんだこの言語は? 一体何が書かれているんだ!?」と学者様が興味津々でこの小説を解読するのは憐れだが、うん、まあ、仕方ない。必要な犠牲だ。
俺は部屋から足を踏み出す。
──ジュ。
ジュ?
「あれ、外しましたか」
遠間でそう呟いたのは金髪の少年だった。記憶をたどるが、見覚えはない。
横に視線を移すと俺の顔面の真横にある壁が少し溶けていた。あの「ジュ」という音の正体をうっすらと察する。
背中のホルダーから魔銃を抜くと、騒ぎに気付いたメアリーとジンが部屋から出てきた。
「えっと……それ魔銃ですか? 残り二人は魔法使いと……剣士? ですかね? まさか、剣士一人でゴーレムを倒したんですか?」
「倒したのは俺とこいつだ」
親指をメアリーに向ける。すると金髪の少年はわざとらしく目を見開いた。
「ええ!? 嘘でしょう!? 魔法であのゴーレムを倒すとか脳みそが筋肉で出来ているんですか? 嫌だなー。そんな風に倒して欲しくなかったなー」
……今、俺も馬鹿にされた? 脳筋呼ばわりされた?
「お前なあ、誰かは知らないが初対面の人間を──」
「ま、どうでも良いですね。これから死ぬんですし」
少年は笑っていた。その悪意に満ちた笑顔を見て、悪魔みたいだ、と思った。その直後、目の前には悪夢みたいな光景が広がっていた。
ゴーレムが虚空から現れる。倒したはずの、必死の思いで核を盗んだゴーレムが、五体そこにはいた。




